かたなし君が左手で体を持ち上げた。次はわたしが右手で支える番だ。
「ううっ……!」
……きつい! 思わず、声が出る。かたなし君がなるべく負担がかからないように、すばやく上に左手でロープを掴んでくれるんだけど、二人分の体重を数秒とは言え、支えるのはとても右手に負荷がかかり大変だった。
「大丈夫ですか? せんぱい!」
「うん……だいじょぶ……かたなし君こそ、そんなに左手で止まって大丈夫なの?」
こう、会話をしている間も、かたなし君が左手で二人の体を支えている。
「俺の方は大丈夫です、まだまだ余裕があります。せんぱいに無理がかからないよう、休み休み行きましょう?」
辛い筈なのに、そうやって、笑顔でわたしに言ってくれるかたなし君。本当にかたなし君は優しい。だからこそ、無理して欲しくない。わたしも支えてあげたい。そう思う。
「二人とも、大丈夫かい!? 頑張って!」
相馬さんの声を聴き、上を見ると、相馬さん、佐藤さん、八千代さんが三人でロープを引っ張っている。だけど、二人分の体重は結構重いのか、支えるので精一杯のようだった。
「ぽぷらちゃん! わたしが、あの事、助けてあげるって言ったのに……その前にこんな所から早く出ないと……それどころじゃないわ!」
八千代さんが心配そうに言った。あの事……って言うのは、さっきホテルに居た時に話した伊波ちゃんとの事だと思う。
――その後、何度か上に手を伸ばして体を持ち上げる作業を繰り返した。その度に、わたしの右手は限界に近づく。段々と右手の疲労は蓄積して行き、肩の辺りまで重くなってきていた。上を見ると、まだ、半分くらいの位置で、あと半分も登れるのだろうかと不安になる。
「……正直、厳しいですね」
そんな時、かたなし君が口を開いた。
「……えっ? わたしならまだ、大丈夫だよっ??」
「いえ、見ていたら分かりますよ……せんぱいは、あと、2回か3回しか、右手を使えない。俺はまだ、余裕がありますから支えられますが……」
かたなし君の言う通りだった。わたしが右手で体を持ち上げる速度は段々と落ちていたから言わなくても気付いたんだ……。
「相馬さん! こっちはもう限界です! そっちで引っ張り上げることはできませんか!?」
かたなし君が上に向ってそう叫ぶ。
「ごめんね? かたなし君……わたしが力のないせいで……」
「……いえ、女性に力が無いのは普通ですよ、俺だって力があるのは男に生まれたからで……別に凄いことなんてありません。せんぱいが謝る必要なんてありませんよ」
――どんな時でも、わたしを攻めないかたなし君は本当に優しかった。
「そうだわ! 小鳥遊くん! ぽぷらちゃん! ちょっとの間、我慢してもらえる? 私が、京子さんとまひるちゃんを呼んでくるわ!」
八千代さんが急にそう言うと、ロープから手を離し、懐中電灯を片手に森に向かって行った。突如ガクンと、一瞬ロープが落ちる。けど、佐藤さんと相馬さんが先ほど以上の力で支えたのか、そのままロープが保持する。
「気をつけろよー! やちよー!」
そう言った佐藤さんの真剣な表情と声から、めいっぱいの力で今も支えているのだという事がなんとなく伝わった。
「大丈夫? かたなし君……?」
「まだ……なんとか」
そう言って、かたなし君は、ガケの足場になりそうなくぼみに足をかけ、左手の負担を減らすと、
「ふう……これで、しばらく、休めます」
そう言って一息つく。
わたし達より、上で支える相馬さんと佐藤さんが心配だった。
――数分後。杏子さんと伊波ちゃんが急いで現場に来る。葵ちゃんも一緒だった。
今までロープを支え続けていた、佐藤さんと相馬さんに変わって、杏子さんと伊波ちゃん、八千代さん、葵ちゃんの四人でロープを支える。
けど、先ほどと同じ位の力なのか、ロープは少ししか上がらない。まだ、半分ほどの位置なので、わたし達が自力で登るのも難しい。
「ダメだ。同じ位の力じゃあ、さっきと同じだ。俺達が自力で登るにも限界がある……どうにかなりませんか? 相馬さん!」
かたなし君が渋い表情で言う。
「そうだね……ロープは崖までの位置を考えると四人しか支えられないんだ……そして、なるべく力のある人が後ろで引っ張るべきだと思う……見た限り、伊波さんだよ、一番力があるのは……でも、それが問題で、伊波さんの前に佐藤君や俺が引っ張らないといけないということになる……それがネックなんだ」
相馬さんがそう言って、考え込む。そっか。伊波ちゃんの前に男の人を置くと、殴っちゃうから……だから、難しいんだ……だから、伊波ちゃんを前に置くしかない、でもそれだとパワー不足……。
「……わかったわ!」
その時、急に八千代さんが閃いたようにそう言うと、ロープを掴む伊波ちゃんの元に行き、何か話し始めた。
「……ぽぷらちゃんと……仲直りしたくないの? ちゃんと前みたいに心から話し合えるお友達として一緒に居たくないの……!?」
崖の上を見ると、八千代さんが細い目で真剣な眼差しを向け、伊波ちゃんを説得していた。
――っ! 八千代さん……! わたしのために、そんな……。
「わ、私……は、その……種島さんとは……前みたいに、お喋りしたい。その、私そんなに友達も多くないし……種島さんは大事な友達だったから……」
真正面から見つめる八千代さんには目を合わさず、下を向きながらぼそぼそと伊波ちゃんが言った。
――伊波ちゃん……わたしも、伊波ちゃんと前みたいに心からお喋りしたい……!
「伊波ちゃん! 助けて! わたし……伊波ちゃんのこと、好きだよ! かたなし君は不意打ちみたいに取っちゃったけど……それでも、もし、わたしのこと許してくれるなら……わたしは、伊波ちゃんと前みたいにお友達でいたい――!!」
気付けば、そう伊波ちゃんに向って叫んでいた。自分で言った言葉に、わたしはこんなにも伊波ちゃんのことを想っていたのだという事を――再認識した……。
「種島……さん……」
伊波ちゃんはハッとして、下にいるわたしを見ると、うつむいて考え込むように口を閉じる。
そんな様子を見ていたかたなし君が、「俺も一言良いですかね?」と、わたしに言うと、
「あの……伊波さん……聞こえていますか? えと……俺はせんぱいのことが好きです。それは何があろうとも、この先変わらないことだと思います……ですから、せんぱいだけが悪い訳じゃないんです! ……でも……出来れば、前みたいにせんぱいと笑い合える仲に戻って欲しい……その分、俺の事はいくらでも恨んで下さって結構ですし……前以上に殴られても良いです……だから――せんぱいと、仲直りして上げて下さい……お願いします……!」
そう、上に居る……伊波ちゃんに向けて、言った。
「かたなし君……そんなに、わたしに尽くさないで――! そんなに尽くされると……わたし、かたなし君に甘えてばかり……貰ってばかり、だよ……」
かたなし君の背中をぎゅっと抱きしめて、その背中に言う。
「えっ? ああ、それじゃあ、せんぱいから俺にも一つ下さいませんか? それでチャラって事で……」
微笑んでかたなし君が言う。
「……なにかな? わたしに上げられるものだったら……」
「……永遠の愛……ですかね? ――あっ、ちょっと重過ぎますか?」
「ふふふ……ダメだよ。だって、それはもうとっくにかたなし君にあげてるもん!」
「アハハハハ……」
――幸せに2人で笑い合った。
「まったくーー!! ひ、人が真剣に考え込んでるのに、このおしどり夫婦がーー! わ、私のことで、話し合ってたんでしょーー!」
顔を真っ赤にして怒る伊波ちゃんの声が聞こえた。けれども、伊波ちゃんの顔は本気で怒ってなくて……なんていうか……しょうがないなぁ――って感じの顔に見える。
――見ると、上にいるみんなもヤレヤレと言った顔で見ている。……恥ずかしい。
「もうっ! ほら! 種島さん? 小鳥遊くん? ほら、一気に行くよ!」
――吹っ切れた……の、かな? 伊波ちゃんの口元は微妙に微笑んでいて、前までの伊波ちゃんの心の無い名前の呼び掛けではなく、友達に対する呼び掛け――に、戻ったように……わたしには聞こえた。
「はい! それじゃあ、準備OKね! 佐藤くん? 相馬くん? もう疲れは引いた? まひるちゃんの前で、引っ張ってもらえるかしら?」
どうやら、八千代さんの計画通りのようで、そう言ってその場を仕切る。
「え……でも、轟さん? 伊波さんだよ? 男の俺達が行くと――?」
「大丈夫です!」
相馬さんの不安気なその言葉を遮るように伊波ちゃんがはっきりと言った。
「――えっ? でも……」
それでも、不安そうな相馬さんだったが、次に伊波ちゃんが取った行動で驚きを見せる。
――なんと、伊波ちゃんは、ロープの先端を腕に巻きつけると、そのまま肩に背負い、後ろ向きになって背負い込むようにロープを引っ張る体勢を取ったのである。
――か、かっこいい……伊波ちゃん……でも、あの体勢かなりの負荷がかかるんじゃ?
わたしの不安そうな顔からかたなし君が思っている事を感じ取ったのか、
「大丈夫ですよ……せんぱい。伊波さんのパワーは多分、女性陣が思っている何倍ものパワーを持っています。負荷のかかるあの体勢でも、伊波さんは問題ないでしょう……いや、むしろあの体勢こそが、伊波さんのパワーを最大に活かせる最善に策でしょう! 前まで毎日のように殴られていた俺が保障します」
と、自信満々にかたなし君が説明した。
「佐藤さん? 相馬さん? 準備いい? いちにのさんでいくよ!」
両腕にロープを巻きつけて、かっこいいポーズでそう言う伊波ちゃん。
「あ、ああ」
「お、おう」
佐藤さんと相馬さんも圧倒されながらも、ロープを引く準備をする。
「いち! にの! ――さーーん!!!」
伊波ちゃんがそう言って、肩にロープを担ぎ込んで腕の力いっぱい使って、背負い投げのようにロープを引いた。佐藤さんと相馬さんも引きずり込まれないよう、何とか堪えて補助する。――わたしに見えたのはそこまでで、次の瞬間からは、縦に揺れる絶叫系のアトラクションに乗った時みたいに、辺りの景色が縦に伸びて体ごと浮き上がった。まるで無重力みたいに風を全身に受けて身が軽くなると、ブワッ――っと、風が鳴った。
その次の瞬間、高々と体が上がった感じが無くなり、見ると、穴の上まで来ていた。
地面に落下する瞬間、かたなし君がわたしの体を包み込んでくれて、ドシャッ――という音と共に下になったかたなし君が地面にぶつかった。
――ワーーッ!!
わたし達が、穴から救出すると、穴の前に集まっていたみんなが一斉に歓喜する。
「やりましたね! 伊波さん!」
葵ちゃんが目を輝かせて言った。
「ぽぷらちゃん、怪我は大丈夫?」
八千代さんも心配そうに言った。
それに、「なんとかね……」と答えると、相馬さんや佐藤さんも良かった良かったと口をそろえてホッとしていた。
そんなみんなを見て、わたし達、助かったんだなと実感していた時、伊波さんが考え深い表情でわたしに近づいてきた。
「……伊波ちゃん」
見上げて、わたしが言うと、
「種島さん……今まで、ごめんね? 私、嫉妬してた。……小鳥遊君のことで。……でも、もうその事はもう吹っ切れたよ! さっき、あなた達二人が、お互いに想い合っているように見つめ合って話すのを見てたら……お似合いだなって、思っちゃった」
そう言って、えへへと笑い……
「なんだろう? 悲しいのに、嬉しいの……好きな人を取られちゃったのに……でも、私にとって大事な二人が、幸せそうに結ばれているのを見て……嬉しいとも、思うの。私の好きな、小鳥遊君も……種島さんも……幸せそうにしてる……それは、嬉しいなって!」
言いながら、笑顔でぽろぽろと涙を流し始める伊波ちゃん。それは、悲しさの涙なのか、嬉し泣きなのか――わたしには分かんないけど――わたしから目を逸らさないではっきりとそう言う伊波ちゃんの言葉には強い気持ちがこもっているのは良く分かった。
「伊波ちゃん……ゆるしてくれるの? わたしのこと」
「ゆるすも何も……種島さんは何も悪いことしてないじゃない? 人を好きになる事は……何も悪いことじゃないんだよ?」
「ありがとう……伊波ちゃん……これからも、ずっとずっと友達でいようね?」
そう言ってわたしは伊波ちゃんの手を取ると、
「うん! 種島さんは……私の大事な、お友達だもん! 当たり前だよ……」
伊波ちゃんはそう言い、わたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
――足の怪我は痛かったけど……ずっと、心を蝕んでいた痛みは……いつの間にか、心の奥から……すっかりと消えていた――。