―映画『羊たちの沈黙』より―
ツギハギやクリスが拠点にしている場所として、岸辺に建った巨大な洋館がある。スコットランドかドレスデンにでもあるような――実際の場所などわかりようもないが――その館はツギハギの雇い主であるフィーネが用意したものだ。それ故にその外側の雰囲気とは打って変わって、中は映画のマッドサイエンティストが使うような機械でいっぱいだった。無論、大広間も例にもれずそうで、クリスとツギハギはそんな場所で食事をとっていた。
「……前々から聞きたいことがあったんだけどよ」
クリスは用意された食事を、ボロボロこぼして食べながら、対面して座っているツギハギに聞いた。彼はクリスとは対照的に、フォークとナイフを使い上品に食べてはいるが、その口裂けな見た目と相まって、どこか猟奇的な雰囲気をもっていた。
「なんだいクリス? 食後のケーキが足りないんなら、俺の分も食っていいよ」
「んなことじゃねえよ! ……くれるんなら貰うけど」
クリスは一度マグカップに口をつけ、いったん喉を潤してから、話を続けた。
「そうじゃなくて、お前の目的だよ」
「目的? 何のだい?」
「フィーネに協力してる理由が見えねえって言ってんだ」
「ああ」
クリスとツギハギは、ほぼ同時期にフィーネに拾われ、知り合ってもう長くなる、しかしそれでも、クリスはこの裂けた口の両端を乱雑に縫い付けた、同年代の男を測りかねていた。
クリスがフィーネと共にいる理由は至ってシンプルだ。彼女は過去の経験から戦争を人一倍憎んでいる。それ故にフィーネという人物が掲げた"戦いの意志と力を持つ人間を叩き潰し戦争の火種をなくす"という思想に酷く共感し、これまで全ての力をフィーネのために使ってきたのだ。本人が自覚しているかは怪しいところだが、クリスはフィーネに少なからず依存しているきらいがあった。
「どうなんだよ? やっぱりお前だって、戦争を失くしたいからフィーネに協力してるんだろ?」
「本気かよ?」
クリスが聞くと、ツギハギは愉快そうに、クツクツと笑いながらそう聞き返した。それが気に障ったのだろう。クリスはツギハギを睨んだ。
「……何がおかしいんだよ」
「おい、おい、おい、そう怒るなよ。――ああそうだ、目的だっけ」
クリスの理由は先に書いた通りシンプルだ。しかしツギハギの目的は、今日に至ってもクリスにすらわからなかった。ツギハギはひとしきり笑ったあと、いったんナイフとフォークを置いて、続けた。
「――クリスってさ、おもちゃは好きか?」
「……さあな、そんなもん気にする暇もなかった」
「そうか……ああいうのってさ、子どもを楽しませるために、結構ギミックがこだわっててさ。ギターを持った花がカシャカシャ動いたり、車がロボットに変形したり、中にはゼンマイ巻いたら猿が間抜け顔でバンバンシンバル鳴らすやつとかもあってさ。猿のやつが一番好きだな、俺は」
「どういうことだよ?」
「だからその、えっと……重要じゃないんだよ、別に。世界平和とか戦争根絶とか、そういう、多分崇高なものは、俺にとっては特段重要なわけじゃないんだ」
「だから! 何が言いたいんだよ!」
クリスは怒鳴った。しびれを切らしただけではない。どこか無意識に、怯えてしまったのだ、この男の得体の知れなさに。そんなことを知ってか知らずか、ツギハギは続けた。
「俺は世界平和でも戦争根絶でもなく、ただ間抜け顔でシンバルを叩く猿が見たいから、ゼンマイを巻くんだよ」
クリスは何も言えなかった。その言葉の意味はきっとわからないし、また彼女はきっと理解したくもないだろう。
「――皿が空いたな。そろそろケーキを持ってくるよ、食べるだろ?」
「……ああ」
先程から変わらず柔らかい物腰で、ツギハギはクリスにそう聞いてから席を立った。クリスは、彼のことが決して嫌いなわけじゃない。いつもどんな時でも今のやりとりのように優しく接してくるし、彼女がフィーネに"痛み"を与えられた時も――それを面白がっているふしはあるものの――ツギハギは気にかけ、手当てをしてくれる。しかしだからこそ、クリスは彼が見せるその言いようのない得体の知れなさが、酷く恐ろしかった。
「ああそうだ。さっきの話なんだけどさ」
ケーキを2つもってきたツギハギは、それを2つともクリスの近くに置きながら、彼女にそう聞いた。
「……気になる女の子が――って話か?」
「ああ、どう思う?」
「知らねえよ。相手の興味があるもんでも調べろ」
「――ああ、なるほど、それだな」
彼はそういうと、"どこからともなく"普遍的な使い捨てマスクを手に取り、顔に付けた。
「なんだよ、どっか行くのか?」
「ああ」
ツギハギは、裂けた口の口角を上げた。
「まずはゼンマイの場所を探さなきゃ」
そう言って、彼はその場からきれいさっぱり消えた。
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Number.03 Vide Cor Meum
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「あ、ツギくん、おはよー!」
朝の通学路で、響はツギハギに会った。場所は初めて会った時と同じ、猫を助けたあの場所だ。響は自分の声に反応して、ゆっくりと振り返るツギハギを見て、にっこりと笑った。
「――ああ、おはよう。朝から元気なことで」
「ツギくんが元気なさすぎなんだよ。もっと張り切ってかなきゃ」
「張り切ってるさ、夜はね」
「さては夜更かししてるなー?」
そうやって再開した二人は、とりとめのない会話をしながら通学路を歩いてゆく。会話は主に響きが話しかけ、ツギハギが答えるものだった。内容はなんてことのない、お互いのプロフィールだ。好きな食べ物は何か、どの辺に住んでいるのか、といったもので、特に話が続いたのは音楽のことだった。
「へえ、風鳴翼が好きなんだ」
ツギハギがそう聞くと、響は待ってましたと言うように答えた。
「もう大好き! 曲がいいのはもちろんだけど、かっこいいしキレイだし、大ファンなんだー。今日だって学校が終わったら新発売のCD、真っ先に買いに行っちゃうんだから」
「CDってことは、あそこのCDショップかい?」
これまでの会話の中で一番、ツギハギは響の話に食いついた。
「え、知ってるの? もしかして、ツギくんも音楽好き? って言っても、この辺にCDショップなんて、あのドラッグストアの向かいのやつしかないけどさ」
「ああ、音楽はよく聴く」
「へええ、どんなの?」
「どんなのって言われても、"レディオヘッド"とか、"ティアーズ・フォア・フィアーズ"とか、ああいうの」
「おお、洋楽かー。私も聞いてみようかなー」
響はそう言って、あごに手を当てて考えるそぶりを少しした後「そうだ!」と手を叩いた。
「じゃあ今日の放課後、もしよかったら一緒にCDショップに行かない? 私の友達も来ると思うから、3人で!」
響は相変わらずの快活な顔で、ツギハギの顔を覗いてそう聞いた。しかしそれに対しツギハギは、「ゴメン」と答えた。
「今日はちょっと用事があってさ、時間がないんだ」
「あちゃーそっかー……じゃあ仕方ないよね」
響は肩を落とし、わかりやすく落ち込んだ。これを機に、猫の時のお礼もできると考えていただけに、余計に残念なようだ。それを見てツギハギは少し間をあけてからこう言った。
「でも、今度の週末は暇だから、その時にでも誘ってよ」
「……うん、わかった! あ、じゃあ、連絡先交換しようよ」
響はそう言って、ツギハギに笑いかけた。響は携帯を取り出して、弄りだした。ツギハギもそれに倣い、自分の携帯を手に取った。
「――よし、これでいつでも連絡できるね」
「じゃあ、都合がついたら、連絡入れるよ」
二人はそう言い合って、お互いの携帯をしまった。そうやって歩いていると、いつの間にやら分かれ道まで来ていた。
「じゃあ、私こっちだから、またね!」
響にそう言われたツギハギは、無言で手を振り、彼女を見送った。そうして、辺り一辺には彼以外、誰もいなくなった。
「……さて」
彼は空を仰いで、ぼそりと呟いた。
「あの子はどこにゼンマイがあるのかな」
◇
――もう夕方にさしかかる時間に、あるドラッグストアに一人の男が入店してきた。中折れ帽子を深くかぶり、口にはマスクをしていて、顔が全く分からなかった。店員はもちろん怪しく思い、その男をじっと見ている。
男は特に迷う様子もなく文房具がある棚へと向かい、すぐに商品を取り、店員のいるレジへと持って行った。持ってきたものはどうやら、一般的なボールペンのようだった。
「……200円になります」
「ああ、店員さん。パッケージをここで捨ててもらってもいいですか? すぐ使うんです」
そう言って男は、100円玉をぴったりと2枚店員に渡した。それを確認すると店員は「構いませんよ」と言い、包装を剥がし、裸のボールペンを男に渡した。考えすぎか? 店員がそう考えたとき、男は言った。
「……あの、店員さん。あれなんですか?」
「どうしました?」
「あれです、あの天井にある黒い、手の痕みたいな……」
「え、そんなもの――」
店員が男の指す上を見た、その時だ、店員ののど元に、ボールペンが深く深く刺された。
「――え?」
何が起こったのかわからない。そんな顔をしている店員に、男は言った。
「ああ、すいません、あれ実は俺の友達なんだ」
男はそう言って、マスクを外して、その裂けた口で嗤って見せた。しかしそれに反応することも無く、口から血を吹きだして、斃れ、そしてみるみるうちに炭となった。
店員が吐き出した血を少しだけ浴びた男は言った。
「あー……しまった。なかなか落ちないんだよな、これ。洗剤のストック、まだあったっけ?」
男は、ツギハギはそう言って、先程の黒い手痕めがけて、血まみれのボールペンを放り投げた。するとボールペンは、きれいさっぱりと消えた。
「さーて、響は気に入ってくれるかな? "ホラーショー"ぐらい楽しんでほしいね」
ドラッグストアからゆっくりと出ながら、ツギハギは中折れ帽子を深くかぶり直し、そう言った。
結局、彼が言っていた"友達"は、その姿すら見せず、ただその天井にあった手痕は、いつの間にかなくなっていた。
『友達』
ツギハギがそう言う不可解なもの。全く見えず、またいろいろなものを出し入れすることができるらしい。死んだ人間が灰になるのも、きっとこの『友達』が関わっているのだろう。しかし、それがどちらにせよ、これが不可解なものに変わりはない。
……上記のようなフレーバーテキストを考えるのが大好き人間です。