全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか 作:V.IIIIIV³
「やっぱこの部屋……俺の呼吸をきっかけに仕掛けが作動してる……!」
決死の覚悟で検証したことによりこの部屋の仕組みを理解した刃は、そうと分かれば早速攻略だ!と意気込み、全集中の呼吸を発動させる。
(この
つまりは、そのまやかしを振り切るほどの極限の集中こそが、全集中の呼吸の完全習得ということなのだろう。
「いやしかしまぁ、そんなに簡単にいかないからここに放り込まれたのであって……」
そう、この修行ひいてはこの部屋のまやかしは、集中を途切れさせるどころか、使用者の心をズタズタに引き裂くほどの精神的攻撃力を持っている。
ある時は雷に百連続で撃たれ。
「あああああああ痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛いいいぃ!!!!」
ある時は大量の水で頭のてっぺんまで溺れ。
「待って!?水はダメじゃん!?呼吸って空気でするものなんだから水じゃ出来なゴボボボボボボボボボボボボボボボボボボボ」
トリガーが呼吸という生命維持活動の一つであるため、休む間もなく水責め地獄と落雷地獄に襲われ続け、呼吸を極めるどころか一日五時間のノルマを終わるころには、精神の疲労から意識さえ保てなくなってきていた。
そうして何とか五時間を生き延びた先には、もう一つ地獄が待っている。
「深えっつんだよこの井戸はよ……!なんか意味あんのかこの深さ……!?」
そう、この井戸をもう一度上って帰らなければいけないという最後の修行があるのだ。
疲れた体で、少なく見積もっても二百メートルは超える道のりを、今度は下るのでは無く上らなければならない。肉体に実質的なダメージは受けていないのに、身体が鉛のように重く感じる。
(昔、なんかの本で読んだことあったな……。確か目隠しされた人の手首をナイフの背で切り付けて、そこに水を流し続けると自分を出血多量だと思い込んで、実際に亡くなったって話)
完成度の高い幻覚は、実際には何もされていない身体に本物の傷痕を呼び起こす。
そしてさらに、とっくに限界になっている精神そのものは、休息を求めスイッチのオンオフが入れ替わり続けている。
少しでも気を抜けば、最下層まで真っ逆さま。心身ともに意識を細い糸でつなぎ止めているような現在の状態でこの深い深い井戸を上るのは、今までやってきたどの修行よりも命懸けだ。
「ぐっ、どりゃ……あっ!!たは〜。何とか生きて帰って来れたぁ。でも、もう動けそうにねぇや…………。あ!時透!」
ようやく井戸の縁から体を出すことが出来、縁を曲点として身体をくの字に曲げた状態でほっとして力を抜く。既に体力の全てを使い切り、体はあらゆる駆動命令を筋肉に到達する前に拒否していた。
すると、何の奇跡か、丁度井戸の近くの林の中を時透が練り歩いているのが見えた。
「…あぁ、もう五時間経ったんだ。何かが掴めた?」
「いや、まだなんとも…。それより時透!部屋まで運んでってくれないか?もう体が全然動こうとしてくんなくてさ…」
「え?やだけど」
……時透さん?
「そんな面倒くさいことするわけないじゃん。勝手に疲れたんだから責任もって自分で帰って来なよ」
そう言い残して、時透は刃に目もくれずすたこらと道場の隣の屋敷へと戻って行った。
「上等だ…。しっかり自力で帰り着いてやらあああぁぁ!!」
刃は筋肉の活動拒否をその上からさらに拒否し、力ずくで肉体を統べて井戸から全身を引きずり出す。一度無様に死している身ゆえ、今更守るべき誇りなどない。渾身の匍匐前進で埃まみれになりながら竹林を駆け抜けていく。
火事場の馬鹿力とでも言うべきか、刃は恐るべきスピードで竹林地帯を抜け、瞬く間に道場近くの池で鯉を眺めていた時透に追いついた。
「どうだ時透!追い、ついて、やった、ぜ……ゲフッ」
「………」
しかし、一時の感情の昂りから生まれた力は、当然目的の達成と同時に失われる。
時透に追いついた時点で彼を見返すという目的を達成した刃の体は、限界に達した体にさらに追い討ちをかけたような行動をしたせいで、即座にスリープモードへと移行した。
それを無言で見つめていた時透は、この男の子供のような負けず嫌いに呆れてため息を吐き、ほっぽってそのまま屋敷へと帰ろうとしたが、数歩歩いたところで踵を帰し、刃の体を自分の背中の上に乗せた。
「なんでこんなに無駄に重いわけ…?はぁ…」
こんなのがほんとに自分に返って来るの? と、時透は一人の心優しい鬼殺隊士の顔を思い浮かべながら心の中で呟いた。
そしてそれから、二週間が経った。
修行開始からたかが二週間程度しか経っていない、と誰もが思うであろうが、この男、天道刃はその才の大きさゆえに転生を言い渡されるほどの紛れもない天才である。更に十年以上も一人で修行をしてきた彼には一人稽古の経験から、見えてきた
この三日間の修行で、刃はその何かをその手に掴んでいた──!
「はっはー!雷の避け方はわかったぜ!!まずは一つ突破ァ!!」
ただ一つ、掴んだ何かが技の会得に繋がらないものであることに目を瞑れば。
「ってちげぇよ!!水の方に対応出来てねーんだったら絶対攻略法ではないわ!!」
(クソッ!この二週間の精神攻撃がだいぶ頭に来てやがる……。つか、いつの間にか五時間経ってるじゃねえか。完全に無駄にしたな……)
刃としてはもう少し潜って修行していたいところだが、先日一日五時間の禁を破った際時透にボコボコにされてしまったので、今日のところはひとまずこの辺で終わって頭を空っぽにすることにした。刃は部屋を出て、立ち上がって外へと続く頭上を見つめる。そして…。
「ほっ、たっ、ていっ、やあっ、とうっ」
井戸に等間隔で付いている僅かな突起を足場に、軽々と井戸を駆け上がり、地上に出てほっと息を吐いて座り込む。
いつぞや井戸を下りている時、この突起が十分足がかかる面積を有していることに気付いた時から、井戸から上がる時はこれを使って駆け上がっていた。何気にめちゃくちゃ危なく難しい行為ではあるが、それを一発で成功させるあたり、やはりこの男は腐っても天才であるようだ。
しかし、こんな技術を向上させたところで本来の目的には何も役立っていないのは、刃も重々分かっている。それでも、何かをやり遂げたという達成感がなければ、襲い来る焦燥と不安が刃を蝕んでいくのだ。
「だいぶ切羽詰まってるみたいだね」
突如として右前方の林から聞こえた声にギョッとして、思わず普段ならそこにあるはずの刀の柄を握ろうとした手が空を切る。心臓が早鐘を打つが、若干吹き出た冷や汗が頭を冷静にし、同時に活発な働きを取り戻した脳内で海馬が引っ張り出してきた音が、その場所から聞こえてくる声と酷似していることに気がついた。
そこから現れたのは、たまたま通りかかった──風を装った──時透であった。彼は無表情のまま座り込んだままの刃に近寄り、手を差し伸べる。
刃は伸ばされた手をしっかと掴み取り、引き寄せられる勢いに乗って、接地した足に体重をかけて立ち上がる。
(やっぱこいつ、幽霊かってくらい気配が感じられねぇ……)
スキルとしての気配察知を持つ刃を欺いて容易く接近する隠密性。体格ではるかに劣る刃を腕力だけでいとも容易く引き寄せ、
そして同時に、彼が本気で戦う姿をその目に見てみたかった。
「……何?人の顔をジロジロと」
「なぁ、時透。少しでいいから手合わせ頼めるか?試合じゃなくて、呼吸解禁のマジのやつ」
刃は思考の末、今一度この師に教えを乞うた。
心映箱に篭り始めてからこれまで、幾度となく精神への攻撃を受け続けた刃。日を重ねる度に心は擦り減り、代わりに剣を握れずに数メドル弱の部屋に五時間監禁される生活にフラストレーションが溜まってゆく。その結果苦悩し思考力が低下して、気付けば前述の現実逃避が前面に押しでた攻略法が生まれてしまったのだ。
刃は自分が天才であることは自負している。そして、自身の才能のタイプが何であるかも
時透、刹那の思考。
(ここで下手に手を出せば
「わかった。じゃあ今夜九時に道場に来て」
「!サンキュー!」
了承を得て、小さくガッツポーズをする刃。現在の時刻は午後六時。この時間をも余すことなく利用したいと考える刃は水場で手を洗い、食事部屋まで突っ走って座布団の一つに着席。瞑想を始める。
(今日は無駄に動き回ったからなぁ……鶏肉と玉ねぎを数種調味料を加えて煮込んで、あーしてこーして……)
「出来たっ!」
目をかっと見開いた刃が胸の前で勢いよく手を合わせると同時に、食卓上でどこからともなく爆発するような音とともにもくもくと煙が立った。
立ち込めた煙が去っていくと、そこには大き目サイズの丼にこれまた大盛に盛られた親子丼がどこからともなく出現していた。
「よし!いっただっきまーす!」
律儀にそう宣言してから、箸をもってがつがつと親子丼をかきこむ。
これがこの世界における食事の仕組み。頭の中で食べたい料理の調理手順をイメージして、それを組み立ててゆくと実際の食物として具現化する。食事の美味しさは調理の丁寧さや現実味によって変化し、大雑把に構想すれば不味く、細かい所までしっかりと思考して調理すれば現実で自分が作った時と同じ味に。理論上で言えば一流料亭の味にだって進化する。
以前、なんでこんなめんどくさいシステムにしたのかと時透に尋ねたところ、曰く、「イメージと身体の動きの連動率を高める修行みたいなもの」らしい。
「よし、今日も美味かった。ごちそうさまでした!」
腹を十分に満たし、続いて風呂場へ直行し、汗を流してから酷使した脳を休めるため部屋に戻って仮眠をとる。
そんなあれこれをしていると、いつの間にか約束の時間の三十分前となった。
「……八時半か。そろそろ起きて準備すっかな……」
床から起き上がり、凝り固まった体をストレッチで解きほぐす。刃は戦闘までの準備にそれほど時間をかけるタイプではない。こちらの世界に来る前(現世に転生する前のこと)も、朝早くから試合があったりしたときには試合前に入念な精神統一や準備運動をするよりも、いつも通りの時間に寝てからギリギリまで睡眠時間を確保して、なるべく生活リズムを変えないようにしていた。
しかもこの習慣が、ひとたびダンジョンに入ればいつどこで戦闘が始まるかわからないこの世界にぴったりであるのがまた面白いものだ。
『武士かよお前は!?生まれる時代間違えてんだろ!』
いつぞや、かの親友にそのようなことを言われたのが懐かしい。
「さて……そろそろ行くとすっか」
ストレッチを終えて頭も覚醒したところで、立ち上がって道場へと向かう。ついでに機動確認のために途中でバク転側転も行いながら。
現実世界で俺を待つ家族のため。必ず強くなって帰るんだ。
そう心を固め、剣道場の扉を勢いよく開け放った──!
「って、まだいねえじゃん」
……そして、到着から数分後。背後からするするという音が聞こえると同時に、時透がするりと足を踏み入れた。
「ん。じゃあ始めよっか」
「やっぱ九時きっかりに来たか。几帳面なんだかものぐさなんだか分かんねーな……」
こういう待ち合わせの時、ものぐさの時透は早めに来て準備運動などせず、しかし時間はしっかり守る。結局は超効率的なのだろう。
ぺたぺたと木刀の入ったカゴに近づき、いつも通り手入れの行き届いたそれらの一つを適当に選んで手に取って
──時透は、その姿を消した。
「戦闘はよーいドンでは始まらない」。この数週間の間、時透の口から何度も聞かされ、何度も不意打ちをくらった日々がフラッシュバックする。だからこそ、狼狽えることはもうありえない。
瞬きの一瞬をついた潜伏。このパターンの攻撃は見てから反応しようが一点読みだろうが軌道を変えられるため、仕掛けられた側はどう足掻こうが後手に回る。
ならばと刃は一時離脱よりもねじれ渦での全範囲のカバーが合理的だと考え、即座に息を吸い込む。
(水の呼吸 陸ノ型 ねじれ渦)
瞬間、なにか嫌な感覚を覚える。
振り返りと同時に放った刃の一閃と、空中から頭を目掛けて斜めに振り下ろされた時透の一閃が、わずかな一瞬にも満たない一合を交わしてすれ違う。
(は?なんだ?おかしい、なんで)
ほんの一瞬、動揺からなる喧騒が刃の脳みそを塗りつぶしたことを彼は見逃さない。空中で体を丸め円を描きながら半回転し、背を向ける刃の頭に狙いを定めたまま、両足を突き出してかかと落としを繰り出す。
刃は回避も迎撃も間に合わないことを瞬時に悟った。
直撃が避けられないのであれば、威力の乗らないうちにとめてしまうのが最善。
かすかに見える時透の姿から蹴りの入る位置、そして膝関節の位置を計算し、そこを目掛けて思い切り足を蹴る。
想定通り威力の乗らないかかと落としは膝裏が刃の肩と衝突する。走ったのは微かの衝撃のみ。
時透の顔が僅かに歪んだ。
この機を逃すまいと、肩の上からとび出ている足首を瞬時にがっしと掴み、次の手が放たれる前に時透を全力をもって床に叩きつける。
しかし、時透は体が振り下ろされる衝撃を受けながらも上体を起こして転がり受身を成功させる。
すぐさま反撃に転じようと顔を上げた頃には、刃の木刀は回避不可の間合いに入っていた。
そして刃は再び水の呼吸を発動させんと息を吸う。腕をクロスした状態で引き絞った刀を、両腕同時に振り抜き敵を切り裂く。刃がこの世界で最も修練し、一番最初に発動に成功した技。
(もう一度……!)
「水面斬りっ!」
それは、時透との試合において、今までに一度たりとも聞いた事のない澄んだ快音をたて、彼のこめかみあたりを打ち抜いた。
クリーンヒットした鋭い一閃は、例え木刀といえども時透の頭に傷を作った。時透のこめかみからは、じんわりと一筋の流血が生じている。
しかし逆に言えば、それだけ。
たった一筋の流血
(まただ、この感じ。技を発動しようとした瞬間、体を弾かれるような感触。言うなれば、まるで……)
「「拒絶されたような感覚」」
動揺が最高点に達し、思わず溢れ出た呟きに一つの声が同調した。
「……まだ開花には至ってなかったか」
続けて彼がポツリと呟いた声が、やけに反響してきこえた。
瞬間、辺り一帯を霧が覆いつくし、ふらついたような足取りで立ち上がった時透の姿がゆらり、と陽炎のように歪み、霧の中へと姿を隠す。
【霞の呼吸 漆ノ型 朧】
全集中の呼吸。この世界に来て幾度となく修練し、対峙する様々な相手を屠ってきた刃にとって、初めて体感するその剣技は、おおよそ剣技と言うには難しいほど、彼の体に温く冷たく緩く鋭く纏わりついた。
(なんだこれっ。あいつの姿どころか、周りが、全く見えないっ……!)
実質的に視覚を封じられた状態で動揺はさらに加速し、動悸が少しだけ早まる。力んで体が固くならないあたりは、修業の成果と言うべきか。
「呼吸に拒絶されたね。もしかして、自分が呼吸を支配してると思った?自由に使役しているとでも思った?傲慢だね」
スっ、と。霧の中から刃の耳元で囁いた。
すぐさま声の聞こえた方を切り捨てる────ことはせず、次に時透が現れる場所を予測し、そちらの方向へ刀を振る。
「呼吸は使うものじゃないんだよ」
予想通りにそこにいた彼の姿が残像だったと気付いたのは、半ばから真っ二つにしたときだった。
渾身の一振りを振り抜いて体が完全に硬直しているその隙に背後から、気配なく近づいてきたさっきとは打って変わって強烈な圧を感じ取った。そしてその圧は、刃の頭蓋骨を目掛けて一気に振り抜かれた。
【霞の呼吸 特式 夢幻霧想】
それは、まるで脳に直接電気ショックを打ち込まれたと錯覚する麻痺感覚。三半規管が揺さぶられ、景色がぐわんぐわん揺れて、激しい吐き気とめまいで、体は言うことをきかなくなった。
「今回は力を貸すから、ちゃんと
視界が閉ざされた状況で、機敏になった聴覚が確かにその音を捉えた。
鈍く響き続ける激流の音、けたたましく鳴り響く硬質な雷鳴の音。
それはまるで、あの部屋と同じ。
頭上から降り注いでくる激流の音を察知はするも体は重く、為す術もなく飲み込まれる。
「夢幻霧想は本来幻影を作る技。でもこの世界に限っては、実体を持つことができるらしいんだ」
(!占めた!水被ったら酔いが覚めたぞ!)
横に転がって激流から脱し、後ろに退避しながら立ち上がって構えをとる。
瞬間、刃は多方向から自身へと向かってくる気配を感じ取り、それらを全て躱しきる。
しかし相手は人間ではなく自然現象。気配なんてものは存在せず、全てを目で見てから反応して対応していれば、この猛攻を裁くことはできない。
(違う、これじゃあダメなんだ。考えろ、思い出せ。
呼吸をすると同時に出現する水流や落雷。
"水"の呼吸と"雷"の呼吸。
『ここでの食事の意味?まあイメージと身体の動きの連動率を高める修行みたいなものだよ』
『自分が呼吸を使っているとでも思った?傲慢だね』
『呼吸は使うものじゃないんだよ』
『ちゃんと
「…分かった」
一度、刃は全集中の呼吸を止めた。これまでの認識、思考を断ち切るように。
そして改めて、
(ヒントは全部だった。躍起になってルールを探したって答えが見つかるはずもなかった。最初から、理屈じゃなかったんだな)
頭上から、とてつもなく大きな流水が降ってこようとしている。刃はそれに抵抗するでもなく、それを避けるでもなく、ただただ身を委ね。
感じた水の柔らかさに、心は溶けだして行った。
一方その頃、現実世界では。
「神様、お願いします」
「ダメだ!!そんなのはダメだよ、ベル君!!!」
主人公の戦いは、止まることを知らない。
【霞の呼吸 特式 夢幻霧想】
朧発動時にのみ使える、相手に幻影を見せる技。最も手練相手にはこの程度の幻影は通用しないし、相手の頭を的確に狙って脳を揺らす技なので、対鬼戦には全く使えないので封印。誕生の経緯は『マンネリな時に適当に遊んでたらなんか出来た』ということらしい。