悪役の美学   作:生カス

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最高の善意には最高の悪意が必要だ


―フリードリヒ・ニーチェ―


Number.09

「……目的は何なの?」

 

 十数センチに満たない距離の、その裂けた口を前にして立花響はそう聞いた。聞かれた当人であるツギハギは、口を閉じ、退屈そうに彼女を見つめている。

 

「"どうして"の次は"目的"ときたか……学校の先生みたいみたいだな」

 

「はぐらかさないで! 答えてよ、なんでこんな――」

 

「そんなことより」

 

 ツギハギは響の言葉を遮って、向こうの方へと目を向けた。それにつられ、響も同じ方向を見る。そこには、さっきだったクリスと翼が、お互い睨み合っていた。

 

「そろそろ始まるぜ。あっちはもうしびれを切らしちまってんだ」

 

「――! ダメ!」

 

 そんな二人を見るや否や、響はその方向に走って行った。それを見て、ツギハギは少し困ったように手を広げ、しかしこらえるようにクツクツと笑い出した。

 

「……躊躇なく止めに行くんだもんな。ああ最高」

 

 誰も聞いていない中で、彼は笑いをこらえながらそう呟いた。

 ツギハギがそんな風に鑑賞しているのも気にせず、クリスと翼は互いに構えた。先に口をきいたのはクリスだった。

 

「アンタ、この鎧の出自を知ってんだろ? だからそんな怖い顔なんだ」

 

「……2年前、私の不始末で奪われたものを、奪われた命を、忘れるものか」

 

 何とも皮肉な巡り合わせだと、風鳴翼は思考する。奏を失った原因と、奏の残した聖遺物。両方が時を超えて再び目の前に現れるなど、なんと残酷なことか。しかしそれでも、その残酷は今の私にとっては心地が良い。翼はそう思わずにはいられなかった。

 

「やめてください翼さん! 相手は人です、同じ人間なんですよ!」

 

 そう言って翼にしがみついてくるのは響だった。翼はそんな彼女に対し、何を言うでもなく、ただ言いようのない感情が入った目向けた。

 

「……戦場で何をバカなことを」

 

「翼さん……」

 

「アナタだって、例外じゃないのよ」

 

 そう言って翼は、響を突き飛ばした。

 

「――あ!?」

 

 そしてちょうどその時だ。

 

「よそ見とは余裕じゃねえか!」

 

 そんな声と共に、紫のムチが翼の目の前に迫ってくる。

 

「くッ――!」

 

 すんでのところで翼は避けた。彼女が一瞬前までいた場所は、瞬く間に地面が痛々しくえぐれる。もし翼が響を突き飛ばさなかったら、今この瞬間、響はあの地面の代わりになっていただろう。起き上がった響はその抉れた地面を見てそう思い、身震いした。

 

「へええ、こりゃまたすごい迫力だ」

 

 いつの間に響の傍まで来ていたのか、とにかくその場に立っていたツギハギは、二人の戦いを面白そうに見ながらそう言った。響はツギハギを見るが、彼はそれを意に介さない。

 

「さて、あの二人のどっちかが斃れたら、次はこっちに来るぜ。さて、最後に立ってるのは誰かな?」

 

 俺は君だったら嬉しいけどね、と、ツギハギは面白そうに響にそう付け加えた。響はそんなツギハギに対して、悲痛ともいえるような表情で、再びこう聞いた。

 

「なんで……」

 

 それを聞いて、ツギハギはため息を吐いた。

 

「……さっきから、いや最初に会った時からか? ずいぶんと理由にこだわるじゃないか。そんなのが、そんなに重要か?」

 

「だって、だっておかしいよ! 私たちが戦う理由なんてないはずなのに、話せばわかりあえるはずなのに!」

 

 その言葉に何か引っかかるものがあったのだろうか、ツギハギは響の方をゆっくりと見て、目を細めた。

 

「……わかりあえる?」

 

「そうだよ。アナタが、どんな理由があってこんなことをしているのかはわからない。けど、こんなことしなくたって、話せば何か、他に出来ることがあるはずだよ!」

 

 響はツギハギを見つめていた。それは敵意の視線でも、ましてや殺意のそれでもない。

 

 慈悲、あるいは憐れみのものだった。

 

「……」

 

「だから!」

 

「……ハハ」

 

「……え?」

 

「ハハハハハ! アハハハハハハ!」

 

 それを聞いた途端、ツギハギは腹を抱えて、つんざくような大笑いをしだした。そんな彼の様子を見た響が唖然とし、もはや言葉も出なかった。ひとしきり笑い終え、彼は「響」と彼女を呼んだ。

 

「ふざけるな」

 

 先程とはうって変わって、悪魔のような低い声だった。

 

「ッ……」

 

「あれだ。つまりお前は、俺が仕方なくこういうことをやってると思ってるわけだ。何かに脅迫されて、やりたくないのにやってるっていう、俺の凶行の"正当性"ってやつを求めてるわけだ」

 

 彼は響の両手で響の顔を包んだ。響はそれに抗えず、ただ不安そうに彼を見つめている。

 

「ふざけるなよ、響」

 

 彼は静かにそう言った。

 

「理由なんて求めるな。やりたいことをやるときに、正当性なんて唾を吐きかけるな。悪意を、善意で穢すな」

 

 彼は淡々と、まるで子供にでも言い聞かせるように響に喋りかけていた。響は何も言わない、動きもしない。ただその表情は、化物でも見たようだった。彼は続けた。

 

「言い訳なんて作らない。救いようがないくらいじゃないと、気持ち良くない。そう思わないか?」

 

 まるで諭すかのように、彼は響に優しく言った。

 

「……」

 

 響は何も言わない。彼女はどこか、揺れているようだった。

 

「……私は」

 

 響はそう言って、彼の手に自分の手を近づける。そうする彼女の手は、震えていた。

 

「私は……」

 

 彼女の手は、ついに彼の手と重なった。そして彼女は。

 

 

 

「そんなの、絶対に認められない」

 

 

 

 ツギハギの手を、振り払った。その時の彼女は恐怖で息を荒げ、しかし眼は力強く、ツギハギを見据えていた。

 

「……へえ」

 

 ツギハギは感嘆した。彼は響の眼の中に、一つの芯が見えた気がした。それは怒りでも、敵意でも、ましてや殺意でもない。

 

 "否定"

 

 響はこのとき初めて、まこと正面から、目の前の口裂け男の全てを否定したのである。

 

「……やっぱり最高だぜ。マイダーリン」

 

 ツギハギはそんな響を見て、裂けた口を笑顔にして見せた。

 

 

 

「戦場で長話とはな」

 

 

 

 その声と共に、響とツギハギめがけて、無数の剣が降り注いできた。

 "千の落涙"。風鳴翼が纏うアメノハバキリが持つ、人知を超えた剣技のひとつだ。

 

「ッ!」

 

 響はそれに気づき、とっさに防御態勢をとる。対して、ツギハギは何もせず、ただそれを見つめているだけだ。

 

「……俺の"友達は"、色んなものを入れることができてさ、重いものも持ってくれるから、スーパーとか行ったとき助かるんだ」

 

 彼は突然そんなことを呟きだす。そんなことをしているうちに、剣は彼の目の前まで迫って――

 

「こんな風に」

 

 ――そして消えた。

 

「なんだと!」

 

 翼は驚いた。彼は一歩も動いていない。まるで手品のように、本当にその場から、彼と響に直撃するはずだった無数の剣が消えたのだ。ではそれはどこに行ったのか。

 

「返すよ」

 

 彼がそう言った途端、剣は再び姿を現した。翼の……そしてクリスのほぼゼロ距離に。

 

「な――ぐあ!?」

 

「ぐッ……ちぃ!」

 

 流石に予想できなかったのだろう。翼は完全に不意を突かれ、直撃した。対するクリスはすんでのところで躱し、何とか事なきを得た。

 

「へえ、避けるのか。流石だクリス」

 

「お前なら絶対狙うと思ってたからな、このバカ!」

 

 称賛の言葉を贈るツギハギに、クリスは皮肉たっぷりにそう返した。彼は面白半分で味方を攻撃することがしょっちゅうあり――いわゆる故意のフレンドリファイアというやつだが――クリスは不本意ながらそれに慣れてしまっていた。

 

「ッ……くそ」

 

「翼さん!」

 

 一方でダメージを受け倒れた翼に、響は全速力で駆けつけた。見ると、翼は腹部に大きな裂傷ができており、下手をすれば致命に至るだろう程、それは深く刻まれていた。その時、翼は弱々しく、彼女を見て、言った。

 

「やめなさい」

 

「翼さん……?」

 

「今の私たちは、敵同士のはず……情けは、無用よ……」

 

 彼女にそう言われ、響は動きが止まった。

 

「……いやです」

 

 しかしすぐに、彼女に手を差し伸べた。それを見ていた翼は、目を見開いた。

 

「……何を、しているの? 私は貴方を、殺そうとしたのよ。なんで……」

 

「そんなの、関係ありません」

 

 響はそう言って、翼を見た。その目には、力強い意思があるように、翼には見えた。

 

「貴方……」

 

「もう嫌なんです。誰かが傷つくのも、それを黙って見てるのも」

 

 まるで祈りのように、彼女は言葉を紡いだ。その言葉が、その力強さが、翼は不思議と、懐かしいような気がした。響はこう続けた。

 

「私はもう、諦めたくない」

 

 響は瞳に涙を浮かべながら、そう呟いた。その言葉に、翼は何故か自分の親友の面影を見た。

 

「盛り上がってるところ悪いけどよお」

 

 そんな声が、二人とは別の方向から聞こえた。クリスの声だ。

 

「そろそろしまいにしようぜ。その傷じゃ"絶唱"も使えねえだろ?」

 

「そうだな、もう飽きてきたし、そろそろ終わらせよう」

 

 クリスの言葉に、ツギハギはそう答える。その言葉に、クリスは少し意外そうな顔をした。

 

「……へえ、珍しいな。普段なら、もう少し遊びたいとか駄々こねるとこだけど」

 

「ああ、まあ……ちょっと他にやりたいことがあってさ」

 

「はあ? やりたいことって何だよ?」

 

「そうだな……ちょっと急がないと間に合わないかもしれない。だからクリス……」

 

「なんだよ?」

 

 

 

 

「おやすみ」

 

 

 

 

 バチンと、大きな音があたりに響いた。

 

「――ッ!?」

 

 クリスはその音を聞いた瞬間、強い衝撃が体中に走り、その場に倒れた。何が起こったのかわからない。そう思いながらもクリスは、ツギハギを見た。見るとその手には、改造されたであろうスタンガンが携えられていた。

 

「ネフシュタンの鎧も、一応スタンガンは効くんだな。手間が省けて良かった」

 

「なん……てめ……」

 

「ちょっと休んでてくれ。なに、数分もしたら目が覚めるさ」

 

「ッ……」

 

 彼がそう言い終えたのと同時に、クリスは意識を手放した。ツギハギはそれを確認すると、今度は響の方を見た。

 響は、何が起こったのかわからない、という顔をしていた。翼さんが重傷を負って、目の前の鎧の人にとどめを刺されると思って、でもあの口裂け男がいきなり味方を裏切って……予測し得ない事態の連続に、響の頭は追いつけなかった。

 

「じゃあ響、今ならまだ間に合うからさ」

 

 そんな響の状況を知ってか知らずか、彼は何の気なしに、こう言った。

 

「流れ星、見に行こうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Number.09 Love it if we made it

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Q.ソロモンの杖は?
A.クリスがジュースぶちまけたので修理中

今回は2人が戦闘不能、また1人はギャラリー扱いのため、賭けは響の勝ちです。

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