悪役の美学   作:生カス

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人間? それは俺にとってなんでもなかった、ただの白紙だった

―ヘンリー・リー・ルーカス―


Number.10

「……何、何言ってるの?」

 

 重傷を負った翼を庇いながら、響は茫然とした表情で、目の前のツギハギを見てそう言った。聞かれた当人は、両の手の平をすり合わせながら、お道化たように答えた。

 

「星だよ、星。今日はこと座流星群が見れるっていう話じゃないか。せっかくのロマンチックな日なんだ。愛しのダーリンと見たいってのは、そんなに変なことかい?」

 

 その言葉を聞いて、響は何も言えなかった。あまりにも理解ができなかった。男の態度も、自分に向けられたその言葉も何もかも。理解できない、というよりも、理解してはいけない。何故か彼女はそう感じた。

 響がしばらくの間黙っていることにしびれを切らしたのか、ツギハギはため息をつき、肩をすくめた。

 

「やれやれ、乗り気じゃないみたいね。やっぱその子が気がかりか」

 

 ツギハギはそう言って翼を指さす。それを見た響は、翼を抱きかかえる力を強くし、ツギハギを睨みつけた。ツギハギはそれに何も言わず、ただあごに手を当てて、わざとらしくうんうんと唸っていた。それを数秒だけやると、彼はすぐに「じゃあ」と言いながら手を叩いた。

 

「こういうのはどう?」

 

 そう言って、彼はどこからともなく"それ"を取り出した。

 それは普遍的で、世界中にごくありふれた、しかし日本ではあまり見られないもの。

 "拳銃"だった。

 

「ッ――!」

 

 ハンドガンを向けられた響は、とっさに翼を庇った。ツギハギは先程と変わらずお道化た口調で、しかし淡々と彼女に告げる。

 

「ちょっと惜しいけど、今ここで風鳴翼は殺そう。そうすりゃ、響も気兼ねなく行けるだろ?」

 

 その言葉を聞いて、響は唖然とし、同時に戦慄した。狂っているという言葉では表せないかもしれない。もっと根本的な部分、人格を形成するうえで不可欠な何かが、この男には欠落している。そう思わずにはいられないほど、響はツギハギに異常性を感じた。

 

「装者なら頭か腹に5、6発かな。手間だな、ダムダムでも持ってくればよかった」

 

「ふ、ふざけないで! そんな簡単に――」

 

「俺は大真面目さ、いつだって。ああ、別に邪魔してもいいけど、多分止めるより撃ち殺す方が早い」

 

 響の叫びも意に介さず、ツギハギはそう言って粛々と弾を込め、銃のハンマーを降ろした。そして、翼に狙いを定め、引き金を

 

「ッ……わかった!」

 

 ――引こうとした寸でのところで、響がそう吠えた。今言うことを聞かなければ、翼さんが殺されてしまう。それよりは、この場は素直に従って、翼さんのことは、この一部始終を見ているはずの二課の人達に任せるべきだ。それ以外、彼女に考えられる術はなかった。

 

「わかった。一緒に行く、付いていくから。だから……」

 

 響は震えた声でそう続けた。それを聞いたツギハギは、その裂けた口で笑い、銃を手元から"消した"。

 

「初めてのデートだぜ、ダーリン」

 

 彼がそう言ったその瞬間、その場からツギハギの響の2人が"消えた"。最早その場所は、2人の倒れた少女と、何もない原っぱが、ただ月光に照らされているだけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Number10.Counting stars

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 数分も経たない後、広場に猛烈な速度で走ってきたことが予測できる、大きなブレーキ痕を描いた自動車が停車していた。そこから勢いよくドアを開け、一目散に翼に向かっていく弦十郎の姿が見えた。

 弦十郎は翼のそばに座り込み、怪我の状態を見ると、苦虫を噛み潰したような顔を見せた。

 

「クソ、なんてことだ……医療班の到着は?」

 

「もう間もなくよ。大丈夫、見た感じでは、まだ十分間に合う」

 

 「とりあえず、応急処置だけはしておくわ」そう言てきたのは、同行してきた了子だった。了子は翼に今できる最低限の医療処置を即座に施した後、辺りを見回した。もはや原型のない広場を見て、彼女はあることに気づいた。

 

「……ネフシュタンの鎧は取り逃がしたみたいね。もういないわ」

 

「了子君、彼女は一体、何者なんだ?」

 

「それがわかれば、苦労しないんだけどね」

 

 了子が溜息ついでに漏らしたその言葉に、弦十郎はそれ以上何も言及しなかった。ただ彼には、それ以上に聞きたいことがあったので、そのことを聞くことにした。ただ今度は了子にではなく、二課の情報担当にだ。彼は携帯端末を取り出し、オペレータの藤尭(フジタカ)に繋いだ。

 

「俺だ、響君の場所は?」

 

『現在、数十km圏内を調べていますが、反応は在りません』

 

「何か経路を特定できるものは?」

 

『……ありません。何度かログを確認しましたが、移動した形跡は、まるで見当たりません』

 

「わかった、引き続き調査を頼む」

 

『了解』

 

 それを最後に、弦十郎は通話を切る。

 

「……またしても、してやられたというわけか」

 

 酷く重い口調で彼は言った。それに了子は、宥めるように答える。

 

「彼女のこと、心配?」

 

「当たり前だ、あの男に連れ去られたんだぞ」

 

「……多分だけど、あの子、響ちゃんには手を出さないと思うわ。今のところではあるけど」

 

 どこか遠い目をしてそう言う了子に、弦十郎は「なぜわかる?」とだけ聞いた。それに了子は、弦十郎を見て、少しだけ微笑んで、こう言った。

 

「女の勘、よ」

 

 その言葉を最後に、弦十郎と了子は、結局医療班が来るまで、一言も話すことはなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 場所は変わり、廃墟と化した都市の中、星の明かりしか光源がないような場所に、ツギハギと響はいた。

 

「足元に気を付けろ。ここで死んだ怨霊があの世に引きずり込むらしいぞ」

 

 クツクツと引き笑いをしながら、ツギハギは自分の後をついてくる響にそう言った。

 

「……」

 

 それに対し、響は何も言わない。ただじっとツギハギの方を、警戒しているような表情で見ていた。

 彼女は今は、シンフォギアを纏っていない。位置がばれるからとツギハギに解除するよう言われたのだ。

 

――守らないなら、やっぱり彼女は殺す。遠くからだって、リモコンひとつで殺すのはわけないんだ

 

 要するにツギハギは、遠くからでも翼を殺せる仕掛けを施したということだろう。その言葉の真偽はわからないし、ともすればハッタリの可能性の方が大きいだろう。しかしそれでも、響は本当だった場合の可能性を捨てきれなかった。道具を自由に出し入れできる、"友達"と呼ぶその能力。あれを目の当たりにした以上、絶対にないとは響は言い切れなかった。

 

「……おいおい、なんだよしけた面しちゃってさ。やめてくれ、母親を思い出しちまう」

 

「……母親?」

 

 予想外のワードが予想外の人物から出てきたためか、響はそれについて聞こうとした。

 

「――それって」

 

 しかし、聞く直前に、響は目の前に、無数の光を見つけた。

 

 

 

 夜空を覆う、大量の光の糸。

 

 

 

 「……すごい」

 

 目の前に広がる流星の群れを見て、響は言葉を失った。

 響は、未来のことを思い出していた。一緒に流れ星を見に行こうと言った。けれど行けなかった。そんな自分が、友達との約束を破った自分が、口裂け男と一緒に、今、星を見ている。

 何て滑稽なのだろう。響はそう感じずにはいられなかった。その息を呑むような流星群の美しさも、こんな状況では、"彼"がこしらえた皮肉にしか思えなかった。

 

「……私をここに連れてきたのは、これを見せるため?」

 

 響はツギハギの方を見ず、ただじっと、辛そうに星を眺めながら、そう聞いた。対してツギハギは、響の方を向いて、それに答えた。

 

「もちろん。ああ……でも、実はそれ以外にも、君に確かめたいことがあるんだ」

 

 そう言うと、彼は響にゆっくりと近づく。響はツギハギの方に向き直り、それをじっと見つめた。その時、響は恐怖で震えていたが、しかし目をそらすことはしなかった。それを見たツギハギは、静かに、裂けた口角を上げた。

 お互いの距離があと一歩ほどのところで、彼は止まった。

 

「響、見た感じ君は、人助けがずいぶんと好きみたいだ」

 

 ツギハギはそう聞く。響はそれに答えない。

 

「人助けに、理由はいらない。それが誰かのためになるなら、できる限りのことをやってあげたい。君はそう言うクチじゃないか?」

 

 さらにツギハギは聞く、響は答えない。口を一文字に閉じた響を見て、ツギハギはまた、クツクツと引き笑いをして、言った。

 

 

 

 

 

 

「なら響、俺を殺してみてくれ」

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 響は自分の耳を疑った。彼は今何と言ったのか、その言葉の意味が一瞬分らなかった。そんな困惑する響をよそに、ツギハギは続けた。

 

「俺はこれからたくさん殺すぜ、俗に言う"罪なき善良な民"ってやつをだ。いっぱいだいっぱい殺す。大人も子供もお姉さんも。色んなバリエーションを用意しよう。煮たり焼いたり、七面鳥みたいに飾ってみるのもいいな」

 

 まるでクリスマスの計画を話す子供のように、彼は心底楽しそうにしていた。それを見た響は、一歩後ずさった。

 

「何、言って……」

 

「許してくれない? 面白そうだと思うんだけど」

 

「ッ……ふ、ふざけないで! そんなこと、絶対させない!」

 

「じゃあ今俺を殺さなきゃ」

 

 そう言って、彼は響に顔をグイッと近づけた。「ひっ……」響はそんな短い悲鳴をあげた。

 

「ほら、このナイフをあげる」

 

 ツギハギはナイフを取り出し、それを響に渡した。響は思わず、それを受け取ってしまう。

 

「それで俺の喉元を一突きすれば、簡単に殺せる。もうこれ以上誰かが犠牲になることも無い。そうだろ?」

 

 彼は挑発するように、自分の首を指でなぞる。響は動けなかった。

 

「あー……それとも、銃のほうがいい? あのコスプレでもいいけど……それだと俺、体が50個ぐらいに別れんじゃないかな。ハハハハ!」

 

 まるでギャグを言うかのように、心底楽しそうに自分の殺され方を語る彼に対して、響は恐怖した。彼女は思い出してしまったのだ。今目の前にいるのが、人の命を弄ぶシリアルキラーであることを。一度恐れてしまったら、もう止まらない、恐怖は増幅し、もはや喋ることすらままならなくなってしまう。

 

「ほら響、どうした?」

 

「あ、う……」

 

「どうしたやれ! 殺せ!」

 

「あッ……」

 

 響は恐怖に駆られ、もはや立ってるだけで精一杯だった。息を荒げ、喋ることもできない。そんな彼女に、彼は言った。いや、笑ったまま、叫んだ。

 

 

 

 

 

「誰かのせいじゃなく! お前の意思で! お前の判断で! お前の心のままに! 殺せ!」

 

 

 

 

 

 その言葉聞いた響は、ただ立っていた。

 

「う……あ……」

 

 ただ震え、ツギハギから目を離すこともできず、ナイフを握りしめていた。

 

 

「……ッ」

 

 

 そして彼女は、思わずナイフを落としてしまった。その後も変わらず、彼を見つめたまま、カタカタと震えていた。

 

「……なんだよ、ノリ悪いなあ」

 

 彼は一変して、つまらなそうなものを見る目で響を見つめた。響は変わらず、動けなかった。

 彼は響から離れ、芝居がかった動きで、肩をすくめてみせた。

 

「まあいいさ、まだこれからだ。正直今のは期待外れだけど、確信もした。君は光るものを持ってるよ、響」

 

 ツギハギは響の方を見ず、淡々と喋る。それはまるで、サーカスの司会者のようでもあった。

 

「そうだなあ、まずは……」

 

 そう言って、彼は響を見た。

 

「意識を変えなきゃなあ」

 

 ツギハギは、響を見て、酷く濁ったような笑い顔を見せた。それを見た響は、まるで子犬のように、体を震わせた。

 

「響。いつか、その悲しい顔を笑顔に変えて、そのナイフで俺の首を切ってみてくれ。その時の君は、きっとすごくきれいだ」

 

 そう言って、彼はつんざくような笑い声を発し、それがひとしきり終わったと思うと、彼はいつの間にか、その場から消えていた。

 

「ッ……ハッ……はあ……」

 

 瞬間、響はその場に膝から崩れ落ちた。息を整え、何とか早い鼓動を平常に戻そうと、胸を手で掴んだ。

 

「はあ……はあ……」

 

 鼓動が少しずつ遅くなる。しかしそれに反比例して、彼女の中の混乱と恐怖は、強まるばかりだった。

 

「う、うぐ……うわああぁぁん……」

 

 彼女は感情に耐え切れず、声をあげて泣いた。響の足元では、ツギハギが彼女に渡したナイフが、流星の光に反射して、冷たくただ光っていた。

 




393「星を見に行ったのか、私以外のやつと……」

やっと帰って来たぜ(ytr並感)

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