「伊波ちゃ~~ん!!」
わたしは、一人で砂遊びしていた伊波ちゃんに声をかける。
「あっ! 種島さーん、どこ行ってたのーー?」
「えっ? ああ、ちょっと、かたなし君トコ……」
……伊波ちゃん。こんな所で砂遊びしてたんだね……一人で。
「えーー? わたし、気付いたら、種島さんいないから、どこ行っちゃったのかと思ってたよーー!」
心配そうな目で、伊波ちゃんが言う。
「ご、ごめーーん! 伊波ちゃん! あっ、もう、かたなし君がバーベキューの準備してるから、ご飯食べよっ!? おなかへったっしょ?」
そう言って、わたしは伊波ちゃんの手を取り、かたなし君の居る方に向う。
「そ、そう言えば、伊波ちゃん? どう? かたなし君と……?」
砂浜を二人で歩きながらわたしは聞いた。
「え、えぇ~? どう……って。まだ、全然話せてないよぉ……! 最近、ちょっとは良い雰囲気なんじゃないかな……って、思ってるし、今の状況大切にしたいし……だから、あんまり……行動起こせないっていうか……」
「そんな……前にも言ったけど、伊波ちゃん……頑張らなきゃダメだよ……! そんなことだったら、かたなし君だって、他の女の子の方にふらっと行っちゃうかもしれないよ……?」
いつも通り、はっきりしない口調で言う伊波ちゃんについ、強い口調で言ってしまう。
――現状維持も大事だと思うけど……はっきりしない伊波ちゃんもどうかなって思うよ……。
だが、その時だった。伊波ちゃんは考え込むようにして黙った後、不意に足を止める。腕を掴んでいたわたしは必然的に引っ張られる形になった。わたしが、軽く手を引っ張って見せても、伊波ちゃんはその後も動こうとせず足が砂にめり込むだけだった。
「どうしたの……伊波ちゃん……?」
不思議に思い、わたしが聞くと、
「……そう……だよね。わたしみたいにはっきり、好きって言えない子なんて……小鳥遊君だって、嫌いになるよね……?」
急に震えた声で言う伊波ちゃん。
「あっ、え、いや、そんなことないよ! 伊波ちゃん! かたなし君だって、伊波ちゃんのこと、好きになるって……!」
「そんなこと言って……本当は、わたしを騙して、あなたが狙ってるんじゃないの!? 小鳥遊君のこと……!」
……わたしが、かたなし君のこと……?
「そ、そんな! 違うよ! 伊波ちゃん! わたしは……かたなし君のことなんて……」
――嫌い……じゃないけど。
「はっきり、言ってみてよ! 『嫌い』って! ほら、言えないの……!? やっぱり、小鳥遊君がふらっと、行っちゃう子って、種島さんのことなんじゃないの……!?」
伊波ちゃんの目からは、ぽろぽろと涙が流れる。その涙は、海水浴場のわいわいとした雰囲気とは、けして交わらないほどに、孤立していた。
「伊波ちゃん……ごめん……」
なんて言って良いのかわからない。今の伊波ちゃんに……かける言葉が見当たらない。
「なに……? ごめんって、今日だって、わたしより、小鳥遊君と話してたじゃない! 楽しそうに……!」
「だって……それは……伊波ちゃんとたかなし君の仲を取り持とうと思って……」
なんだか、わたしの方も泣きそうになってきた。伊波ちゃんの……伊波ちゃんの気持ちが……今になって、心にのしかかって、鉛のようにわたしの心を重くしていた。
わたしは、甘かった。とても……。伊波ちゃんの気持ちなんて全然分かってなかった。逃げているだなんて、思っていなかったんだ……伊波ちゃんは。
……そんなんじゃなかったんだ。伊波ちゃんは本気で――わたしが思っていたよりも、本気で、小鳥遊君とのことを考えているんだ……。
当たり前だ。当事者が、一番、真剣だ――。
わたしは伊波ちゃんへの配慮が、大きく欠けていたことに気付き、胸が強く締め付けらる思いがした――。
「伊波ちゃん! 本当にごめん! わたし、伊波ちゃんの気持ち全然分かってなかった! ごめんね……?」
思わず、涙が出てしまう。伊波ちゃんと同じくこの場には、酷くそぐわない涙が――。
「……あっ、種島さん……泣いて……」
わたしの涙を見ると、伊波ちゃんは、目を丸くしてうつむいた。そして、一瞬、恥ずかしがってから、手の甲で涙を拭くと、
「あっ……やだ、わたしったら! その……ちょっと、不安になっちゃって……お、思っても無いこと言っちゃったみたい……! ごめんなさい! その……今言ったこと、全部……忘れて? 種島さん!」
そう、笑顔を無理に作った顔で伊波ちゃんが言った。
だけど、わたしには分かっていた。さっきのは、伊波ちゃんの言いたくても言えなかった本音だったってことは。でも、伊波ちゃんがそう言うのなら、わたしは忘れようと思う。忘れたふりは……しようと思う……。
会話の無いまま二人で歩き、かたなし君の所に着くと、すでにかたなし君が、準備をしている最中だった。よく見ると、食べる食材は既に置いてあるようだった。
「えっ! はや~い! もう、材料買ってきたの!?」
「あっ……せんぱい! 遅かったですね! 実は、近くに丁度よく食材を売っているお店を見つけまして、結構値段も手頃だったので、まとめて買ったんですよ」
かたなし君が、バーベキュー用のコンロを設置しながら言う。
「いやぁ、ラッキーでしたよ! なんか、ほんとに割りと安く買えて、思ったより出費が抑えられました! えーーと、みんなで、割り勘でいいですよね……?」
機嫌良さげに、かたなし君が矢継ぎ早に話す。わたしは、なるべく笑顔を装い、自然に見せたが、かたなし君は、わたしと伊波ちゃんを交互に見たあと「どうしたんですか?」と、不思議そうな顔で言った。
わたしと、伊波ちゃんとの、微妙な距離……そして、伊波ちゃんの落ち着かない様子から、察したのだろうか……。
「もしかして、お二人……なにか、あったんですか……?」
以外にも……? 鋭い、かたなし君。伊波ちゃんに問い詰めるように手を止めて言った。
「な、な……なんでもないよ!? かたなし君!?」
わたしは、つい、耐え切れずに言葉を発した。
「すいませんが、せんぱいは黙ってて……伊波さんに聞いてます……!」
かたなし君は手でわたしを制すると伊波さんの方を直視して言う。伊波ちゃんはといえば、相変わらずうつむきながら、口を閉ざしていた。だが――。
「な……、なんでもないよっ……どうしたの? 小鳥遊君? 怖い顔して……?」
何秒かの沈黙のさなか、そっと伊波ちゃんが口を開き、いつも通りの笑顔で言った。
それを、合図にかたなし君の顔も緊張が解けたようにゆるまり、
「……どうやら、俺の勘違いだったみたいですね! それじゃあ、せんぱい、伊波さん! お腹も空きましたし、早く、食べましょう?」
と、材料をテーブルの上に置くと、晴れたような笑顔で口にした。
――バーベキューが始まる。みんなにならって水着の上からシャツを羽織った。エビやイカなどの海産物はもちろん、焼肉も数多くあった。
「こんなに食べきれないよ~~!」
網の上、いっぱい食材が踊っていた。
「あまったら、三等分して持ち帰りますから大丈夫ですよ!」
かたなし君が言う。
「このエビおいしーー!」
伊波ちゃんも、先ほどのことは忘れたようで、豆乳片手に、一心不乱にご飯をほお張っており、バーベキューを満喫していた。
「あっ! せんぱい、ジュース足りてます?」
「ああ、かたなし君、わたしが家から持ってきたジュース取ってくれる?」
「えっ? ああ、この袋ですか?」
「そうそう、それ!」
わたしが指差した袋の中身を、かたなし君はゴソゴソと漁ると、
「うわっ! 何ですかこれ!? なんか、変な飲み物っぽいの入ってますけど!?」
と言って、驚いたようにしてみせる。
「変なものじゃないよ!!」
「え、えーっと『カルシウム100%長身太郎、ミラクル乳酸菌味』……なんか、謎の飲み物出てきましたよ!?」
「謎じゃないよー! それ、案外美味しいんだよ! 一本252円(税込)も、するんだから!」
「うわぁ、なんですか、そのリアルな値段!」
「前に、折り込みチラシであったの!! それ、凄いんだよ! 飲んだ人の身長が3ヶ月で、6.2センチも伸びたんだって!!」
「うわ、それ、なんだか、見なくてもそのチラシどんなのか、凄い頭に浮かびますよ……! たぶん、写真二つの間に矢印とかあって、ギザギザしたようなふきだしの中に『6.2センチアップ!』とかって、書いてて、彼女もゲットしました! とか、書いてあるんでしょ?」
そう言って、かたなし君は一緒に持ってきたわたし愛用のコップにその『長身太郎』を注ぐと、わたしに渡した。
「すごーい!! かたなし君! なんで、見てないのにわかるの!?」
「せんぱい……それ、たぶん……効果な……」
かたなし君は、尻つぼみに何か、言おうとして……やめた。わたしは渡されたそれを、一口飲む。
「…………? ああ、うん、でもね、これほんとにおいしーの!! 効果はあるかどうかは……わかんないんだけど、美味しいからはまってるんだよ!」
わたしが、言うとかたなし君は、「ほんとですか……?」と、疑った眼差しだ。
むう……本当に美味しいのに――。
「ホラ! かたなし君! 一口上げるから、ちょっと飲んでみてよ!」
見かねたわたしは、かたなし君にわたしのカップを差し出した。
わたし愛用のカップを差し出されたかたなし君は、「えっ?」っと、言わんばかりの表情で驚いてみせた。
えっ……? どうしたのかな……?
「ほら! どうしたの? かたなし君?」
そう言って、もう一度カップを差し出す。
すると、「それじゃあ……」と、かたなし君が、わたしのカップを受け取る。かたなし君の左手は小皿で塞がっていて、右手に手渡した。かたなし君は、取っ手付きのそのカップを持ちながら、なぜか、真剣な表情で見つめている。……どうしたのだろうか?
「その……」
「どうしたの? 早く飲んでみて!」
何か、言いかけたかたなし君につい、そう言って急かすわたし。
すると、かたなし君は諦めたような、意を決したような表情をした後、ゴクッ――。っと、喉を鳴らして『長身太郎』を飲み干した。そして、
「あっ! は、はいっ! せ、せんぱい……!」
なぜか、急にあくせくしてカップをわたしに返そうとする。
「えっ……? かたなし君、入れてから渡してよ」
「えっ? あ、ああ、そうですね!」
そう、わたしが言うとかたなし君は焦りながらジュースを手に取り、カップに注ぐ。焦りから、左手に持ったカップが揺れ、今にもこぼれそうになっていた。
「……それで、味は? 美味しかったでしょ?」
わたしが聞くと、
「あ、味なんて、分かるわけないじゃないですか……!?」
なぜか、赤い顔をしながら大声でかたなし君がそう言うと、意味深に横を向いて唇に手をやった。
そんな、不思議な出来事があったりして、なぜだかそれ以降、かたなし君はわたしに対して目を合わせないようにしている気がした。受け答えも「そうですね」とか「ええ……」など、短く素っ気無い。いつものような、余裕が無くなり、何か、心ここに在らずといったような感じにわたしには見えた。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、気が付くと帰りのバスの中だった。行きの時に比べ、日は落ちていて、人も少ないことからバス内は静けさに満ちていた。わたし達は、左の後ろのほうの席に座ると、疲れからか、3人ともあまり喋らずにいた。だが、バスが発ってしばらくすると伊波ちゃんとかたなし君が、楽しく喋りだした。
行きと違い今は、かたなし君の間にはわたしはいない。さっき、伊波ちゃんに言われたことが気にかかったからだ。
――だが、二人は特に問題なく、話をしていた。伊波ちゃんがかたなし君の前の席に座り、後ろを見ないようにしていたからである。
いくら、男の人が近くにいても、見なければ問題ないという所だろうか。わたしが気を回さなくても、本人が何とかするということにわたしは気付くと、何か、自分のしていたことがひどく馬鹿らしく思えてきて、自分がでしゃばっていたような気がして、ちょっと堪えた。
わたしの方が、かたなし君に近い席の、『隣』に座っていたものの、心の距離は何百キロも遠くに離れているような気がした。
背がもう少し大きかったら、かたなし君もわたしと目線が合って、もっとわたしを見てくれただろうか……? 気分が滅入ると、そんな分かりきった自分の欠点も関係があるような気になってしまう。そんな風に鎖のような心のマイナス達が、繋ぎ合わさるようにして、わたしの心を犯していっているような、そんな、重たい気持ちになった。