プロローグ ~どうしてこうなった〜
朝、目が覚める。
隣には、四苦八苦しながらも、純粋で、いい子に育ってくれた我が子。嗚呼、こんなにも子を育てることに愛しさを感じるとは…枯れ果てた母性に火が灯ったのか。
私はそんなことを考えながら、隣にいる息子を起こす。
「ほら、朝だぞ?起きるんだ────ベル。」
処女雪のように白い肌と髪に、真ん丸で真っ赤な瞳は、思わず野ウサギを想起させる。
この子が私の息子である、ベル・アールヴ。10歳。
苗字を完全に同じにするには、面倒なしきたりや色々ベルが苦労することになるので、最後のファミリーネームだけを取ってつけた。因みに、名前の由来は拾った時に腕に巻かれていた小さな鐘のアクセサリーが由来だ。
ぷにぷにの頬をつつくと、「うむゅ」とちょっと唸る。それが可愛い。親バカ全開な気もするが、誰もいないこの家族の空間には、関係ないのだ。
「…おかー、さん…」
「どうした?」
「…んへへ…」
うん、可愛い。頭をナデナデ、頬をぷにぷに。朝の癒しの時間だ。
思えば…この子がここまで成長するのに、大した苦労はなかった気がする。腹を痛めて産んだ訳では無いが、大切に、本当の我が子のように育ててきた。それのおかげか、夜泣きはあったが、抱き寄せればすぐに泣き止み、大きくなってからもワガママは少なかった。唯一あったのは、初めての遠征での留守番だったか。行く寸前までずっと膝にしがみついていたのを覚えている。
(時が経つのは…子供の成長は、本当に早い…)
今では、遠征に行ったら自分を守ってくれる程に成長し、気付けばLvも抜かされている。
────────ん?なにか、おかしい。こんなに小さな時のベルが私を守れるはずがない。あれ?あれあれ?
「────母さん、起きて。」
「むにゃ……ハッ…!ベルは?小さいベルは?」
「夢、見てたの?早く顔洗っておきなね?」
そう言って、夢の何倍も大きなベルが、そこで笑顔を見せていた。
ま、眩しい!朝からなんでこんな眩しいんだ!
眩しいほどの笑顔を見せてくれて、ベルが私のベットに座り、微笑んでいる。
くそっ、この…無駄に顔ばっかり良くなって…!
「母さん。」
「な、なんだ?ベル。」
ベルが、ずいっと私に顔を寄せてくる。
あ、ち、近い近い…
「昔の僕だけじゃなくて…今の僕は、見てくれないの?」
「う"う"っ」
じ、じゃない!その質問は駄目だ!やめてくれ!勘違いしそうになる!なんだこの胸の動悸は!?
い、いや落ち着け…私…そうだ、ベルは今の自分を見てくれているか、不安なだけだ…なんだ、そんなことか…
わかっているくせに、ベルはこうして不安そうな顔をするんだ。まったく…母親である私が、お前を見ていないなんて、あるはずもないのに…
母親らしく、私はベルの頭に手を置いてから、額を合わせるようにして、優しく語り掛ける。
「まさか…ありえない。私はお前を誇りに思っているよ…気づけば、Lvだって私を抜かして、都市最速とまで呼ばれて…まったく、無茶ばっかりで、母は心配だ。」
「あはは…ごめんね、母さん…でも、僕はさ…どうしてもなりたくって…」
「ん?何にだ?」
そう言えば、ベルの目標は知らない。頑なに私には教えてくれなかったから。しかし、ベルの言うことだから、私の恥にならないようにとかそう言う────
「り、リヴェ、リアに、相応しい男になりたくって…」
「────────へっ…?」
「……」
や、やめてくれ。どうして黙るんだ…後なんで私の名前を呼んだんだ!?…こ、心做しかベルの顔が徐々に赤くなっていく。あっ、これは昔から変わらないんだな。
あっ、今の私、すごく母親っぽい!
「い、いや、その…これは、違くて…!」
ベルの顔が、林檎のように真っ赤になった。
私は、至って冷静に、母親らしく微笑んだ。
「ふふふっ、今でも十分私にとって誇りだよ。」
「そ、そう!か、母さんに相応しい子供になりたくてさ!あはは…」
あぁ、どうしてちょっと残念そうな顔をするんだ…
「親孝行な息子だな…本当に…ありがとう、ベル。」
そう言って微笑むと、ベルはまた顔を赤くした。
「ぼ、僕!先に食堂に行ってるね!待ってるよ母さん!」
「あぁ、すぐに行くよ。」
真っ赤になったベルが、そそくさと部屋を出ていく。その後ろ姿を、私は母親らしく余裕を持って見つめ──────
──────られるわけないだろうがぁぁぁぁ!!!
「なんだアレ!なんだアレ!なんだアレ!?ふさわしい男ってなんだ!あのちょっと残念そうな顔なんだ!?」
もう、女は耐えられなかった。丹精で美しい顔を真っ赤に染めあげ、尖った耳まで真っ赤にさせる。
布団にくるまって、脚をバタバタ。まるで恋する乙女のように、女はベルの顔を思い出す。鼓動の音が、うるさい程に耳に響いた。
「わ、私は…母親なのに…母親なのにぃ…!」
それも、少しベルのことを考えただけで、鼓動が跳ね上がる。
「あぁぁぁ…!これでは…まるでベルに恋しているみたいではないか…!?」
しているのです。
(リヴェ、リアに、相応しい男になりたくって…)
「ムリぃぃぃぃぃぃぃ!!もうムリぃぃぃぃぃぃぃ抑えられる自信ないぃぃぃぃぃ!!!」
恋愛耐性・経験ZEROの女の、慟哭が朝から響く。
やんごとなき家系に生まれ、今までは同族からは尊敬の眼差しで見られるばかり。確かに、数多の男から好意を持たれたこともあったし、今もある。しかし、どれもこれも、ベルと比べると酷くどうでもいい存在で。ベルの好意に気づいた日から、自分の気持ちに気づいた日から。こんな考えも持つようになってしまった。
私とベル…別に血は繋がってないから、別に問題ないのでは?
それを意識しだした瞬間から、女は鉄の処女から恋する乙女に早変わり。
御歳1○○歳、処女。リヴェリア・リヨス・アールヴは、初めて恋を知った。しかも、育て上げた義理の息子に。
「ロキぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
「うおぉ…なんや、リヴェリア?まぁたベルの事かいな…取り乱しすぎやろ自分…」
いつもの凛々しいママはどこに…と首を振って呆れるのが、赤髪をもつリヴェリアの主神である、ロキ。
「もう無理ぃ!ベルが尊すぎる!耐えられる自信が無いぃ…!!」
「耐えなくてええやん…ベルだってリヴェリアのこと好きなんやし…あぁもう…エルフってホンマに恋すると面倒やな!!」
「うぅ…どうしてこうなった…!私はただ可愛がっていただけなのに…!」
「そやなー」
ロキは、リヴェリアの言葉を聞き流した。
だって、未だにベルと同じベットで寝ていたり、手を繋いで出掛けたり、過度なスキンシップをしているくせに、こんな事に一喜一憂するだなんて、もう面倒なのだ。聞けば、いつもリヴェリアからやっていることだと聞いて、ロキはこの話を聞く度にイラッとしていた。
ついにロキは、トドメを刺す。
「なぁ、知っとるか?リヴェリア。極東にある物語でな、こういうのがあんねん。」
「自分を慕う年下の女の子を攫って、自分好みの大人にして自分の恋人にしてまう物語…【光源氏】って言うねんけどな。」
「待て、嫌な予感しかしない…やめてくれ…」
「それでな、最近神連中で流行ってる言葉があってな…これとは逆の、年下の男の子を、年上の女が理想の男に育てあげるっちゅう意味やねんけどな。【逆光源氏】。リヴェリア、半分事案やで?」
「うるさいっ!私のせいじゃないもんっ!!」
叫ぶリヴェリアに、追い打ちをかけるように
「んじゃ、理想のタイプは?」
「…優しくて、強くて、ごつい男よりは…可愛い方がいいな。愛でたい。」
「うん、ベルやな。」
「はっ、嵌められた!?」
「嵌めとらんわ!いい加減に認めぇ!」
ぬぉぉぉと唸るリヴェリアを他所に、ロキは呆れ果てていた。これが、両片思いと言うやつなのかと。
最初こそはニマニマニヤニヤと嬉しそうに見てはいたが、こうも長い事見せられては、焦れったい。
(あー…面倒やわぁ…)
「ロキっ!この事は、くれぐれも外に漏らすなよ!?」
「あぁ…はいはい。わかっとるよ。」
「絶対だからな!」
そう言って去っていくリヴェリアの後ろ姿を見て、哀れそうな視線で見送った。
「リヴェリア…どうして【逆光源氏】なんちゅう言葉が流行っとるのか…普段のままやったら…気づいてたんやろなぁ…恋は盲目…あながち間違いってわけでもあらへんな…」
ロキは、遠い目でリヴェリアを見送ったのだ。
この物語は、意図せずして逆光源氏計画を成功させてしまった女、リヴェリア・リヨス・アールヴの、苦悶の日々を書き記した物語である。
続くかは分からないです