全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか 作:V.IIIIIV³
それは、突然の出来事だった。
未だ眠ったまま目を覚まさない刃を助けるべく、リューから貰ったリストを元に魔導師を探していたベルとヘスティア。
フィリア祭の人の多さを活かせば一人くらい簡単に見つかると思っていたが、かなりの時間探して回っても影を掴める気配すらなかった。
身体的特徴と名前だけでは限界を感じ始め、とりあえず一息つこうと広場に出た時に、呼応するように奴は来た。
「ウゴゥルアアアアアアアァァァアアァア!!!!!!」
白い体毛に包まれた巨躯をゆらゆらと揺らし、獰猛な雄叫びが大地さえも震撼させる。体の様々な場所に付けられた鼠色の拘束具は、なんの役目もなしていないようだ。
広場にいた大勢の人々はその恐怖から走馬灯が頭の中を駆け巡り、一瞬硬直した。そして雄叫びの振動を直に受けたことで走馬灯から目覚めた彼らは、目の前に鎮座する白い怪物"シルバーバック"が夢などではなく、現実に起こっていることを、数秒遅れで理解する。
「……う、うわあああああああああああ!!!!!!」
一人の男が叫び出したのを皮切りとして、数多の悲鳴を共鳴させながら一斉にその場を離れて大通りへと駆け込んでいく。
「なに!?なにあれなんなのあれぇ!!?」
「ヤバいって、訳わかんねえ!!《ガネーシャ・ファミリア》の連中はどこだよ!!」
「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろぉ!!!」
「神様、これ一体どういうことですか!?これも
「残念ながら、過去に一度もこんな物騒なイベントが開かれたことはないはずだぜ。一体全体どうなっているって言うんだい?ガネーシャの奴!」
そしてそのモンスターは大声で叫び逃げ惑う民間人には毛ほどの興味も抱かず、もはや自分の意思かどうかも分からないまま、それ特有の赤色に光る目をぎょろぎょろと動かして、数瞬後に何かを発見した。
そしてそれはつまり、その"何か"の方からもそれと目が合ったということである。
「ベル君……。なんだかあいつ、ボクの方を……というかボクを見ていないか?」
それは、植え付けられた本能に従い、辺りへの被害などお構い無しで彼女に襲い掛かる。
「!?神様、危ない!!」
ベルはシルバーバックがヘスティアをターゲットにしていることを理解し、繰り出した拳がヘスティアに届く前にヘスティアの体に飛びついて、その勢いで拳を躱した。
「すみません神様。そしてさらに失礼しますっ!」
咄嗟に飛びついたせいで倒れてしまったことを律儀に一瞬謝罪してから、追撃が来る前にヘスティアの背中と膝裏に手を回し、お姫様抱っこの状態で屋台が展開できない程の狭い裏路地へと入っていく。
「べ、ベル君……不謹慎だが、ボクは今この状況に感動すら覚えているよ……!」
「なに呑気なこといってるんですか!」
つい一瞬前までヘスティアはここまでの出来事に対する困惑やら、ベルのお姫様抱っこへの歓喜やら、初めて体験するお姫様抱っこの地味に効く物理的高度と支えの心もとなさの恐怖やらが混ざりあった状態にあったのだが、どうやら最後に勝ったのは歓喜であったようだ。
そしてベルが予想した通りに、シルバーバックは民家の屋上を軽快に飛び越えて自身らを追ってきている。
「やっぱりあいつ、ボクらを追ってきてるね」
「はい。人気のない裏路地へ来て正解でした」
幸い、ここダイダロス通りは『もう一つの迷宮』という別名が付くほどにひどく入り組んだ構造になっている分、狭い路地などが多く、建物は頑丈なものが多いため、民間人に被害が行くことはないだろう。
現在、追尾中のシルバーバックは建物の上を飛び越えて自分たちを追っている状態である。どうにか奴の視線から切れるために、細い路地を右へ左へと駆け抜ける。
その道中に、解放していた家の窓の戸を閉める住民がちらほらと見えた。ベル達を追いかけるシルバーバックに自分たちは無関係だ、ここに獲物は居ない、という暗黙のメッセージを伝えるためだろう。
コロシアム周辺はほとんどの住民が「せっかくだから」と
シルバーバックが民家を壊しながら身体をねじ込んで来る危険性がある以上、人がいては巻き込まれる可能性が高い。リスクが高くなったため、このまま裏路地を進み続けることは難しいと判断し、ベルは進路を変えて一度広いところへと出ようと考える。
(でも、そうすれば僕だけじゃ神様を守りきれない……!)
ベルは全力疾走しながら思考を回した。グルグルと、今の状況を打破するための起死回生の策を探し続ける。
そして、目の前の角を曲がった瞬間、底を抜けた先に都合良く広場があるのを発見し、いま走っている路地の対角にあるものを見つけたとき、ベルの頭に妙案が浮かんだ。
成功するかは分からない、どころか失敗が濃厚な策。
しかし、ここでやらなければ、この通りに住むに住む大勢の命が消えてなくなる。
それとベルとヘスティアたった二人の命を天秤にかけた時に、ベル・クラネルは、自分らの命の方に天秤が傾くような男では、決してなかった。
「……神様、僕を置いて逃げてください。僕はもう、家族を失いたくないです」
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「エイナ、エイナ!大変だよ!」
「どうしたの?ミィシャ」
場所は変わって、西側での大騒動がまだ伝わっていない様子のコロシアム東側。今日は
「今聞いたんだけど、フィリア祭の会場西ゲートから、モンスターが脱走したって!」
「!?ちょっ、声が大きいよ!パニックになったらどうするの!」
「あっ!」
ハッとして、慌てて両手で口を覆うミィシャ。周囲を見渡してみたが、どうやら今の会話を聞いていた者はいなかったようで、二人でほっと息をついた。
同じ轍を踏まぬよう、二人は距離を詰めて声のボリュームを最小限にして話し合う。
「で、所属ファミリアは問わないから、冒険者に声をかけて事態の収束を図ってくれって」
「でも、そう都合よく冒険者なんて……」
「なんや、儲け話かいな?」
そんな二人の会話に、どこか鼻につく特徴的な声が割り込んできた。
二人は驚き、声のした方を振り返ったところにいたのは、二人の女性だった。
一人は、全身のコーデが紫一色で固められ、鮮やかに透き通るような赤髪を頭の後ろでまとめる女性。オラリオ最強のファミリアの一角の主神にして、天界きっての
そして、もう一人は──ー
「……何か、あったんですか」
腰まで伸ばした金色のロングヘア―が陽光を反射してきらめく、煌びやかで見惚れてしまう女性。
《剣姫》、アイズ・ヴァレンシュタイン。
エイナとミィシャはまさに今探していた都合のいい冒険者が現れたというのに、突如として第一級冒険者とその主神を目の当たりにしてフリーズしてしまっていた。
「……あっ!えと、それが……」
フリーズが解けて我に返ったミィシャは、先ほど《ガネーシャ・ファミリア》の者から受けた通達を、エイナに伝えたものよりも詳しく伝えていく。
「ほんほん、なるほど。そういうわけならうちのアイズガンガンつこてもろてええで。な?アイズたん」
事情を聴いた《ロキ・ファミリア》の二人は、ミィシャたちの申し出を即答で承諾する。
ロキの問いかけにこくりと頷いたアイズはその場にしゃがみ込み、周囲に風を巻き起こしながら大きく飛び上がり、コロシアムの最高点に着地した。
いきなりのアイズの行動に困惑したエイナは、それとは対照的にまったく動揺していないロキに尋ねた。
「あ、あの、あれはいったい……?」
「ん?ああ、気にせんでええで。ただ見とるだけや。上からのほうがよう見えるからなぁ」
コロシアムの頂上からオラリオの街を見渡したアイズは、モンスターの所在を確認し、たった一言、つぶやくように言い放った。
「──-
その瞬間、アイズを中心にして、強い風が巻き起こった。旋風をその身にまとったアイズはモンスターのうちの一体を標的に定め、コロシアムの壁を蹴って文字通り
「おあっ!?置いてかんでーなアイズたん!ほな、ウチらのほうでも対処しとくからその他もろもろはよろしゅうな!」
そう言い残して、ロキは飛んでいったアイズを追いかけて走り去っていった。
「やっぱすごいね〜剣姫」
「うん。ベル君が憧れちゃうのも分かるよ」
「……はぁ。うちの子の感情も、それぐらいピュアなものだったら良かったのに……」
離れていく二人をポカーンとしながら見つめているエイナとミィシャ。現実に見た《剣姫》の姿に、彼女らは各々の担当冒険者の姿を思い浮かべていた。
その時、後方で悲鳴のような声が連なって聞こえてくるのを確かに感じた。
二人はその声を確かに聴きとり、同時に振り返ってその出所を探す。
視線の先にいたのは、こちらへと逃げてくる人の波と、その向こうから迫る巨大なモンスターの姿だった。
「!ミィシャ、避難誘導!」
「オッケーエイナ!……っ!」
見つけられたのはほぼ直観だった。
ギルド職員として、パニックになって逃げ惑う人たちの避難誘導に出向こうとした刹那。密集する人の波の内側に小さな少年が飲み込まれていた。
足取りがおぼつかず波の中を彷徨う少年はモンスターから逃げる人に無意識下でぶつかられ、蹴られ、傷を負って波からはじき出された。その衝撃で少年は転び、向こうからモンスターが迫っていることに目もくれず、感情が噴出してその場に泣き崩れた。
(あのままじゃ、モンスターにやられちゃう……!)
ミィシャはとっさに方向を変えて、全速力で少年に駆け寄る。
(幸いあいつは走ってはきてない。急いであの子を救出して脇に逃げ込めば……)
しかし、運命はそんなわずかな希望の道さえも無慈悲に閉ざす。
すでにミィシャと少年の間には五メドルほどの距離しかないが、少年とモンスターとの距離もまた二十メドルとなくなっている。そんな状況で、モンスターは屈強な足をフルに稼働させ走り出してしまった。
ミィシャは苦肉の策で近くにあった武具屋の出店から閃光弾をつかみとり、ピンを抜いてモンスターに投げつける。
「でりゃあ!!」
閃光弾が炸裂し、強烈な光がモンスターもろとも辺りを包み込む。
数秒して炸裂した光が消え去った後、急な閃光に巻き込まれた周囲の人々のほとんどの視界が戻らない中、ミィシャが閃光弾を投げたことを理解したエイナを含む数人と、閃光弾を投げたミィシャは目をつぶっていたため、視界がつぶれるのを回避していた。
ミィシャは守られた視界で、モンスターの様子を確認し、驚愕した。
(……っ!あいつ、あの至近距離からの閃光がきいてないの……!?)
モンスターは閃光弾の光をものともせず、真っすぐにこちらへ向かって突進を続けている。
いまだに多くの人が閃光の影響で視界は戻っていないため、今から協力を得られそうにはない。
その時点で、ここからの行動は確定した一択から、博打の二択へとすり替わる。
このまま突っ込んで、その勢いで少年を抱えて通り脇の屋台に飛び込むか。
モンスターの前に出て時間を稼ぎ、少年の救出をエイナに任せるか。
両方助かる博打の道か、自己犠牲の片方は安全な道。
奇しくも"彼"の運命の分岐点と全く同じ状況で、彼女が選んだのは。
「こんなとこで死んでたまるかー!!!」
座り込む少年の懐に手を伸ばして抱え込み、その勢いのままモンスターの進路を外れるために、渾身の力で地面を蹴って通りの屋台へダイブする。
そして、二人の体が完全に宙に浮いたとき、彼女は悟った。
(これ、飛距離……足りない)
体を傾けて少年を抱え上げた後すぐに跳んだゆえ、体が流れ気味で力の入らないジャンプだった。冒険者でもないただの一女性であるだけのミィシャの力では、小さいといえど男子一人を抱えて跳ぶには、僅かに力が足りていなかった。
「ミィシャアア!!!!」
エイナの悲痛な叫びが辺りにこだまする。
スローモーションになる景色の中で、せめて少年に直撃することだけはないように、と自分の背をモンスターに向ける。
(あぁ、死ぬときに走馬灯が見えるっていう話って、ウソだったんだなぁ)
ミィシャはスローになった世界の中で、そんなことを考えていた。その考察が間違っているわけではないが、彼女がそれを断定することはまだできない。
「霹靂、一閃」
轟音と閃光が走るとともに、風が吹き抜けた。
「ゴルアアアアアアアアアアア!!!!!」
モンスターの雄たけびが辺りを震わせると同時に、ミィシャと少年の体が地面に落下した。
ミィシャの頭は体を打った痛みを感じることすら忘れ、先ほど聞こえたささやきの元を探す。
そうして振り返った先に、太陽を背負う彼はいた。
「お疲れ様です、ミィシャさん。あとは任せてください」
「遅いよっ。ヤイバ君……!」
──────────────────ー
ダイダロス通りの小さな広場の端に、ベルは一人たたずんで、扉一枚挟んで路地側に立つヘスティアと向かい合い、言葉を交わす。
「お願いします、神様」
「…………絶対死ぬなよ、ベル君」
互いに短くそれだけ言い残して、ベルは扉の留め金を下ろし、ヘスティアがこちら側へと渡ってくる手段を断った。
数秒後。広場を影が覆いつくし、鈍い音とともに地面を揺らしながら、シルバーバッグが姿を現した。
着地の衝撃から戻った怪物はゆらりと巨体を揺らして、ついに追いついた標的に狙いを定める。
足が震える。手が震える。全身の血流の温度が数度低くなったかのような寒気が襲う。
それでも怪物からは目を離さない。拳を握り、右手に握った漆黒の短刀を体の前で構える。
ヘスティアから託された、神様の刃を。
『──ダメだ。そんなのはダメだよベル君。絶対に』
それは、ベルが覚悟を決めた直後に放った言葉を否定する言葉だった。
『家族を失いたくないだって?そんなのボクだって同じだ。君がいなくなる、それもボクがみていないところで勝手にだなんて、そんなのボク
ヘスティアは神として、ベルの言葉を否定する。あえてボク達といった意味は言うまでもなくベルは察していた。
(……これで折れてくれるのが、一番楽な道だったんだけどな)
そのヘスティアの言葉を聞いて、ベルはため息交じりに僅かに笑みを浮かべる。そんな反応ができるのは、恐らくなんとなくわかっていたからであろうか。
『……なら神様、覚悟を決めてください』
瞬間、ベルの表情がガラリと男の表情に変わる。ここからが本当のベルの覚悟。
『あそこの広場に、扉付きの路地があります。神様には、その扉の向こうで、僕を見ていてください。そうして、あいつを確実に広場に足止めします』
『……!そうか。なるほどね』
現状、シルバーバックがベルとヘスティアのどちらを追っているのかは判明していない。もしもヘスティアが逃げることを了承していたとしても、シルバーバックがベルに目もくれずヘスティアを追いかけていたらどのみち作戦は失敗に終わっていただろう。
だからヘスティアを安全圏におきつつ、二人がそろった状況を作れば、奴は確実にそこで足を止める。
口に出せば逃げられない。だから彼は大きく息を吸って、決意の言葉を口に出す。
『そうすれば絶対に、僕が一対一で、あいつを倒します』
よどみなく、彼は一息にそう言い切った。
『……最高だぜ、ベル君。それでこそボクのベル君だ!」
そう言ってヘスティアは、抱えていた薄紫色の布を解き、その中から木箱を取り出す。
ベルは一度走るのをやめてヘスティアを下ろし、木箱の中身を取り出す。
中から出てきたのは、上から下まで全身が黒く染められた漆黒の刃。
『使ってくれ、ベル君。これは君の、ボクらの武器だ。名付けて
『……ありがとうございます、神様!!」
────本来の歴史では、彼が冒険者として戦おうと覚悟するのはもう少しだけ先の話だった。
だが、この世界のベルは、その覚悟をすでに持っている。それはおそらく、彼がいたから。
神の恩恵を授かったばかりだというのに、初めてのダンジョン探索でモンスターたちを圧倒させた彼。
キラーアントに襲われた時も、彼がいたから切り抜けられた。いや、今考えれば、自分がいなかったとしても刃は切り抜けていたのだろう。
だからベルは刃のことを口では相棒と呼びながら、無意識に憧れとして、かなわない存在だとして認識してしまっていた。
そして今も、自分ではなく刃であるならば、この現状を難なく打破できるのだろうと思っている。
(でも、そんなこと考えてたら君に並び立つことはできない)
憧れは魔性だ。絶対に勝ちたい、越えたいと頭の中で思いながら、心の奥では負けるところを見たくないと思ってしまう。
だから、ベルは刃に憧れていた心を捨て去った。
「君はボクの自慢の子どもだ。そして比喩でもなんでもなく、刃君に劣ってなんかいない!見せつけてやれ、君の力を!」
(憧れなんかじゃない。僕は君の隣で戦いたいから、戦うんだ!!)
「神様は僕が守る。ここにいる誰も傷つけさせない。お前はここで、僕が倒す!!」
進め方はへったくそだけど、書きたかったベル君の心情の変化はかけたので満足はしてます。
さて、ようやく主人公が復活しましたが、次はベルのシルバーバック討伐になります。多分短くなるかもなんで、次はもうちょい早く投稿できるかも。(夏休み終わるから確定ではない)
そして、新たに評価をしていただいた皆さんありがとうございます!感想とかもドシドシ送っていただけると作者は喜ぶので、そちらの方もよろしく!