ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!!   作:オールドファッション

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女の子はいつだってアイドルなんだから!バスケットボールしようぜ!!

 ブーディカにとってルシウスは変わったローマ人だった。

 ローマ人と言えば異人には横柄で、自分たちが世界の中心にでもいると思っている。私たちにとって世界はこの森と川と人々の平穏なのだ。ローマ人は私たちの世界を当然のように搾取していく。彼女にとってローマこそ侵略者という蛮族だ。

 

 夫の遺言だった娘二人の王位継承と、皇帝との共同統治だって成功するはずもないとブーディカは密かに思っていた。それでもあの夫には、今のローマに何か感じ入るものがあったのだろう。

 

『ブーディカ、それでも私は見たのだよ。あの幼いローマ人奴隷の黄金の精神を』

 

 夫の最後の言葉はいつもの口癖だった。夫は昔、旅の哲学者と出会いそこでローマ人奴隷の少年と会ったのだという。その少年は幼くも多くの知識と才能を持ち、人種に関係なく慈悲深い少年で不思議とその少年が歩いた諸国の大地からは温泉が湧くのだと言う。今までブーディカは泉で水浴びをしていたので、湯というものを知らなかった。湯とはどんなものか夫に尋ねたことがあるが『入ってみなければわからんだろう』と笑うばかりで詳しくは教えてくれなかった。

 

 ある日、数十人のローマ兵たちが皇帝の返事を持って集落にやって来た。ブーディカは焦る。イケニ族は基本は温厚だが一度怒ると手がつけられない。下手に出ると付け上がるローマ人とはひどく相性が悪いのだ。

 

 最悪の状況を予想したが、とあるローマ人を中心にイケニの戦士たちが楽しそうに語らっている。ブーディカは安堵し、同時にまるで共に苦行を乗り越えた20年来の親友のように肩を組み合っているローマ人に何か期待のようなものを抱いた。

 

「やあ、お客人方。私がイケニ族の女王ブーディカだよ」

 

「……」

 

「な、なんだいじっと見ちゃって……恥ずかしいからやめてよぉ」

 

 そのローマ人はブーディカを見るとまるで感服したような視線を投げかけた。その豊満な肉体美ゆえに男からの視線は慣れていたが、それらのものとはまた違った畏敬の念がこもっているように思える。

 

「ねぇねぇ」

 

 長女のエスィルトと次女のネッサンがブーディカの背中を小突く。

 

「きっとあの人、お母さんに一目惚れしてるのよ」

 

「ほれ!?もう、やめてよ!私なんか未亡人だし良い年したおばさんよ!」

 

「お母さんまだ若いし行けるって!向こうも同じくらいの年っぽいしお似合いなんじゃない?」

 

「もう!やーめーてーよー!」

 

 ルシウスがわりと失礼なことを考えている間にこっちはこっちで女子トークしていた。

 

「こほん、長旅で疲れているようだね。食事でもどうだい?」

 

 兵士たちはその言葉に嘲笑を浮かべた。おそらくローマ人が蛮族の食事など食べるかと笑っているのだろう。断られ笑われると分かっていても言うのがマナーだ。だが、あのローマ人はなんと戦士たちと共に卓を囲み私たちの出した料理を快く食べ始めたのだ。普通、こういう物は毒でも入ってるのではないかと疑っていくらかは躊躇するものだが、迷いなく食べる男の豪胆さにイケニ族は惚れ込んだ。

 

 しかしやはり文明人、薄味では物足りないようだった。ブーディカは申し訳ない思いだったが、これでもイケニ族にとってはご馳走だった。塩や魚醤なんて高価なものは中々手に入らない貴重品である。

 

 するとローマ人は懐から植物の葉っぱで包まれた何かを取り出した。葉の包みを開くとまるで糞のような物体が顔を出す。イケニ族は『うんこだ!』と慌て出した。それに対してローマ人は『うんこじゃねえよ。オソマ(味噌)だよ』といって勝手に鍋にオソマをぶち込む。激怒するイケニ族。しかしぷーんと広がるオソマのいい香りに釣られて一人のイケニの戦士が鍋を掬い濁ったスープを飲んだ。するとそのイケニの戦士は『オソマ美味しい!』と狂ったように鍋を食い始める。慌てて他のイケニ族も鍋を食べ始めて『オソマうまーい!』と狂ったように鍋を突いた。ブーディカ家族らも恐る恐る鍋の汁を飲むとまるで電撃が走ったかのような衝撃に震える。

 

(なんだ!?このしょっぱ過ぎず甘過ぎず……優しい旨味が鍋の味を調和する!)

 

 体を駆け巡る旨味物質。グルタミン、酸乳酸、ペプタイド、大豆イソフラボン。

 まさに味の数え役満!ロン!ロン!ロン!ロン!ロン!ロン!ロン!

 

「お母さんオソマ美味しいね!」

 

「ええ、そうね!」

 

 味噌を通して民族の垣根を越える絆。しかしイケニ族はオソマがアイヌ語で言うところのうんこの意とは知らない。

 

 ルシウス・クイントゥス・モデストゥス、人類史上初めて『うんこ美味しいね』と言わせた男である。

 

「……さま、これを」

 ローマ人に例の書状を渡されるが、完全にイケニ族はローマ人を信頼していたのでそれが吉報だと信じて疑わなかった。しかしローマ人はすぐには読み上げなかった。その深い葛藤にイケニ族は内容よりも彼を心配する。すると彼は慈愛の眼差しでイケニ族を一瞥すると、なんと書状を破り捨てるという暴挙に出た。

 

 慌てる兵士を他所に彼は私たちに告げる。

 

「どうやら皇帝は共同統治を望んではいないようだ。それどころかそなたらの国を奪うかもしれない」

 

 ブーディカは頭が真っ白になった。

 

(やはりだめなのか!私たちの国は奪われるのか!)

 

 イケニ族にも悲壮感が伝播する。ローマというよりは、このローマ人に裏切られたような気持ちが強かったのだと思う。彼と出会ったのはごくわずかな時間であったが、イケニ族にとってもはや親友だったのだ。

 

 だが彼は言った。

 

「わたしにいい考えがある。それには時間と労力がいるがそなたらに覚悟はあるか?」

 

 不思議と疑心や不安は浮かばない。むしろ待っていたと言わんばかりにイケニ族は歓声をあげた。

 

 たった数時間の付き合いしかない私たちのために皇帝の書状を破り捨て、圧倒的なカリスマで自分たちをまとめ上げる男にブーディカは名前を問う。

 

「私はローマ大帝国国家浴場技師ルシウス・クイントゥス・モデストゥス」

 

 それは今ローマ中を騒がせる中心人物であり、その名はかつて、亡き夫の口癖だった少年の名前だった。

 

(プラスタグス、私も彼を信じてみようと思う。彼の気高き覚悟とその黄金の精神を!)

 

 それからルシウスは辺りを見渡すと荒れ果てた大地まで行き足元を指差す。そこは不毛な大地であり、作物を植えてもすぐに枯れてしまう場所だった。イケニ族が困惑していると、

 

「とりあえずここを掘ってみようか」

 

 言われた通りにローマ兵とイケニ族が掘ると、丁度その場所から滝のような勢いで湯が湧き上がり雨になって彼らに降りかかった。イケニ族たちが呆然としているとローマ兵は思考をやめたような顔で『いつものことです』と親指を立てる。ルシウスとローマ兵は手慣れた手つきで温泉のタイルや岩で囲いを作り、あっという間に浴場部分を完成させた。その時間なんとおよそ1日。ルシウスの働きぶりはまるで複数人に分身したかのようだった。

 

 次にルシウスは森の木をいくつか伐採すると言い出した。これにはイケニ族も反発するがある程度木の間隔をあけた方が日が入って森が豊かになると言われると手伝い始める。ルシウスはまるで大根を剥くように木を柱にした。いやいや、おかしいだろうとイケニ族がいうと、

 

「私の弟子ならこれくらいできるが?」

 

 その頃になるとイケニ族もルシウスの異常さに慣れてローマ兵と一緒に親指を立てる。やったねローマ兵!仲間が増えたよ!

 

 ルシウスは岸辺露伴なみの速度で片手間に建物の設計図を描くと、桃白白もびっくりの柱使いで次々と建設。わずか五日で木造の温泉街を完成させた。もう、ルシウス一人だけで良かったんじゃないかと真顔になるイケニ族。まあ、正直これくらいのバケモノっぷりでないとローマでの仕事は捌けないのだ。

 

 その後料理班と工芸班と接客班に分かれ、別の州から助っ人にきた者たちに仕事を教えられた。彼らはかつて元老院の策略でルシウスに送り込まれた盗賊団のメンバーであり、今はルシウスに温泉街経営を任されたエキスパートたちだ。皆顔は厳ついが気さくでいい人ばかり。酒が入るといつもルシウスの話を喋り出す。

 

「毎日野良犬のように暮らしていた俺たちに生き場所をくれたんだ!今はどの国もネロ帝の時代だと言ってるがな!この時代を作ったのはルシウスだ!俺たちを救ってくれた人なんだ!この時代の名はルシウスだぁ!!」

 

「泣くなボス!泣き上戸すぎるぞ!」

 

「ハア……ハア……吐きそうだ?」

 

「酒弱いのになんで飲むぅ!?」

 

 ブーディカ親子は特別な役割があるらしく、ルシウスから直接レッスンを受けていた。ルシウスはなぜか妙な服を着て『笑顔です』と言ったり、黒塗りのメガネをつけて妙にうざい口調と謎の方言なまりで喋り出したがこれが様式美らしい。

 練習は厳しいがやりがいはあるし、いい汗もかける。しかし本番の衣装がやはり苦手だ。娘たちは喜んでいたがブーディカは恥ずかしかった。ビキニは恥ずかしくないもん。

 

 イケニ族、ローマ人、元盗賊。お互いの確執を忘れ尊重し合い、全員が一丸となって何かを成そうとした。そしてその中心人物であるルシウスを誰もが特別な人間だと思っていた。ブーディカも初めはそうだった。

 

 だがブーディカは知っている。

 彼が初めて見せた弱さを。

 

 彼の教えられたレシピで味噌汁を作った時のことだ。彼は泣きながら『母さん』と呟き、一筋の涙を流した。ブーディカは彼が生まれながらの孤児であり天涯孤独の身だったと聞いている。ルシウスに複雑な事情があることを察した彼女はただ黙って宥めた。

 

(そうだ。彼だって人間の母親から生まれた子供だったんだ)

 

 誰もが彼を特別だと信じ栄光の道を歩いていると信じた。しかし、それは誰もが彼をいばらの道に突き動かしているのではないだろうか。うずくまる彼の大きな背中が急に小さくボロボロに見えた。

 

「大丈夫だよ、ルシウス。辛くなったらいつでもここにおいで」

 

 ブーディカはルシウスを抱きしめながら誓った。

 彼を傷つける全てから必ず守ろう。それが唯一自分が返すことができるものだと信じたのだ。

 

 しかしルシウスにはバブミがヤバい、人として何かダメになりそうと恐れられ、ネロ、アグリッピナと並び危険人物入りしたのは知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 数ヶ月後、東ブリタニアのイケニ族の集落にて風変わりな温泉街ができたという噂が諸国に広まり多くの観光客が集まった。特にルシウスの不在で禁断症状が出ていたローマ市民たちは、この噂からルシウスの匂いを感知し数百万人にも及ぶ大陸大移動を開始。途中の道のりで通過される国々はローマが攻め込んできたのではないかとガチでびびった。

 

 その温泉街はヴェスピオス火山周辺にある石造りの温泉街とはまた違った趣のある木造の建物が多く、皆がトーガとはまた違った材質の服を着ていた。温泉も一味違い褐色の湯でリウマチ性疾患、更年期障害、子宮発育不全、慢性湿疹、苔癬に効果があるらしい。それにこの湯、見た目はあれだが飲めるらしく貧血や痔に効果があるらしい。ギリシャの男色文化の影響を受けていたローマ男らは温泉を飲み尽くさんがばかりに殺到した。

 湯上りには旅館なる建物で休息し、食材に飾りの施された料理に舌鼓を打ち、囲碁なる盤上遊戯で遊んだ。特にこの旅館の草を編み込んだ床が良く、その優しく苦い香りに包まれて大の字になるのがなんとも心地よかった。

 

 ローマ市民たちはこの温泉街に今までに感じたことのない形容しがたい風情を感じていた。するとイケニ族はこう言った。

 

「WABISABI」

 

 WABISABI、何ていい響きだろう。ローマ市民らは侵略した国や村の大地を切り開き、自分たちの先進的文明を押し付けることに疑問を抱き始めた。その場所の郷土を損なうことは、上等な料理にハチミツをブチまけるがごとき思想なのではないだろうか。ぶっちゃけイケニの文化でないのですでに蜂蜜まみれである。

 

 そしてなにより観光客の大目玉は歌であった。

 

 ローマの喜劇とは違い中央のステージと開放的な観客席が特徴的で、建物の囲いがないので観客の制限がほぼない。燭台に火が灯り曲が流れると三人の女性がステージに立った。その女性らはイケニの族長とその娘であり、彼女たちはフリフリな衣装に身を包み見えそうで見えない黄金律的な丈の布を腰に履いていた。ローマ市民らは扇情的なローマの娼婦と違い愛らしさと美しさと快活さが共存する衣装に感銘を受けた。

 

「長女のエスィルトだにゃ!よろしくだにゃ!」

 

 多くのローマ市民たちは立ち上がった。

 猫の耳と思われる装飾を頭につけ、猫の手のようなポーズを取る少女に何か言い知れない衝動を感じた。それは道化のモノマネとは違ったある種の完成された美の極致を思わせる。それに年齢の割にまだ未熟な丘に感銘を受けた市民もちらほらいた。

 

「え、えっと次女のネッサンですぅ!私、なりたか自分になるっちゃん!」

 

 多くのローマ市民たちは立ち上がった。

 イケニ族の方言だろうと思われる特徴的な訛りで、やや恥ずかしそうに言う少女にこう応援してあげたくなるような思いが膨れ上がる。田舎臭くはあるが、むしろその田舎臭さがいい。それに長女と比べて幼くも大きく育った果実に感じ入る市民がいたり、それを見てややしょげて自分の胸を見るエスィルトにまた先ほどの少数派が立ったりむちゃくちゃだった。

 

 だが彼らは本当の爆弾をまだ知らなかった。

 

「ほら、お母さん早く喋るにゃ!」

 

「もうお母さんどやんしたと?もう本番ちゃ!」

 

「うう、だって……」

 

 悪寒が広がる。まるで死神の鎌が首に当てられているような錯覚。それは死の予兆。

 

 先ほどの二人に比べ年齢もだいぶ上の女性が彼女たちと同じく愛らしい服に身を包まれながら登場する。顔は羞恥心で真っ赤になっており、必死にスカートの端を押さえている。滑稽ではない。むしろその逆。なんという尊く美しい姿だろうか。命を刈り取る形をしているだろう?

 

 ざわ……ざわ……。

 

 観客全員が胸元を押さえ、息苦しそうに短く呼吸する。

 そのあまりの尊さに息をすることを忘却したのかもしれない。

 

(やめて、苦しい!)

 

(見てはいけない!その先を見たら無事ではいられない!)

 

 恐れは高まるが誰一人として逃げ出そうとはしなかった。好奇心は猫をも殺すと知っていても誰も逃走という不名誉な行為は選ばない。全員がヴァルハラへ行かんとする戦士だった。

 

 女は名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

「は、母親のブーディカだよ!みーんなでハピハピしたいにぃ☆」

 

 

 

 

 

 みんな尊死した。その即死呪文に全員ヴァルハラ強制送還。困惑オーディン。

 名乗り上げたあとも赤面するブーディカに観客全員が立ちあがりただ涙して拍手を送った。まだ歌も歌ってない序盤である。

 

 その後も驚くべき歌唱力とダンスのパフォーマンスに観客らは魅せられ、売り子の売ってたうちわを持って共に踊った。会場に沸き上がる熱気、流れる汗、そして風呂のサイクルで温泉街は大繁盛だった。

 

 その後間もなくどっちがタイプか論争になったがルシウスの何気ない一言で終結する。

 

『一人は寂しいもんな。親子丼で良くない?』

 

 この男、古代に最低な概念を持ち込んだ。

 

 『親子ドゥン!何て力強い響きなんだ!』と一部の民衆に爆発的に広がる。ローマに行けば親子丼が食べられるなんて噂もたったが、それが料理の話で泣いたのは良い笑い話だ。

 

 となりのペトロを磔にしてルシウスの居場所をいち早く知ったネロもブーディカたちのライブを見て『ずるい!余もやる!』となんとコラボライブ開催。完全にローマとズッ友状態になったイケニ族は無事共同統治を成し遂げることになる。

 

 これを見て各国の女王たちもルシウスにプロデュースしてもらいご当地女王アイドルたちが誕生。世はまさにアイドル戦国時代となって大いに荒れたが、プロデューサールシウスが『もう1つのグループになれば?』と言われて諸国から48人のアイドルが集結。後にキセキの世代と呼ばれ、肥満対策でバスケットボールを嗜んだりした。ごめんなアメリカ、それローマの国技なんだわ。

 

 後世においてブーディカは歌劇王、古代原初のアイドル、スリーダンクシューターと呼ばれるようになる。え、ボールは1つなのに他2つは何?ご想像にお任せします。

 

 そしてルシウスは伝説のプロデューサー、萌の伝導師、幻のシックスマン、ローマ版安西先生と呼ばれるようになった。ちなみにキセキの世代グループの名誉会員1号だったり、元老院議員たちも何気に会員番号二桁だったりする。おのれルシウス。

 

次の話のアンケートを取ります。期限は31日の20時まで。妻の考察で盛り上がっておりますが本編完結後にネタばらしする予定です。

  • 班長大槻!
  • タイムスリップ!
  • 毒殺者の話(妻じゃない)
  • ローマ大火災!

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