なんとなく書いてみたくなったヒロアカ短編

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ちょっとダークなヒロアカ

 中華人民共和国 チベット自治区 ヒマラヤ山脈の中腹にほど近い盆地にその集落はある。

 

 人口百人にも満たない小さな村は、まるで山脈に寄り添うような小さな土地で酪農・農業・狩りという、まるで中世まで逆戻りしたような生活をしていた。しかし中世と違う点が一つだけあった。それは住民のほとんどが種類や強さの違いはあれど、なんらかの個性という超常能力を持っていることだろう。

 

 もともとは電気も通っていたのだが、十数年前災害で切れてから修復されず、残骸は持ち去られた(多分 鉄くず屋に持ち込まれたのだろう)。もとより個性社会への移行に伴い、社会は混乱の渦の中。地方の限界集落などすぐに忘れ去られてしまったのだ。だからこそ村民は団結して個性を使って生き続けることを選択した。

 

 (こう)は、そんな村で生まれた少年だ。

 

 日の出とともに起き、村の水瓶から水を汲む。そして山羊に干し草と水を与え掃除など世話をする。その後は自分の食事を貰い。午前中は大人の仕事を手伝い、午後は村の大人に様々な生きる術や文字や計算を学ぶ。そして日が暮れる前に食事をして寝る。

 

 そんな生活をしていた。

 

 もちろん外の世界があることを知っている。家には文化的と呼べるものはラジオと少々の本だけ。そこから断片的に得られる情報に、まだ見ぬ世界に思いを馳せることはあるが、同時に多くの犯罪情報も流れているため恐怖もあった。逆にこの村は全員が顔見知りで家族だった。子供が生まれれば村で面倒みる。日中は子供が集まって年下を面倒見たりもする。村の貢献度などで序列は決まるが、村のルールを守ればのけ者にされることはない。

 

 むしろ排除するほどの余裕さえないともいえるが……。

 

「項兄! 虎の兄ちゃんが鹿と木の実持ってきてくれたよ」

「わかった~」

 

 寝床に潜り込もうかと考えていた項は、呼び出されのそのそと出てきて扉を開けた。そこには大きな葉の上にのせられたビワと思わしきおいしそうな果物を持った(ほう)という年下の少女が立っていた。

 

「じゃあいっこ貰うね」

「うん」

「虎の兄さん元気だった?」

「走り去るとこしか見れなかったけど元気っぽかった」

「そうか」

 

 虎の兄さん。正確には蓬より七つ上の兄で、虎への変身能力を持っていた。虎の筋力、瞬発力、機動力、虎そのものに変身したときの知覚能力。単純な力として素晴らしいものであった。

 

――故に、売られる可能性が高かった

 

 限界集落にわざわざ年1回くる政務官 兼 徴税官。おもに戸籍と年一回おさめられる微々たる税金の回収にくるのだが、本当の理由は強い能力を持った子供の買い付けである。

 

 税金が払えるならなんら問題ない。

 

 超常能力があり、水、電気、火など余裕は無いが便利に生活することはできる。単純な怪力なども利便性は高い。土を痛めぬ植物の成長促進など年複数回の収穫という素晴らしいチカラである。だからこそ生活様式は中世の田舎に近く、近代文化など遠い彼方だろうが、生きるだけなら問題ない。

 

 しかしこんな限界集落に現金収入の宛などない。

 

 結果、村の維持に必要な能力者以外で比較的強力な能力を持つものが売られていく。

 

 名目上才能のある子が資産家の家に引き取られ、各種理由をとってつけ現金収入を得る。そして村は数年分の現金を得る。事実上の人身売買であっても、それがあたりまえと村全体で教育し続ければ、それが常識となってしまう。高々五世代。この方針を打ち出した村長や大人たちは、引き離される親子に未練が残らぬように、村全体で子供を育て、村のため己の才能のために外に行く。そう教育をつづけた。

 

 倫理観が素晴らしく、人権を尊重しても生活が成り立つほど余裕のある者たちが聞けば声高に非難するだろう。

 

 だが村で生きることが当たり前の文化。厳しい自然にさらされ生活する人たちの苦肉の策のようなルールを頭ごなしに批判できるのだろうか?

 

 そして項と蓬の七つ上に強力な能力者が二人生まれた。一人は虎への変身能力を持った男子。もう一人は体臭を媒介とした魅了能力を持った女子。二人と大人たちは話し合い、女子は外にでて、男子は村に貢献することなった。能力を考えれば合理的な判断だが、恋仲との噂もあった二人。女子が村を出て行った後、男子は村から姿を消し近くの山岳地帯に身を寄せてしまった。その後虎の姿のまま山にこもり、週に数度、獲物や山奥の果物などが村の入り口に近い蓬の家の前に置かれるようになった。

 

 項は貰ったビワを食べながら、そんなことを考えていた。

 

「ねえ、項兄」

「ん?」

「やっぱり聞いてなかった」

 

 どうやら考え事のせいで蓬の話が聞こえていなかった項は、悪びれもせず素直に聞き返した。

 

「なに」  

「さっきね。能力が使えたの」

「へ~どんな?」

 

 聞き返す項に、蓬はこぶし大の光る何かを手渡してきた。手渡されたそれは、ひんやりとして手の上で溶けはじめた。

 

「氷?」

「そう」

 

 蓬はもっと大きい氷も作れるそうだが、あまり大きいのを大量に作ると本人が寒くて嫌になるそうだ。そんな蓬の話を聞いて、ぽつりと項はつぶやいた。

 

「水……つくれる人、出なかったな」

「うん……」

 

 子供とはいえ、氷が解ければ水になることはわかる。だが、この限界集落は存亡の危機を迎えていたのだ。それは水を生み出す能力の後継者がいないのだ。村にあった井戸は、何年も前の地震で水源に異常がでてしまったのか枯れてしまった。しかしこの地は気候・野生の脅威・食糧事情がどれも良好で、なによりすぐ近くに岩塩の簡単に採取できる場所があった。そのため、井戸が枯れた時、別の水源の近くに移住するか検討されたが、結局水を生み出す能力者のチカラのおかげで、この地にとどまることができた。しかし、その能力者も老齢であり、今年の冬を超えれるかわからない状況だ。

 

 何年も前から子供を増やすことで水の後継者を期待したが、いま赤子や幼児を省けば、蓬が最後の希望だった。

 

「でも、氷なら解かせば」

「うん!」

「手間はかかるが、水は何とか確保できるわけだし」

「そうだね」

 

 事前に瓶をいくつも準備して蓋をし、大量の氷を時間をかけて溶かす。すぐに飲めないなら瓶の数で考えればいい。なんなら食糧庫を改造してもいい。項はいくつかの案をつらつらと並べる。聞いていくうちに単純な水よりも効果があるのでは? と蓬も思いはじめ笑顔になる。

 

 そんな蓬に対して項は第四世代では珍しい無個性。村に個性で貢献できない。それが残念でしかたがなかった。

 

「項は頭がいいじゃない。文字もほとんどできるし、計算だって一番」

「でも、個性で貢献したかったっておもうんだ」

「・・・・・・うん」

 

 二人はそういいながら、沈みゆく太陽を眺めていた。肌寒い風が山から吹きおろしてくる。もうすぐ冬が来る。

 

 

 

******

 

 

 

 その冬。水の個性を持つ老人の命は燃え尽きようとしていた。

 

「じいさん」

 

 項は、老人の手を握りながら少しでも元気付けようと声をかける。しかし朦朧とする意識と睡眠のはざまを漂う老人には、すでに少年の声はほとんど届いていなかった。

 

 時折、弱弱しく握り返すしわくちゃな手。この手から生み出された水が、ここ数十年をこの村を支えてきたのだ。

 

――もしその力があれば

 

 無個性の項はそう思わない日は一日としてなかった。村のものは個性で村に貢献している。協力しあわなくては生きていけない。寒い冬に暖を取るのも、こんな時期なのに食事にありつけるのも、危険な獣を撃退するのも。そのすべては個性なのだ。そんな中、無個性というだけで項の心は押しつぶされそうなほど己を嫌っていた。たとえ誰よりも勉強を頑張り、頭脳を鍛えたとしてもこの厳しい自然と向き合っていく村では足りないと感じていたのだ。

 

 もちろんまわりの大人はそんなことなど考えていない。個性がなくても学があることは村の助けとなる。真摯に学ぶ姿勢を見せる項の姿に、まわりの子供は尊敬の念さえ抱いていた。

 

 それでも村でただ一人の無個性の少年はどうしても個性が欲しかったのだ。

 

 そんなぐりゃぐりゃになりそうな感情を押し殺し、自分でできることを模索する項は、死にゆく老人の介護を買って出て、手を握り続けたのだった。

 

 だがこの時奇跡が起こった。

 

「ん?」

 

 項は老人とつないだ手から、あたたかな何かが流れ込んでくることに気が付いた。それがなんだかわからなかった。しかし温かなソレが自分の胸に到達した時、頭の中ではじけた。

 

「ああ、そういうことだったのか」 

  

 老人は穏やかな顔でこと切れていた。しかし項は、その瞬間気が付いてしまったのだ。自分は無個性ではなかった(・・・・)と。自分は個性に目覚めていなかっただけであり、相手はいて初めてする個性だったのだ。

 

 その個性の名は……。

 

「収奪」

 

 口にすればしっくりくる。

 

「水よ」

 

 両手をお椀のようにあわせその中には水が湧き出てくる。それはいつしか溢れ、まるで涙のように死した老人の枕を濡らす。そう、死にゆく老人から水の個性を収奪したのだ。

 

 そして代償は右手の小指。普通に動いてこそいるが、その肌は黄色人種のソレではなく黒人種のソレよりも黒いものとなっていた。

 

「みんな自分の個性はなんとなくわかると言っていたけど、ほんとうにそうだったんだな」

 

 村の誰もが、個性に目覚めると何となくではあるが最低限の利用方法や反動が分かると言っていた。項は逆になにもわからなかったから無個性と思っていたし、思われていた。しかし目覚めてみれば納得することができた。そしてこの黒い体。収奪すればするほどこの黒は広がり、全身を埋め尽くせばそれ以上収奪できなくなる。しかも、一度収奪すれば返すなど器用なこともできない。一方通行ゆえに収奪(・・)なのだ。

 

「項兄。看病かわるよ」

 

 外から、蓬の声が聞こえる。何気なく振り返り伸ばした手が空中で止まる。

 

「ああ、もうダメなんだ」

 

 そして少年らしからぬ学を身に着けた項は、己の末路を予想してしまった。そう、もうこの村にいてはいけないということだ。

 

「蓬。たった今……」

 

 

 

  ******

 

 

 

 スーツ姿の不愛想が男が運転する山岳地や草原を長距離走ることに特化した大き目の車に揺られながら、項は村での出来事を思い返す。

 

 老人が亡くなり葬儀が終わるとすぐに、項は自分の能力を素直に大人たちに話し、自分を税金がわりに売り渡してほしいと切り出した。

 

 収奪という能力は少し考えただけでも、数十年と続いてきた村の秩序が崩壊する可能性が高い。項の頭にはそんな将来が簡単に予想できてしまった。

 

 たぶん七年前の魅了の個性に目覚めたという女の子についても、本人がそう考えたのか、大人たちが考えたのかわからないが、今回と同じような結論にいたったのだろう。対人特化の力は村社会の秩序を簡単に崩壊させてしまう。項がその個性をどのように運用しようとも長期的には何らかの形で破滅に陥る予想しかできない。

 

 一人破滅するならば自分のことと割り切れるが、誰かが巻き込まれる可能性が高い。

 

「項兄」

「決めたんだ」

 

 自分がもし平凡な水の個性であれば。

 

 あれほど望んでいた個性を手に入れておきながら、望んだものと違うという事実に不満を持つ自分に苛立ちさえ感じていた。だから項は村を離れる。どうせ破滅するならこの村に貢献した上で、自分の生き方を考えたい。

 

 もちろんそれが身勝手な意見であることはわかる。

 

 うつむきながら項に寄り添う蓬。懐いていた。そんな一言で表せない関係。それは初恋というものだったかもしれないし、ただの親愛だったかもしれない。ただ蓬が心配してくれるという事実に感謝しながら、申し訳ないと詫びる項だった。

 

「どうしましたか?」

「いえ。何でもありません」

「これは独り言ですが、あの村には数年分の税金があったはずですよ? 無理にあなたが志願する必要はなかったのではないですか?」

 

 特徴という特徴がないスーツ姿の徴税官は、運転しながら項に話しかけてきた。外を見回せばどこまでもつづく大草原。一日に一か所を目安に村を回る予定だそうだ。目的地に着くまで数日はこうやっていっしょに行動を共にするわけだから、こんな風にコミュニケーションをとることは彼なりの処世術なのかもしれない。

 

「私の個性を聞いたでしょ? これは火種になります」

「まあ、その通りですね。例えば死にゆく人を限定で個性を収奪し、仕事を代替わりしたとしても、あなたの体は一つしかない。時間と個性の連続使用。どちらが先に限界を迎えるかわかりませんが、あなたを中心とした村は、貴方に頼るあまり困ったことになるでしょうね」

「はい」

 

 徴税官の予想はほぼ的を得ている。しかし最悪の予想を口にしないあたり、彼なりの項のことを気遣っているのだろう。

 

「今年は私以外……」

「今のところいませんよ」

 

 徴税官はオーディオを操作し音楽に切り替える。先程までは眠気覚ましとして比較的激しいリズムの音楽だったが、こんどは落ち着いたリズムのモノへとかわった。

 

「というより、この国も近代国家なので人身売買の真似事はよろしくないのですよ。とはいえ……食うに困った子供を見捨てるのも忍びないなど様々な理由がありましてね。半分は慈善事業の延長で続いている制度です。そのように私の前任からも聞いていますよ」

「半分ということは?」

「その辺は大人の汚い本音とおもってください」

「ってことは、私たちがどうなるかご存知なんですか?」

 

 項の言葉に、バックミラー越しに見る徴税官の目が一瞬光ったように感じた。しかしそこから語られる口調は淡々としたもので、先ほどまでと何ら変わるものではなかった。

 

「君は賢いね~。もちろん、ある程度は知っているよ。党と通して軍人か警察になるのが一般的だ。名目上とはいえ強い個性を持っている子たちだ。個性社会となった今、やはり治安維持というのは一つの国家命題。だからこそ、訓練を終え給与の一部が政府を通して村に渡されるという寸法さ」

「村への送金という恩がある以上、裏切らない人員ですか」

「個性というのは人心にも影響が大きくてね。強い個性は国家という権力に歯向かってもなんとかなってしまうのでは? というくだらない妄想すら現実のものになってしまう。国民の平和を守るためにも、力はある程度必要ということだ。そしてその力を正しく維持するには、それなりの心が必要だ。君たちにとっての村への思い。それも一つの答えだとおもうよ」

 

 徴税官の言うことは最もだ。もちろんそれだけではないのだろうぐらい項もわかっている。項は賢いといっても、「村では」「子供にしては」という枕詞が付く。なんせラジオしか情報源がないような村だ。馬の生目を抜くような抗争社会など想像しようもない。

 

「では……」

「自分ならどこに配属されるのか? ですか」

「はい」

 

 徴税官は一拍考え、後ろの席に座る項に見えるように指を三つ立てました。

 

「一つ目は、軍・警察でも司法・憲兵に近い部門ですね。強い個性で治安維持を行う部門です。捕まえた犯罪者。世間的にはヴィランなどと呼ばれますが、その中でも再犯の可能性の高いものがいればその個性をどうにかしたいと考えるでしょう。二つ目はまさしく司法の部門」

 

 二つ目までは流れるように提示されたが、三つ目の回答はなかなか帰ってこない。徴税官はある意味で表の人だ。いろいろグレーに近いことをしていても、表の人間が口にしない場所。それが三つ目の選択肢なのだろう。

 

「よくある陰謀モノの世界ですか?」

「そうとらえてもらってもかまわないよ」

 

 言葉を濁しているが、たぶん政府の裏側のことをさしているのだろう。だからこそ、項は聞いてみたかった。

 

「収奪の個性はどの程度レアなんですか?」

「そうだね。君はこの国の人口がどのくらいかわかるかな?」

「14・5億ぐらいですか?」

「9億だよ」

 

 その言葉に項は自分が読んでいた本を必死に思い返す。

 

「2020年代13億ぐらいと、本にそうかかれていたような」

「最初の20年は良かった。個性を持った子供が大人になるぐらいだ。60年もたてば人類の半分以上が個性持ちとなる。その過程で世界は大きく混乱したんだよ。細かいことは街にでた後、勉強してみるといいよ。結論だけ言えば人口の三割以上が犠牲になったのさ。だからこそ国家は治安維持に力をいれている。つまりそういうことだ。そんな中、私の知る限り収奪という能力は聞いたことがない。それが現実だよ」

 

 あんまりな事実に、頭が痛くなる。

 

 そのあと、車内のオーディオはラジオに切り替えられ、やっと電波の入る場所までこれたのだろう。さまざまな情報が垂れ流される。車は村々を回り税金を集め、時には車に積んだ薬や本といったものを渡したり、まるで行商人のようなことをしながら進んでいく。

 

――数日後、西安に到着したのだった

 

 

******

 

 

 あの人の言うことは正しかった。

 

 項は何年も前のことだが、ふと思い返す。

 

 村を出て西安に到着して、まず行われたのは徹底的といってよいほどの検査だった。その過程で凶悪犯からの収奪も行われ、能力のこともある程度わかった。

 

・収奪は相手に触れ意識的に奪うと考えなくては発動しない。寝ている時や無意識の時、そして触れていない時は発動しない

・収奪すると体の約10平方cmが黒化する。したがって約千八百の能力を収奪できる

・収奪した能力は、元の能力の九割程度の再現率となり、制限なども同じ。ただし常時変身系についてはオンオフが付く

 

 そこまで判明した結果、政府は権力の番犬という顔を提案してきた。対価は出身村の納税免除。外出の自由はないが、ある程度監視下という条件はあるもの、物資の購入など自由があたえられた。

 

 最初の数年はテロリストや凶悪犯を中心に能力を収奪していった。

  

 能力が百を超えてくると、正面切った直接戦闘で項に勝てるものはいなくなった。

 

 そんな状況でも例の徴税官とは付き合いが続いていた。年に一回、現地に行ったとき数枚の写真を撮影し送ってくれるのだ。もちろんこれが項にとっての鎖であることぐらいわかっている。しかし自分の心のよりどころが変わらずあるという点は、今の境遇を投げ捨てさせないブレーキとして有効だった。

 

 さらに数年たち青年と呼べる年代になると、数名の女性との間に子供を作るように命令が下った。

 

 それぞれ強力な個性を持つ女性で、同じように裏の世界にいた相手ばかりだ。正直家庭というにはいびつすぎる関係だが、人並みの喜びなど諦めていたのだからそれはそれで納得した。いわゆる個性婚というやつというぐらいわかる。また、生まれた時から政府の番犬となるべく教育するのだろう。

 

 そして生まれた子供を見た瞬間、項は完全に政府に反抗という思想的牙は抜け落ちていた。上層部はこのへんの機微さえ理解した上で指示を出したのだろう。項は、それを苦々しくおもうが、同時に自分の価値を理解し、上手に扱う上の存在をうけいれるのだった。

 

 そんなある日、政府上層部からある命令が下る。

 

「日本政府との共同作戦?」

「正確には国連主導の共同作戦ということだ。ただ場所が日本ということで日本政府が主導権を握っている」

「正直私の能力はこの手の共同作業に向かないとおもうのですが?」

 

 項も、いまとなっては行動の制限こそあるが重鎮といってもよい権力が与えられている。彼の献身は、間接的にこの国の安寧に寄与してきたのだから、当たり前といえば当たり前であった。そんな存在にわざわざ、海外での共同作戦が持ち込まれたというのだから異常としか言えない。

 

「分かっている。収奪の件を説明せず、複数個性を扱うこと。共同作業において能力の把握は前提条件でありながら矛盾していることは理解している。その上でこの資料をみてくれ」

 

 それは三枚の写真であった。そのうち一枚は見覚えのあるものだったが、残り二枚は若干ピンボケした同一人物を撮影したと思わしき写真だった。

 

「一人はオールマイトだろ? もう一人は?」

「名前不明。オールマイトが追っている人物だ。しかも数年前に一度は追い詰めたがオールマイトに致命傷を与えて逃げ切った存在だ。戸籍など見つからず個性についても詳細不明だが、このレポートに書いてあるように……」

 

 そして渡されたレポートにはオールマイトが追う男の能力が羅列されていた。炎熱。筋肉強化。再生。肉体硬質化。雷撃……。

 

「オールマイトとの戦闘を遠距離および衛星から観測できたのだが」

「うちの子供たちのように複数個性か? しかしそれは近似個性だからできる結果だ」

 

 項は倫理観を度外視し、二桁に上る子供がいる。そしてその全てが強力な個性持ちとして生まれた。さらにそのうち数名は複数個性の持ち主であったのだ。

 

 項の子供たちと、中国9億の事例から中国政府は、複数個性についてはある仮説に行きついた。それは両親の個性がある程度近似属性でかつ強力である場合、両親の個性に近い複数個性の子供が生まれるというものだ。

 

 有名どころでいえば、日本における炎熱と氷結個性を引き継いだ子供。個性が熱量操作という点で近似の個性といえるのだろう。

 

 項の子供であれば、体臭を媒介とした幻覚と魅了が可能な個性、嗅覚を媒介とし脳内物質の操作を可能とした娘。超再生と超筋肉という個性、肉体操作に特化した息子だ。

 

「世間ではレアケースの複数個性所有者と考えているようだ。どうやらオールマイトを含め数名は真実を知っていそうだが、それは重要なことではない。私たちはもう一つの仮説を考えている」

「収奪 または個性のやり取り」

 

 項はバサリとまるでレポートを投げ捨てると、仮説を口にする。

 

「そう。ついに君と類似個性、または上位互換の個性が見つかった可能性があるのだ。ここまで言えばわかるな?」

「多少のリスクを飲み込んで確かめる。そして可能であれば」

「その上位個性を確保せよ。政治・経済・軍事。党本部の承認を得ている。能力の確保の際、街を破壊して損害賠償を請求されようがかまわん。またわかっているな」

「死に瀕した存在がいれば……他国の有力な個性の奪取だな」

「危険な任務だ。おまえ以外が死ぬことも想定されている。それに見合った報酬が支払われるが、君は何を望む?」

 

 その後、項を中心とした中国人民軍の精鋭部隊が国際協力の名の元、日本を訪れた。

 

 




C96の感想などを活動報告に書きました


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