「宗太~、いるの~宗太~!?」
暗闇の中、俺を呼ぶ声が聞こえた。この声は……梢姉さんだろうか? だが、まだ眠気の残る俺は起きる気になれず、布団をかぶり直し体勢を変える。
「宗太~! そ・お・た~!」
その、イントネーションでは、『そうた』ではなく、『そおた』になってしまうだろ! と、突っ込みたかったが、眠いので寝る。梢姉さんは、ドンドンドンと、俺の部屋のドアを叩く。迷惑だ。
……なんなんだよ、全く。こんな真夜中にそんな大声で、部屋のドアを叩くなんて、非常識だろ!
そう思っていた時だった。
「か、かたなし君……どうしよう……? 起きたほうがいいんじゃないかな……?」
――ん? ああ、せんぱいか。
俺の隣で寝ていたせんぱいは、この薄暗い中、掛け布団で上半身を隠しながら言った。
――えっ? せんぱい? ……なんでこんなところに?
――――んん!?
そう言えば、俺はさっきまで、よからぬ夢を見ていた気がする。最近、いつも布団の中で考えてしまっていた罪悪感にまみれた想像……。それの特に鮮明なやつだ。
えーっと、あのあと、あーーせんぱいと……色々、して……眠くなって寝たんだな……服も着ないで…………ん?
俺は、なにやら、大変なことに気が付いたような気がして、ケータイで時間を確認する。
午後7時……20分……。真夜中じゃない!? 夢だけど、夢じゃなかった!?
そして、隣にいる種島せんぱいを見ると、「やっと、今の状況に気付いたの?」とでも、言いたげな表情で無言のまま俺を見つめる。動揺した俺が少し大げさに体を動かすと、俺の上半身も裸であることに気付いた。
「ま、まじか……」
思わず、声が出た。そして、下半身も確認しようと、布団をめくると……
「あっ! ちょ、ちょっと、かたなし君!」
部屋の外にいる梢姉さんに聞こえないようにか、小声でせんぱいが顔を赤らめて怒った。
あっ……そうか……せんぱいも、全裸なのか……って、全裸? マジで!?
幸いにも、カーテンを閉めていたため、部屋の薄暗さでなんとか、冷静を装うことは出来たのだけど、夢だと思っていた先ほどの記憶が、現実だったと認識すると、次第に緊張してくる。
「そうたーー! 私、おなかへったぁ~、はやく、晩御飯作ってよー!」
依然として俺を呼ぶ、梢姉さん。
そうか、丁度、晩飯の時間だものな……って! それより、やばいだろ! この状況!
ど、どうしよう。このまま、寝たふりするか? いやしかし、なんで、こんな時間に寝てるんだって話しだし……いや、それは今更か。とにかく、せんぱいの存在を気付かれるのは、色々とまずい……!
「か、かたなし君、どうするの?」
「……と、とりあえず、俺は後ろ向いてますから、その間にせんぱいは服を着ちゃってください……」
そう言って、俺は、後ろを向く。ベッドの下に丁度落ちていたパンツをとりあえず、速攻で身に着けると、後ろを向きながら、
「あーー、梢姉さん! ちょ、ちょっと、まだ、寝ぼけてるから、居間で待ってて! すぐ行くから!!」とドアの外に向って言う。
「うわ~、下着の替え、持ってくればよかったよ~、今度、かたなし君のお家に来るときは、持ってこよっと……」
なにやら、服を身に付けながらぼそぼそと言う、せんぱい。
ていうか、それって、今度俺の家に来たときも……その、良いってことですか!?
……なんて、今は喜んでいる場合ではない。
「き、着終わったよっ、かたなし君っ!」
せんぱいにも、テレがあるのだろうか、内緒話のような声でオドオドと言う。
薄暗いベッドで二人きり……。なにやら、映画みたいに、悪の手先から逃げている一場面のようで、スリリングで面白い……なんて、少し、思ってしまう。まあ、そんな映画のヒロインとしてはせんぱいは、余りにも見た目が幼すぎるが……。しかし、そんなせんぱいを俺は好きになったのだ。俺にとっては、どんな有名女優よりも、せんぱいが美しい。
「ど、どしたの? かたなし君?」
「えっ? 何がですか?」
「いや……なんか、にやけてたから……」
……どうやら、俺は知らぬ間に、にやけていたらしい。
「……せんぱいと、こうなれて、幸せだなって、そう思ってただけですよ」
「えっ? ちょ、やだ~、な、なに言ってるの~?」
言った俺も恥ずかしかったが、それ以上に恥ずかしがるせんぱいを見るのが面白かった。
「……ちょっとーー? そうたーー? だれかいるの~?」
梢姉さん……!? まだ、いたのか!?
「だっ! だれも、いないって! 電話! 電話だよ! い、伊波さんと電話!!」
ゴメン、伊波さん……なんか、知らないけど咄嗟に伊波さんの名前出ちゃいました。
「あー、そう、伊波ちゃんかー、仲良くやんなよー。じゃあ、私、下行ってるわぁ」
梢姉さんはそう残すと、階段を降りて行った。
そして、しばらくの沈黙の最中……
「……かたなし君、伊波ちゃんとよく電話してるんだ……?」
プリプリとした顔で、俺に視線を送って言うせんぱい。
「えっ!? い、いや、さっきのは口実ですよ!? ただの!」
思わず、テンパって説明する俺。
……ていうか、嫉妬……? してるせんぱい、可愛いな……。
「というかですね? 俺が好きなのは、せんぱいだけですよ……何度も、言わせないで下さい……」
「……じゃあ、『ぽぷら、愛してる』って言って?」
プイッっと、横を見て言うせんぱい。
――ええーー?? せんぱいって、こんなキャラだっけ? お、女の人ってこういうものなのか??
「ぽ……ぽぷら……アイシテイル」
「えへへ! わたしもー!」
――早くも、尻に敷かれている……!? ああ、でも、いいや、こんな満面の笑みで喜んでくれるんだから……だったら、俺はいくらでも、敷いてくれ。せんぱいの座布団にでもなんでもなってやるよ……。俺は既に『骨抜き』状態なんだから、座布団にするには丁度いいだろう……。
――幸せだった。だから、考えないようにしていた。かたなし君が好きだ。大好きだ。かたなし君も、わたしのことを好きと言ってくれている。だったら、もうこれでいいじゃない。もう、難しいことは考えたくはない。今が、幸せならそれでいい。伊波ちゃんには悪いけど、もう、どうすることもできない。伊波ちゃんに、かたなし君を渡すことはできない……。
この日、私は、公園に来ていた。かたなし君と結ばれたあの日、梢お姉さんが部屋に来たりして、びっくりした後、わたしは何とか家の人にばれずに外に出ることができた。2階の窓から、ロープで外に出たのだ。まるで、映画だ。ハラハラして面白かったけど。そうして、その後、かたなし君に「今日の所は帰って」と言われて帰った。
次の日、話し合いたいことがまだ話せてなかったので、とかたなし君に言われ、今日もかたなし君と、会うことになった。それが、今いる近所の公園だった。
ブランコに一人で座り、キコキコと、上下に揺らしながら地面を見つめる。公園の土は黒くてもう何年も前から整備されてないように見えた。
昔はよく、お父さんと一緒に公園に来たなぁ、と子供のころの記憶を思い出した。と言っても、もっと、自宅に近いここではない公園だったけど。
あの頃は、お父さんともよく遊んだっけ。今は、仲が悪いという訳ではないけど、なかなか話をする機会もない。中学生くらいの時から、自然とあまり喋らなくなったし、その頃くらいからは、家族で出かける事も減っていた。その頃はわたしが、変に意識してしまっていた部分が大きし、今では特に意識してはいないけど、今度はバイトや勉強で忙しい事もあり、結局そのまま、今の形になってしまったんだと思う。
「すいません! せんぱい! 待ちましたか?」
好きな人の声が聞こえたと思って、我に帰り顔を上げると、丁度かたなし君が、到着した所だった。
「あっ! かたなしくん、遅いよ~」
「えっ、ああ、ごめんなさい」
「冗談だよ、時間通りじゃん」
「えっ? ああ、そうですよね」
ほっとした様子でかたなし君がそう言うと、わたしの隣のブランコに座り、わたしの方に顔を向ける。
「えっと、それでですね、せんぱい。今日は、大事な話をしようと思っていまして……実は、昨日もその話をする予定だったんですが、まあ、その……色々、ありましたからね」
少しソワソワした様子でかたなし君が言った。
「……えと、伊波ちゃんのことだよね……?」
はっきりとわたしがそう口にすると、かたなし君は予想外だったのか、
「えっ? わかってたんですか?」
と、目を見開いて口走った。
「うん……本当は、分かってたの……でも、その……逃げてたの……わたし……伊波ちゃんのことから……ずっと……」
もう、誤魔化せない。今日、誤魔化した所で、明日。明日誤魔化した所で、明後日に話をするだろう、かたなし君だったら。いや、それでいいんだ。引き伸ばせば、問題を忘れてしまうような無責任な人ならそもそも好きになっていない。
「……分かっていたんですか。……じゃあ、今までは、分かっていながら気付いていないふりをしていたってことですか?」
「……そういうところもあったよ」
「……そうですか。えと、じゃあ、昨日のことも、分かってて?」
「いや……昨日のことは……その……本当に、わたしの勘違いかな……? でも、伊波ちゃんのことを考えないようにしてたから……勝手に自分の都合の良いように勘違いしちゃったのかもね……」
そうわたしが言うと、かたなし君は下を見てキコキコとブランコを揺らし始めた。そして、しばしの沈黙の後……
「その……どうしてせんぱいは、伊波さんのことがそんなに気にかかるんですか?」
見上げるようにこちらを向き、そう聞いてきた。
「……だって、元々、かたなし君と伊波ちゃんをくっつけようとしたのはわたしだもん……二人が上手く行ってほしい……って思ったから、海についてったりしたんだよ」
「……ああ」
かたなし君は、納得したように何度か頷いた。
「そんな、わたしが……伊波ちゃんから、かたなし君を取っちゃったんだもん……伊波ちゃんに合わせる顔なんてないよ……」
わたしは、そう言ってうつむいた。
「……せんぱい一人の責任じゃないですよ」
「えっ……?」
「海での、あの時、勝手にせんぱいを好きになってしまったのは俺のほうです。俺がせんぱいのことを一方的に好きになったんです。だから……せんぱいは、何も気に病むことは無いんですよ?」
穏やかな笑顔で……すごく、安心できるような顔で、そう言ってくれる、かたなし君。なんて、この人は優しい人なんだろう。なんで、わたしにこんなにも優しくしてくれるのだろう。
「……で、でも、かたなし君……わたしのほうが、年上なんだし……やっぱり、伊波ちゃんのことは……」
煮え切らない様子でそう言うわたしを見たかたなし君は、ブランコから立ち上がり、わたしの背後に立った。そしてわたしの腰を両手で掴むと、
「……ふむ、それじゃあ、こうしましょう! 俺達二人に半分ずつ責任がある。だから……一緒に伊波さんに、俺達のこと、伝えに行きましょう? それで、伊波さんが納得できないようでしたら、二人で誤る。それでいいですか?」
そう言って、軽く、わたしの腰を押した。
ブランコが上下に揺れる。目に見える全ての世界が揺れる。ブランコが後ろに戻ると、また、かたなし君が、軽く前に押す。わたしは、まるで子供扱いをされている自分や、かたなし君のお父さんみたいな所とか、昔、お父さんによくこうして遊んで貰った事とか、色々な事を、一斉に思い出した。恥ずかしさとか、懐かしさとか、かたなし君と一緒にいる嬉しさとか、色んな感情が混ざって、なぜだか心地よい気持ちになった。
「わたしもー! それでー! いいよー! かたなし君とー! 一緒にー! 伊波ちゃんにー! あやまるー!」
ブランコに揺られながらも、かたなし君に聞こえるように、大きな声で一言ずつ口に出した。すると、急にかたなし君のわたしを押す力がだんだん弱まり、そして、わたしの体を完全に掴んで、ブランコを止めてしまう。そして、後ろから両手で腰に手を回され、そのまま、後ろから抱きしめられた。
「せんぱい…………」
わたしの頭の上にかたなし君の顎がのっている。かたなし君の体が、わたしの背中に密着している。耐え切れず、わたしは振り返る。すると、かたなし君は、わたしの頭から顎を離し、わたしの方を見た。
「かたなしく…………んっ」
振り返り、かたなし君の顔を見ると、言い終わる前に、かたなし君に唇を盗まれる。お互いの気持ちを確かめるかのように、手を絡ませ、舌を絡ませる。そのキスだけでもう言葉はいらなかった。わたしは、この人と、歩んで行きたい。それが例え、友達を失うことになったとしても――――。