……エアコンが故障してる部屋で。
夏休みの宿題、計画的にやるか? 最後に一気にやるか?
「暑い……」
「夏だからなぁ」
8月下旬。夏休みもあと少しというある日の昼過ぎ。
自宅二階の一室(つまりは俺の部屋)に男女二人、俺と幼馴染兼彼女である上原ひまりは勉強していた。学校から出された夏休みの課題だ。
折り畳みテーブルを挟んで向かい側に座る彼女はぐったりしながらぼやいた。
このやり取りを何度繰り返しただろうか。10回以上は繰り返している気がする。そしてこの後に続く言葉もお決まりだった。
「クーラーが欲しいよぉ」
「残念だったな。壊れてる」
「そんなぁ~……」
そう言ってひまりは力なく机に突っ伏した。
運が悪いことに、俺の部屋のエアコンは故障していた。修理の依頼はしてあるが、時期が時期のため業者も忙しく、まだ直っていなかった。お陰さまで、俺もひまりも汗が止まらない。
「手が止まってるぞ」
「だってぇ……暑いんだもん……」
突っ伏したまま、彼女はうめき声を上げた。
部屋の窓は全開で扇風機も強風にしてある。しかし猛暑には焼け石に水。全く効果がないように思える。生温い風が不快感を増幅させてうっとしい。
「飲み物取ってくるわ」
「おねがーい……キンキンに冷えた奴ね……」
これじゃ勉強にならないので、何か飲み物を取ってくることにした。冷えた麦茶が入った容器と氷を入れたグラスを2つ持って自室に戻る。
グラスに麦茶を注ぎ、彼女の前に置く。
「ほれ冷えたお茶」
「ありがとー……」
ひまりは身体を起こし、グラスを一気に仰ぐ。いい飲みっぷりだ。
俺も自分のグラスに麦茶を注ぎ、一気に飲み干す。多少は暑さもマシになったような気がする。
しかし、どうして俺たちはこんなクソ暑い部屋で勉強なんてしてるんだろう。ちょっと前のことを思い返す。
朝、部屋でのんびりしているところに突然ひまりが突撃してきた。「宿題が終わらないのー」と叫びながら入ってきた。酷い第一声だ。
要は夏休みの宿題が終わってないとのことだ。毎年恒例である。こうやって夏休み終盤に泣きついてくるのもよくあることだった。ちなみに俺はもう終わってる。
俺は面倒だったので、他の幼馴染に任せようとした。しかし、ひまり曰く「みんな用事があるみたい」とのこと。
俺は悟った。押し付けられたな、と。
スマホを見ると、蘭、モカ、つぐみ、巴から「頑張れ」という旨のメールが来てた。モカからはさらにパンを食べてる自撮りまで送られてきた。モカお前、絶対暇だろ。俺を煽ってないか。
ちなみに俺に用事があると思わなかったのかとひまりに尋ねると「え、どうせ暇でしょ?」との回答を頂いた。それが他人に宿題を手伝わせる人間の言動か。失礼すぎる。暇なのは事実だが。
しかしひまりもエアコンが壊れてるとは想像もしてなかっただろう。その結果がこの惨状。勉強どころではない。
ちなみにリビングには母親の友人が来ており、勉強はできない。今我が家で勉強できる部屋はエアコンの効かないこの部屋しかない。
「……なぁ」
「なにー……」
「図書館行かね。ここじゃ暑すぎて勉強にならん」
このままエアコン効かない部屋に閉じこもっていても捗らない。せめて涼しいところで勉強したい。そう思って提案したのだが……
「えぇー……」
ひまりの反応はいまいちだ。何がお気に召さないんだ。
「だって図書館だとイチャイチャできないじゃん」
「おい」
俺たちの目的はイチャつくことじゃない。夏休みの宿題だ。こいつ分かってるのか……。
「じゃあ、お前の家は?」
「……ダメ」
「なんでだよ」
「両親いるし、お姉ちゃんいるし、部屋掃除してないから汚いし……」
「どれも俺気にしないが」
「……自分の部屋だと勉強に集中できないし」
「脱線しそうになったら俺が無理矢理にでも勉強させるが」
「とにかくっ、ダメなものはダメ!」
どうしてもひまりの家では勉強したくないらしい。
「そ、それにもうちょっとしたらお義母さんたち出かけるんでしょ!?」
「そうだが……」
ひまりの言う通り、うちの母親とその友人はもう少ししたら予約したお店に向かうらしい。そうしたらリビングが空く。エアコンの故障していないリビングで勉強できるのだ。確かにもう少しの辛抱だった。
というか、ひまりのうちの母親の呼び方なんかおかしくないか。
「わかったわかった。うちで勉強しよう」
「やった。じゃあ暑さで集中できないからリビング空くまでのんびりイチャイチャしよー」
「いや勉強するが」
「なんで!」
「お前がまったく宿題に手をつけていなかったからだろーが」
「……はい宿題やります」
涙目になりながらひまりは宿題に取り掛かった。
とはいえ、この暑さ。集中も長くは持たない。1、2問解いた後、ひまりはペンを投げた。
「あ゛ーつ゛ーい゛ぃー」
聞き飽きたその言葉を吐きながら、ひまりは服の胸元を摘まんで何度かパタパタさせる。
「……」
今日のひまりは無地の白Tシャツというラフな格好だった。ま、勝手知る幼馴染の家だから当然だが。
その白ティーに汗で濡れてひまりに張り付いており彼女の身体のラインをより際立たせている。
というかなんか透けてる? なんかピンクのが見えてる? 暑さで幻覚見てるとかじゃないよな?
そんな疑問が浮かんだ。これは現実みたいだ。若干見えてるピンクのはおそらくアレだろう。
こんな汗で透ける白ティーなんてあるのか? 生地薄すぎない? これを着てるひまりは痴女か?
……そういえばうちに来たとき、ひまりはもう1枚何か着てたっけ。すぐに脱いでいたからほとんど印象にないが。
「……? どーしたの?」
……おっと、黙り込んでしまった。そんな俺にひまりは訝しげだ。
この反応から見てひまりはシャツが透けてることにおそらく気付いていない。分かってる上でやってる可能性も捨てきれないが。
「大丈夫? 熱中症とかじゃないよね」
「ああ、大丈夫大丈夫」
どうやらひまりは俺が体調悪くなり黙り込んでしまったと思ったようだ。慌てて否定する。
……濡れ透けやピンクに動揺してとかは言わなかった。
「心配してくれるのか?」
「彼女なんだから当たり前!」
真っ直ぐなひまりの言葉に俺は照れてしまう。顔が熱い。余計熱中症になりそうだ。
「大丈夫だ」
「辛かったら言ってよ?」
そう言ったひまりは心配そうな顔をしていた。
俺は考えていた。透けてることを言うべきだろうか、迷っていた。
黙っていれば確かに眼福ではあるのだが。外に出た時、着てきたもう1枚の服を着たとして、他の誰かに見えてしまう可能性はゼロじゃない。他の男に見られるのは嫌だ。腹立つ。
しかし彼女とはいえ透けてますよとは言いづらい。俺のことを心底心配してくれるからこそ言いづらい。いっそひまりのほうから気付いてくれないだろうか。
「……ほんとに大丈夫? 暑さでやられちゃった?」
ひまりはテーブルから乗り出してきて俺の顔をのぞいてきた。
「あのさ」
俺は意を決して言うことにした。
「どうしたの?」
「……見えてる」
「…………えっ?」
きょとんとした表情のひまり。まったくわかっていないという感じだ。とりあえず痴女ではなくて一安心だ。
「あー……シャツが汗で濡れて透けてて、その……下着が、見えてる」
「………………あっ」
ひまりは自分の服を見て、俺が言わんとすることがわかったみたいだった。その証拠にひまりの顔が赤く染まった。
「……えっち」
「すまん」
じと目のひまりに俺は素直に謝った。でも言い訳したかった。不可抗力だと。
「……そのぉ、どう思った?」
「? どう思ったとは?」
ひまりの言ってることがよくわからず聞き返してしまう。
「だから……ブラ透けの感想!」
「言わないぞ」
「見たんだから言ってよ!」
「……エロかったです」
俺がそう言うとひまりの表情がいきいきし出したよう気がする。目も心なしかキラキラ輝いてるような。
「襲いたくなったっ?」
「まぁ……」
「やった!」
「えぇ……」
襲いたくなったと聞き、「はい」と答えると喜ぶひまり。俺には理解できない。
「好きな男の子に『襲いたくなった』って言われたら嬉しいよ? 少なくとも私はね!」
じゃあ今この場で襲っていいかという軽口を思いついたが言わなかった。「どうぞー」とか言い出しかねないし、そういうことする前にやるべきことがある。
「もっとしっかり見る?」
「何言ってるの」
「だってこの下着お気に入りなんだよっ!」
「いや意味わからねえよ」
「だから好きな男の子にはちゃんと見てほしいのっ」
「いや見ないよ」
見たら見たで止まる気がしない。最後までいってしまいそうだ。確実に宿題どころではなくなる。
「この先、気になるでしょー?」
ひまりはシャツを捲くり、すすすとゆっくりじらすように上に持ち上げる。彼女のおへそが眩しい。ダメだとわかっていても目が離せない。もうちょっとで下着が見えそうというところで動きをぴたりと止める。
「ほら、もっと近くに来て捲ってみない?」
ひまりの声が蠱惑的に聞こえる。あれこいつにこんな声出せたのかと思う間もなく、俺はひまりに引き寄せられていく。
「ふっふっふっ、目が釘付けになってるよ?」
いつも通りのふざけた言葉にも色気を感じてしまって俺は何も言い返せないでいた。
「ほら、掴んでよ」
ひまりは片方の手で俺の手を捕らえる。そしてもう片方の手で持ち上げていた服の裾に俺の手を誘導し掴ませた。
「ねっ……宿題なんて諦めて私とイチャイチャしよ?」
あどけなさと妖艶さが混ざった声で囁かれて、俺はもう抵抗するのを止めた。
欲望の赴くまま、シャツを捲り、ピンクの下着が――
――こんこん。
あと少しといったところでノックの音がした。びくりとし、俺たちの動きが止まる。
「出かけるからリビング使っていいわよー」
うちの母親だった。もう出かけるようだ。リビング使ってもいいと知らせて、返事も待たず足音は遠ざかる。危なかった。
少ししてがちゃんと玄関が閉まる音がする。これで我が家には俺とひまりだけ……
「……じゃあ続きしよっか?」
何事もなかったかのように先程と同じく、俺を誘惑するひまり。
「ああ……夏休みの宿題のな」
「ええっ、そっちっ!?」
「当たり前だろ」
本当に危なかった。あのノックがなかったら確実に最後までいっていた。もうちょっとでひまりの彼女らしからぬ雰囲気に飲み込まれるところだった。
本来の目的は夏休みの宿題。イチャイチャはその後だ。
それでもなおひまりは食い下がる。よほど夏休みの宿題がやりたくないのか。それともイチャイチャしたいだけなのか。両方か。
「えっちは?」
「宿題全部終わったらな」
「いちゃいちゃは?」
「宿題が終わったらな」
「そんなぁーー」
俺は勉強道具を持ちひまりを連行してエアコンが使えるリビングに向かう。
「もう勉強したくないのー」という嘆きが聞こえる。俺はあえて無視した。
俺とひまりの夏は残念ながらまだ終わってくれない。
……その後、ひまりの夏休みの宿題は無事終わった。徹夜した。
俺はもう2度と長期休暇の宿題の手伝いはやらないと誓った。何度目だこれ。
夏も終わりますね。