全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか   作:V.IIIIIV³

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この空は

 上を見上げれば、快晴の空が広がっていた。

 

 そういえばあの日の空もこんなに気持ちよく晴れていたなと、朧気な記憶が蘇ってくる。

 

『お、おい!大変だベル!』

 

 あの日山でモンスターに襲われて、おじいちゃんは死んだ。

 

 その日は悲しくて、涙が止まらなかった。泣いても泣いても泣いても、僕を慰めてくれる人はもうその家にはいないんだと分かって、それが悲しくてさらに泣きじゃくった。

 

 ひとしきり泣いて涙を枯らしたあとは、おじいちゃんがよく読み聞かせてくれたおとぎ話の英雄譚を見て、おじいちゃんの言葉を思い出した。

 

『ダンジョンに出会いを求めなければ。これぞ冒険の醍醐味だ』

 

『……おじいちゃん、僕、冒険者になる』

 

 何度も読み返してきた英雄譚。小さなころから僕たちによくしてくれた、村の人たち。おじいちゃんと一緒に食べて、寝て、遊んだ家。おじいちゃんとの思い出もすべて捨てて、僕は旅立った。

 

 向かったのはおじいちゃんから聞いていた冒険者の街、オラリオ。

 

 千年前に神々が下界に降り立ち、現在も多くの神様たちが自分のファミリアを作って生活している場所。また、世界で唯一迷宮(ダンジョン)が存在し、そこのモンスターから得られる魔石やドロップアイテムで繁栄してきた商業の街。そして世界的に見ても最高峰の強者ばかりが集う戦いの街。

 

 ここで僕は冒険をするのだとおじいちゃんに誓って、オラリオに足を踏み入れた。

 

 でも、そこに待っていたのは、甘い想像を打ち砕く厳しい現実だった。

 

『失せろ小僧。お前の食い扶持はねえ』

『掃除係なら雇ってやってもいいぜぇ?』

『持参品でも持ってきな!』

 

 こんな弱そうな僕はどこへ行っても門前払いで、どの神様からも蔑んだような目で見られ、受け入れてくれるファミリアはなかった。

 

『お願いします!僕をファミリアに……あっ』

『もっと強くなってからくるんだな!』

 

 その日も街中を歩き回り、ファミリアを探しては断られ続け、宿に戻って枕を濡らすいつも通りの一日を過ごす。

 

『少年』

 

 ────そう、思っていた。

 

『ファミリアを探しているのかい?』

 

 神様が、そこにいた。

 

 僕の前に現れた純白の神様は、屈託のない笑みを浮かべて僕に手を差し伸べた。

 

 僕はその手を取って、迷わずその場で誓った。

 

『──あなたは、僕の神様だ』

 

 だから、この人は僕が守る。家族を失わないたくないから。神様に家族(ぼく)を失わせたくないから。

 

 身に着けていた外套を脱ぎ捨てて、漆黒のナイフを鞘から解き放つ。

 

ォルゥアアッ!!」

 

「!少し下がっててください、神様!」

 

 相対するシルバーバックが雄たけびを上げながら右の拳を振りかぶり、僕に向かってそれを振り下ろす。その一連の動作がはっきりと理解できた。

 

(見える。頭はちゃんと追いついてる!)

 

 シルバーバックの動きはそこまで速くない。さらには僕らにとっては広場と言えるこの場所は、実際のところはダイダロス通りの構造上できてしまった空きスペースでしかない。ゆえに、シルバーバックが巨体を揺らして動くには狭すぎるのだ。

 

(この戦いを左右する重要なファクターは速さだ。この身軽な体をフルに生かして、シルバーバックをぶっちぎってやる!!)

 

 迫る拳に向かって斜めに飛び、飛んでくる右腕に沿うように回避する。するとついさっきまで僕がたっていた場所の地面が深くえぐれていた。あの様子では、建物に当たれば崩落する危険性がある。できるだけ攻撃の角度も考えなければならなそうだ。

 

 シルバーバックの真横へ回り込んで、右腕のガードを失ってがら空きの脇腹にナイフを突き立てる。

 

「刺さる……!」

 

 今までであれば通らなかったはずの強度。ここ最近の並々ならぬ力値の上昇によるところも大きいのだろうが、恐らくそれだけではない。

 

「ゴガァァァ!!」

 

 刺突の痛みに悶絶したシルバーバックが伸ばした右腕を振り払おうとするモーションを読み取った。いまだ刺さっているナイフを順手に持ち替え、シルバーバックの体を蹴り上がりながらナイフを切り上げる。傷口から噴き出る鮮血を浴びながら、ナイフが体から抜けたタイミングでシルバーバックの体を蹴り飛ばして横へ大きく跳ぶ。

 

 何とかリーチ外まで跳べたため腕の振りは紙一重で回避することができたものの、腕についていた拘束具の鎖が鞭のようにしなって、僕に迫りくる。

 

 既に僕の速さでは回避不可能。攻撃を防ぐため、ナイフの背を掌にあて攻撃の衝撃に備えて身構える。攻撃力がナイフの強度を上回ってしまえば、その時点で終わり。

 

 瞬間、さっきのパンチの威力が頭をよぎる。だけど、嫌な想像はすぐに払拭。

 

(信じろ、神様を!)

 

 強大な風圧とともに僕の体を襲った鎖鞭は構えたナイフに当たり、衝撃力が僕の体を襲う。しかし、攻撃を受けたナイフ自体は完全な無傷を保っていた。

 

「すごい……!」

 

「それが今の君の力だ。ベル君!!」

 

 感極まった様子の神様が扉の鉄格子を握りしめ、いまにもこちらへ乗り出してきそうな勢いで僕に叫びかけてきている。下がっててって言ったのに。

 

「そのナイフは生きてる!使い手が、君が成長すればするほど強くなるんだ!!」

 

(僕の……成長)

 

 このナイフを打った鍛神、ヘファイストスはこのナイフのことをこう称した。

 

《駆け出しの冒険者に持たせる一級品の武器》

 

 シルバーバックの胴体を貫いたのも、地面をえぐる破壊力の攻撃を耐えきったのも、このナイフがやり遂げたことは、全てがまぎれもなく僕の力。

 

 フッと笑いがこぼれて、同じように笑っている神様と一瞬のアイコンタクトをする。

 

 つかみに来る攻撃をジャンプでかわし、腕の上を駆け抜けてすれ違いざまに目を切りつける。すると目に深い傷が入った。右目の視界はほとんど奪った。

 

 着地と同時に地面を蹴って体の真下へ滑り込み、右の膝裏を削り取る。

 

「ゥㇹルゥ……!!!」

 

 今までけたたましいうめき声しか上げていなかったシルバーバックが、うめき声のような音を喉から鳴らし右膝をつく。

 

(機動力を奪った!!いける、攻め立てろっ!!!)

 

 戦闘の終局が近づいていることを悟り、全脚力を開放し、一気に勝負をきめにかかる。

 

 シルバーバックのぼやける視界を縦横無尽に駆け回ることで、ただでさえ削れた認識回路をさらに掻き乱す。

 

 その場から動くことすら出来ず、満足に狙いも定まらず、放った拳は残像を捉えて空虚を打ち抜く。そんな状況に業を煮やしたシルバーバックは、ただただ乱暴に両腕を振り回し始めた。その力任せな攻撃は転じて全方位防御としての役割も満たす。

 

 しかしそれは見方を変えれば僥倖。薄い膜一枚を破って腕を抜けて懐まで入れれば、その一撃で確実に倒せる。

 

 しかし、さっきまでの逃走劇に加えて、神経を研ぎ澄ましながらのこの戦闘で、僕の体力もすでに限界を迎えていた。

 

(肺が焼けるように痛い。大気の流れが速すぎて思うように息を吸えない。足が重い。膝がズキズキする)

 

 だけど、一度走るのをやめれば、きっともう足は僕の言うことを聞かなくなる。だけど辛くて、苦しくて、もう今すぐにでも止まって楽になりたいと思ってしまう。心が折れてしまいそうになる。だけど、だけど。

 

「信じるんだ!ナイフ(ボク)を!君自身を!!」

 

 綻びかけた心に届いた願いが、僕に進めと火を灯す。

 

 勝負所も踏ん張りどころも、間違いなく今ここ、この瞬間だ。この一番つらい時を乗り越えろ。

 

(まだ……まだいけるだろ!!!)

 

 もういけない。もう進めない。そう思った瞬間からの一歩を迷わず踏み出せ。一歩一歩を積み上げろ。

 

 そして、眼前に広がるこの防御を抜けるための一歩を、壁に突き立てる。

 

 石造りを駆け上がり、地面だけじゃなく壁と壁の間をも跳ね回って、正真正銘三百六十度から命を狙いに行く。

 

 ──ここだ!

 

 その刹那。シルバーバックの真正面に立ったその瞬間。トップスピードを超えた速さを、一瞬緩める。

 

 それをシルバーバックの本能は見逃さなかった。上下から、縦横から高速の揺さぶりを駆け続けた中に生まれた一瞬の隙。残像しかつかめなかったその体の実体をようやく目にできたことで、その体は過敏に反応した。今度こそ逃がさないという意思を強く持ち、全力でつかみかかった。

 

 ただ一つ問題があったのは、その意思が強すぎたことだろうか。

 

 その瞬間、確かにとらえていたはずの姿は再び消えて、残る力を振り絞って飛びかかったシルバーバックは動きを止める事が出来ず、勢いそのままに倒れこんだ。

 

 宙高く飛び上がって、建物の間にかかる洗濯用ゴムロープをつかんでブレーキをする。すると相対的に、つかまれるロープはギリギリと引き絞られて、元の状態に戻ろうとする力が働く。

 

 その弾性力をそのまま推進力に流用して、倒れこむシルバーバックの首元に狙いを定め、体を弾丸のように射出した。

 

『いけえええええええええ!!!!!!』

 

 広場に響く()()の声。その願いをすべて集約した刃は、シルバーバックの首筋に深く突き刺さった。

 

「ゴルゥア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛!!!!!!」

 

 攻撃が急所へ直撃した痛みから反射的に上体を起こして、耳をつんざくような重厚な断末魔を上げたシルバーバック。その体が黒い砂となって四散し、大きな両腕サイズの魔石が地に落ちた硬質な音が、戦いの終了を告げるゴングとなった。

 

『うおああああああああああ!!!!!!!!』

 

 瞬間、辺りは歓喜と拍手の渦に飲み込まれた。

 

 シルバーバックが消滅したのを確認した周辺の住民が、シルバーバックから振り落とされて座り込むベルの元に駆け寄っていく。

 

「凄かったな兄ちゃん!」

「勇敢ね!」

「熱い戦い見して貰ったぜ!」

 

「え……あ、ありがとうございます」

 

 思い出した疲労と安堵で倒した実感がわかない中で、僕を賞賛してくれる人達に空返事をしながら、あの人を探すけど、人混みがすごすぎて全然見つからない。

 

 でもその人は逆に、人混みを無理矢理にかき分けて、満面の笑みで真っ先に僕に飛びついた。

 

 僕はその重量を受け止めることが出来ずに、流されるまま地面に倒れ込む。

 

 ──ああ。やっぱり今日はよく晴れてる。

 

 でも、一つだけ訂正しておこう。この空は、あの日の快晴の空とは別のものだ。だって、あの日と違ってこの空は。

 

「すっっっっごく、かっこよかったぜ!ベル君!!」

「ありがとうございます。神様」

 

家族を守れた空だから。

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