ザワザワと喧騒が包む街の街道が、今日は一段と騒がしい。まるで何かを避けるように真ん中が割れる。
そこを歩く美女は、辟易した。自分を遠目から見て、何故か拝んでいるやつや、泡を吹いて倒れる同族がいるのだから、嫌にもなるだろう。しかし、今は腕の中でもそもそと動く赤子に、意識を向ける。
「さて…どうだ?見たことある景色はあるか?」
んお〜、あ〜。と唸る赤ん坊に問いかけるが、笑い声だけが帰ってくる。
「ふふっ…悪かった、お前に聞いても仕方が無いか。」
そう微笑んで、ぷりっとしたモチモチの頬をつっついた。
その光景によって、周りのエルフ数百名が重症を負ったが、赤ん坊は気にもせずに笑い、本人ももうシラを切ることにした。
「…とりあえず、ギルドに行くか。」
それから、リヴェリアはオラリオ中を歩き回った。孤児院に託児所。行方不明の依頼を出されている依頼主を訪れたものの、結局は有力な情報を得ることは出来ず、困り顔でホームへと戻ってきていた。
「結局、お前の母親は見つからなかったな…」
赤ん坊を高く掲げれば、こちらの気も知らず、キャッキャと笑って楽しそうにしている。そんな姿を見れば、こうして苦労したことも、そう悪くなかったかなと考えることができた。
しかし、ここまで特徴的な赤ん坊なのに、捜索の願いも出されていないとなると、本格的に捨てられたと考えることが自然になる。そうなれば、この子とは別れとなるだろう。
それが、無性に悲しい。
はじめに、この赤ん坊の声を聞いたからだろうか。
「……お前は、どうしたい?なんて、言ってもわからないか。」
一つ微笑みを零し、赤ん坊のミルクを人肌に温めながら、赤ん坊を抱き上げた。
「リヴェリア、ちょっとええか?」
そうしていると、控えめなノックと聞き慣れた訛りの聞いた声が部屋に届いた。
「ロキか…入っていいぞ。」
「失礼するわー…んお、ご飯時やったか。」
「ああ、両親捜索のついでにベビー用品も買ってきた……一時的にでも、必要だろう。」
「せやな!ほれ、はよご飯くれ~って催促してるで?」
「おっと、ほら…しっかり飲むんだぞ…」
しっかりと息継ぎの時間も忘れないように、ゆっくりと粉ミルクを与える。あっという間になくなった哺乳瓶を脇において、背中をトントン叩けば、けぷっとおくびを零した。
「すんごいおくびテクやな。リヴェリア、ほんまは一児の母だったりせえへん?」
「ふふ、伊達に長く生きちゃいないさ。」
少しの談笑のあとに、若干の沈黙。それを破ったのは、ロキだった。
「リヴェリア、それでどうだったんや?その子の身元は?」
「全く成果なし…孤児院もいくつか当たってみたが、どこも外れだ。ここまで特徴があれば、すぐに見つかると思っていたんだが…」
「……時期が時期や。『向こう側』の赤ん坊ちゅうことも考えられる。」
「子に罪はないだろう!!」
「わかっとる。そりゃそうや、その子がそうだったとして、罪を問うのはお門違いや。そんなの誰もがわかっとる。だから落ち着き、リヴェリア。」
「……っ!」
ぐっと拳を握って、数秒息を止めて自身の感情の猛りを抑える。いささか冷静さにかけている。ソレは、昨日のフィンの言動が理由なのだろうか。
それだけではないが、あの言葉は深く刺さっているのだ。
「…すまない。」
「責任感じるんはええけど、種族そのものの業まで背負うのは、ちぃと傲慢にすぎるわ。」
「あぁ…そうだな…そのとおりだ…」
ゆっくりと赤ん坊を寝かせ、リヴェリアは頭を抱えた。
「私は…間違っているのか…?」
「……」
「きりがないのはわかっている…けど…この子は私が直接助けたんだ!だから…その責任を…果たしたいだけなんだ…」
正直、ロキとしても難しい話であることはわかっているし、この話に正解などない。どれもが正解であり、どれもが正しく道であるのだ。フィンの意見は組織を預かるものとしては妥当な判断である。反対に、リヴェリアの願いも真っ当な人の、女の願いであるのだ。フィンとて鬼ではない。だから、できることならリヴェリアの意見を尊重したい気持ちはあるのだ。
けれど、命というものは、何よりも重いものだ。だからこそ、躊躇してしまう。誰もが、この小さなぬくもりを失くしてしまわないか、その恐怖に怯えてしまうのだ。
「なぁ、リヴェリア。もう、ロキ・ファミリアは小さくない。ゼウスんとことか、ヘラんとこがいなくなって、最大派閥といえば、ウチを含めあと2つか3つや。その副団長が、子守に掛かりきりになるんは、組織としては、良くはないはなぁ…」
「……っそうか…」
落胆の色を見せるリヴェリアに、しかしロキはいたずらっぽく笑ってみせた。
「けどなぁ、
「ロキ……」
ロキは、諸々の問題と思考を丸投げして、行く末を見守ることにした。
だって、こんなに面白そうなことはないのだから。
ロキは、外界の娯楽に目がないから、この子供とリヴェリアの行く末を見守るのも悪くないと、広角を上げた。
「なんて、最後はリヴェリア次第っちゅうことや。ウチは、リヴェリアが決めたことに、反対しない。んじゃ、おねんねの邪魔しちゃあかんからな。ここらで失礼するわ。」
珍しく茶化すこともしなかったロキは、そのままさっさと去っていった。
「私、次第…か…」
スヤスヤとベットで眠る真っ白赤ん坊を抱き上げて、眠りの妨げにならないように、優しく、優しく抱きしめた。
ふふっ、いいよね。リヴェリアお母さん。