妄想わーきんぐ。ぽぷら   作:つば朗ベル。

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(15)  覚悟を決めたぽぷらと、ことり

 ――鏡を前に一人、自室で俺は、女装をしていた。胸に詰めたタオルの位置を調節する。

「…………何をやっているんだ……? 俺は……」

 鏡には、長髪と女物の洋服を着こなした自分が立っている。現実逃避しようと、なんとなく自分の後ろを見てみる。……が、もちろんそこには誰もない。

 

 そう、つい先日から俺は、ついに女装癖に目覚めてしまったのだ……! なんて、自虐ネタを言うくらいには俺は、昔のトラウマからは克服しているようだ。だが、もちろん良い気分ではない。中学生になりたての頃、とっくに女装なんてやめていたのに、無意識的に、梢姉さんの下着を自分のタンスに仕舞いそうになった時の絶望感とか、小4の頃、梢姉さんの悪乗りで、ブラジャーを試着してみた事とか、自分の中でも消したい過去でも上位の記憶を思い出したくなくても思い出してしまうんだ。もう、これ以上は思い出させないでくれ、俺の男としての自信が薄れていくから……。

 

 そんな訳で、俺は、女装をし……通称「ことりちゃん」(自分で言っていて恥ずかしいが)の格好で、種島せんぱいを、自宅で待っているという訳であった。

 なぜ、こんなことになったのだろう? 正直、自分でも今思うと、非常に不思議なのだが、遡ること先日の話。丁度、あの後、せんぱいとお互いに気持ちを確かめ合った後のことだった……。

 

 

 ――俺の事が好きだと言ってくれた、せんぱいの顔はまだ、この薄暗がりの中でも、確認できるくらいに赤かった。

「その……せんぱい……嬉しいです。ありがとうございます」

「そ、そんな……面と向かって、喜ばれると……恥ずかしいよ……」

 あくせくしてるせんぱい、可愛い。

「あ……でも、そうなると、また、一つ問題が……」

 せんぱいと、結ばれるのは嬉しいが、伊波さんをどうするか……頭が痛い。

「えっ……? なにが?」

 何の事かと言いたげな表情でせんぱいが言う。

「あのことですよ……」

「えっ? …………あーー……?」

「そうなりますと……また、二人で合わないといけませんね……」

 どこか……邪魔の入らない所で話し合わないと……。

「えっ? …………かたなし君……わたしと、二人で居たいの……?」

 なぜか、また、テレたように顔を赤くして言うせんぱい。

「いや、まあ……ていうか、二人で決めないといけない事だと思いますし……いいですよね?」

「…………あーーっ……えっと……かたなし君……わたし達……いくら、お互い……その……すき……どうし……だからって! えっと、そんな、いきなりは……まずいんじゃないかなぁ……なんて?」

 両手の人差し指を、合わせて、モジモジ……。目もキョロキョロと、落ち着きがない。

 

 ――どうしたんだろうか? ……せんぱい。

「えっと……? せんぱい? なんかよく分かりませんけど、俺もこうなったからにはハッキリさせたいっていうか……まあ、とりあえず、ナアナアにしないでさっさと、やっちゃいましょう!」

 珍しく、ハッキリしないせんぱいに俺は強気で言った。

「えーー? そんなぁ! かたなしく~ん! もうちょっと、ナアナアにしようよ!! わたし、そんなすぐに準備できないよ!!」

「……準備って、会うだけなんですから……準備なんて……」

「そ……そんな、お、女の子には……色々あるのっ……!!」

 プリプリと、怒ったような素振りで言い放つせんぱい。

 色々って……何を言っているんだろう? 何だか、分からないが、せんぱいは恥ずかしがって、俺と会うのをためらっているようだ。俺としては伊波さんとの事は早いうちにハッキリさせておきたい。そのためには、せんぱいとそのことを話し合わないと……そう思っているのだが……。

「えと……ど、どうしても、わたしと会いたいの……? かたなし君……?」

 頬を赤くし上目遣い……少し、斜めから見上げてくるせんぱい、可愛い。

「そうですね……! ハッキリさせたいですから!」

 俺が言うと、せんぱいは困ったように悩んで、しばらく沈黙した後、

「…………そ、それじゃあ、かたなし君が……ことりちゃんになってくれたら……いいか……な……?」

 予想だにしないことを言い出した。

「は……えっ!? な、なにを……!」

「だってだって! わたしだって恥ずかしいし! それだったら、お互いに恥ずかしい格好だったら……いいかなって……わたしも、今、かたなし君と一緒に同じ部屋で二人きりなんて……想像するだけで、緊張しちゃうからっ……!!」

 早口でまくし立てるせんぱい。

 

 ……うう、圧倒され……いや! 女装だぞ!? 俺の大嫌いな……! くそぅ! しかし、俺が女装すればせんぱいも安心して俺と話が出来るって言うし……。

「うーーん、いい……いや、やっぱ! う、うむ……く……!」

 ……スゲー悩むぞ、これは。

「お、お願いっ! かたなし君! …………ダメっ?」

 ――グホぅ! か、かわええ!!

 両手を胸の前で合わせて……上目遣いで言うせんぱい……って、どんだけ俺は上目遣い好きなんだと思うんだけど、もう、その時のせんぱいは可愛くて、いや、元々せんぱいは可愛いのだけども、そういうことじゃなくて、なんていうか、見慣れた可愛さなのに、新しい可愛い小さい物を、ある日、見つけた時のあの、独特の感情みたいな、アレだ。初めてハムスターを見た時のそれ、みたいな、なんていうか、こんなね、言葉なんかじゃ説明できないんだよ。そもそも、言葉で説明しきれるような、そんな、限界があるみたいな可愛さじゃなくて、なんていうか、その、せんぱいは特別っていうか、可愛いし、好きだし、大好きだし、なんていうか、その、なんていうか………………。

 

 ――で、この時の俺は、あんまり記憶がないんだが、どうやら俺は「いいですよ」って、まあ、承諾していたらしい。っていうのが、この後の、せんぱいの、「ほんと!? やったーー!!」という、これまた可愛い表情とせんぱいそのものから、推測できたわけなんだ。そういうことなんだ。ようするに俺はせんぱいに骨抜きなんだっ――!

 

 

 ――思い出すと、今でも顔が熱くなるその日のことを振り返った。

 我に返り女装している自分を思い出すと、俺は、何をしているんだろう? と、心の中で、もう4回目か5回目か……忘れたけども、それくらい何度も思ったことをまた思った。長髪がひじに触れる度に――。視線を下に向けた時に女物の洋服が目に入る度に――で、ある。

 

 ――ピンポーン。

 き、来た! 時間から言って、せんぱいだろう。俺は、あまり他人に見られたくないその格好で、恐る恐る玄関まで行き、扉を開ける。

「あっ……せんぱい……ど、どうぞ上がってください」

 扉の前に立っていたのは、予想通り、せんぱいであった。服装は夏らしい網っぽい白の服の下にプリントTシャツに青いスカートを穿いている。

 よく考えてみると、この時、全然違う来客者だったら俺はどうするつもりだったのだろうと思うが、今となっては後の祭りだ。

「わっ! 久しぶりのことりちゃんだ! 可愛いー!」

 せんぱいは、俺を見るなり、驚いた顔でそう口にする。

「せ、せんぱい……あの、一応、泉姉さんが、居ますんで声を落としてください」

「あっ……そうなの? ごめん、ごめん」

 他の姉達となずなは、外出中だが、泉姉さんだけは、部屋に居る。まあ、締め切りまじかで、基本的には部屋から出てこないのが、救いだ。

 俺は、せんぱいを自分の部屋に案内する。せんぱいは「おじゃましま~す」と言って、階段を上っていった。

 

 俺は、リビングで早々に、二人分の飲み物を用意する。

 ――はぁ、せんぱいに押し切られて、こんな格好をまたしてしまっている訳だが……、なんだが、大丈夫だろうか? なにか、トラブルでも起きやしないだろうか? とても不安だ。不安すぎる。……そんなことを思いながら俺は、二つのコップに麦茶を注ぐと、自室に向った。

「あっ……かっ、かたなしくん……!!」

 麦茶を持って、ドアを開けただけなのに、せんぱいは緊張した面持ちで、その場で、ちょこんと座っていた。ああ、この格好だものな……。

「あっ、これどうぞ、せんぱい」

 せんぱいの前のテーブルに麦茶を置く。

「あっ、ありがとう……」

 俺も、自分の麦茶をテーブルに置くと、せんぱいと向かい合わせになるように座った。

「さっき、言いそびれましたけど……今日の私服……よく似合っていて可愛いですよ」

「えっ? ほんと? あ、ありがとっ!」

 本当に、せんぱいは服もそうだけど、仕草だとか……行動だとか、いちいち可愛いな……好きになった今は、前よりも余計にそう思ってしまう。

「……でっ、その、せんぱい? なんで、今日は、俺にこの格好させたんですか?」

「……えっ? えーっと、その、だって、は、恥ずかしいからって、言ったじゃない」

 このことに関しては、相変わらず、せんぱいの言葉は要領を得ない。

「そ、それより、かたなし君! いや、ことりちゃん! もうちょっと、全身くまなく見たいんだけど……ダメ?」

 あくせくした姿で緊張を誤魔化すように、急にせんぱいが立ち上がり言った。

「……ああ、まあ、はい……いいですけど……」

 俺としては、女装している自分は、あまり好きではないのだが、大好きなせんぱいが、俺のことを見たいと言ってくれるのなら、悪い気はしなかった。俺は立ち上がり、「こうして見て!」なんて、ポーズやら、ターンやら、指示するせんぱいの言う通りに動いたり、ポーズをしたりしてみせた。

 せんぱいは、俺の体を近くでじっくり見出した。女物の俺の着た服を触ったりして色々観察しながら、これが可愛いとか言い、ペタペタ俺の体を触っている。そうこうしている内に、自然とテーブルの無い、ベッドの近くまで移動していた。

「すごい……きれい……! わたし、やっぱり、こんな女の子になりたいなぁ……」

 俺を見て、感傷に浸るようにそう言うせんぱい。

「スタイルも、いいよね! 身長高いし……、スレンダーだし……」

「そ、それは、男ですから……」

「胸だって、丁度いいよね~! えっ、それって、どうなってるの?」

 そんなことを言って、せんぱいは俺の背中を触ってくる。

「わっ! ちょ、ちょっと!? せんぱい? ……どっ、どうしたんですか?」

 さすがに、焦る俺。

「え~? なにが~? ……わたし、身長の割に大きいから……色々大変なの……」

 せんぱいは気付いていないのか、それともわざとやっているのか、俺の背中に抱きつくような感じで、俺の背中をそのしなやかな指で触る。

 そんなことを言いながら、自分の胸のプライベートなことを言われると、文字通り、肉体も心も、心身共に、せんぱいとの距離の近さを感じた。

「……こ、こっちも……!」

 せんぱいは、そのまま俺の体に手を回しながら、俺の胸の辺りも触り始めた。

「――うわっ!」

 予想外の出来事に足元がふら付き、俺はそのまま体勢を崩した。

 

 ――ボフッという音と共に、俺達は柔らかいベッドの上に倒れこんだ。

「……せっ、せんぱい……?」

 せんぱいの様子を確認しようと、無意識的に上半身を上に向けると、俺の背中に張り付いていたせんぱいが、自然と俺の真上にきた。

「……っ!」

 顔を上げた先には、せんぱいの顔があった。その距離、20cmと言った所だろうか。当然、俺は恥ずかしくなり、固まる。せんぱいはと言えば、予想外の展開に、驚きはあるものの、案外、冷静な様子で頬を赤くし、恍惚とした表情で俺を見ている。

「……あっ……あの……せんぱい……?」

 口を動かすことすら、ためらいそうになるほどのせんぱいとの顔の距離で、なるべく、動かないように気をつけながら、俺が聞くと、

「あの……っ、もうちょっとだけ……このまま動かないでくれる……?」

 せんぱいは、小声でそう囁く。蛍光灯の明かりが、せんぱいの顔によって遮断されていた。

 そう言われたことが、返って救いだった。なぜなら、俺はどちらにしても、目の前のせんぱいの可愛くて綺麗な顔を目の前にして、自分の体が動く気なんてしなかったからだ。

 

 ――傍から見れば、どんな光景に移っただろうか? 仲のいい姉妹が、一緒にベッドで寝ている光景だろうか? しかし、そう思ってくれれば良い方だ。勘のいいやつなら、直に、二人の関係は、姉妹のそれではないという事実なんて、透けて見えるだろう。だとすれば、さながらそれは、女同士の禁断の関係だろうか? いや、今の俺の見た目は女性でも、心は男なのだが…………。

 

「……今日ね? すっごい、緊張してたの、かたなし君の家に行く前……。だって、今日は、大事な日…………だったから……」

 ふいに、せんぱいが意味深に話し始めた。

「でもね? かたなし君……わたしの言った通り……ことりちゃんになっててくれた……わたし、なってくれてないと思ってたの……だって、かたなし君、すっごい、嫌そうだったし……」

「そりゃあ、まあ……だ、大好きなせんぱいの要望ですから……」

 自分で言っておいて、かなり恥ずかしかった。

「えへへ……ありがと……わ、わたしね? 実は……前から……かたなし君を好きになってから……かたなし君のこと、意識しちゃって……まともに向き合えなかったの」

 せんぱいも、そう思っていたのか……。

「だから……今日もね? ことりちゃんの格好になってもらったの……それだったら、あんまり意識しないで話せると思って……」

「……あ、ある意味、伊波さんと同じってことですね……?」

「あはは……そうだね……? でも、今日は伊波ちゃんの話は無し……でしょ?」

 ――えっ? 何を言っているんだ? せんぱいは? 

 

 俺は、この時、せんぱいが何を言っているのか意味が分からなくて、本気で混乱した。伊波さんの話はいい? どういうことだ? 今日はその話をするために、集まったっていうのに……ということは、せんぱいには他の目的があって、今日来た? 何の?

「いいよ……かたなし君……」

 お互いの息が当たるほど近い距離でせんぱいが言う。

 俺は混乱で頭が真っ白だった、俺とは裏腹に、せんぱいは、妙にうっとりした表情で、俺を見つめる。

 なんだ? なにが起きているんだ……!? 『いいよ』って、なんだ!?

 ――その時、パニック状態だった俺は、先日のせんぱいの不可解な態度を思い出していた。今、考えてみれば、そう言えば、あの時のせんぱいの様子は何やらおかしかった気がする……。ただ、伊波さんのことを話し合うってだけなのに……必要に、緊張してモジモジして、あの時、せんぱいは勘違いしていた……? なにやら、準備がどうとか……ナアナアにしたいとか――――も、もしや……。

 俺の中でこの時、一つの仮説が生まれたのだけれど、その仮説を断定するには、なかなか勇気のいることだった。

 ――が、今もなお、俺に赤くした頬と、綺麗な瞳を向けてくるせんぱいからは、その仮説が正解だと決定付けるような、雰囲気しか漂ってなかった。

 

 ま、間違えない。せんぱいは……今、この場で……俺に、その身を捧げようとしている……!?

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