御剣怜侍は、戸惑っていた。
愛車である真っ赤なスポーツカーで検事局から自宅へ帰っている帰り道。
深夜に近いということで、車通りも少ないいつもの大通りを将軍気分で通っている所で、背後からキキーっと物騒なタイヤが擦れる音が聞こえてきたのだ。
事故でも起きたのかと、サイドミラーで後方を確認してみると、そこには信じられない光景が映っていた。
なんと、黒のミニバンと白の外国車が競り合うように走っているではないか。
御剣が乗るスポーツカーまで、あと数十メートルも無い距離に迫ってきている二台の車に、「馬鹿者が」と短く零し、巻き込まれないように車のスピードを上げる。
だが、上げても上げても車間は開かない。なんなら、徐々に追いついてきている。
メーターを確認すると、既に100キロ近くは出ている。この時点で、大幅に法定速度を越しているというのに、どうやらあの2台はそれ以上の違反速度を叩き出しているようだ。
「糸鋸刑事に連絡するべきか」
このまま、カーチェイスに巻き込まれるのは堪った物じゃないと、御剣がスマホがのさぼるようになったこの日本では最早、化石となりつつあるごつい携帯電話を取り出した所で───発砲音が後方から響いてきた。
「拳銃か……!」
まさか、昔、籍を置いていたアメリカでは無く、日本で気軽にこの音を聞くことになったとは───。
「世も末だな」
再度、御剣がサイドミラーで確認すると、何度も発砲音が響いた。
なんと、運転手同士が窓ガラスを下ろして、ハンドル片手にハンドガンで撃ち合っているではないか。
外国車の方の運転手は金髪男であるらしく、ミニバンの方は如何にも怪しげなフルマスク姿だ。
これには絶対巻き込まれたくないと御剣はちょうどよく現れた交差点で、律儀にウインカーを出して、左折する。
よもやついてくるまいと、急なスピードをつけたまま左折した御剣の車が通った後を、猛スピードで2台の車が通り過ぎていく。
どうにか例のカーチェイスに巻き込まれずに済んだが、だからといって、このままあの2台を放っておくことは出来ない。
御剣怜侍は、この国の検事だ。
日本の犯罪者を法廷で裁く、法の番人の一人である。
一応、糸鋸刑事の携帯に電話をかけてみたが、やはり時間が深夜帯ということもあって、彼は出なかった。
「……来月の給与査定を楽しみにしてるが良い」
糸鋸刑事の知らないところで、彼の給料がチャリンと音を立てて減った。
何処からか、「来月は素麺すら食べられないっすよ」と哀愁漂う声が聞こえてきそうだ。
保険はかけられなかったが、致し方あるまいと再び、御剣がアクセルを踏んだ所で、ドォンと派手な衝撃音が聞こえてきた。
さっきの2台に新しい展望があったのだろうと即座に判断した御剣は、慌てて交差点に戻って、2台の向かった先へと車を向かわせる。
すると、そんなに時間をかける間もなく、ミニバンが対向車線の間に生えている街路樹に突っ込んでいるのが見えた。
しかも、運転手席の下にあるタイヤもパンクしているようですっかり萎んでしまっている───恐らくは、あの外国車の持ち主に撃ち抜かれたのだろう。
すっかり事故現場になってしまったそこへ御剣が辿り着くと、2台の車から少し離れた所で、金髪男がフルマスク男の胸倉を掴んでいるのが見えた。
「証拠は揃っているぞ。此方の面目を叩き潰してくれたな」
「そんなに怖ぇ顔して、怒るんじゃねぇよ。ちょっと、3つのビルを爆破しただけじゃねぇか」
「わざわざ、警察に爆弾があると宣戦布告し、彼らの待機場所で爆発させてか」
「はっ! そりゃ、運が悪かったな。何人の犬が死んだのかを見過ごしてしまったようだ」
「お前……!」
まるで、楽しみにしていたテレビ番組を見逃したかのような男の言い草に、金髪男の拳が男の頬に炸裂する。
目を血走らせて、粗野に歯を剥き出しにした金髪男は、狂ったように男を殴り続けるので、御剣は慌てて、止めに入った。
「止めたまえ! それ以上は、その男が死んでしまう」
「離してくれ! 殺しやしないさ。此奴は、法の下で裁く!!」
怒り狂ったようにそう叫ぶ金髪男に、御剣の方こそ呆気に取られてしまった。
この手のチンピラは、日本が法治国家であることを知らないもんだと思っていたのだが、どうやら彼は思った以上に分別があるらしい。
「だが、それでも、それ以上殴るのは止めるんだ。警察を呼ぼう。あと生憎、私は検事でな。逃げようなどとは思わないことだな」
「……検事?」
今度は、金髪男がポカンとする番であった。
ワインレッドのスーツをピシッと着こなし、クラバットを首元で締めている御剣は、何処からどう見ても、劇で俳優をやっているような男にしか見えない。
こんな浮かれた格好をしている検事が居るものかと、金髪男が訝しげに思っていると、その間に御剣が手早く警察を呼んでいた。
因みに、金髪男がボコボコにしたフルマスクの男は、意識が混濁しているのか、公道の上で寝っ転がっている。
そして、三分と経たない内に、パトカーがやってきた。
パトカーから颯爽と降りてきたのは、制服を着た警察官ではなく、二人のスーツ姿の男であった。
「御剣検事!」
「ふ───安室さん!」
両者ともに、見覚えのある人間が降りてきた。
「糸鋸刑事。貴様、家で惰眠を貪っていたのではないか」
推理している時と、イライラしている時は両腕を組み、肘を指で叩く癖のある御剣は、その態度で威圧的に糸鋸刑事に迫る。
「今日は、泊まり込んでいたんすよ。さっきまで、仮眠を取っていたんすが、御剣検事から通報があったって同僚に叩き起され、此処に来たっす! で、何があったんすか?」
「ただのチンピラのカーチェイスだと思っていたんだがな。どうやら、事はそう簡単ではないらしい」
どうやら、御剣の着信に気づいていないらしい糸鋸は、「はぁ」と気の抜けた返事をする。
御剣がそんな糸鋸から目を離して、被疑者の一人である金髪男───安室に向ける。
「内々に処理しといてくれ、風見」
「はい。ただ、ちょっと問題が」
安室と風見がこそこそと小さくやり取りしているのを見ていると、不意に安室と目が合った。
「あの検事、どうやら検事局のエースと声高い人でして」
「分かった。上の判断次第だな」
「ええ」
その視線が交じったのは、たったの数秒のことだろう。だが、二人にとっては、長い数秒であった。
「糸鋸刑事、あの男を洗ってくれないか。何かきな臭いものを感じる」
「はいっす!」
そうして、事件の参考人である安室と御剣は事情聴取を受けることになったので、そこで別れることになった。
それぞれ別のパトカーで運ばれていく二人は、最後までバックミラーで相手の背を見送る。
「安室───引っ掛かるな」
「検事、か。あまり、いい思い出がないな」
そして、その二人が再び相見えるのは、黒の組織関連の裁判であった。
ある程度仲良くなれば、この二人は意気投合出来るような気がします。逆転裁判の二次創作が少な過ぎる・・・。御剣さんとかネタの宝庫でしかないのに・・・!