妄想わーきんぐ。ぽぷら   作:つば朗ベル。

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(8)  暗がりの中で

 ――コンコン。かたなし君の部屋をノックする。そして「はーい」と、返事をした、かたなし君がドアを開けた。

「あっ、せんぱい……どうぞ」

 かたなし君に招き入れられ、わたしは部屋に入った。

 かたなし君は、そのまま、机に戻ると先ほどまで読んでいたように開かれて置いてあった雑誌を読み始めた。わたしは、適当な所に腰を落とし、場の雰囲気に習った。

 その場で黙って、少しすると、かたなし君は顔を雑誌に向けたまま、ちらちらと横目でわたしを見ていた。そして、それが何度か続き、わたしの方から何か言おうかなと思ったとき、

「あの……」

 かたなし君が、口を開いた。

「な、なに?」

「今日は何してたんですか? こんな雨の中」

「……ちょっとね、考え事……かな?」

 あの、仕事終わりに八千代さんの取り計らってくれた話し合いの後、まだ、わたしの中で、もやもやしたものが残っていて、思わず、近くの公園で、一人で思い耽っていた。……なんて、自分でもよく分からない説明をしてもしょうがないと思った。

「あの、もう、こんな時間ですけど、泊まっていくんですか?」

「……でっ、出来ればそうさせて欲しいんだけど……ダメかな?」

「……いや、大丈夫ですよ。居間を使ってください。ふとんも用意しますから」

 そう言って、かたなし君は押入れの方へ向おうと、立ち上がる。

「あ、いや、ここで、いいの!」

 が、それを制止するように、わたしが言った。

「…………えっ!? ここって、俺の部屋ですか?」

「うん、ちょっと、伊波ちゃんのこととか色々とお話があるし、えっと、かたなし君の家に行くの明日って言ってたけど、今、その話しちゃっていいかな?」

「……ああ、そうですね、まだ、9時前ですしね。……まあ、いいですよ」

 かたなし君は、机に戻り、頭をかきながら言った。

 

「……で、伊波さんとのことですよね? 何から話します?」

 何から言えば良いか迷っていた私に見かねたのか、かたなし君はそう切り出した。

「うん、じゃあ、まず、伊波ちゃんは最近、男嫌いは良くなった?」

 わたしが言うと、

「……いえ、正直、あまり変わりませんね。今までより悪くなったって事は無いと思いますが、取り立てて、進展が在ったとも言えません」

 はあ、と溜息をつきながらかたなし君が言った。

「そう……、えっと、伊波ちゃんは、好きな人……が居るんだもんね……何か、他の男の人との様子はどうかな?」

 ――好きな人って、かたなし君のことだけど……。

「う~ん……伊波さんって、基本、あんまり俺以外の男の人と接することがないですからね……好きな人っていっても…………うん……」

 かたなし君は、歯切れ悪く口を閉じた。

「あ、あの~? かたなし君?」

 聞いて良いのか……なんとなく、聞いちゃいけないような気がしたけど、わたしにはどうしても聞きたい事があった。

「……なんですか?」

「伊波ちゃんの好きな人のことだけど……誰なんだろうね? なんて……」

 わたしがそう口にした瞬間、かたなし君の顔がうつむき、少し険しい表情になった。

 

 かたなし君に対して今の言葉は……禁句なのかもしれない。けど……何だか、わたしの中の聞きたい気持ちのほうが、上回っていた。前は、こんなこと無かったのに――。

「…………」

 かたなし君は、無言で答えた。それを不安に思ったわたしが、何か口に出そうとした時、

「種島先輩……」

 珍しく、名前を付けて、わたしを呼ぶかたなし君からはいつもとは違う雰囲気を感じた。

「そのことは……聞かないでくれますか?」

 単なる要望だったのだけど、その目には相手を石にするような冷たさが垣間見れたような気がした。

「あっ……ご、ごめん……」

 

 ――結局、わたしはその場の雰囲気に流されて、それ以上は何も聞けなくなってしまった。その後もお互いに無言の時間が過ぎ、10時半を過ぎた所で、かたなし君が、「今日は疲れたので、先に寝てしまって良いですかね?」と、乾いた笑顔を浮かべながら言って、布団に入って横になった。そして、それから少しした時、ふと「……さっきのことは気にしないで下さい。明日になったら忘れてますから……」と、一言、呟いた。

 

 どうやら、かたなし君の中でも、『伊波ちゃんとのこと』には、色々、複雑なことになっているみたいだ。それで、さっき、直感的に分かってしまったのだけども、おそらく、かたなし君は、『伊波さんの好きな人』が誰か、それをもう分かってしまっている。それでなくては、先ほどの話をあんなに、思いつめた表情で、閉じるはずが無い。

 デリケートな話題、ということにはわたしもよく分かっていた。それ故に、言うべきではないこととも、理解していた。だけど……なんでわたしは聞いてしまったんだろう――?

 前のわたしだったら、こんなに他人にズケズケと入り込まなかったと思う。あんなことは聞かなかったと思う。それがなんで……。

 聞いたらだめだって、分かっていたことなのに。なぜ、自分の中で思いとどまれなかったのだろう? 自分の中の、かたなし君のことを『知りたい!』っていう気持ちが、大きくなってる。だから、聞いちゃう――。

 

 ――前から、あの海の日、辺りから、なんだかわからない胸のモヤモヤと、心の疼きが、今でも、全身に居着いている。感傷的な気持ちになると、特にそれが、体の中で大きく疼いた……。

 

 もう、部屋はとっくに消灯し、暗闇だ。そんな中で、時計のカチカチという音と、わずかに外から虫の鳴く声が聞こえた。部屋からは、たまにわたしとかたなし君が布団をかぶり直す、布擦れと音がお互いの距離の近さを感じさせた――。

 

 ――布団にもぐり、30分以上は経ったと思うけど、わたしは眠れずにいた。慣れない場所だったし、かたなし君の部屋だったし……。かたなし君の息遣いや、小さな声とかが気になっていた。それに、やっぱり頭の中を駆け巡るのはさっきのことだったり、今までのことだったり、とにかく、かたなし君のことばかり、考えていた。

 

「……せんぱい? まだ、起きてます?」

 ふいに、かたなし君のベッドから声が聞こえた。

「…………うん」

 ――答えるべきか、――答えないべきか。すぐに答えるのも、変かなとかも思いながら、結局、わたしは、無視したと取られないギリギリ位のタイミングで言った。

「……その……さっきは、すいませんでした」

「えっ? んーん、そんな、別に気にしてないよ」

 布団をかぶり直しながら、わたしが言った。

「……伊波さんのこと…………俺、気付いてて……考えないようにしてる節があるんです……」

 わたしに背を向けながら……暗がりの中、かたなし君が呟いた。

 やっぱり……気付いてる……んだね。伊波ちゃんが好きな人は……自分だって――。

「伊波さんの好きな人って…………その……俺…………なんですよね……?」

 続けてそう口にする。この暗がりと、静寂の中、いつものような恥ずかしさが薄れて、本音を口にしやすかったのかもしれない。

「っ…………」

 わたしは、無言でいた。自分が言っていいものか? 本人がいないこの場で、わたしが、その事実を口にしてしまって良いのだろうか……? 良い訳が無い。だけど……そもそも、この話をし始めたのはわたしだ……。

「……あっ! 答えないでいいです。よく考えたら……それは、せんぱいに聞くべきではないですね……」

 訂正するように、そう、かたなし君が言った。その言葉に結局、ホッとすることになった。

「……伊波さんのことは――」

 また、少し静かになった後、そう一度口にして、区切ってから、かたなし君は、伊波ちゃんの事を語りだした――。

「……伊波さんのことは……その内、はっきりしないといけないとずっと思っていました。

伊波さんは、男性恐怖症であることを除くと……何も悪いとこなんて無い……可愛い女の子だと思います」

 『可愛い』と、かたなし君が言った時、なぜか、わたしは心臓が一瞬、チクリと針が刺さったような感覚がした。なんだろう?

「ほんとに……伊波さんを観察すればするほど……そのこと以外では、何も問題なくて……なんていうか……本当に不憫な女の子だなって……思っていました」

 そうなんだよね。伊波ちゃん、良い子だよね……。

「だから、色々不安だったっていうか……その……その内、伊波さんの男性恐怖症が治ったとしたら……その時、誰かが伊波さんを好きになる可能性だって、十分あるわけじゃないですか?」

「……うん、でも、それでもいいんじゃないのかな? だって、伊波ちゃんの好きな人って……」

 そこまで言って、わたしは口ごもる。

「……いえ、だって伊波さんが今、俺が好きなのは……いや、好きだとして。……それは、俺以外の男と、あまりコミュニケーション取ってないから、だと思うんですよ……」

 ――そっか。たしかに、かたなし君以外の男の人はほとんど殴っちゃってまともに話したことないもんね……。

「……でも、伊波ちゃんの気持ちだって、それでも変わらないかもしれないよ?」

 わたしが口をはさむ。

「そうですね……。だから、結局のところ、伊波さんが本当に俺の事が好きなのか? と、俺が伊波さんのことが好きなのかっていう……そこなんですよ。問題は……」

「そう……だね」

 その問題のどちらも、わたしにはどうすることも出来ない所だ……。

 

 しばらく、かたなし君が天井を見ながら、思い耽っていた。そして、わたしの顔をチラリと顔を傾けて確認した。その時、お互いの目が合って、わたしは少し恥ずかしくなる。

 暗がりだから表情が悟られなくてよかったけど――。

 その後、さりげなくわたしに背を向けるように体勢を変え、布団をかぶり直す。恥ずかしさを誤魔化すようにしたその行為と、横向きに寝たことで見えた肩幅の広さに可愛さと男らしさのギャップを感じた。

「それで……ですね、せんぱい……」

 先ほどの行為を忘れるためか、そう、一呼吸入れるようにして、かたなし君が言った。

「その……さっき言った問題の……後者。つまり、『俺が伊波さんのことが好きなのか』ってことなんですけど…………実はですね。俺、最近、他に気になり始めた女性がいまして……」

 さっきまでと違い、わたしに見えているのはかたなし君の後頭部で、表情は全く見えなかったのだけど、喋り方や雰囲気から、上を向いていた先ほどよりもかたなし君の表情が透けて見えるようなくらい、たどたどしかった。

 ――他に気になる女性。そう聞いて、感じたのは、不安と焦燥、それにわずかな期待だった。

 恥ずかしそうに、話す姿に、もしかしたらわたしの事? と思いもしたけど、かたなし君がわたしのことを『女性』と思っているとは思えないし、最近のかたなし君の態度を考えると、わたしの可能性は低い気がする――。

 

 ……なんだか、そう結論付けると、一気に頭が重くなるような、アレの日の軽い時みたいな、気分の悪さを感じた。

 こんな風に、かたなし君のことで、喜んだり、落胆したりして……。もしかして、わたし、かたなし君の事、好きなんじゃないのかな? …………なんて。

 

 ――かたなし君に対するモヤモヤした気持ちが日に日に大きくなってきている。これが、どの状態まで大きくなれば、その人を『好きか』なんて……わかんない。意識した時点で好きなの? それとも、自分で好き、だってはっきり思えたとき……?

 

 そんな、最近、毎日のようにしている自問自答が頭を駆け巡る。その内、眠気に負けたわたしの脳は、素直に睡眠にスイッチを切り替えた。

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