「それにしても、良かったね? 一緒のペアになれて」
森林の散策を開始して、数分。隣を歩くせんぱいが言った。
「あっ、はい、そうですね」
俺達は、3組目の順番で、出発していた。1組目に佐藤さんとチーフ、2組目に相馬さんと山田。俺達の後は、店長と伊波さんのペアである。――なんだか、伊波さんには勝手に申し訳ない気持ちになってくる。俺だけが悪い訳ではないのだろうが、なんというか……例えば、今、こうして笑顔を俺に向けてくれるせんぱい――勿論嬉しい事この上ないが――の位置に伊波さんが――伊波さんの場合は怖がってしまっているのだろうか? ――いるような、そんな未来もあったのではないか? なんて考えてしまう……そう思うのもまた、事実だった。
「……かたなしく~ん、なにか、考え事でもしてるの~? さっきから、俯いてばかり……」
もやもやと、そんなことを考えて歩いていたものだからか、頬を膨らませたせんぱいが俺の腕を掴みブラブラ揺れながら言った。
「あっ、ああ、すいません、えと……く、暗いですねえ! 怖いですねえ!」
正直、前なんて全く見ていなかったが、これはきもだめしである――ということを思い出した俺はとりあえず、そうやって怖がってみる。目の前は薄暗いジャングルだ。
「も~! ほんとは怖がってなんてないでしょ、かたなしくん! こんなの、わたしだって怖くないよぉ~!」
せんぱいはそう言っては、俺の腕を自分の胸にたぐり寄せて、ブランブラン。全く怖がっている様子がない。それもそのはず、俺達の前に行った2組――佐藤さんとチーフ、相馬さんと山田は、14分程度……で、何食わぬ顔をして帰ってきた。いや、最も佐藤さんやチーフの顔は薄暗くてはっきりは見えなかったが赤くなっていたようにも見えた。ある意味、色々あったからこそ早かったのかもしれない。相馬さんと山田は自分らが指定した目印だったこともあるのだろう。「簡単すぎた」なんて言って苦笑しながら帰ってきた。
そんな、2ペアを既に見ているからか、せんぱいも俺もなんとなく大した事はないのではないか? ――なんて、思ってしまっている。本当にそうかどうかは別としてそういうイメージになってしまっているのだ。
「……なんだか、本当にまっすぐ行って、帰ってくるだけっぽいし……つまんないな~」
「……アハハ……でも、いいじゃないですか? 変なトラブルになってもやっかいですし……こういうのは楽しければそれでいいんじゃないですか?」
「だーかーらー! 楽しくないんだってばー!」
――なんだか、以前よりも、駄々をこねて子供っぽく……なった気がするな……せんぱい……。
「なんか、せんぱい……前より、子供っぽくなってません?」
思った通りのことを聞いてみると、
「えっ? そう? ……そうかな~? わたし、子供っぽくなってる??」
恥ずかしそうに、目をキョロキョロ、手をパタパタさせて、せんぱいが言う。
「ええ、そんな感じがします……前は……なんていうか、先輩風……ってほどでは無いですけど、そんな所が少しかあったって言うか……」
「えっ? わたし、先輩風吹かせてた?」
驚いたようにせんぱいが言う。
「ああ、いえ! そうではなくて……言い方が悪かったですね……えと、年上として接していたって言うか……」
「あーー、言われてみれば、そうかもしれない……ね。だって、わたし年上だし……でも、今はそんなの、関係ないっしょ? わたし達……こいびと、どうし……だもんね?」
――言いながら、エヘヘヘ……と、恥ずかしさを誤魔化すように下を見て笑う。
「あっ……ああ、そう……ですね? でも、女性って……そうやって、男に甘えたいものなんですか……?」
「そうだよー? それが、普通じゃないのぉ?」
先ほどの恥ずかしさを誤魔化すようにか、少し大きな声でせんぱいが言う。
「いや、俺は男なんでその辺はちょっと疎いですけど、そういうものなんですね……」
「そうだよ~、だって、わた――うわっ!!」
――バサバサバサ、せんぱいが喋っている途中、俺達の目の前を何かの鳥みたいのが、突然通り過ぎた。その時、俺は驚きのあまり、持っていた懐中電灯を落としてしまう。
「あっ! どうしたの? かたなし君」
「すいません、懐中電灯を落としてしまったみたいで……」
辺りは真っ暗とまでは行かないものの、月明かり以外の明かりは無く、とても暗い。俺は慌てて、懐中電灯を拾おうと、辺りを見回し足先を変えた。
――ゴリッ、その音は、俺の右足に何か大きくて筒のようなものが乗った時に鳴った俺の骨の音だ。その正体は丸い懐中電灯で、俺の足をすり抜けると、コロコロと回りながら直進する。
「ああ! あっち言ったよ!かたなし君!」
せんぱいが言った。明かりは付きっ放しであるため、どこで動いているかは一目瞭然である。俺とせんぱいはその懐中電灯を追って、走る。予想以上に勢いの付いた懐中電灯はそのまま転がっていく。おそらく坂になっているからであろう。懐中電灯はアレ一つしかない。俺達は焦ってそれを追った。
「わたしに任せてっ!」
そう言って、せんぱいが前のめりになり手を目いっぱいに伸ばした。そのまま懐中電灯を掴み、「やった!」と、笑みを浮かべ立ち上がった時――足元の石につまずいたのか、そのまま後ろに倒れそうになる。
「せんぱい! 危ないっ!」
俺は、咄嗟にせんぱいに手を伸ばした。そして、せんぱいを抱きしめる。何も手を突けるものはない。このまま倒れるのは避けられないだろう。だったら、せめて、せんぱいが怪我をしないように……。
俺はそのまま、倒れる覚悟をした。抱き合った俺達の状態が落ちる――落ちる――まだ、落ちる――あれ? ……おい、長すぎやしないか?
目をつぶっていたが、不思議に思い咄嗟に目を開けると、なにやら、巨大な穴――に落ちている。ええっ! ――と、驚いて状況を把握した次の瞬間には既に、俺達二人の体は地面に落ちる。――ここまで深いと、怪我は避けられないだろうな……嫌なことを確信しながらも、俺は右手を地面に付く。
「…………ッツ!」
瞬間、尋常ではない痛みが手にかかる。小学生の頃、自転車から転んで腕を折った時の衝撃に似ていた。
「いっ……いたい……いたいよぉ……かたなしくん……」
地面に落ち、少しすると、せんぱいがそう、すすり泣くような声で言う。
「だ、大丈夫ですか? せんぱい……?」
俺は左手をせんぱいの肩において、倒れているせんぱいに言った。近くに落ちていた懐中電灯を持ってきて、状態を確認する。
「足……痛みますか……? せんぱい?」
「うん……痛い……右足が特に……」
――参った。せんぱいの右足は落ちた衝撃でかなりの怪我を負っているようだ。折れているかは判断できないが、しばらく動かせないのは間違えないだろう。
「すいません……今は、これで……」
俺は、ポケットに入っていたハンカチでせんぱいの右足から出ている血をぬぐった。幸いすれ傷自体は浅く血は止まったが、中はどうなっているかは分からない。早い内に手当をしなくてはならないだろう。
俺は落ちた場所――周囲を確認する。左右が壁に覆われており、落ちる前にいた場所は見上げた先――10m位だろうか? 俺達が落ちた所は穴の最深部はそれほど広くは無い。家のリビング位だろうか。簡単に言えば、落とし穴のような所に落ちてしまった。という感じのようだった。
「すいません……せんぱい……せんぱいに怪我させてしまって……」
「そんな! かたなし君は悪くないよ……わたしをかばって、助けてくれたんだもん……わたし一人で、ここに落ちてたら……」
せんぱいはそこまで言うと、悲しそうに口を結んだ。
「あの……どうにかして……助けを呼びましょう……幸い、お互いに致命傷という訳ではありません。今回の事故は不運でしたが、そんなに気に病むことはないですよ」
「……もしかして、かたなし君も怪我しているの……?」
――しまったと思った。たしかに先ほどの言い方だと、俺も怪我をしているような言い方だった。だが、俺の怪我を隠したままでいる事も難しい。隠し通せるものでもない。
「……えと……まあ、右手がちょっとイッてますね。まあ、しばらく不便なだけで大丈夫ですよ」
なるべく、前向きな感じで言ってみたのだが、せんぱいにはそう聞こえただろうか? 実際は、この右手は折れているだろう。かなりの痛みが今も感じている。あまり複雑な骨折ではないことを祈るばかりだ。
「ゴメンね? わたしが穴に落ちそうになっちゃったせいで……」
「いや、本当にそんなこと無いですって! せんぱい、自分を責めないで下さい。元はと言えば、俺が懐中電灯を足で転がしたのが悪いんですから……そんなどっちが悪いかそんなこと言い合ってもしかたがないですよ」
「そうだね……ゴメン」
そう、小さく言うせんぱいの声は、明らかに怪我をする前と比べ落胆した感じが見て取れた。
――とにかく、みんなに助けを呼ぼう。今回の旅行は大変なことになってしまったなぁ……なんて、漠然と思う。しかし、今はとりあえず助けを呼ぶことが先決だ。怪我をしてしまった事は今更、変えられる訳ではない。とにかく、せんぱいの足は冷やすかなにかすれば、痛みも引くだろうし治りも早いだろう。それが今の最善……。
「あっ……そう言えば……」
俺は、一つ気付いたことがあった。俺が肩からかけていたポーチ。相馬さんに渡されたものだ。それに、発煙筒が入っていたではないか! それを使えば、直に助けを呼べる――。
辺りを見回すと、発煙筒を発見した。――しかし残念なことに、ポーチからこぼれ落ちた発煙筒は、崖の上の方に引っかかっており、とても手に届く位置ではなかった。
――非常時にためのものが、非常時に役に立たない。こんな皮肉があるだろうか。
発煙筒が使えないとなると、正直な話、みんなが俺達の身に何かあった事に気付いて、助けに来るまで待つしかないだろう。おそらく……というか、ほぼ間違えなく、ここから出来る限りの声量で叫んだとしても、みんなが待っているだろう森林の出口には届かない。既に地下みたいな所に居るわけだし、少なからず、トリや動物の声が響いているからだ。
つまり、まだ数十分……少なくとも十分以上は、ここで待っていないといけないだろう。
「……わたし、ばちが当たったんだよ……きっと」
どうしようかと考え込んでいた時、地面に座り込んだせんぱいが、しゅんとした顔で言う。
「ばちって……そんな……せんぱいが当たるようなこと……」
俺は振り返り、せんぱいの方を見て否定しようとした時、
「……してるよ」
俺の言葉をさえぎるようにせんぱいが、
「わたし……伊波ちゃんから取っちゃったじゃない……? かたなし君のこと……」
噛み締めるようにそう言う。
「そんな……俺は、せんぱいの事が好きで……こうなったんです……俺はせんぱいと恋人同士になれた事に後悔なんてしてませんよ……!」
「ありがと……かたなし君……でも、わたしが伊波ちゃんから取っちゃったのはやっぱり事実だと思うな……だって、わたしが色々伊波ちゃんとかたなし君のこと、勝手に応援して、おせっかい焼いてたのに……そんなわたしが、ダメにしちゃったんだもん……それも、最悪の形で……」
「せんぱいの言う事は……最もかもしれません、けど、それは俺だって同じです。前に、伊波さんに報告に行きましたけど……それでも、なんていうか……俺の方も罪悪感が、いまだにあって……」
――お互いに、こんなにも好きなのに――伊波さん――という一人の存在が俺達を幸せにしない。けれど、伊波さんが悪いわけではないし……伊波さんは、俺達の事を認めてくれた……表面上は……だけど。
もう、やっぱり、伊波さんとは――なんていうか……友達としては接することは出来ないのだろう……俺もせんぱいも……。何事にも犠牲は付き物だ……とでも、言うのならそれがこれなのだろうか? 仕様がないという事なのだろうか……?
「かたなし君……」
せんぱいが俺を呼ぶ、子供のような声で――。
「なんですか?」
俺が微笑んで答えると、
「わたしのそばに……きて」
風の音にも掻き消されてしまいそうな、かすれた声で……言った。
――俺は、ゆっくりとせんぱいのそばまで来ると、せんぱいの隣に腰を下ろした。そして、せんぱいの腰に左手をやり、そっと抱き寄せる。
「……大丈夫ですよ……せんぱい……」
何が、大丈夫なのか……俺にも分からない……が。俺の心のその無責任さがせんぱいに伝わることは無い。伝わるのは……俺の……せんぱいを安心させたいという気持ち。だって、俺は、その事しか考えずに言ったんだから。必然的にそうなるハズ……そう思いたい。