悪役の美学   作:生カス

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ブラームスを聞いてみろ。あいつもいい


―映画『LEON』より―


Number.11

 その場所は酷く乱雑としていた。大量の機材と、それに付着した乾いた血の痕が、この場が何の用途で使われているのか、というのを容易に想像させる。それでいて、その大きくアンティークな窓から入る陽の光のコントラストが、この部屋をどこか厳かにさえ感じられるものにしている。

 そんな場所に、クリスと"彼女"はいた。

 

「……苦しい? クリス」

 

 "彼女"はクリスに身体を密着させて、微笑んでそう言った。教師が子供を叱る時のような、いやに抑揚のない声だった。

 

「かわいそうなクリス。貴方がグズグズしているからよ? 誘い出されたあの子を、連れてくればいいだけだったのに……」

 

 "彼女"はクリスのあごに手を添え、顔を自分に向けさせた。クリスは逃げられない。まるで宗教画のように、クリスはその体を磔にされていた。

 

「……これで、いいんだよな?」

 

 弱り切った体からやっとのこと声を出して、クリスは"彼女"にそう聞いた。

 

「なに?」

 

「アタシの望みを叶えるには、お前に従っていればいいんだよな……?」

 

 クリスのその声は最早、縋っているようでもあった。

 

「……そうよ、だから貴方は、私の全てを受け入れなさい」

 

 "彼女"はクリスから離れ、大きな機材の前に移動する。

 

「でないと、嫌いになっちゃうわよ?」

 

 そう言って、そのまま、手前にあるレバーを引いた。

 

「―――――ッ!」

 

 途端、けたたましい機械音と共に、クリスは形容ができないほどの痛みに襲われた。声にならない悲鳴を叫びながら、クリスは突然に来た痛烈な痛みに身をよじる。

 

「可愛いクリス。私だけが、貴方を愛してあげられる」

 

 十秒ほど、クリスが叫んでいる姿を眺めると、"彼女は"レバーを最初の位置に戻す。すると、機械の稼働音は止まり、クリスも激痛が収まったのか、叫ぶのをやめ、ぐったりとうなだれていた。

 "彼女"は再び、クリスに近づいた。

 

「いい? クリス。覚えておいてね、クリス。痛みだけが人の心を繋いで絆と結ぶ、世界の真実ということを」

 

 "彼女"はクリスを優しく撫でた。クリスは、それに応えるように、優しく微笑んで見せた。

 

 

 

 

 

 ――パチ、パチ、パチと、ゆっくりとした拍手が3回、テーブル席の方から、"彼女"の耳を触った。

 

「……いつからいたのかしら? ツギハギ」

 

 "彼女"は忌々しそうに音の方向を見た。すると、口がパックリと裂けた、おどろおどろしい見た目の少年が、足を組んで、豪奢な椅子に腰を下ろしていた。

 

「ずっとさ、ずっと。アンタがクリスにお説教を始めてから、『ミスト』のおばさんみたいな素晴らしいお言葉を垂れてるところまで、ずぅっと」

 

 ツギハギは少々不機嫌な口調で、"彼女"にそう返した。

 

「相も変わらず、言葉が支離滅裂な子ね」

 

「……『ミスト』見てないのか? 本当に? 今度貸してあげようか?」

 

 からかうようなその言葉に、"彼女"は心底辟易としていた。

 "彼女"がクリスとツギハギを拾って、もうずいぶんと経つ。にも関わらず、クリスはともかくとして、ツギハギが何を考えているかは、未だに"彼女"にすら理解できなかった。

 

 ――初めは、単なる快楽殺人者(ラスト・マーダ)の類だと考えていた。殺人に躊躇がないし、どころか楽しんでいるふしがあったから。だが最近、また違うことが判ってきた。

 そう、違う。彼は、世間一般に言われる気狂いとはまた違う。根本的に、人の精神を形成するうえで必須な何かが、そもそも彼には無いように思える。

 彼はある意味では、クリスよりも有用だ。何より、彼の精神は余りにも未知であり、科学者にとってそれは甘い蜜のようでもある。しかし、彼をこのまま私の懐に入れておけば、その蜜に足を取られかねない。時期が来次第、彼は切り捨てる必要があるだろう。

 

 どれほどか昔に"彼女"は、ツギハギについて、そんなことを考えた。そろそろ、その時なのかもしれないと、今はそう考えている。

 

「……聞きたいことが山ほどあるの。私が帰ってくるまで、ここに居なさい、ツギハギ」

 

「おや、お出かけで?」

 

「誰かさんが勝手なことをしたせいで、フォローをしなくちゃいけなくなったのよ」

 

 勝手なこと――それは暗に、ツギハギが先日、響にしたことを意味していた。

 

「……クリスのケアでも、しておきなさい」

 

 そう言って"彼女"はそこから立ち去った。ツギハギとすれ違った時、無機物に向けるような冷めた目を、彼に向けた。

 

「……さて、大丈夫かいクリス? こってり絞られたようで」

 

 "彼女"が出かけて行くのを見送った後、ツギハギはクリスに近づき、その拘束具を取り外しにかかった。そんな彼を、クリスは心底恨めしそうな顔で睨んだ。

 

「……元はと言えば、お前が余計なことしたせいだろうが」

 

「そう怒るなよ、ココアでも入れてやるから」

 

 そのからかうような、しかし穏やかな言葉に、クリスは最早、怒る気力すら失くしてしまった。

 

「……ミルクと、砂糖たっぷり。それと、あんまり見るな……」

 

 クリスは拘束具がすべて外されると、腕で体を隠し始める。と言うのも、彼女は今、ほとんど何も衣類を着ていない状態なのだ。

 

「そんなことよりクリス、あのオバハンが次に狙ってるもの、なんだっけ?」

 

 ツギハギは毛布を取り出し、クリスにそれを羽織らせながら、そう聞いた。"そんなこと"呼ばわりされたクリスは、若干に不満そうな顔をしたが、頭を切り替え、彼の質問に答えた。

 

「ああ? 何だよ、前に話したろ。完全聖遺物の――」

 

「それなんだけどさ、今回はパスさせてもらうぜ、俺」

 

 そんなツギハギの答えが予想外だったのか、クリスは「はあ?」と短く言った。

 

「パスったってお前、だって……」

 

 クリスはいよいよもって、彼が何をしたいのかがわからなくなっていた。そもそも、今回のターゲットは完全聖遺物である"デュランダル"。ともすれば、特異災害二課が、即ち、ガングニール装者である響が出てくる可能性が高い。

 クリスは考える。ツギハギはそう言う部分に、頭が回らない男ではないはずだ。ではなぜ、あそこまで執着している、あのガングニールの装者とのエンカウントを、わざわざフイにするようなことを言いだすのか?

 クリスのそんな考えを、表情辺りから読み取ったのだろうか。ツギハギは答えた。

 

「もう少し、趣向を変えてみようと思ってさ」

 

 ツギハギはそう言うと、両手でゆっくりと、クリスの顔を包んで、顔を近づけた。クリスは、少しだけ驚いたが、何故か振りほどく気にはなれなかった。

 

「な、なんだよ?」

 

「……キレイな眼だな、クリス」

 

「――!?」

 

 クリスはその言葉に目を見開き、金縛りにあったように動けなくなった。ツギハギは、ゆっくりと、自身の顔を、ほぼゼロ距離にまでクリスの顔に近づける。その眼で、クリスの眼をじっくりと見つめながら、ツギハギはどこかお道化たようにそう言い、続けた。

 

「責任と、正義、弱さと、少しの迷い……酷く澄んだ、きれいな瞳だ」

 

「な……あッ……」

 

「……だが」

 

 そう言った途端、ツギハギはクリスから手を放した。

 

「キレイすぎる。君はどうあっても、俺好みになっては、くれそうにはないな」

 

 ツギハギはどこか穏やかな口調で、クリスにそう言った。しかし言われた当の本人は、突然のことに対応しきれず、まだその場から動けないでいた。

 

「さて」

 

 そう言って彼は、ココアを入れるためにキッチンへと向かった。その間、彼はいつぞや"彼女"に見せてもらった、装者に関する、特に響に関するデータの中で、非常に興味深いものがあったことを思い出していた。

 その子は響のクラスメイトで、その子は響のルームメイトで、その子は響の唯一無二の親友とのことだった。それだけでも十分興味を惹かれる人物ではあったが、どっこいそれだけじゃない。ツギハギは、その子の顔写真を見て、その子の瞳を見て、思った。

 実に魅力的だと。

 

「次、俺にあった後は、笑ってくれるのかな、響」

 

 彼はそう言いながら、ココアに砂糖を入れた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 ある日の放課後、学園近くの喫茶店に、小日向未来はそこで一人、頼んだオレンジジュースに全く手を付けないまま、1時間ほど動かないでいた。

 

「……バカ」

 

 未来は誰にも聞こえない程度の声量で、そう言った。彼女が喫茶店にいる理由は、特に深いものでもない。響が何度も何度も、自分に言えないような理由で帰りが遅くなっていることに業を煮やし、それならばと自分も腹いせ交じりに寄り道しているだけのことだ。

 無論こんなことが、響に対する意思表示になる等とは、未来自身思っていない。ただ、誰もいない部屋に真っ直ぐ帰るのは、彼女にとってあまりにも味気ないものだった。

 なにより、響のいない部屋にいると、気を揉んでしょうがなかった。ある日を境に、目に見えて元気がなくなっている親友のことを考えると、未来はただただ、やり場のない不安でいっぱいになってしまう。ただほんの少しでも、気を紛らわせたかったのだ。

 

『――さて、本日のリクエストは皆さんお待ちかね、洋楽特集。気になる最初のナンバーは……』

 

 そんな未来の心情も知らず、喫茶店のラジオは陽気に今日のリクエスト曲なんかを流していた。ぼうっとしながら聴いていると、アップテンポながら、どこかノスタルジーに訴えてくるような曲が多く、普段洋楽をほとんど聞かない未来も、幾分か気がまぎれるくらいには聴き入っていた。

 

「すいません」

 

 そんな時、隣から男の声が聞こえた。未来はそれに少しだけ驚き、その方向を見た。見るとそこには、顔半分をマフラーで隠した、顔の整った少年がいた。

 

「すいません、満席みたいで、相席をするよう言われたんですが、よろしいですか?」

 

 彼がそう言ったのを聞くと、未来は少し辺りを見回す、見ると、全ての席に人が座っていて、空いているスペースなど、どこにもなかった。

 

「え、ええどうぞ」

 

 未来は半ば条件反射のように承諾した後、もうずいぶん長く居座ってしまったことを思い出し、早く店を出たい一心で、目の前にあるオレンジジュースを飲み始めた。

 

「この流れてるのは、『バグルス』ですかね」

 

 少年は未来に、実に抑揚のない声でそう聞いた。その雰囲気にどこか違和感を感じながらも、未来はそれに耳を傾けた。

 

「"ラジオ・スターの悲劇"だ。お好きですか?」

 

「い、いいえ。洋楽はあんまり聴く機会がなくて……」

 

「そうなんですか。それは失礼を……」

 

 そこまでで会話は一旦終わり、妙な静寂が、未来を支配した。彼女は妙にいたたまれなくなり、一心不乱にジュースを飲みながら、良く聴こえる店内ラジオに耳を傾けた。

 

「……え?」

 

 と、そこで彼女は、ある違和感に気づいた。

 "静かすぎる"。先程、目の前にいるこの少年は、"満席"だと言った。実際店は人で溢れている。だと言うのに、何も音がしない。

 喧騒ひとつ、話し声ひとつ、コーヒーカップを傾ける音すらしない。

 

 

 

 考えてみれば、ラジオの音しかしない。

 

 

 

 違和感は不安となり、不安は恐怖となり、未来は、改めて、店内を"よく"見回した。

 

「…………ひッ!?」

 

 そこに座ってたのは人ではなく、"炭"だった。カウンターにも、テーブル席にも。あったのはただただ、人の形をした炭だった。

 

「……バグルスが終わった。次の曲が流れるよ」

 

 未来の目の前に座っている少年が、静かにそう言った。未来は少年の方を見た。少年はマフラーを外していた。耳までパックリと割れた口を、乱雑に縫い合わせていた。

 

「貴方、一体……」

 

『さぁ! 続いてお送りするのはこの曲。 ザ・キラーズで――』

 

 この場に不釣り合いなほどに、陽気なラジオにテンポを合わせながら、彼は……ツギハギは、彼女のことをこう呼んだ。

 

「ハロー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Number11. Mr.Brightside

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 彼がその名前を言うと、いつの間にか、2人の姿は喫茶店からきれいさっぱり消えていた。キャッチーな曲を流すそのラジオだけが、ただひとつ、その喫茶店で音を発していた。

 




ちなみに作中で紹介した楽曲は実在する曲です。暇な人は調べてみよう!
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