悪役の美学   作:生カス

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現実世界の色がリアルに見えるのは、スクリーンの上で見るときだけだっていうのは不思議だ


―映画『時計仕掛けのオレンジ』より―


Number.05

 響は自分の手、そして次に首から下の自分の身体を見た。その四肢はオレンジ色の鎧で覆われており、彼女はそれを見て唖然とした。

 

「な、なにこれ……私どうなって……」

 

「お姉ちゃん!」

 

 何とか逃げてきたのだろうか。呆けている彼女のところに、あの子どもが駆け寄ってきた。響はまだ状況に追いついてはいないものの、自分を頼ってくるその子供を見て、ひとまず自分のなすべきことを、一つだけ確信した。

 

 ――よくわからないけど、確かなのは、私がこの子を助けなきゃいけないってことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Number.05 Sincerity is Scary

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 彼女は、子どもを自分の背に隠し、そして自分の目の前にいる男を見つめた。その男は――ツギハギはその様子を見て、大仰に手を広げた。

 

「素晴らしいよ。君もそのイカれたコスプレができるとはな。今日はなんて良い日だ」

 

 その異様にはしゃいだ彼の言葉から、響は自分のこの鎧について、何か知っていることを察した。しかし彼女は今はそんなことはどうでもよく、それ以上に彼女には、彼に聞かずにはいられないことがあった。

 

「お母さん……」

 

「ん?」

 

「どうして、この子のお母さんを殺したの?」

 

 彼女の視線には、ツギハギに対する憎しみはまだなく、しかし怒りと敵意と――そして悲哀が満ちていた。その視線を浴びながらツギハギは、一歩ずつ、響の方にゆっくりと近づきながら、言った。

 

「……なんでそれを聞く? 理由が欲しいか。"実はあの母親は俺の実母で、俺を捨てた恨みに嵌めてやったのさ"って言えば、君はじゃあしょうがないって言って帰るのかな?」

 

 ツギハギはケタケタと引き笑いをした。それを見て、響は拳を握りしめる。彼はなおも続ける。

 

「それとも、"女の死に際を見るのが楽しいから"とでも言って、俺を思い切りぶん殴るための正当性ってやつを貰った方が嬉しいかな? ハハハ」

 

 それを聞いて、響の中の何かが切れた。彼女はツギハギに向かって、力いっぱい地面を蹴った。しかし、それがいけなかった。

 

「え!?」

 

 走り出すつもりが、"突進していた"。彼女の地面を蹴る力が強すぎたために、彼女はそれこそ矢か銃弾のように、ツギハギに突撃していった。しかし、ツギハギには当たらない。彼が避けたのか、いや、彼女が明後日の方向に飛んだだけのことだ。彼女は設置されていた貯水タンクに激突し、苦悶の声をあげた。その反動で貯水タンクが爆ぜ、中の水が雨のように降り注いだ。

 

「う、ぐ……」

 

 衝撃は凄まじいが、あのスーツの力か、彼女はほぼ無傷でゆっくりと立ち直った。

 

「……どうやら、まだ操作がおぼつかないらしいな」

 

 ツギハギは、奥の方にいる子供を見た。子供はツギハギと目が合い、まるで蛇に睨まれた蛙のように怯え始めた。

 

「お嬢ちゃん、逃げてもいいけど、邪魔だけはするなよ? なあに、殺したりはしないさ」

 

 そう言って、彼は最早、全く興味を失くしたかのように、その子供との会話を終わらせた。彼は再び響の方へ振り向き、彼女の元へと歩いていく。そして2メートルにも満たない距離に来た時に、彼は言った。

 

「それで、どうする?」

 

「……何がそんなに面白いんだ」

 

 そう聞く響を、ツギハギは見つめた。その顔は酷く怒りに満ちたような瞳で、彼を見つめ返していた。二人はさらに近づき、視線が混ざり合う。ひとしきりツギハギの顔を見たあと、響は続けた。

 

「命を踏みにじって、命を弄んで、そんな風に笑うな!」

 

 彼女はそう叫んで、彼の胸ぐらを掴んだ。顔を引っ張りよせるが、宵闇の暗がりと、中折れ帽子のせいで、その裂けた口以外がよく見えない。けれどそんなことは彼女は歯牙にもかけていないだろう。今の彼女は義憤に満ちており、それどころではなかったのだから。そんな彼女をあざ笑うかのように、ツギハギは言った。

 

「笑うさきっと、誰だって笑うね」

 

「そんなはず――」

 

「笑うね、"君もあの子も"」

 

 食い気味にそう言ってから、その裂けた口をツギハギは心底可笑しいように歪ませる。それを見た響は戦慄し、一瞬、ほんの少しだけ、反射的に胸倉をつかむ手の力を緩めてしまった。ツギハギはそんな響を見ながら、続けた。

 

「誰だって笑ってるぜ。誰かが死んだとき、何かが壊れたとき、それが自分に無関係だってわかったとき、"ああよかった"って言って、グチャグチャの死体を見てケラケラ笑ってるじゃないか」

 

 中折れ帽子から、ツギハギの眼が片方だけチラリと見えた。響から見てそれは、暗くてほとんど見えないが、しかしその瞳に映る彼女自身の姿を見せた。そこに映る響は、揺れていた。ツギハギはそれを見て尚も笑いながら、彼女に言った。

 

「君は俺を死体にできたら笑えるだろう、響?」

 

「笑えるわけない」

 

 しかし響は、間髪入れずにそう言い放った。それを聞いたツギハギは、おそらく驚いたのだろう。帽子の下で目を見開いて、口を噤んだ。

 

「誰かが死んで、笑顔になんかなれるはずない。そんな風になっちゃう前に、私はその誰かを助けたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それが例え、あなたでも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響は、少しだけ涙目になりながら、そう言ってツギハギを見据えた。それに対してツギハギは、何を思ったのだろうか。それはわからないが、兎にも角にも、彼は非常に珍しく、面食らったような表情で、こう言った。

 

「……イカれてるな」

 

 彼はまるで、噛みしめるかのようにそう言った。そう言って、何秒ほど経った頃だろうか。遠くからエンジン音のようなものが聞こえた。

 

「何?」

 

 響もそれに気づき、音の方を振り向く。そしてその直後、ある"唄"が、鈴のような声が、遠くから聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

Imyuteus amenohabakiri tron

 

 

 

 

 

 

 その歌声と共に、二人の前に、ある少女が現れた。青い鎧と、そして、冷たくなるような剣を携えた、風鳴翼が、そこに現れた。

 

「翼、さん……なんで……」

 

「おいおい、いいところだったんだぜ」

 

 響とツギハギはそれぞれ違った反応を翼にするが、そんなことはお構いなしに、翼はツギハギを睨みつけ、言った。

 

「会いたかったぞ、"口裂け男"」

 

「へえ、そりゃ光栄だ。そうだ、サイン貰えないかな? うちの仕事仲間に自慢したいん――」

 

 言い終わる前に、翼は目に見えぬような速さで、ツギハギに斬りかかった。

 

「――何だと?」

 

 しかし、何かを斬った感触は、翼はまるで感じることができなかった。刃は空を切り、ツギハギはいつの間にか、翼の真後ろにいたのだ。

 

「怖いな、イライラは美容に悪いぜ?」

 

 ツギハギはそう言いつつ、屋上から下を見る。すると、何やら一般人のものではないであろう車が、続々と集まってきているではないか。彼はそれを見て、頭を無造作に掻いた。

 

「……名残惜しいが、今日はこの辺でお開きかね」

 

 そう言いながら、ツギハギは策の上に登って、まるでブロードウェイの観客でも見渡すように、両手を広げた。

 

「――! 待て!」

 

 それに何かを察したのだろう、翼はツギハギに猛スピードで距離を詰める。しかし、そんな翼に目もくれず、彼は響の方を見て、言った。

 

「また遊ぼう、響! 俺のダーリン! ハハハハ!」

 

 彼は狂人のように笑って、柵から飛び降りた。翼は急いで下の方を見たが、そこにはすでに、誰もいなかった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「あったかいもの、どうぞ」

 

「あ……どうも」

 

 十数分ほど経った頃、先程までいざこざがあった工業区域は閉鎖され、中では政府の人間と思しき人たちが、右へ左へとせわしなく動いていた。響はそんな中にいて、わけもわからず、ただ温かいコーヒーを貰っていた。

 響を纏っていたオレンジ色の鎧は、あの後光の粒となって消え、彼女は聖リディアンの制服に戻っていた。結局あれが何だったのかは、響自身わからなかった。

 

「……じゃあ私、そろそろ帰らせてもらいますね」

 

 憧れの風鳴翼に会えたにも関わらず、響ははしゃげるような気持ちにはとてもなれなかった。人が死ぬ瞬間を間近に見てしまっては、少なくとも、無邪気にはしゃぐことなど、彼女には出来ようもなかった。

 

「……あなたをこのまま帰す訳にはいきません」

 

「え? な、なんでですか?」

 

 響がそう聞いた直後、彼女は黒服の男たちに囲まれた。響が困惑しているのもお構いなしに、翼は続けた。

 

「特異災害対策機動部二課まで、同行してもらいます」

 

「そ、そんなこと言われても――」

 

 何が何だかわからない、彼女がそう思っているその時、彼女は、視界の端に、"あるもの"を見た。

 

 

 

 

 

 

「……お、母さん?」

 

「ああ……良かった、無事だったのね」

 

「お母さん! お母さん!」

 

 さっきまでいたあの子どもが、"母親を殺されて"泣いていたあの子どもが、"母親"に抱き着いて、泣きじゃくっていたのだ。

 

「え? え? なんで……だって……」

 

「どうしたの?」

 

 響の様子に疑問を抱いた翼が、そう聞いた。響はそれにしどろもどろになりながら答えた。

 

「あ、あの、私見たんです、あの口が裂けた人が、あの子のお母さんを……殺すところを……」

 

 思い出してしまったのか、響の声は後半になるにつれて小さくなっていった。それを聞いた翼は、神妙な顔で答えた。

 

「……あなたが何を見たのかは知らないけれど、あの男が殺害した人の中に、あの子の母親は入ってないわ。背格好や顔だちが似た人は、数人いたらしいけど」

 

 「何を考えて……」翼は忌々し気にそう吐き捨てた。それをしり目に、響は再びあの口裂け男のことを思い出していた。

 なんであの人はあの子の母親を狙ったの? 無関係な人をあんな風に炭にしたのは、単純に間違えたからなの? そもそもなんで、あの人は私たちにあんなことをしたの?

 考えれば考えるほどわからなく、頭がどうにかなりそうだった。まるで狂気に呑み込まれていくような感覚に恐怖を覚え、響は一旦考えるのをやめた。そんな時だ。あの子どもが、響に近づいてきた。泣きはらした眼をして、しかしその顔は笑顔だった。

 

「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう」

 

「……うん、良かったね、お母さんにあえて」

 

「うん! ホントによかった!」

 

 

 

「死んじゃったのが、お母さんじゃなくて、ホントによかった!」

 

 

 

 その子供にきっと、他意はないのだろう。きっと純粋に母親との再会に喜んでいるのだろう。しかしそれでも、響はその言葉を聞いた途端、あの男の言葉を思い出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――誰かが死んだとき、何かが壊れたとき、それが自分に無関係だってわかったとき、"ああよかった"って言って、グチャグチャの死体を見てケラケラ笑ってるじゃないか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん?」

 

 子供の心配そうな声を聞いて、響は我に返った。

 

「あ、うん……なんでもないよ、大丈夫!」

 

「……ごめんなさい、そろそろいいかしら?」

 

 子どもとのやり取りをする響に対し、翼はそう言った。そろそろというのは、先程話していたことだろう。響はそう察し、今は素直に従うことにした。

 

「じゃあ、お姉ちゃんはもう行くね」

 

「うん、ばいばい!」

 

 その子はそう言って、響を離れ再び母親の元へと戻っていった。

 

「では、行きましょう」

 

「はい……」

 

 響はそう言って、翼たちと共に歩き始める。響はもう一度、あの母娘の方を見た。

 見ると、その子は顔にかかっていた、先程まで母親だと思っていた炭を、満面の笑みで、本当の母親に拭いてもらっていた。

 




アメコミにハマってグラサンと黒いコート羽織って剣振り回す防人見たい

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