恋は炎の熱の様に熱く、しかし温かく──
短編「向日葵」のifの世界です。
初見の方は先にそちらを読んでいただけると世界観が飲み込みやすいと思います。
少し蛇足だと感じたので分離して別枠で短編扱いに。
僕の願いは叶ったんだ。
ヴァージンロードを歩く彼女をみてそれを確信した。
あんなにも幸せそうな笑顔なのだから。
少しだけ、本当に少しだけ胸は痛むけれど、きっと心の底から祝福できている。
この先も、その隣を歩く彼が、彼女を幸せにしてくれるから──
沙綾の結婚を祝う式に参加できたことは、彼にとって嬉しいことであった。
彼女の幸せを一心に願った彼は、晴れやかな気持ちでその式に参加していた。
加えて仲の良い知人も多く出席していて、程よい盛り上がりであった。
それでも少しだけ目の奥に陰りがあることを見逃さない友人も1人だけいたようだった。
「よう、久し振り」
「ん、ああ、久し振りだね。賑やかな方に行ったら?」
「いや、静かな方が好きだし」
「あぁ、なるほどね」
静かな方、とは紛れもなく彼のことなのだろう。
遠巻きに華やかな雰囲気を眺めているのは、彼とその友人と、その他数名であったから。旧知の仲と少しばかり喋ろうと思うのは当然の行動であった。
彼も知り合いと話せると言うのは喜ばしいことと捉えたらしく、少しばかりの陰りが消えていくようだった。
「そういや2年からだっけ、クラス一緒になったのって」
「確かそうだったと思うよ。2,3年と同じクラスだったよね、修学旅行も同じ班だったでしょ」
「そうだったなー、アレから随分経つのかぁ……」
「同級生が式を挙げるくらいには、ね」
思い出を語る彼の眼はしっかりと前を見ていた。
芯の通った、男の眼だった。それでいて優しい眼。彼とは、そう言う人間だった。
その眼を見た友人は彼に誘いをかけてみることにしたらしい。
「な、二次会って行くのか?」
「いや、僕はちょっと……」
「ならこっちに付き合えよ」
「え、サシで?」
「ちょっと良い店っていうか、お前となら飲めそうな店があるんだよ」
「へぇ〜、なら行ってみようかな」
喧騒を抜け出す算段をつけて、予定を取り決める。
2人で抜け出して良い店という言葉に、少しばかり彼の心が躍る。
彼とて、過去を全て綺麗な思い出にできたわけでもなく、楽しい雰囲気を壊したくないという思いがあった。
そこに旧友からの誘いがあるのならば、乗らない理由もなかったのだ。
「なら決まりな、式終わったら入口で待っててくれよ」
「うん、わかった」
そう取り決めをすると、友人も賑やかな輪へと混ざっていく。
静かな方が好きと言っていたがはしゃぐ時ははしゃぐ人間だということも彼は認知していたので、それも含めて見守っていた。
再び去来したほんの少しの寂しさとともに、グラスの中の淡い酒を口に含む。
ほんの少しの甘さと苦さは、彼の思い出によく似ていた。
二次会に向かう波から抜け出して待つこと数分。
友人の姿が見えた。
「わりぃ! 待たせた!」
少し肩で息をするのをみるに、大分絡まれていたようだ。
「流石、人気者って感じ?」
「まさか、みんな雰囲気に酔ってんだよ。ほら、行くぞ?」
先導に着いて歩きながら、また学生時代の話になる。
次は大学の時の話や、就職してどうかの話も。
しばらくは上司の話や仕事の話など、如何にも社会人といった話をしながら歩いていた。
そうしていたら、目的地に着いたらしい。
「ココ、目立たないけど良いバーなんだ」
「へぇ、バーとか行くんだ。ちょっと意外だな」
「1人で飲みたい時とかたまに、な」
「隠れ家にご招待って感じ?」
「そんなとこ」
ショッピングモールの近くに、地下に続く階段があった。
その先が『隠れ家』だった。
話を聞く限りでは静かに飲めるというバーだと言うことは伝わった。
中に入れば、木目調の内装が施された落ち着いた場所であった。
通い慣れているらしい友人に従って席に着いて、飲み物を注文する。
「ソルティドッグ、ねぇ」
「なにさ」
「2人なんだし、もう我慢しなくてもいいんじゃね?」
完全に見抜かれていた。
過去を思い出として割り切れていない事も。
その通った芯が自分の心も貫いている事も。
塩っぽいもので流れる涙の代わりにしようとした事も。
全てを。
「なんか、敵わないな」
「そういう奴を見るのは慣れてるからな」
「そっか……」
それなら、話してもいいと思ったのか、涙の味をした酒のせいなのか。
徐々に話し始める。
今感じている想いのことを。
「本当に、良かったと思ってるよ。コレは絶対に言える」
「本当かよ」
まだ少し心配そうに彼を見据えていた。
「そこは本当。ただ、やっぱり少し寂しいね……」
ようやく漏れた本音。
おそらく自分以外に初めて伝えたであろう弱音。
「なんでかな、もうとっくに諦めてたつもりだったのに」
あの、寒空の下で、星に願った時に。
否、星へ想いを棄てたつもりだった時に。
彼は諦めたつもりでいた。
諦めるつもりだった。
それでも、そこからの学生生活で、一度たりともその想いが消えることはなかったのだ。
「結局こんな時にまで変に引きずってるってわけ」
そう言ってまた飲み物に手をつける。
グラスに付いている塩とともにその酒を味わう。
その塩っぽい味にやはり涙の味を感じた。
「んで? 結局ちゃんと泣いたのかよ」
「泣くって、なんでさ」
「とぼけんなよ、どうせ色々溜め込んでんだろ?」
「別に僕は──」
「だから!」
なにも悲しくなんてない、そう言おうとした彼の言葉は、
「そうやって無理すんなって! 見てるこっちが辛いんだよ!」
「なんで、
「お前が……泣かないから……!」
何故と問えば、彼の代わりにと彼女は、有咲は言った。
次に出た言葉はまた同じ言葉。ただし、意味は全く違ったけれど。
「なんで、僕が泣かないと市ヶ谷さんが泣くの」
「本当に、沙綾しか見えてないよな……ずっと。お前ならわかるだろ?」
涙を流しながら告げられた事実に気付かないほど、彼は鈍感ではなかった。
その涙の意味がわかってしまったから。
もしも、沙綾が同じように笑っていたなら彼も代わりに泣いただろう。
「でも、どうして」
「理由なんかわかんねーけど、クラス同じになって、話すようになって、気付いたら目で追ってて。そしたらお前は沙綾ばっか見てて、それが辛くて。それでも諦められなくて……!」
理由を問えば、理由なんてわからないと。
それでも、彼を今まで想っていたことを告げられて。
胸に火が灯る気がした。強い想いに応えるように。
(でも、今は)
今この想いに、強かに胸を叩く想いには応えられないと、彼は思う。
これだけ強く想ってくれていることに、今のまま、沙綾を忘れられないままに応えてしまうのは、不誠実だと。
彼はどこまでも、真っ直ぐで不器用な人間だから。
「市ヶ谷さん、僕は──」
「わかってる。お前はそういう奴だから」
そういう有咲の目には、まだ雫が溜まっていて、声も震えていた。
「だから、待っててもいいか?」
「うん」
涙を堪えて、声の震えも抑えて問う有咲に首肯を返す。
今はまだ曖昧な答えしか返せなかったが。その時が来るのなら。
いつか真正面から向き合えるようになった時に、しっかりとその想いに応えようと決める。
「私はもういいからさ」
唐突に立ち上がってそう言いながら彼の横に移動して、そして──
「え──」
「受け止めてやるから、ちゃんと泣けよ」
彼を胸に抱いて、そう言った。
幸いにも2人以外に利用客はおらず、店員からも死角の位置であった。
「今日の分じゃなくて、今までの分ちゃんとさ」
「なん、で……」
その日初めて、彼の目に涙が浮かぶ。
初めて泣いたのは、あの夏の日。
最後に泣いたのは、あの空の下。
そこから今日まで溜め込んできた彼の想いは遂に溢れ出した。
「もう……泣かないって……決めたのに」
「泣いてもいいじゃんか」
「笑っていようって……せめて……!」
「それだけ好きだったんだよな」
高校の卒業式でさえ、笑ってみせた。
伸ばしかけた手も、抑えてみせた。
流れそうな涙も、堪えてみせた。
今日の式でさえ、祝福してみせた。
本当は泣き出して、喚いてしまいたかったのに。
その全てが今流れ出したのだ。
力無い手が、震えながら有咲の背に回る。
「ごめ……ん」
「大丈夫だから。私はさっき泣いたろ? だから私は大丈夫」
その謝罪は、一方的な想いに縋ることについて。
身勝手に自分の涙を押し付けることに負い目を感じてしまう。
それでも有咲は受け止めると言った。
大丈夫だと。だから今は泣けと。
「……く、ぁ……あ…………!!」
そこから先はもう、言葉は無かった。
ただ、積み重なった想いを、有咲は丁寧に彼の背中から下ろしてくれた。
優しく、無碍にすることなく受け止めてくれたのだ。
それはあの夏の日のように。
だが、独りではなく。背中をさすってくれる人がいる。
その安心感と積年の想いが涙となって流れていく。
寂しさを少しずつ思い出に変えていく。いつか笑って話せるように。
そのための涙を、有咲が流させてくれた。
どのくらい泣いたのかわからないほど泣いた後、彼から言葉が発される。
「もう、大丈夫」
まだ弱々しい声だったけれど、それでも納得したのか、有咲は腕を解いた。
「本当、こんなになるまでよく溜め込んだよな」
少し呆れたように有咲が言う。
彼自身、そう思った。有咲に言われて初めて気付いたのだけれども。
「あはは、確かに」
今度こそ、本当に想いを清算したのか、その声は少しだけ晴れやかだった。
そうして気付く。
「服、汚しちゃったね」
「ん? あぁ別にこのくらい」
「いや悪いし、クリーニング代くらい」
「別にいい……って言っても聞かないんだろ?」
「う……」
やはり見透かされていることに口籠ってしまう。
「なら、ここの払いでチャラな」
「えっ」
元よりそのつもりでいた彼は引き合いに出された条件に戸惑ってしまう。
有咲は有咲で、元から彼がここの代金を支払うつもりなのを承知で言っているのだが。
「それでいいだろ? 別に社会人なんだしクリーニング代くらいで生活困らないって」
「いやそういうわけにも……」
「大体クリーニング代とか言って少し多めに渡すつもりだろ? しかも現金で、そんなのこんなとこでするつもりかよ」
「あー……」
少し控えめな声で言われた言葉に納得する。しかも全て言い当てられているのだから恐ろしい。
「なんでそこまでわかるの……」
「そりゃ、ずっと好きで……見てたんだからわかるに決まってるだろ……」
「っ……」
アルコールの勢いなのか分からなかったが、確かに伝えられた想いに彼の頬が赤くなる。
今まで思う事しかしていかなった彼は思われるということに免疫がなかったらしい。
「ほら、そろそろ出るよ」
だから誤魔化すように立ち上がって店主に料金を支払う。
あんなことを言った有咲結局もいくらか出そうとしたようだが、その前に会計は終わっていた。
店を出ると、5月の夜風が2人を撫でる。
「うわ、ちょっと寒いな」
そう言って肩を震わす有咲に、彼は自分のジャケットを渡す。
「ほら、風邪ひかないでよ?」
「ん、ありがと」
素直に受け取ってそれを羽織ると左手を伸ばして言った。
「なぁ、まだ手が寒い」
「ん?あぁ」
その意味を受け取って、彼が手を取る。
想いを受け止めることはできなくても、その手を取るくらいの資格はあるだろうと、自分に言い訳をして。
震える女の子の手を取るくらいは許されると。
歩く2人の影は繋がっていた。
ようやく自分の幸せを願えるようになった2人の、不器用ながらも素直な指で。
2人で同じ道を歩んでいく。
今まではそれぞれで歩いていた道を、2人で。
その先にあるのはきっと、幸せに満ちた未来なのだろう。
読んでいただいた方、ありがとうございました。
連載以外はこの短編集に増えていくと思います。
こちらは完全に気分次第です。
垂れ流している妄想が文章化されたらここに増えるかもしれません……
@glint_ruru