おじさん、今年で36歳になるんだけれども 作:ジャーマンポテトin納豆
フッと意識が戻った。
……ッ!!
咄嗟に飛び起きる。
「いってぇ……!?」
のだがそう言えば左腕が圧し折れたんだっけか。
クソ、あれからどれだけの時間が経った?
今の状況はどうなっていやがる?
辺りを見回すと閉じた筈の隔壁は力任せに破られたような跡がある。
こりゃぁやべぇな。
これしか言えないがとにかく今の状況がかなり不味いのは確か。
外を覗いてみれば、既にもうVTシステムの姿は無く。
クッソ!完全にやらかした!
なんとか態勢を立て直さないと不味い。
何処にいる?
その前に何とかして千冬達と通信を取りたいが通信機器がイカれたのか、それとも管制室から避難したのか繋がらない。
多分打鉄に乗れば通信が繋がるかもしれない。でもそんな事したら間違い無く感づかれるだろうしなぁ……
これ普通に逃げた方が勝ちなんだがラウラの事を考えると間違い無く今すぐにでも殴り掛かった方が良いに決まってる。
まぁしょうがない。
打鉄に乗り込むしかないか。もし襲われたとしてもISに乗ってりゃさっきみたいに一撃で腕を圧し折られたり気絶する事なんて無いだろう。
逃げ回るのも幾らか楽になる筈……
コンソールを弄るなんてことも出来ないしそもそも使い方分からんから、打鉄にただ乗り込むしかない。
「痛てぇ……これマジで完全に折れていやがるな……」
乗り込むと幸いにも起動してくれた。
ありがとうよ。こっからもちょとばかし付き合って貰うが頼むぜ。
乗り込んで一番最初に行うのは痛覚の完全遮断。
流石のおじさんと言えども腕が折れてたら痛いのです。
痛覚を完全に遮断したものだから痛みは無くなった。
で、何とか通信を取りたかったんだけどその心配は無くなった。
何かめっちゃデカい声で俺の事を呼ぶ声が耳元で響いた。
『兄さん!?!?』
キーンッ!!ってしました。
つか声がデカすぎて音割れしてたような……
「耳がぁぁ……!!」
『あ、す、すまない兄さん……いやそうじゃない!無事なのか!?』
「まぁ一応生きてる」
『怪我は?』
「左腕が完全に折れた。あとは多分無事。内臓とかどうなってるのか分かんないけど」
『は?いや……え?腕が折れた?』
「うん。左腕が折れた」
『…………腕が折れたぁぁぁぁぁ!?!?!?』
「耳ぃぃぃぃ……!!!」
向こう側で千冬が大騒ぎしてる。
なんか束の悲鳴も聞こえるし。
『た、たたた、たば、束!!兄さんの腕が折れたってぇ!!あの頑丈な兄さんの腕が折れたってぇぇぇぇぇ!!!』
『ちーちゃん落ち着いてよ!?聞こえてたから掴んで揺らさないで!』
なんか向こう側で騒いでるけどそれどころじゃない。
今の状況を教えて貰わないとならない。
「おい二人共、落ち着けって。今の状況を説明して欲しいんだけど」
『……ちーちゃんがちょっとご乱心だから落ち着くまで私が対応するね』
「おう。まぁ千冬には無事だって言っといてくれ」
あいつなんで普段は冷静なのに偶に今みたいに壊れる事がある。
特に問題がある訳じゃねぇんだけどこういう時は勘弁してちょーだい。
『うん。で、今なんだけどおじさんと通信が途切れてからまだ二分ぐらい。避難は完了済み。VTシステムはピットから出た後、アリーナ内の隔壁を全部閉じたからか暴れまわって外に出ようとしてるみたい。ってのが今の状況だね』
逃げ出したVTシステムが外に出ようと暴れ回ってるって訳ね。
「で、今そっちはどうなってる?」
『取り敢えずは避難が完了してるから、教員の鎮圧部隊の準備が整うまで専用機持ちのいっちゃん達で警戒してる。こっちから攻撃仕掛ける訳にも行かないし、しかも閉所だから数の利を生かせないから。もし突入しても閉所だから強制的に一対一に持ち込まれる事になるし、いっちゃんがギリギリ抵抗出来るかなってぐらい。他は文字通り瞬殺だね』
それを聞かされると警戒が一番の戦術なのだろう。
あん時俺が気絶せずにここで足止め出来てたらと思うとやっぱし大失態だな。
「ラウラはどうなってる?」
『観測が出来ないから分からないけどこのままだとどちらにしろ危ないよ』
「鎮圧部隊はあとどれくらいで突入できる?」
『早くてもあとニ十分』
「ラウラは持つか?」
『無理だね。取り込まれてからもう五分経ってるからついさっき話したけど長くても十五分かな』
「間に合わねぇよなぁ……」
『いっちゃん達が突入させろって言ってるけど』
「何が何でも抑えとけ。つか俺は脱出出来んの?」
『いやー、無理そうだね。そもそも隔壁全部閉じちゃってるんだけどなんか暴れている時に配線かなんかをぶった切っちゃったのか全く動かせないから脱出も何も無いね』
「どうすりゃ脱出出来る?」
『VTシステムの後を付けてって外に出たら出れるだろうけどその時はもう色々とアウトだよ』
「……そんじゃまぁやれることは此処で大人しくしとくか、VTシステムに喧嘩売るしかないって訳だ」
何その究極の二択っぽい感じ。
ラウラを見捨てて俺は助かるか。これなら確実に1人は助かる。
それともVTシステムと殴り合ってラウラを助けるか。助けられなかったら俺もラウラも死ぬ。
まぁ考えるまでもないよね。
助けに行くに決まってんだろ。
まだ束と話している途中だけどVTシステムの所に向かうとするか。
早い方が良いに決まってる。死なせさえしなけりゃどうにでもなるからね。
『そーゆー事だねー。でもおじさん腕折れてるんだよね?それじゃまともに戦えないでしょ?』
「痛覚を完全遮断してっから違和感あるけど大丈夫」
『まぁそりゃこっちでも一応確認出来てるけど痛覚遮断も万能じゃないよ?遮断出来る痛みにも限界があるしそれを超えたらヤバいよ?神経焼き切れちゃうかもだし、そもそも違和感ある時点でアウトだと思うんだけど』
「マジで?」
『マジもマジ。大マジだよ。二度と動かなくなっちゃうかもよ?』
腕が二度と動かなくなる、かぁ。確かに想像すればそれがどれだけおっかない事なのか分かる。35年間連れ添った相棒なんだ。無くしたくは無い。だが命に比べりゃ軽いって。
…………ちょっと考えたんだけどでも束なら腕の一本簡単に生やしてくれそうなんだけど。いや、割と本気で死にさえしなければどうにでもなるかも。
「そりゃ嫌だけどよ……でも万能束ちゃんなら腕の一本や二本治せるし、なんだったら生やせるんじゃね?」
『よく分かるねおじさん。死んだりしなければ、私にとってはお茶の子さいさいなんだけど』
ほらね?
言ったでしょ?うちの束ちゃんは凄いんだぜ。
「じゃぁいいじゃん」
別に良くない?
死ななければどうにでもなるんだし。
でも束はそうじゃないらしくて。
『違うよ。おじさんに怪我をしてほしくないんだよ』
「んなこと言ってもよぅ……」
『好きな人が死に掛ける所なんて見たくないの』
俺の事が好き、ねぇ……
兄貴としては最高なんだがね。
……認めた方が楽になる?何を言ってるのかちょっと分かりませんね。
「でも目の前で人間が死ぬのは見たくねぇ。ってのは駄目か?」
『うん。駄目だね。だってそれでおじさんが怪我をしない、死なないなんて確証はないでしょ?』
「まぁそりゃ確約なんて出来ないし」
『それに正直な事を言っちゃえばおじさんが無事なら他はどうなったっていい。駄目かもしれないけどおじさんが居なくなるよりもそっちの方がずっといい』
『死ななければどんな状態でも治せるけど、死んじゃったら私でももう無理なんだよ?そこんところ分かってる?』
そうやって必死に訴えて来る束の声は心なしか震えているようにも聞こえる。
というか驚きの事実が発覚したぞおい。
「死者蘇生が出来ないとは驚きなんだけど」
『おじさん、私が幾ら天才で万能だからって死者蘇生なんて出来ないよ……』
さっきとは打って変わって呆れたような声でそう言って来る束。
……そろそろVTシステムに接敵してもおかしくは無い頃合いだ。
ブースターなんて室内じゃ使えないから出来るだけ静かに走って来たんだがバレてないよな?
いや、でもバレてるだろうなぁ。
と思いながら束にちょっとレーダー見てみ、という意味を込めて軽く言う。
「まぁでもこの会話も意味無いんですけどね」
『え?それどういう事……ねぇおじさん、おじさんの反応がVTシステムの方に近づいて行ってるんだけど』
「おう。だってぶん殴る為に追っかけてっからな」
『……おじさんのぶわぁぁぁか!!!』
さも当たり前の様に行ってやると束は少し黙ってからデカい声で馬鹿と言い放った。
「え!?」
『こっちは心配してるのに何でなの!?』
「だってこの事態が解決するまでピットで座ってるとかヤダもん』
『そうじゃないでしょぉぉぉ!?』
頭を抱えて、うがぁーーー!!!なんて叫んでる叫んでる。
あ、いまおじさん本当に馬鹿なんじゃないの!?って言いやがったぞ。
……後で謝っとこ。
でも放ってはおけんよなぁ。
「それにさぁ」
『……それに何?』
「VTシステムにラウラが飲み込まれて行く時に、なんでだか俺の方を最後に見たんだよ。そん時の目が自分の方が辛いに決まってるのに一丁前に俺の心配をして逃げろって目で見てきやがった。しかも同時に助けて欲しいともな」
あんな目で見られちゃどうしようもないって。
それに、15の子供に心配される程、俺は弱くは無い。
『……だから?』
「まぁ見捨てられんよな、って話です」
『……おじさんは馬鹿だね』
束は此処まで来るともう完全に呆れている声だ。
顔も怒りを忘れて呆れているだろうよ。
「知ってるよ」
『それもとびっきりの馬鹿だ。私が見て来た人間の中で一番だって断言できるぐらいに馬鹿だ』
「束さん、おじさんとしては罵倒されるより励まされたいんですけど」
ここは普通頑張って!とか言って励ますシーンじゃない?
『いいから最後まで聞いて』
「はい」
『でもなんでだかその馬鹿さ加減のお陰で今の私とか、ちーちゃんとかいっちゃんが居る訳で。馬鹿に出来ないなって思っちゃったんだよね。多分私はおじさんと出会ってなかったらこんなに呑気になってないだろうし、ちーちゃんといっちゃんだってどうなってたか』
「……え?それ今言わなきゃダメなやつ?」
『おじさん死にたいの?』
「好きなだけ話してくださいお願いします」
それ今言う?と思って口に出したけど、妹には勝てなかったよ……
あんなマジトーンの束久々やぞ。
怖かったです。
『まぁ何が言いたいかって言うと、おじさんが助けてあげなきゃ誰が助けるの?って話。まぁ本音を言えば本気で戦って欲しくないし。しかも腕折れてる状態でとか有り得ないんだけど。万全でもあり得ないんだけど』
「なんか悪ぃなぁ……」
『まぁ一応人命が掛かってる訳だし、しょうがなくは無いんだけどしょうがないから許してあげる。ただちゃんと生きて帰って来てね。死んでなければ幾らでも何とかなるから』
そう言うと、束は一息吸って、念を押すように言った。
『何が何でも生きて帰ってくる事。ちゃんと取り込まれた子を助け出してくる事。私を、ちーちゃんを、いっちゃんを、周りを泣かせない事。これが守れるんだったら行ってきていいよ、おじさん』
「おう任せとけ。両足が動かせなくなっても腕が斬り落とされてもが両目が潰れようとも声が出せなくなっても内臓が飛び出しても何が何でも生きて帰ってやる」
『出来れば五体満足で帰って来て欲しいんだけど。おじさんのそんなスプラッタなところ見たくないよ』
俺だって見たくないよ。
自分の腕の切断面とか内臓なんて見たい奴居る?いないよね。
……見たいと言ったあなたは病院に行きましょう。
おじさん良い医者知ってるよ?紹介しようか?
医師免許持って無いけどどんな病気でも治しちゃう束か、滅茶苦茶荒療治に走るかもしれない近所のお爺ちゃん先生のどっちかの完全二択だけどね。
スプラッタになるかならないかは分からんなぁ。
だって全盛期の千冬とかそれどんなチート?
「そんなん相手が相手なんだから確約は出来ないね」
『うん。分かってる。だから、何かあっても私に任せて。死なない限りは何とでもしてあげるから』
「あぁ。そいじゃ、行って来るわ。千冬と一夏達の事頼んだぞ」
『任せといて。でも帰ってきたら怒られるだろうから覚悟しておいてね。勿論私も怒るからね』
それを聞いた途端に急に背筋に冷や汗がめっちゃ流れて来たんだけど。
思わず言っちゃった。
「……帰りたくないんですけど」
『張っ倒すぞ』
「すみません許してください」
ブチギレ束さんマジ怖い。
『はぁ……ほら!集中して!』
「おう!」
『何度も言うけど死んじゃだめだからね!?』
「分かってるよ」
そう言うと通信が切れた。
心配しすぎ、とは言っちゃいけないよな。それだけの状況って事だしよ。
「腕一本ぐらいで勘弁してくんねぇかな」
思わずぼやいたんだけどもう左腕やられてたんだった。
でも痛みは無い(痛覚遮断してるだけ)から使える……気がする。
動かした感じ違和感あるけど痛みは無いから余裕だな。
もう少し進むと、隔壁を破ろうと暴れているVTシステム(inラウラ)が見えて来た。
ラウラを助けてやらんとな。
そんじゃいっちょやったりますか!!
追記
やっべ、なんかサブタイ消えてやがる。
すいませんでした。