あたしと花音さんが付き合い始めてからかれこれ数ヶ月が経とうとしていた。
しかし、あたし達には1つ、とても大きな問題がある。
進展が無いのである。
あたしから告白したのは良いものの、そこで勇気を使い果たしてしまったあたし。
花音さんをデートにもなかなか誘えず、ついには学校で、
「私のこと...嫌いになっちゃったの...?」
と泣き付かれてしまった。
必死に弁解して、必ずデートに誘う約束を取り付けることによって何とかその場は収めたのだが、まさか花音さんがそこまで思い詰めているとは夢にも思っていなかった。
おまけに、問題はもう1つある。
デートの約束を取り付けたのはいい事だが、一体、どこに何をしに行けばいいのやら。
もちろん誘う口実は出来てるし、水族館やら映画館やらいい雰囲気になりそうな所はいくつか考えた。
でも、あたしのチキンハートが
花音さん嫌じゃないかな〜とか
実は他に行きたいところがあるんじゃ...とか
楽しんでくれないかも...とか
誘ってもいないくせにネガティブな事ばかり耳元で囁いてくる。
だから、あの奥手な花音さんにあんなことを言わせるほど放置してしまったのだ。
...そろそろ、覚悟を決めよう...
花音さんが好きなことはずっと変わらないって伝えなきゃ...
その時ついでにキス...いや先にハグから...?でもまだどっちも花音さんとした事ないし...てか、あたし下手くそだったらどうしよ...
って、あたしのバカヤロー!!
まーたそうやって悪いことばっかり考える!
......はぁ...
......そもそも、絶対あたしこういうの向いて無いしなぁ...
あーあ...
もし花音さんがもっと積極的だったら、こんなこと考えなくても済むんだろうけど...
花音さん、あたしより奥手だしなぁ...
そんな独り言とため息が、学校帰りのあたしの頭上に広がる空に吸い込まれて消えていった。
☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…☆…
「もっと積極的にならないとダメよ花音!」
「ふえぇ...やっぱり...?」
「ええ!美咲ちゃんは花音より奥手なんだし、あなたがリードしてあげなきゃ!」
「リードって...私、そういうの苦手だし...」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ!美咲ちゃんに捨てられてもいいの!?」
「す、捨てられるなんて...美咲ちゃんはそんな...」
「花音...貴女の親友として厳しく言わせてもらうけど、進展のないカップルはいつか別れるものよ...その関係は結局友達の域を出られないから、マンネリ化するのは当たり前だもの。」
「ふえぇ...じゃあ、美咲ちゃんに振り向いてもらうには、どうしたらいいのかなぁ...」
「花音...貴女に足りないもの...それはSよ!」
「え?S?」
「任せて花音。私が必ず花音の中に眠るSの才能を引き出してみせるわ!」
「ふぇぇぇぇ!?千聖ちゃん!!?」
「さあ、行きましょう花音!私と一緒に栄光のSロードを歩みましょう!」
「千聖ちゃん!?ひっぱらないでえぇぇ...
それよりSってなに〜!?」
なんか、凄いことになってる...
花音さんを引っ張って外へ飛び出していく千聖さんを見たわたしは、花音さんの飲み残したココアを覗きながら考えた...
「Sって、なんだろ...」
「ん?ツグミさん?何か言いましたか?」
「うわぁぁ!?イブちゃん!?いつからそこに!?」
「ツグミさんがカップを片付けてる所からです!」
「そ、そうだったんだ...」
「さぁ!オシゴトの時間です!」
イブちゃんは意気揚々と更衣室へ歩いていく。
その時、わたしはふと、さっき2人が話していた美咲、と呼ばれる人の事が気になった。
あの花音さんをあんなに夢中にさせるなんて、一体どんな人なんだろう...会ってみたいなぁ…
気持ちのいい朝だ。
ぽかぽかとする太陽の光が照らす道を、大好きな花音さんと学校へ向かう。
いつもと変わらない日常だ。
うん。日常的。
...日常?
あたしの中で既に日常がゲシュタルト崩壊を起こしていた。
日常だ日常だと言い聞かせてたあたしが、こんなのおかしい!と叫ぶあたしに追いやられていく。
...なんであたし花音さんとキスしてんの?
始まりは数秒前だった。
家の前でも偶然花音さんと出会って開口一番。
「美咲ちゃんおはよう!今日も可愛いね!」
「えっ?花音さん、急にどうし...」
「そんなに可愛いと...
いじわるしたくなっちゃうなぁ♡」
「えっ?」
キス。
花音さんの唇が、あたしの口をこじ開けるような、すごい強引なキス。
そして飛び込んできた花音さんを受け止めながらキスしているあたしの脳は、一瞬で受け入れられるキャパをオーバーしていた。
あの花音さんからキス?
初めてのキスなのにこんなに軽く?
なんで?どうして?
あたしの脳内が?で埋まったあたりで、どんどん脳に酸素が行き渡らなくなり、そして...
「ぷはぁ!...はぁ、はぁ...」
「えへへ...びっくりした?」
「びっくりしたも何も無いですよ!やばいですよほんとに!恥ずかしいのか、酸欠なのかわかんないですけど、あたし顔真っ赤ですよ今!花音さん!こういうのは...その...時と時間と...じゃなくて時と場所と雰囲気を考えてください!本いやマジで!えっと、とにかく!こういうのは...その...ダメですよやっぱり!」
「......でも、嬉しかったんでしょ...?」
「そりゃもちろん!...じゃなくて!」
「美咲ちゃんは私にキスされて興奮してるんだ...気持ち悪っ...」
「は...?え?いや、この興奮はそういうのじゃなくて...」
「変態...」
「」
やばい
今日の花音さんはとにかくやばい
何がやばいのかは上手く説明出来ないけど...
少なくともあたしの語彙力を奪うくらいには...
やばい
花音さんの急激な変化に襲われた朝だったけど、あの後戸惑いを隠しきれなくなってしまったあたしは、そのまま走り出してしまい、花音さんを道端に置いてきてしまった。
「あ〜!!」
適当とはいえせっかく朝整えた髪をクシャりと握りながら、走り出したことを後悔した。
学校に着いた今となってはもう取り返しのつかないことなのだが、悔やまずにはいられない。
「今日の花音さんなんか変だし、いったい何を言われるか...」
そもそも、どうして急に花音さんはあんなに積極的になったんだ?
あたしが願ったから?
てかあれもう積極的というかいじめに近い気が...
もしかして、花音さん...あたしのこと嫌いになった!?
うーん...うーん...と頭を抱えていたあたしだったが、
ブーッ)))
スマホのバイブが振動する。
こんな時に誰だろ...
メッセージの相手は花音さんだった。
「今日は急にキスなんてしてごめんね。謝りたいから、放課後教室で待っててほしいな...」
「花音さん...」
やはり、あれは事故だったのだろう。
あの花音さんが自分から、なんてことは絶対ありえないのだから。
花音さん、遅いなー...
放課後になって10分ほど経ったが、花音さんが現れる気配はない。
約束、忘れちゃったのかな...
そんな考えがあたしの脳裏をよぎった時だった。
「ごめんね、美咲ちゃん。ちょっと遅くなっちゃった。」
「あっ!花音さん!」
「えっと...そ、それでね?朝のことなんだけど...」
「あっ...えーっと、まあ、別にあたしはそんなに気にしてないんで大丈夫ですよ、はい。」
そんな適当な社交辞令地味た言葉を口にしながら会話を続ける。
正直今でも思い出すと動揺するレベルなのだが、花音さんのことは傷つけたく無かった。
本当に傷つけられるのはあたしなのに...
「本当に?もしかして、私のこと、もっと好きになってくれた?」
「もちろんですよ!めっちゃ好きになりましたよ!」
「嬉しい!ありがとう美咲ちゃん!」
花音さんの笑顔を見ているとこっちまで嬉しくなってくる。
「でも...」
「もっと好きになって欲しいな♡」
「えっ?」
そう言うと花音さんはあたしの上半身を机に押し付けた。
そして朝と同じ、舌を入れる濃厚なキス。
本番なんて出来るような勇気の無いあたし達にとって、最上級の愛の伝え方。
花音さんの想いに、あたしも全力で応えようと、花音さんの口の中に今度はあたしの舌を入れてやろうと押し込む。
お互いの唾液が混ざり合い、舌同士が絡み合い、どっちの舌がどちらのものかも分からいような、深い一体感さえ感じることが出来る。
しかし、長い間息を止めているのにも限界はあった。
あたしの口内から、ゆっくりと花音さんの舌が抜けていくのを感じる...。
心臓がバクバクと、あたし自身が感じられるくらい大きな鼓動を奏で、身体を火照らせた。
にしても...やけに足が寒い。
足の感触に違和感を感じ、ふと下を見下ろすと...
「ええぇぇぇ!?」
スカートが、無くなっていた。
「ふふっ...驚いてる美咲ちゃんもかわいい♡」
「えっ!?ちょっ、花音さん!?」
あたしから脱がせたスカートをひらひらとさせている花音さんへ向かって叫んだ。
奪い取ろうと手を伸ばし、スカートを掴もうとするが、花音さんが身体を上手く動かすせいであたしの手は空を切るばかり。
あたしがもう花音さんを押し倒して奪い返そうか...とまで考えた所だった。
「有咲は今日も可愛いねぇ!」
「うるせー!おばーちゃんみたいに言うな!」
「戸山さんと市ヶ谷さん!?」
あたしはそう小声で叫んだ。
2人は今廊下を歩いているが、このままではあたしたちのいる教室の前を通る。
つまり、スカートを脱いでいる露出狂のやべーやつと化したあたしを見つけてしまうのだ。
どうしよう、どうしよう、とあたしが慌てふためいていると、
「美咲ちゃん、こっち。」
小さな声で花音さんが手招きをしている。
花音さんの後ろには掃除用具の入ったロッカー。
なるほど!
あたしは直ぐにロッカーの中へ飛び込む。
ここに隠れて2人が行くのを待てばいい。
まあ、それもこれも花音さんがあたしのスカートを返してくれればいいだけなんだけど...
と、安心したその時だった。
花音さんがロッカーの扉を閉める。
でも、でもさ...
なんで花音さんも一緒に入ってんの!!?
えっ?ちょっ、こんな狭い所に2人とか狭っ!
「ふふっ...美咲ちゃん、もしバレたら大変だね...変態さんだって広まっちゃうよ...♡」
ニヤニヤとする花音さんの後頭部のあたりにある隙間から、見えた教室の景色。
そして揺れる猫耳のような茶髪と付き添う金髪。
廊下を進んでいくはずの2人が、何故か教室へ入ってきていた。
「ちょっ、花音さん!2人、2人が入っムグッ!」
「美咲ちゃん...静かにしないとバレちゃうよ?」
口を塞がれ、息が苦しくなる。
それなのに、あたしの心臓の音はどんどん大きくなってきて、それで花音さんの心臓の鼓動と重なり合って...
今度の興奮は花音さんと密着してるが故の興奮なのか、はたまたバレそうなこのシチュへの興奮か。
もうあたしにもわかんない。
「有咲〜みんなが来るまで暇だよ〜...」
「そんな事言われてもなぁ...教室の掃除でもしてればいいんじゃないの?」
「なるほどー!さっすが有咲〜!」
「うっ、うるっせぇなぁ/////」
あんのバカップルがぁぁぁ!
市ヶ谷さんから掃除とかいう唐突すぎる単語が出たあと、戸山さんはどんどんこっちへ向かってくる。
その時花音さんが小さく耳元で囁いた。
「あーあ...バレちゃうね...」
花音さんとスカートを脱いだ状態でロッカーの中で二人きり。
はい現行犯。
あー、あたしの 普通 の学校生活オワッター
そして、戸山さんがロッカーに手を伸ばし...
「香澄〜?あっ、ここにいた!」
「あっ、おたえー!」
助かった...
とてつもない安心感で、多分狭いロッカーでなかったら間違いなくその場にしゃがみこんでたと思う。うん。
その後彼女達はおしゃべりをしながら教室を出ていった。
「はぁ...はぁ...」
ロッカーから出たあたしは、直ぐにその場に座り込んでしまった。
「ラッキーだったね?美咲ちゃん。」
「か、花音さん...それより、あたしのスカート...」
座ったまま、手を伸ばすのだが、
「ダメだよ美咲ちゃん。これは罰なんだから。」
「罰...?」
「そう。彼女の私をずーっと放置してた罰。
もちろん美咲ちゃんは、甘んじて受け入れてくれるよね?」
そっか...罰...なんだ...
あんな状況も、罰なら仕方ないかも♡
「ふふっ...美咲ちゃん、今すっごく女の子の顔してる♡
じゃあね、美咲ちゃん...また、あしたね?」
そう言って花音さんは教室を出ていってしまった。
息が荒い今のあたしは、多分興奮してて、欲に塗れてて、まるで獣みたいな顔をしているだろう...
股のあたりが変な感じなのも、きっと...
いや待てこれ、絶対そういうのじゃないわ...
あっ!!?
「花音さーーーーん!!!!!!スカート!スカート返してくださーい!!!!!!」
「ふぇぇぇぇぇぇぇ!!!!???」
終わり?