ネロ帝が女のわけないだろ!いい加減にしてくださいお願いしますから!! 作:オールドファッション
毒の歴史とははるか古代の原始の時代から続いている。草、木の実、キノコ、虫、蛇、魚、貝、鉱物。自然界は毒で満ち溢れていた。初めは命を脅かすだけの毒も、賢い者はその利用法にいち早く気づき狩りに用いるようになる。
だがその賢い者は、それが自分たちにも使われるようになるとは考えなかったのだろうか?
最古の毒殺者セミラミスを始め、毒による暗殺方法は世界各地に伝承された。毒は人を暗殺するうえでもっとも効率的かつ確実なのだというのが知れ渡ったのだ。人々は毒殺の恐怖に震えた。いまだメカニズムのわからない毒という脅威は、人の恐れによって呪術的なものであると信じられたのだ。
そうなると、必然的に毒の対抗策を考える者と毒を根本的に追究する者が現れた。
ポントスのミトラダテス4世は毒殺の恐怖に怯えながらも解毒方法を模索し、ハーブによる治療薬を調合した。
エジプトのファラオ、メネス王は毒性のある植物や毒液の分析を進めた。
古代の錬金術師アガトダイモンは鉱物の化学反応を発見した。
アグリッピナもまた有名な先駆者の一人であるが、もはやルシウスによって毒殺者ではなくなった。しかしローマは毒の歴史と深く結びついた国。そこには必ず影がある。アグリッピナが表の毒殺者ならば裏の人物も存在するのだ。
彼女の名前はロクスタ。決して表舞台には現れることはなかった毒殺者であり、毒の研究者でもある。
彼女はアグリッピナと共謀し、その夫を殺すために毒薬を作った張本人である。正史においてはネロ帝とも手を組み、義理の弟ブリタニクスの毒殺にも加担した。
彼女がなぜ時の権力者に仕えたのか?彼女には夢があったからだ。
とある学校の設立。しかしそれは、現代のような教育機関とはまったくの別ものである。より洗練された毒殺者、より研究意欲に満ちた科学者たちの学び舎。大量殺人鬼たちの倉庫を作るのがこの女の野望だった。
全ては毒の謎を解き明かすため、すべての科学現象を知るため。そのために犠牲は厭わない。何十人、何百人死のうが毒の魅力の前では全ては詮なきこと。
しかし、最近はそういう謀が特にやり辛い時代になった。それもこれもあのルシウス・クイントゥス・モデストゥスってやつのせいだ。数年前に講演された【ルシウス銀河英雄伝12・ランボー者怒りの大脱出コードネームは007編】『野菜の水々しさ、ベーコンとクルトンのカリカリ食感と半熟卵のとろとろ具合が何とも言えん男よ!シーザーサラダ!』でルシウスの体に毒の時限爆弾を入れられた回で『毒ってやっぱり卑怯だよね。やるなら料理で勝負だ!』という風潮が広がり、ローマではなぜかうまい料理を食べると口から光線を吐いたり、服が脱げたりすることが日常茶飯事となっている。ロクスタに言わせればどいつもこいつも狂ってやがると叫びたい気持ちだが、話はわりと面白かったのでその次の『carズ!今度はドライビングテクニックで勝負だ!』もしっかり観た。
アグリッピナにまた謀を持ちかけようにも、最近ではアイ活なるものに興味深々でネロと一緒にダンスレッスンにも参加されている。とても毒活しようなどと誘える雰囲気ではない。
ため息を吐きながら王宮の廊下を歩くロクスタ。彼女はアグリッピナの食客として迎えられており、時折庭師のように花壇弄りなどをしていた。まあ、そのほとんどは猛毒の植物なわけだが。
中庭の渡り廊下に差し掛かると二人の兄弟が歩いていた。ロクスタはすぐさま頭を下げた。
「ロクスタさま。御機嫌よう」
「オクタヴィアさま、ブリタニクスさま、ご機嫌麗しゅうございます」
先帝の落とし子。ネロの皇妃クラウディア・オクタヴィアとその弟ブリタニクス。アグリッピナの策略によって女と結婚させられた姉と皇帝の地位を奪われた弟。結婚式で涙を流すオクタヴィアを見て当時はロクスタも哀れだと思った。だが宮殿に足繁く通うルシウスが二人の話相手になり、時にはネロたち姉弟と一緒に街に連れ出したりもしていたのだ。気づけば二人は毎日笑うようになっていた。
「あら、ブリタニクスさまそれは……」
「ルシウス銀河英雄伝のライフォンセイバーだよ!ぶぉんぶぉん!大きくなったら僕もルシウスみたいになるんだ!」
「ルシウスみたいになるのはきっと大変よ。苦手な野菜も食べられるようにならないとね」
「や、野菜くらい食べられるもん!」
姉弟らしく楽しげに語り合う姿を見てロクスタは考えた。
(そうだ、ネロ派の元老院議員にブリタニクスが謀反を考えているとデマの情報でも流そうか。頭の鈍いやつなら何人か信じるかもしれない)
先ほどまで浮かべていた温和な表情はなくなり、底冷えするような冷たい目が姉弟の後ろ姿を見つめる。頭の中にあるのは、有力な人間とのコネクションとその報酬である学校の設立だけだ。ロクスタにとって周りの人間など利用するか殺すかの二つでしかない。彼女は孤独だった宮殿の中で誰よりも孤独な生き方をしていた。分かり合えたとするならば、それは彼女と同じく毒に魅入られた者だろう。
中庭へ進み入り花壇へ差し掛かった瞬間、ロクスタは背筋が凍りつくような恐怖を抱いた。
「おや、ロクスタ殿ではないか?」
噂の渦中の人物、ルシウスその人が毒草を注視しているではないか。
気づかれたか。いや、ありえない。ここにあるのは古今東西の珍しい毒草ばかりだ。気づいたとすればロクスタと同じかそれ以上の知識が必要になる。
(ま、まさかルシウスも毒に詳しいのか!?)
不安、恐怖、そして一抹の期待があった。
もしかしたらこの男は私と同類なのではないかという淡い希望。
「確かこの花壇はロクスタ殿のものでしたな」
「え、ええそうですが……何か?」
「この花、毒ありますよね」
そう言ってルシウスが指差したのはトリカブトだった。一見すると紫色の可憐な蕾が連なっているだけだが、根の一齧り分だけで成人男性50人を死亡せしめる程の威力のある猛毒の植物である。お目が高いとロクスタは舌を巻いた。
するとルシウスは気まずそうに頬を掻いて言った。
「変な話ですが、あの、少し分けてもらってもいいでしょうか」
とぅくん……。
ロクスタのときめきが10上がった。
ま、待てロクスタ慌てるな!これはルシウスの罠に決まってる。こうして証拠を入手して私を裁くつもりだろう。落ち着け私のときめき!
「ななな、なぜでしょう?知っての通りこのトリカブトには非常に強い毒があるのですが?」
「実は好きなんですこの花。別れた妻が好きだった花なので……」
「それはそれは良い趣味の奥様だったのですね。ええ、いくらでもどうぞ」
するとルシウスはトリカブトの花をハンカチで優しく包み込み、大切に懐へしまったのだ。
とぅくん……。
ロクスタのときめきが50上がった。
おおおちけつ私のときめきぃ!まだ慌てるような時間じゃない!いま流行りのバスケで精神統一しなければー!
内心顔を真っ赤にして慌てふためいているロクスタ。実はこの女、毒以外にまったく興味がなく、男と手を握ったことさえないリケジョだった。
『は?好きって何?定義してみなさいよ!概算と考察を聞かせなさいよ!私そういう証明できない感情って嫌いなのよね!だから恋人とかほんと興味ないしー?別に羨ましいなんてまったく思ってないんだからね!』と自分に男がいないことを正当化してきたロクスタにとって、共通の趣味を持つ相手なんてアグリッピナくらいだった。
……ぐすん!私がモテないのは男が悪い!
だが、さすが裏の世界で生きてきたロクスタはすぐさま冷静さを取り戻す。
もう遠回しな会話はなしだ!直接ルシウスの考えを聞き出してやるぅ!これ最終ラウンドだ!
「る、るるるるルシウス殿は毒をどう思われますか?」
「る多いな。えっと、毒……ですか?」
「はい!好きとか嫌いとか!」
「んー、まあ嫌いではないですよ。実はむかし毒装備で色々狩ること(ゲーム)にハマっていましてね。人の何倍もでかい獲物を狩りまくってましたよ」
「ど、毒で狩り!?それもそんな巨大な生物を弱らせる毒を使っていたのですか!!」
ルシウスは前世についてうっかり口を滑らせてしまい、内心青ざめた。なんだか相手も異様に目を輝かせていて、今更嘘だなんて言える雰囲気ではない。だがせめて誤魔化そうと慌てて動いた。
「詳しく!その話是非詳しくお聞かせっ」
「ロクスタ殿、失礼」
ルシウスの手がロクスタの髪に触れる。ロクスタは思わずドキッとした。
(このシチュエーションまさかキス――――)
キス顔で待機するロクスタをよそにルシウスは、
「毒草、髪についてましたよ」
と急に画風が少女漫画チックになって毒草を摘んでいた。さすがにこれ噛んだら死んじゃう。やめとけやめとけ!ルシウス今地味に40代に突入してんだから年考えなさい!そんなおっさんにときめくなんて……。
どきんどきんどきんどきん!!!
ロクスタのときめきがカンストした。
うっそだろロクスタと言いたくなるほどのベタな展開でガチ惚れを起こしていた。最近の小学生でもここまでちょろくはない。冷徹な氷の頭脳が一瞬でフットーしそうだよおっっ状態なロクスタはもはやただのポンコツだった。
危機を乗り越えたはいいが、辺りが変な桃色空間になっていることに気が付いたルシウスは、一度咳払いをして話題を戻した。
「ま、まあ、とにかく私の私見ですが、毒は薬であり、薬は毒であると思っております」
「はにゃはにゃぁ……はっ!えっと、そ、それはどういう意味でしょうか?」
「毒は量や組み合わせを守れば薬となります。そして薬は量や使い方を誤れば、それは毒でしかありません。人は毒の害のみに目を向けて薬の薬効を尊ぶものですが、どちらも元々は悪ではなく、そして善でもないのです。それらの良し悪しは使う人間次第だと私は思っております」
ロクスタはその言葉に衝撃を受けた。人は皆毒を厭い薬ばかりを模索する。誰もが毒は悪であり、薬は善だという。しかしこの男はどちらも等しく同じだといった。何と深い考えの持ち主だろうと感服し、同時に今まで毒の殺傷能力ばかりに目を向けていた自分の視野の狭さを恥じた。
(私ではだめだ。この人こそ教育者たる素質を持っている!)
天啓を得たと言わんばかりにロクスタはルシウスの両手を握りしめる。ルシウスは『あ、お婆ちゃんの家の線香の匂いがする』とわりと呑気に考えていた。
「ルシウスさま!私近々学校を作ろうかと思うのですが!」
「え、あ、うん。いいんじゃないですかね」
「つきましてはルシウス様には是非我が校の教師として雇いたく思います!」
「うんうん、いいと思いますよ………ん?」
「それではお待ちしております!」
「え、あのちょ」
するとロクスタは脱兎のごとく走り去っていった。クールに去りすぎだぜ。
後日、ロクスタは学校の資金援助をアグリッピナやネロに願い出た。むろん、ルシウスの了承があったので、学校はすぐに設立されることになる。ちなみに学校の建造はルシウスへ依頼がきた。適当に返事をしたツケが回ってきたのである。
出来上がった学校は毒物の研究機関ということなのでローマ市民らは驚いた。しかし、ルシウス銀河英雄伝にて特別編『恥は知ってるパイナップルヘイズ!』が公演され、毒やウイルスに対し理解を深めた市民らはこの研究機関の重要性を見出し、ルシウスが講師だと聞いて幼子から大人まで足を運ぶようになった。もはや教室に入りきらないので青空教室状態。学校建てた意味ないじゃんと白目を剥くルシウス。
しかもわりと凝り性なせいで、点滴やら、注射器やら、メスやら、顕微鏡やら、抗生物質やら色々作り出してしまう。もはや古代の医療機関だ。これにはナイチンゲールの狂化も解けてにっこり。神代の医者たちも狂喜乱舞し、アスクレピオスもあの世で『滾るぜ!よし、ローマいこっ!』とハデスとパンクラチオンった。
むろん、ルシウスに専門的知識はないのでわからないことを質問されたら『医者はなんのためいるんだ!自分で考えなさい!』と職務放棄するが、生徒が有能なので深く考えてそのうち答えを出してしまう。治療や手術もできるわけないので、私のオペ代は高いですよほざく始末。そしてなぜか、きっとそれだけの腕なんだと生徒から敬われるルシウス先生。手塚大先生に土下座して来なさい。
後世においてロクスタは古代ローマの医学の女神、ときめきをラテン語で書いた女として色々な分野で信仰を集めている。
『12番薬効あり!』
「先生これは!?」
「この薬は、ペニシリンと言います!」
村上先生にも謝って来なさい。