妄想わーきんぐ。ぽぷら   作:つば朗ベル。

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(22)  背負いたいお荷物  

 ――暫く経った。10分だか、20分だかは分からない。ケータイはどちらも持っていなかった。せんぱいのはホテルで充電中、俺のはポーチの中に入れたままで手の届かないところにある。最もここは圏外なので時間を確かめる事しか出来ないのだが。

 

 こうして、二人とも動けずにただひたすら助けを待つという今の状況は、どうしても心が落ち着かない。そして、つい、ネガティブな気持ちになってしまう。外は先ほどよりも暗くなっており、暗くなり始めると真っ暗になるまでが早い。だが、外が暗くなるにつれ、俺達の気持ちも一緒に暗くなっているという事実には気付かなかった。いつまで、ここで待っていればいいのだろう? 今日中に助けに来るのだろうか? 助けに来るとしてもこの場所が分かるのだろうか? 映画みたいに怖い動物に遭遇したりしないだろうか? そんな、不安に駆られる。先ほどから絶えず聞こえる謎の動物の声、木の揺れる音、月明かり以外真っ暗で、どの暗闇から獰猛な動物が突如として現れるか分からない。男の俺でさえ、これほどに怖くなってくる。せんぱいはもっとだろうか? そう、気付いた時、せんぱいの方に顔を向けると、せんぱいは目を閉じて、怖そうに震えている。それを見た俺は、せんぱいの肩に置いた左手に今以上に、ぎゅっと力を込めた。

「わたしたち……本当にここから助かるのかな……?」

 ふいに、ぼそぼそとせんぱいが、そんな弱気なことを口にする。

「どうしたんですか? せんぱい? 大丈夫ですって、直にみんな助けに来ますよ」

「本当に? ここに居るってどうやって見つけるの? それに見つかってもわたしたち怪我してるんだよ? どうやって、この崖を登るの?」

 すがるような目で俺を見て、不安げにせんぱいが問う。

「それほど、ルートからは遠ざかっていないはず……です。どう崖に登るかは、みんなが何とかしてくれるでしょう」

 ――最悪、見つかりさえすれば、どうにかなるだろう。だが、そんな曖昧な言い方が悪かった。

「何とかって……かたなし君、本当に考えてるの? みんなはわたしたちが怪我していることも、こんなところに落ちてることも知らないんだよ? なのに、何とかしてくれるなんて言えるの!?」

 不安と、怪我の痛みで珍しく苛立ってしまっているのか、せんぱいは怒りをぶつけるように俺に言った。

「そんなこと言いましても、俺だって分からないですよ!? でも、そんなネガティブなこと言ってもしょうがないでしょう? 助かるって信じて待つべきなんじゃないですか!?」

 つい、俺もそんな風に言い返してしまう。気付けば、せんぱいの肩に置いた手も離し、向かい合って、言い合う。

「なによ……そんなに怒って……やっぱり、かたなし君、わたしのこと好きじゃないんだ……? 本当は嫌いなんでしょ? わたしは伊波ちゃんっていう友達まで失ったのに……かたなし君にも捨てられちゃうんだ……?」

 悲しそうにふてくされたように下を向き、目を赤くしてそんなことを言う――。

 

 俺達は何をやっているんだろう? ――こんなことをしても意味が無い。こんな風に二人でいがみ合ってもしょうがない。こんなこと俺は望んでいない。せんぱいとケンカなんてしたくない。

「俺は、せんぱいのこと、好きですよ……それは、いつになっても変わりません。もし、せんぱいが不安になるようでしたら、その度に言ってください。その度に俺は、せんぱいの事が好きだって、そう、言いますから……何度でも」

 俺がそう落ち着いた声で口にすると、

「……ありがとう、かたなし君」

 せんぱいも落ち着いた様子で下を向いてそう答え、胸の辺りのいつも付けているものを大事そうにぎゅっと握った。

「わたし……不安なの……かたなし君が、何度、わたしのことを好きだって言ってくれても……もっと……それ以上に、わたしは好かれたいと思ってるの……」

 

 ――嬉しい事を言ってくれる……と、思うのだけど本人は真面目に言っているのだろう。その、際限の無い俺への愛が返って自分を苦しめて不安を感じている……と。

「でも……せんぱい、せんぱいが俺の事を好きになってくれたのは、俺より、後のことでしょう? 時間が愛の深さ――ではないですが、そういう意味では俺の方がせんぱいへの愛は深いですよ……」

 それは、俺のせんぱいに対する気持ちの大きさを伝えるために言った言葉だったのだが、返ってせんぱいには癪にさわったようで、

「えっ? なに言ってるの? かたなし君……わたしが、かたなし君のことを好きになったのは、あの最初の海の時――かたなし君と同じ時だと思うよ?」

 少し、プンプンと怒ったように頬を膨らませて言う。

 たしかに、俺がせんぱいを意識した時――つまりはせんぱいを好きになった時というのは、海の日の事だ。しかし、その時にせんぱいも……? にわかには信じがたい。

「そんな……それはせんぱいの思い込みでしょう? 好きになってしまってから、前後の記憶が曖昧になるという事は良くあることです、見るからにあの頃のせんぱいは、俺の事なんて――」

「あの時は、自分でもはっきり分かってなかったんだよぉ! かたなし君への気持ちが、好きっていう気持ちだって……! かたなし君だって、そうでしょう? いきなり、はっきりとわたしのこと好きになったの?」

「……たしかに、俺もいきなりって言うことではないですが――」

 

 そう言われても、俺は納得できなかった。あの海の時にせんぱいも俺の事を意識していたなんて……まさか。あの時、俺がせんぱいに何かしただろうか? せんぱいの胸によってせんぱいを意識してしまった時にせんぱいも俺の事を好きになったとでもいうのか? そんなわけがない。

「むぅ~! かたなし君、全然信じてないでしょ?」

 俺の表情から思っている事を読み取ったのか、せんぱいが可愛く怒って言う。

「……でも、だって……あの時からって言われても……」

 そんな煮え切らない俺の返答に、

「たしかに、はっきりと好きだ――って、気付いたのは、店でわたしが失敗しちゃって、お客さんに怒鳴られた時……かたなし君が、抱きしめてくれたこと……あれが、きっかけ……。だけど……そもそも、あの時わたしが仕事に集中できなくって、ミスしちゃったのだって、かたなし君のことをずっと頭の中で考えていたから、なんだよ……?」

 せんぱいは胸に手を当てて、その時の記憶を一つ一つ思い出すように言った。

 

 ――そっか。あの時……せんぱいは、俺の事を考え込んだことが失敗の原因でもあったのか……。それはつまり、それ以前から俺の事が気になっていたという事……。

「ああ、なんか分かる気もしてきましたけど……何か、決定的な事とかないんですか?」

 俺が言うと、

「う~ん、決定的な……あっ、じゃあ、しょうこ見せてあげるよ! しょうこ!」

 急に、ヘヘン――と、笑みを浮かべてせんぱいが言った。足も痛むだろうに、おそらくこうして俺と喋る事で紛らわしているのだろう。俺の右手の痛みと共に……。

 ――しかし、証拠……? なんだろう。せんぱいが俺の事を海の時から気になっていた、証拠…………。

「かたなし君……ずっと、気が付いて無かったみたいだったけど……」

 そう、言いながらせんぱいは、自分の首の後ろに手をやると、ポニーテールをパサッ――と、後ろに放り、その間に手を入れた。そして、最近ずっと、身に着けていたネックレス? のようなものを外す――。

「あっ――!!」

 思わず、びっくりして声が出た。せんぱいが首からずっとかけていたもの……それは、あの海の日に俺が拾った――厳密には渡したのは後日だが――あの、綺麗な貝殻だった。

 

 ――そうか、せんぱいが俺の家に来た時、その帰り際に俺が渡した貝殻――せんぱいが耳に当てて、その音色を聞いていた。せんぱいに良く似合った貝殻――あれを……。

 次の日、仕事の時から、今までずっと……付けていたのか――。

 

 

 

「まったく、気付きませんでした。俺が渡したその貝殻……ずっと大事に身に着けていてくれたんですね……?」

 かたなし君が驚いたようにそう言った。

 ――やっぱり、かたなし君、気付いてなかったんだな……ずっと大事に付けてたのに……。

「その、海の日の俺との思い出のものである、その貝殻……それをずっと身に着けていたことが、その時から俺の事が気になっていたという証拠――って訳ですね?」

 かたなし君は、大事そうにわたしが首から外した貝殻を手に乗せると感心しながら言った。

「そういうこと! ね? これで信じてもらえた?」

 ずっと、お守りだと思って身に着けていたこの貝殻がこんな事で役立つとは思ってなかったけど……。

「そう、ですね。どうやら、俺が間違えていたようです。せんぱいがそんなに早くから俺の事を意識しててくれていたなんて……嬉しいです」

 わたしの方に笑顔を向けて、かたなし君がそう言う。

「だからね? わたし達は同時に好きになった……それでいいんじゃないかな?」

「そうですね、何にしても……俺は、せんぱいの事、これからもずっと好きですよ? だから、何も不安にならないで下さい、何があっても、せんぱいのこと……守りますから」

 

 ――そう、優しく、言ってくれる。幸せだ。こんなにかたなし君に愛されていて…………でも、幸せすぎる。幸せすぎて怖い。……伊波ちゃん。

「伊波さんのことは……俺も一緒に頑張りますから」

 わたしが、伊波ちゃんのことを考えたタイミングで、かたなし君がそう口にして驚く。

「……なんで、わたしが今、そのこと考えてるって分かったの?」

「いや、不安そうな顔してましたし……というか、俺もですけどせんぱいの中で、もう、残る不安と言ったらそれだけじゃないんですか?」

 ――そうだね。でも、唯一にして最大の砦だよ……。

「――しく~ん……」

 

 その時だった。遠くから――とても遠くのほうから声が聞こえた気がした。動物の声ではなく、人の声。耳を澄まして、かたなし君にも声がした事を教える。二人で黙って、耳を澄ませてみると、

「――にいるの~ ――ぷらちゃ~ん」

 今度は、それなりにはっきり聞こえた。多分、八千代さんの声だと思う。

「ここにいまーす!!」

 かたなし君にも教えようとした時。かたなし君にも聞こえていたんだろう、かたなし君は、左手を口に当て、大きな声でみんなが居る穴の上に叫んだ。

「かたなしくん……」

「はぁ~、聞こえましたかね~? 今ので。……多分聞こえたと思うんですけど……」

 ――ここで、聞こえなかったらみんな別の場所に言っちゃうよ……。

「かたなし君、その……かたぐるましてもらえる?」

「えっ? ……ああ。そうですね、なるべく高い位置のほうが、聞こえる可能性が」

 わたしの思惑を理解したかたなし君が、わたしを肩に乗せる。下半身がかたなし君の首や肩に触れて、何だか恥ずかしい――。なんとなく下半身を動かすと、かたなし君は「うっ……」とか「あっ……」とか、小さく声を出す。……可愛い。

「ここにいるよー! だれかきてー!!」

 かたなし君に、肩車されながら、手を口にやり、大声で叫んだ。

 肩車されて見る世界はいつもの高さとは全く違った。月の光以外無かったからあんまりはっきりは見えなかったけど、佐藤さんなんかはいつもこれ位の高さで景色を見ているのかな……なんて思うと、少し羨ましい気持ちになった。それから、みんなの声が近くに聞こえてきて、わたしの声が届いていた事が分かった。かたなし君に、「やったよ! 届いたよ!」と、下を見て報告する。それから何度か声で場所を知らせると、みんながガケの上まで来ていた。

 

 手分けして探しているのだろうか? 来たのは、八千代さんと佐藤さん、相馬さんの三人だった。でも、私達二人は怪我をしている……どうやって、助けてもらえばいいか。そのことを上に居た三人に言うと、

「大丈夫だよ! こんなこともあろうかと……これが!」

 相馬さんがそう言って、長いロープを下に投げた。

「しかし……俺は、右手を……せんぱいは足を負傷していますし……どうやって登れば……」

 かたなし君が考え込むように言って、わたしを肩から下ろした。

 

 足を負傷しているわたしは勿論……左手しか使えないかたなし君も、ロープを登ることは無理だろう。かといって、誰かが一度降りる訳にも行かない。足を踏み外せば私達にみたいに怪我をしちゃったら意味が無いから。

「……こうなったら、俺が、せんぱいを背負って、片手で登るしか――」

 一人でも難しいのに、かたなし君はそんな事を言い出す。自分が助かることじゃなくわたしを助けることを考えていたかたなし君のその気持ちは素直に嬉しかったけど、出来ないことは出来ない。

 ――あっ? そうか、わたしがかたなし君に背負ってもらえば……。

「かたなし君! それでいこう! わたしを背負ってもらえれば二人で、上がれるよ!」

「……せんぱいがそう言うなら……左手が一生使えなくなろうとも頑張ります……!」

 かたなし君は、一瞬驚いた後、決心を固めたようにそう言う。

「かたなし君! 勘違いしないで! わたしが後ろから右手を出してロープを掴むの。そうやって、二人の力で登れないかな?」

「……なるほど、交互に2人の手を使って登るって事ですね! ナイスアイデアです、せんぱい! ……でも、それだと、せんぱいの負担が……一時的とは言え、二人の体重を右手で支えるんですよ?」

 不安そうにかたなし君が言う。

「大丈夫だよ……それに……わたしが背負われて何もしないで居るなんて……それこそ、お荷物じゃない……わたし、これからもかたなし君と、一緒に生きていくんだから……お荷物になんてなりたくない!」

 ――ふたりで……支えあって――生きていくんだから!

「……せんぱい……分かりました。それで行きましょう! でも、無理しないで下さいね!」

 感動したようにかたなし君がそう言うと、今度は顔を引き締めて、わたしを背中に背負った。

「本当は背負いたいんですけどね……せんぱいのこれからの人生、全部を」

 背負って、わたしに顔を見せずにそう言うかたなし君。多分、見せられないくらいに恥ずかしがっているんだろう。でも、その言葉は、言われたわたしも恥ずかしいくらいに、嬉しい言葉だったんだけど……。

 

「……じゃあ、行きますよ?」

 そう言って、かたなし君が下ろされたロープを左手で握る。わたしは、背中でかたなし君の体をぎゅっと、めいっぱいの力で抱きしめ、右手をロープに差し出す。体に力を入れると、足の神経も反応するのか、強い痛みが走る。でも、痛いと言えばかたなし君が気にしてしまうだろうし、かたなし君は言わないけど右手が凄く痛いはずだ。かたなし君とわたしの体……ふたりの力で……ふたりの力でお互いに支えあって……登るんだ!

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