ISドライロット~薔薇の騎士の転生録~   作:ひきがやもとまち

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色々な作品読みまくりながら書いたせいで文章がゴッタ煮になってしまったことを絶賛後悔中の作者であります…。読めばいいってもんじゃなかったですな…。次からは節操も付け足そうと心に決めながら一先ずは投稿。ダメそうなら投稿してからやり直すのが私のやり方です故に。


第13章

「なんだって!? アイツが・・・ラウラがドイツ軍によって戦闘用に造り出された遺伝子改造人間だなんて・・・それは本当の話なのかよ千冬姉!!」

 

 織斑一夏は大声を出して立ち上がり、今初めて聞かされた話に憤りも露わにして目の前に座って自分を見ている実の姉と“信じている”女性から冷ややかな視線で見つめ返されていた。

 

「・・・・・・事実だ」

 

 対して、千冬の反応は至って短く冷淡なもの。

 ただ黙って椅子に座りながら腕を組み、静かな態度で弟の感情が落ち着きを取り戻すのを待つ姿勢でいる。

 

 最初から、こうなる展開は分かり切っていたことだったからだ。

 HRで転校生の片割れがもめ事を起こし、シェーンコップの機転で一夏一人を連れ出す機会を得た千冬は、今回の件で最小限度の情報だけでも弟に与えておくべきだと決断して生徒指導室に連れてきた後、人払いをしてから鍵をかけ、こうして秘事の一部だけでも打ち明けている。

 

 『声が大きい』などの秘密事を打ち明ける際の定番セリフすら口にしようとはしないし、口にする意味もない。

 もとより普通の学生として過ごしてきた少年が、このような話を突然聞かされて大声を出さずにいられるほど驚かない方が珍しい。

 そんな少数例であることを相手に期待して希望的観測を基に対応を決めるよりかは、最初から驚いて大声を上げられてもいい場所で話してしまった方が確実であり楽である。

 

 戦争での使用が禁じられているとはいっても、あくまでISは世界最高戦力という名の兵器であり、IS学園は世界最強の兵器を扱う操縦者育成のための教育機関でもあるのだから、重火器やら機械音やらの盛大な音はそこかしこから毎日のように鳴り響いてきており、騒音の中で静寂を保っていられるよう設計された部屋なら山ほどある。

 いざという時にそれらを有効利用しない理由は、IS学園教師である織斑千冬にとって少しもなかった。

 

「――詳しい経緯までは教えられんが、アイツはそういった特殊な事情をもって生まれ育ち、一時期はそれに関連した理由でひどく落ち込んでいたときがあってな。その時に私がヤツを指導してやって自信を取り戻させてやった。

 だがアイツは、その一件で過剰なまでに私を崇拝するようになってしまったらしくてな。先ほどアイツがお前を殴りつけたのも、おそらくはそれが関係している理由なのだろう。だから間接的ではあっても、お前がアイツに殴られた原因は私にある。すまなかったな、織斑」

「そんな・・・っ、別にそれは千冬姉が悪いってわけじゃ・・・・・・っ」

「いいや、悪いさ。指導役を引き受けておきながら教え子に技術だけを教え、それを扱う心を教えてやることが出来ていなかった。これが教える側の責任でなくて誰が悪いとお前は思うのだ?」

「――っ。そ、それは・・・・・・」

 

 一夏は相手の言葉に、反論できなかった。

 反論したくはあったが、相手の言葉を否定できるだけの言葉が考えつかなかったからである。

 尊敬する姉を弁護したい気持ちは強くもっていたが、それを否定することは『教え子のラウラを背負うと決めた』千冬の教師としての責任にケチをつけることに繋がってしまい、彼の想いは行動との間に矛盾せざるを得なくなってしまうしかない。

 

「だ、大体なんでそんなことになったんだよ!? アイツはただの女の子なんだぞ!!」

 

 だから方向を変えて一夏は反論を試みる。

 自分でも千冬でもなく、またラウラですらない、自分たちの今いる場所には存在しない当事者たちに向かって責任追求の矛先を向けることで彼自身の思いと行動に整合性を持たせようとする。

 しかし・・・・・・。

 

「軍事機密だ。これ以上のことは明かせない。むしろ今言ったことだけでも十分すぎるほど部外秘に属する秘事だ。これ以上を聞くのはお前自身のためにもならん、弁えろ」

「そんなこと――っ」

 

 ラウラ個人の権利が、一人の人間の生命に関わっている問題と比べたら大したことない――そう言おうとした一夏だが、その意図は続く姉の言葉で放たれることなく不発に終わってしまうことになる。

 

「・・・私にも恩を感じる心はある。一時とはいえドイツ軍に雇われていたが故に知ることができた秘事を、己の所属が変わっただけで易々と打ち明ける恥知らずにはなりたくはない。・・・解れ」

「~~~っ」

 

 沈痛な面持ちで放たれた姉の言葉に、一夏は複雑な思いを無数に内包した表情で返しながらも、それ以上のことは言わないという一つの行動だけは確定したまま黙ることしかできなくなってしまった。

 それは姉の思いを慮ったことでもあったし、自分がもし同じ立場であったら同じ選択をしていたかもしれないという仮定の未来を想像してしまったからでもある。

 

 

 ――彼らが知るよしもないことではあったが、この時に織斑姉弟が交わした会話内容と同じような言葉を言い合った二人の人物が、遙か遠くの銀河の未来で実在することになっていく。

 

 一夏と同じようなことを思い、一夏と違ってはっきりと口にした自由惑星同盟軍のヤン・ウェンリーと、千冬と同じようなことを思いながら全く真逆の受け取り方をした銀河帝国門閥貴族連合軍のコンラート・リンザー大尉である。

 

 

 後の未来で彼らの内、ヤンは言った。

 

『もうすぐ戦いが始まる。ろくでもない戦いだが、それだけに勝たなくては意味がない。勝つための算段はしてあるから無理をせず、気楽にやってくれ。かかっているものは、たかだか国家の存亡だ。“個人の自由と権利に比べたら大した価値のあるものじゃない”』

 

 そして、敗走する主君が逃げるのに邪魔だからという理由で砲撃され右腕を吹き飛ばされたリンザー大尉も傷ついた体と心で静かに語る。

 

『忠誠心ですか・・・美しい響きの言葉です。しかし都合のよいときに乱用されているようですな。今度の内戦は忠誠心というものの価値について、みんなが考えるよい機会を与えたと思いますよ。ある種の人間は部下に忠誠心を要求する資格がないのだという実例を何万もの人間が目撃したわけですからね・・・』

 

 異なる時代に異なる政治思想を持つ国々を体験して育った、彼ら四人の価値観のどれが正しくて間違っているかは誰にも解ることはできないだろう。

 ただ、これだけは言える。一夏が黙った理由にも、千冬がそれ以上を語らなかった理由にも『当事者であるドイツ軍』は含まれていなかったということだけは間違いないと。

 

 彼らはともに、自分たちを見ていた。

 千冬は自分なりの筋を通そうとしていたし、一夏は姉に対する想いだけで沈黙する道を選択していた。

 

 それら『自分の都合だけで相手の行動を決めつけてしまう』個人の権利と自由を謳う行き過ぎた考え方が、今回の騒動の切っ掛けになっているのだとは考えることさえないままに・・・・・・。

 

 

 結局のところ、程度の違いこそあれ彼らの持つ他人と世の中を見つめる視点の高さは、その程度のものでしかなかったから―――

 

 

 

 

 

 ・・・・・・一方。織斑姉弟と違って彼らよりかは視点が高く、また彼らや自分自身などより遙かに遠くの事象まで見通すことができた凡人には千里眼としか思いようのない非凡すぎる目を持つ黒髪の魔術師に仕えていた経歴の所有者であるワルター・フォン・シェーンコップ現少年は、同い年の一夏とも今の自分より年上女性である千冬とも少しばかり違った価値基準の持ち主だったらしい。

 

 

「えー、皆さん静粛に静粛にお静かに! 静かになりましたね? ではHRを終わります」

 

 担任教師で纏め役の千冬が一夏を連れて行ったために不在となり、やむを得ず副担任として解決されぬまま残されたクラス内の混乱を沈めて一時間目の授業を始められるよう持っていかねばならなくされた山田真耶教諭は、涙目になりながらも必死になって職務を全うし、ようやく沈静化させることのできたクラスの教え子たちに次の授業を行うためISスーツに着替えて準備をするよう指示する難事業に成功することがようやっと出来ていた。

 

 遙か未来の銀河で、護国の英雄と称えられる不敗の提督がよく嘆いていたことではあったが、『なにごとも事後処理が最大の苦労なのだ』という事実だけは、時代がどんなに先へ進もうと後へ戻ろうとも変わることは決してあるまい。

 

「今日は二組の人たちと組んでIS模擬戦闘を行いますので、各人はすぐにISスーツに着替えて第二グラウンドに集合してください。以上で解散です!」

 

 そう告げて、慌ただしく山田真耶は教室を出て行き、教員用の更衣室へ向かう。

 IS操縦者育成機関とはいえ、IS操縦を教えられる教員は限られている。その数少ない一人である山田真耶には自分の担当クラスでHRを終えたばかりであろうとも、ISに乗って模擬戦闘を行うとなれば大急ぎで着替えを済ませて、生徒たちより先にグラウンドへ到着していなければならない義務が課せられてしまっている。

 大半の女子生徒たちのように、美少年転校生を追いかけ回していられるほどの時間的余裕は一秒もない。

 

 ――とは言え、急いでいるからと教師としての役割を疎かにするわけにもいかない。

 転向してきたばかりで学園内地理に詳しくない男子生徒にナビゲーター役の先輩を宛がうことだけは最低限しておくべき義務の一部であり、給料分の仕事なのだから。

 

「シェーンコップくん、悪いんですけどデュノア君の案内役を任せてしまっても大丈夫でしょうか? えっと、あの・・・他に男子生徒が織斑君しかいませんし、織斑君は今さっき織斑先生が連れて行っちゃったばかりですし、そのえっと・・・・・・」

「ヤー(了解)」

 

 快くシェーンコップは真耶の頼みを快諾する。

 ご婦人の頼みを叶えてやるのは彼としても望むところであったし、それによって相手女性が喜ぶのなら尚のこと。

 まして相手が、女性の象徴であり母性の現れとも言うべき部位に優れたサイズを持つ美しい女性であるなら拒否する理由をこそ彼としては持ち合わせていないほどに。

 やや童顔で、実年齢よりは幼く見えてしまう点は成熟した美女が好みの彼的にはマイナスポイントだが、十分に及第点以上には達している。つまり、引き受けることに問題はない。

 

「え、ええぇー!? そ、そんな『やだ』だなんて・・・先生なにかシェーンコップ君に嫌われるようなことしてしまってましたか・・・? 先生として悪いところがあったなら謝ります! だから今は―――っ」

「・・・・・・了解しました、山田先生。どうか小官にお任せあれ」

 

 ドイツ語の返事を日本語の返事と勘違いされてしまう天然ぶりを発揮され、さすがのシェーンコップも答えを返すまでに間を開けさせるという大偉業を成し遂げた後、『あー、良かった! 安心しました♪』と満面の笑みを浮かべてお礼まで述べてから、あらためて教室を飛び出し更衣室へと走り去っていく山田真耶の後ろ姿を眺めながらシェーンコップは苦笑をこぼし、然る後あらためて担当することになった後輩の男装女子生徒と向き合うことになる。

 

「お前さんがシャルル・デュノアだったな? 自己紹介してやりたいが時間がなくなった。とにかく今は移動だ。周囲で女子たちが着替えを初めて肌を露わにする中では“男として”気不味かろう?」

「・・・・・・よろしくお願いします、シェーンコップ君・・・」

 

 もの凄くいやそうな表情をしながらも、相手の言い分を受け入れて案内役してもらうしかない立場にある相手の男装少女シャルル・デュノア。

 “彼女としては”正直言って堪ったものではない、山田先生からの気遣いという余計なお節介だっただろう。

 なにしろ相手は自分の正体を知っており、女であることがバレている上に、その事実を自分自身までもが知ってしまった後なのだ。普通に男女で同じ更衣室に入って着替えをするのと感覚的には何一つとして変わらない。

 この状況下で恥ずかしがるな、嫌がるなと年頃の少女に向かって要求するのは無茶ぶりが過ぎるとしか言い様がない。

 

 実際、戦時下がずっと続いていた自由惑星同盟軍の戦艦内でさえ男女の更衣室は別個に設けられていた。

 もともとジェンダーの違いは個人の自由と権利に結びつきやすい問題でもあったし、西暦以前の記録を焼き尽くした二大国による熱核戦争により人類社会から宗教が滅んで久しかったという事情も関係して男尊女卑の気風はそれほど強くなかったのが自由惑星同盟軍の帝国軍とは違うところでもあった。

 

 ・・・尤も、超高層ビルを横に倒したような巨体を誇る戦艦が当たり前のサイズになっていた時代に、更衣室ごときの小部屋を男女兼用で一つに統合すべき理由も特になかったという物理的事情も関係している事柄ではあったのだが・・・・・・そこまで言う必要はなく、言わぬからこそ花になる事情というものも人の世には結構あるものだろう。

 

 対して、現代日本のIS社会におけるジェンダーの違いで発生している問題はというと。

 

 

「ああっ! 転校生発っけ―――でもシェーンコップ君が一緒だわ! 残念!」

「くぅっ! せめて織斑君とだけ一緒だったらトイレまでだって追いかけていったのに・・・無念!」

「者どもぉ! 退け退けぇい! 撤退じゃあー!」

「え? え? なに!? 何で皆あんなに大騒ぎしているの!?」

 

 突然はじまったIS学園名物の一つに目を白黒させるしかない転向してきたばかりのシャルル・デュノア。

 うろたえ騒ぐ様子を横目でチラリと一瞥だけして、あっさりと正面に向き直って歩みを再開させながらシェーンコップは、普通の歩幅と普通の速度で廊下を早足に進みながら、心持ち不慣れで混乱している隣の相方に合わせてやるため速度を落とし、置いてけぼりにしないよう同一速度で歩めるように調整してやりながら平然とした口調でレクチャーしてやる。

 

「なに、そう驚くことでもないさ。花が二本に、無数の蜜蜂たちとくれば当たり前のように発生する珍しくない光景でしかない」

「花? 蜜蜂?」

「ああ。尤もこの場合は花と蜜蜂の性別が逆だがね」

「せいべ・・・・・・あっ!?」

 

 たとえで示唆されている事柄について理解した瞬間、頭のてっぺんから真っ赤になって俯くことしか出来なくなってしまう男装少女のシャルル・デュノア。

 あまつさえ、視線を落とした先に見えるのが自分の手を引いて優しい手つきでエスコートしてくれている、同い年とはとても思えないほど女性の扱いに慣れすぎている前世の中身が不良中年の女がらみで負けなし軍人とくれば、全速力で走り去って祖国へ逃げ帰りたくなったとしても不思議ではない。

 

 その反応を面白そうな表情で見返しながら、シェーンコップに慌てた様子は少しもなく、歩く速度を速めようとする気配さえ見せることはない。

 必要がないからだ。一夏であれば押し寄せてきて時間を浪費させられてしまう女子生徒たちも、シェーンコップ相手だと二の足を踏んでしまって一定距離以内まで入り込むときには躊躇いを覚えてしまって障害物たりえたことは一度もない。

 

 何故これほどの違いが起きてしまっているかと言えば、一夏が逃げて、シェーンコップは逃げないからである。それ以外に答えはない。必要すらもないだろう。

 

 追えば逃げ、逃げれば追いかけたくなるのが人の心というものであり、女子生徒たちも一夏を追いかけ毎度のように逃げていくから性的な理由の他に、珍獣のように追いかけ回したい欲求に火をつけられて水と油になってしまう。

 

 対して、IS学園生徒といえども女子生徒たちは学生であり、学生のノリで一夏を追いかけ回している心理が多分に影響しており、実際に面と向かって自分の想いに応えようという姿勢を見せてくれたときのことまでは余り想定しないまま、情熱の赴くままに追いかけ回しているだけの側面を持っているのも事実であった。

 

 要するに、いざとなると怖じ気づくヘタレな生徒が意外に多いのだ。

 もともと女ばかりの女子校で、IS社会の特権階級とはいえ十代の少女たちばかりの生徒たちに、一時の流行だけで処女を捧げられる者は学園内にも多くない。学園の持つ気風によるものか、そこまで擦れている生徒は極少数派を維持していられている。

 良いことである。性倫理的に見ても、世界秩序を揺るがしかねない男性IS操縦者の精子拡散の危険性から見ても、厄介ごとの種が無作為に蒔かれないのは普通に良いことなのだから。

 

「しかしまぁ、あんたが来てくれて助かったと言うべきことなんだろうな」

「な、何が?」

「いやなに、周りが女子ばかり女くさい学園で自分以外の男が俺以外にも来てくれたことは、ありがたかろうと思ったのでね。俺はともかく、一夏やアンタにとっては非常にな」

「ぐ・・・っ」

 

 いきなり核心を突かれてしまい、シャルルとしては呻くしか他に返事のしようがなくなってしまう。

 

「・・・皮肉ですか・・・?」

 

 せめてもの反撃として言ってみた悪態に対してもシェーンコップは『さてね』、などと平凡な返事をすることはなく、ただ見る者によってどうとでも解釈できる不敵な笑みを浮かべ続けるだけで不安を煽ってくるばかり。

 

 やがて、しばらく進んで更衣室の入り口が見えてきた辺りになって、ようやくシェーンコップは相手の手を離し、笑いかけながらシャルルに向かって振り返って声をかける。

 

「ま、何にしてもこれからクラスメイトとしてよろしく頼む。俺はワルター・フォン・シェーンコップという。呼び方は好きに呼んでくれてかまわない。俺の方でも答えるかどうかは好きに決めさせてもらうつもりだからな。互いに平等じゃないのはフェアじゃなかろう?」

「・・・・・・よろしく、シェーンコップ君。僕のことはデュノアのままでお願いします」

「了解したよ、デュノアのお坊ちゃん」

「・・・・・・・・・」

 

 ムスッとした表情のまま更衣室の中へと招き寄せられ、仏頂面のまま服の袖に手をかけたシャルルは同室の“異性生徒”に顔だけ振り返って声をかけ、

 

「・・・・・・見ないでよ?」

 

 と、主語を省いても伝わるようハッキリと警告してやった。

 まだバレていない一夏にならともかく、本当の性別が既にバレてしまっている相手にだったら隠そうと努力するのも、配慮することにも全くもって意味がない。だからハッキリと言ってやっているのだ。『私の柔肌を見たら殺す』――と。

 

 尤も彼女の心配はシェーンコップにとって、いわゆる杞憂でしかない事柄だったが。

 

「心外だな。俺は女性に対して常にフェミニストであることを心がけている男だ。女性の裸を見るときには正面から堂々と見るし、相手にバレることなく覗き見ようなどという姑息な手段は一切取らんことを誓わせてもらうよ」

「ぐ・・・っ、ま、また皮肉を・・・」

 

 自分の放った警告がブーメランとなって自分を切り裂き、心に深手を負わされながらも体勢を立て直そうと必死に反撃の口実を探すシャルル。

 だが相手は、自由惑星同盟の最強評議会と統合幕僚本部長と陸戦隊と帝国弁務官府までもを敵に回して、わずかローゼンリッター連隊だけを引き連れて引っかき回した末に悠々と本国から脱出して、軍からも脱走してしまった先手必勝の名人である。既に先手を取られた小娘ごときが勝てる相手ではない。

 

「それに俺の好みは美女であって、少女じゃない。アンタは確かに見目麗しく、十年後が楽しみな逸材だが、今の時点では食指が動く対象にはならんね。十年間いろいろな栄養を摂取して、いろいろな部位を育ててからなら考えてやらんでもないが・・・・・・」

「どういう意味さ!?」

「そういう意味だよ」

「ぐ・・・、ぐぅぅぅぅうぅぅぅっ!!!」

 

 悔しそうに相手の長身を見上げて唸り続けている男装の少女を見下ろしながら、不敵な笑みを浮かべる中身不良中年の少年IS操縦者。

 

 傍目から見れば明らか過ぎるほどに、からかわれているだけの状況ではあったが当事者としては堪ったものではなく、なんとか言い返すことで言い負かしてやりたいという感情論を優先してしまいたくなって理屈通りの正しさなんて守っていられる気分になれない。

 

 

 ――だからこそシャルルは・・・・・・否、シャルロット・デュノアという一人の女の子は気づいていなかった。

 自分が、『秘密にしていた本当の性別を知られてしまっている一夏の友人』というポジションに相手がいるという事実をさほど問題視する気分になれなくなっている自分自身の心の変化に。

 秘密がバレてしまっている相手と一緒に行動しているという状況を『イヤだ、ムカつく』と感じはしても『危険だ』とは少しも考えなくなっている事実に、女の子としてのプライドを傷つけられた彼女は考え至りたくないし、認めたくない。・・・そういう感情を持つように誘導されてしまっていたことに気づくことが出来なくなってしまっていた。

 

「さて、それではデュノア君。お互い着替えもすんだようですし、そろそろグラウンド会場へ参りましょうか? なんでしたら紳士らしく淑女を伴い、エスコートさせていただきますが如何かな?」

「結構です!!」

 

 肩をいからせ拒絶して、ドカドカと荒々しい仕草で歩むことで背後のシェーンコップを牽制しながら前を進むシャルルの後ろを、苦笑しながら三歩ほどの距離を保ったままの速度で歩んでいき、やがて到着した共に模擬戦闘を行う二組の生徒たちが待っている第二グラウンドへと到着した瞬間。

 

 

「遅い!!」

 

 

 バシーン!と、先頭を歩んでいた授業に遅れて到着した癖して堂々と偉そうな態度で入場してきたシャルルが千冬に頭をはたかれ、二つのクラスの生徒たちから笑いを誘い、後ろから入って来たシェーンコップは涙目のシャルルに睨み付けられ、彼女の彼としての初授業参加は思っていたより友好的で飾る必要のなくなった状況の中で始められることとなっていく。

 

 

 ――さて、こちらは一段落した。

 なら次は、こちらの番だな――

 

 

 パンパン。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。

 専用機持ちは織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰、そしてシェーンコップで、本来なら9グループになって実習を行ってもらうつもりだったが、今朝のこともある。

 リーダーとしての責任が果たせる実績のない者にグループリーダーを任せるわけにはいかんので、各グループリーダーはボーデヴィッヒを除いた専用機持ちでやること。いいな? では分かれろ」

 

 

 

「――と、言うわけです少佐殿。小官といたしましては自国の代表候補と言えども、今はIS学園の一生徒として織斑教諭殿の命令に従わざるを得ません。

 どうかご理解いただいた上で、織斑“教官”のご命令と、クラス内の人事秩序に従って小官の指導を受けていただくことをご承知願いたい。よろしいですかな?」

「~~~~~~~~~ッッ!!!!!!」

 

 

 こうして、不良中年軍人シェーンコップによる今日二度目の問題児に対する生徒指導が開始される。

 

 

つづく

 

 

『オマケ文章』

 

 シェーンコップが一夏に対して女子生徒たちのあしらい方を教えなかったのは、それぐらいは自分で学び取るべきだと考えたから故でのことだった。

 

 ・・・今の時代より遙か先、銀河の戦いで名を馳せた英雄の一人で、勇猛果敢、正義の人と呼ぶに値した名将『疾風ウォルフ』ことウォルフガング・ミッターマイヤーは部下であるバイエルライン中将に向かって、こうお説教をたれる未来がこの世界にも訪れる日が来るのかもしれないから・・・。

 

『俺は卿に用兵術は教えたつもりだ。だがな、いいか、恋人の探し方と冗談口のたたきかたは自分で勉強しろ。

 自習自得もたまにはよしだ』

 

 ・・・果たして遠い未来の銀河で、最速の戦術を称えられた勇将の言葉を現代の白きIS乗りが聞かされたとき、どのように反発するのか?

 あるいは聞き流すだけで終えてしまうことになるのだろうか?

 

 その答えを知る者は、今はまだいない。

 

 もしこの疑問に答えがあるとするならば、それは神と呼ばれる存在が実在していた場合にのみ正答が与えられる、仮定の未来でのみ正しさを有する架空の正答を指している。

 

 人はいつの時代もそれを指して、こう呼んでいる。

 『真実』――と。


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