全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか 作:V.IIIIIV³
目が覚めた時、刃の目に映ったのはいつもの木造の屋根ではなく、石でできた硬質な天井であったことで、現実に戻ってこられたことを認識する。
「……ホームか。ここ」
少々の時間を置いて、自分の寝ている場所が自身のホームのベッドであることを認識する。
それもそのはず、刃がここで暮らし始めたのが現実時間での一週間前で、その上この男はそのうちの半分以上を寝たきりで過ごしていたのだ。さらにはなんだかんだ、精神世界にいた期間が主観的に一か月半ほど。この場所に違和感や不慣れな部分を感じるのも無理はないだろう。
──すると、刃が急にベッドから降り、寝巻の上から羽織を羽織って、刀をもって外に出る。
刃は首を振って手早く周囲を確認したのち、地面の三十セルチ四方くらいのタイルを一枚引っぺがして、教会の屋根に飛び上がる。西の方で何やら騒ぎが起こっているのを見つけた。
その方向では、白い体毛に全身を覆われた獣が建物の上を飛び回っている。しかしてその獣が追っている二つの気配を見つけたところで、刃はフッと笑った。
「あっちに行く必要はなさそうだな」
手をワキワキとさせて、眠っていた期間で衰えた体の動作・連動確認をおこなう。そして先ほどはがしたタイルを思いきり投げ上げる。その直後に刃もタイルを追いかける形で、屋根を蹴って空高く飛び上がった。
「シィィィィィィィィィ…………」
空中で姿勢を整えながら、目的の
【全集中 雷の呼吸 壱ノ型】
瞬間、鞘の中で眠る刀から淡い光がこぼれだし、彼の瞳が金色に輝く。
飛び上がったタイルに刹那にも満たないわずかな時間で衝撃を加えることで、タイルは後方へ飛んでいく前に刃の踏み切りを押し返して推進力を生み出す。
音速を超えた光速の世界で、景色の流れは瞬きをする間も与えない。
だがそれでも、刃の視線は全くぶれることはない。ミィシャの体を破壊しようとするモンスターの右腕から。
零コンマ数瞬ののち、刃が戦場に降り立ち、重力が一身に降り注ぐ。
着地した後も光速の世界は継続し、周囲の者たちはほんの数ミリしか動けない。つまりこの刹那は、刃だけが動ける時間。
着地の衝撃をそのまま踏ん張りの力へと変えて、ミィシャへと伸ばされるその右腕に狙いを定め、ぽつりとつぶやく。
「霹靂、一閃」
煌々と輝く金色の刀が一瞬で振り抜かれ、鞘へと戻る。
鞘がパチンという音を立てると、刃はクルリと踵を返して、地面に打ちつけられかけているミィシャ達を抱き抱えようと手を伸ばす。
──しかし、技を打ち切った瞬間に、
「あ、やべ」
モンスターが自身の右腕が切られた痛みに気づくのと同時に、あたりを轟音と突風とまばゆい閃光が覆いつくた。
つまりは伸ばしかけた手の先にいるミィシャ達もまた動き出すということであり、ミィシャは子どもを守ろうと覆いかぶさったゆえに背中側から勢いよく打ち付けられ、擦り付けられた。
うわぁ、痛そうだなぁ。などと呑気な事を思って苦笑いしていると、そのミィシャが息付く間もなく起き上がり、周辺をキョロキョロと見回して視界の橋に移った人物を、バッと振り返って直視する。
──ーそれは安堵だったのか、恐怖からの解放ゆえだったのか、もしくはその他の言葉にできない感情のどれが当てはまるのかは定かではない。
ただ、視線の先にいた彼が。ここ三日ほど行方不明になっていて散々心配をかけたくせに、ヒーローのように登場した自身の担当冒険者が、幻覚でもなんでもないと悟った時。
彼女の両の瞳から涙が溢れ出た。
「あの場面で誰も悲しませないための選択ができる勇気、すっげえかっこいいです。お疲れ様、ミィシャさん。あとは任せてください」
「遅いよっ、ヤイバ君……!」
刃は、膝をついてへたり込むミィシャの頭に手を乗せて、ピンク色の髪を労わるように優しく撫でる。
「!! 危ない! ヤイバ君、後ろ!!」
そんな休息の時間も束の間。先程まで背後で痛みに悶えていたはずのモンスターの右腕がいつの間にか再生しており、振り上げた両の拳で刃達を叩き潰そうとしていることに気付いたエイナがそう叫んだ。
刃達が為す術もなく潰されることを確信した周囲の者達は、目をつぶった上からさらに両手で覆い隠し、辛い現実から目を背けようとする。
一方、追撃の気配を知らされるまでもなく理解していた刃は、短く一言、ミィシャと少年に向かって囁いた。
「失礼します」
パリバリッ。
空中に小さなスパーク音が響き、硬質的な光の筋が空間を裂いた。
それから瞬きの間も与えず、モンスターの攻撃が振り下ろされ、地面は陥没し辺りが揺れる。
「ミィシャアアアアァ!!」
周りと同じように視界を閉ざしていたエイナが両手を外して、瞳に涙を浮かべながらモンスターの拳の下にいるであろう親友に叫びかける。
大地を震撼させる程の威力。ただのギルド職員と少年、そしてlevel1の駆け出し冒険者に耐えられる訳はなく、確実に即死であろうとその場にいた人の誰もが思った。
──その異変に気付いたのは、モンスター自身のみ。
「グルァ……?」
拳を振り下ろす前までは確かにその場にいたはず。しかし、その拳には肉を潰した感触が見当たらない。
モンスターがそっと拳を持ち上げると、そこにあるはずの無惨に潰されたミィシャ達の死体が存在していなかった。
「今、なんか体が微妙に痺れたような……」
「あれ、すいません。気をつけたつもりでしたけど、ちょっと掠っちゃいました」
その声は、モンスターの背後から聞こえてきた。
届いた声を聞き取ったエイナがモンスターの向こうを覗き込むと、そこでは腕に抱えたミィシャと少年を地面に下ろしている刃の姿があった。
そして、周囲の人々は確信する。
彼は強い、と。
(あれ……。今だいぶ時間稼いだし、みんな逃げてくれたと思ったんだけど……)
周囲の人々からはこの場から離れようという意思はほとんど感じられず、それどころか、視線をこちらに向け、これから始まるであろう真剣勝負に期待を馳せる観客となってしまった。
「はぁ……ったく、しょうがないな」
そもそも、荒れた地面に思い切りダイブしたせいで傷だらけのミィシャはしばらくは動くことは出来なさそうだったため、ミィシャを守って戦うことは確定していたわけだ。ならば今更守る対象が数十人増えようが、守る方向が全方位になろうがどうということない。
いや、どうにだってできるという確信が、刃にはあった。
(あとは……)
刃は膝を折り曲げてしゃがみこみ、ミィシャの腕の中で未だ恐怖に震えている少年に話しかける。
「なあ君、名前は?」
「え……? カ、カイラ……」
「そっか。カイラくん、俺はこれからアイツを倒すために、ここを離れなきゃいけない」
「え……まって、いかないで「だから」」
「このお姉ちゃん、守ってくれるか?」
「……! うん!」
その掛け合いのうちに男の子の瞳に浮かんでいた涙は引き、ニカッと笑って拳を突き出してきたので、刃も自身の拳をコツンと打ち付ける。
男子という生き物は、どこであろうといつの時代であろうと、「女の子を守る」というシチュエーションには燃えるものである。
「それじゃあミィシャさん、あと少しだけ待っててくださいね」
「うん。絶対勝ってね、ヤイバ君」
ミィシャは瞳に溜まった涙を袖で拭い、戦いにいく刃の
(……ん? ヤイバ君の目って、赤みがかった黒目のはずじゃ……)
ミィシャ・フロットは、中々に観察眼に長けた人間である。刃のような人間の域を超えたような分析力とは言わないまでも、ギルド職員という仕事とその社交的な性格から、普段から人のことをよく見ているし、初対面な上すぐに帰っていった刃を覚えていたことからも、人に関する記憶力は優れたものを擁していることが分かる。まあ、門前払いをくらったからというインパクトもあるだろうが。
そしてその観察眼が見抜いた刃の変化は、正に今回刃が得た進化の象徴と言えるものであった。
──ー 一方当の刃は、ミィシャ達の救出を終えて、目の前に鎮座するモンスターと相まみえる。
そして刃は、本家ともいえる並外れた分析眼を全稼働して、敵の概要を把握する。
(八層まででは見たことないモンスターだな。体長とか体格はミノタウロスに似てる。攻撃力はミノほどはなさそうだけど、あの鎧みたいな装甲はキラーアントに近いかな。簡単には破れそうにないけど、ところどころに継ぎ目が見える。狙うならあそこだ。あとは再生能力が厄介。できることなら長引かせたくないし…………魔石を一発で破壊するのが最善か)
両者とも、一瞬前とは気合の入りようが違う。互いを互いの敵と認識した目で、相対する敵から目をそらさない。
ここまでの状況を踏まえてなお、いままでのようにゆっくりと攻撃を仕掛けるほどモンスターもバカではない。
先ほどの素早い動き、そして威力の乗った右腕を半ばから吹っ飛ばすほどの威力。それらを目の当たりにしたモンスターにとれる手は、シンプルな先手必勝のみ。
「ゴルルァ!!!」
その巨体からは考えられないほど俊敏な動きで、予備動作をほとんど見せずに刃に飛びついた。
それに全く動じることをせず、刃は一つ、深く息を吸う。
「フゥウウウ…………」
モンスターはさながら豹のように美しく跳び、両の掌で確かに刃をつかみ取ったと予感する。
そしてモンスターの両の掌で刃の姿が完全に隠れた時。
【霞の呼吸 漆ノ型 朧】
その掌の中から白いガスのようなものが吹き出し、たちまちモンスターと周りを遮断するように立ち込めた。
「なにこれ……? 煙、いや、霞……?」
観客の間で疑問が飛び交う中、霞の内側にいるモンスターを訪れたのは再びの喪失感。
また逃げられた。それを理解したモンスターは、再度どこかに潜むであろう刃を探し、見つけ出す。
間髪入れずに腕を横に振り、その方向に立つ刃を薙ぐ。
しかし、その右腕が触れた瞬間、刃の体は消え、実体のない霞へと化して風に流れる。
「グゴァッ!!」
反対方向から硬い装甲の間を縫って後頭部へと刃が滑り込み、強い痛みがモンスターを襲う。
「ここじゃなかったか」
急所というならばまずは頭部であろうと狙いを定めて一点突きをしてみたが、滑らせた刃で頭の中をかき回してみても魔石の硬い感触は得られない。
再生できるといっても、痛みはそのまま残っているため悶えて暴れるモンスターの体は激しく揺れる。瞬時に刃はモンスターを蹴飛ばして刀を抜き取り、モンスターから飛び降りた。
そこに、モンスターが間髪入れずに空中の刃に反撃を食らわせるも、またも刃は霞と化して消える。
なぜ? どうして? 尽きぬ疑問を持ち、現状を打破する術を考えなければと考えるも、再び視界に現れた刃を倒そうと逸る本能が思考をシャットダウンさせる。
「お前らの本能は思考には追い付かない。そして、気づいてるか?
どこからか刃のささやきが聞こえた瞬間、モンスターを形容しがたい悪寒と不快感が襲った。
皮膚に刃の霞が触れる度、ねめつけるような視線と触れた部分を抜き取られたような一瞬の脱力感を感じる。
それはまるでまな板の上の鯉を捌くように、体の隅々までを解剖され、のぞかれているような。
このようなことは、今までの刃では不可能だった。これは、
全集中の呼吸。ある世界で、人間の身体能力の限界を飛び越えて、ある怪物と戦うために編み出された技。
しかし、この技の本質は
『全集中の呼吸の頭に水とか霞とかいう名前がついているのはなんでだと思う?』
『え? 気にしたこともなかったけど……初代水の呼吸の剣士の剣術が水の動きに似ていたから、とか……?』
『外れ。ていうか根本から間違ってるからはずれとすら言いたくない』
『そこまで言わなくていいだろ!』
『呼吸はあくまでカギであり、型なんてのはただの最適解。力を引き出すために必要なのは第一にイメージ力なんだよ。だから心映箱があって、
修行に行き詰った刃が時透にそんな話を聞いたのが、体感的な数日前。
あの時は質問の意味すら分からなかった。今では自分で使っている技だとは言っても、刃にとっての全集中の呼吸は創作上の産物。名前のことも最初からついていたものであるため、由来を聞かれてもフッと思いついたことを言うことしかできなかった。ましてやその後に続いた話などもってのほかだった。
しかし、今となっては時透の言葉全てが理解出来る。
(全集中の呼吸は、遠い昔の剣士達が創り出した自然を冠する剣技。でもそれは、俺たちがその力を支配することじゃない。自然の力をイメージして、呼吸と型を通して力を借りて、自分自身がそれに"成る"ための方法だったんだ)
刃が今イメージしているのは、どこまでも果てしなく揺らめく
無論、今充満しているのは本物の霞ではない。
しかし、前世での短い人生で染み付いた常識をぶち壊して、何にでもなれると思い込んだ刃のイマジネーションは、雷の電気だろうが水の感触だろうが、限りなく本物に近しい幻覚を見せる。
「お前を取り巻くその霞は、その全てが俺の一部であるようなもんだ。つまり、俺はお前が吸い込んだ空気から、お前の中が全て分かる」
そう宣言した直後に、刃は霞を通じてモンスターの《へそ》の下あたりに、何やら他とは成分などが違う物質を見つけた。
「そこだな」
途端、シイィィィという呼吸音とともに刃の眼光が黄色に変わり、瞼一ミリの隙も与えずモンスターの正面に出る。それはまさに、雷の光速に等しい。
次いで、呼吸音がヒュウウウゥと鳴り出すと、刃の瞳が蒼く透き通った。
(波紋の中心を狙うように、じゃない。雫が落ちた後に波紋は広がっていくんだ)
そして、刃の持つ日輪刀が眩い蒼色の光を放ち、白い霞の中で乱反射する。
【水の呼吸 漆ノ型 雫波紋突き】
駆動の妨げにならないように空けられた、股関節部分の装甲の継ぎ目。そこから滑り込んだ刃は、一直線の魔石に衝突し、貫いた。
「ッッグ、ゴ……ァァ」
霞が晴れた時、最後の一手に勘づくことすら出来なかったモンスターは、断末魔をあげることも出来ずに、ただ自分が負けたという衝撃だけを残して、黒い砂となって宙に散った。
カランコロンと、真ん中辺りで真っ二つになった魔石を終戦のゴング代わりに、辺りから耳をつんざくほどの歓声と拍手が湧き上がった。
『うおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!』
刃の元に一斉に寄ってきた観客に賞賛や質問攻めを受けながらもみくちゃにされる刃。
「ちょっ、待って、俺一応昏睡起きなんで今体弱ってるから…………あー! こうなったら!!」
再び刃の瞳の色が白く染まり、辺りに霞が発生する。
「おいなんだこれ!」「あの坊主はどこだ!」などと何も見えない霞の中でやり取りしている観客の間をすり抜けて、霞に包まれた人混みゾーンを抜け出す。
なんとか息をついたところに立っていたのは、刃の頼れる担当アドバイザー、ミィシャ・フロットであった。
「おかえり、ヤイバ君」
「ただいま、ミィシャさん。カイラはどこいったんですか?」
「あの子なら、ヤイバ君がもみくちゃにされてる間にお母さんが引き取りに来たよ。ほら」
そう言ってミィシャが指さした方向を見てみると、こちらに向かって笑顔で手を振るカイラと、ペコペコと頭を上げ下げする母親と見える人物がいた。刃は彼らのメッセージに対し、グッとサムズアップで答える。
「そうだ。ミィシャさん、怪我は大丈夫ですか? あちこち怪我してるみたいですけど、早く傷薬を塗らなきゃ……」
「へーきだよ! 大半が擦り傷だし、今のとこ骨折したような痛みも無さそうだしね。それより、私はヤイバ君の方が心配だよ! 途中からなんにも見えなくなっちゃったし! 怪我とかしてないの!?」
「俺はほんとに大丈夫ですよ。ほら、どこにも怪我なんてないでしょ?
でも……やっぱり、だいぶ心配はかけちゃったみたいですね。すみません」
「ほんとだよ! 何日もギルドに顔を出さないと思ったら、急に現れてあんな強そうなモンスターを相手にしちゃうし! ちょっとはこっちの心労も考えてよね!!」
「うぐっ、す、すみません…………」
「いーや、今のままじゃ許せないね! ヤイバ君は一度約束したくらいじゃ聞かなそうな匂いがプンプンするし!」
「うっ、じゃあ、何したら信じて貰えますか……?」
言われたことに心当たりがありすぎて、目に見えてダメージを負って凹む刃。
そんな刃が面白くてからかっていたが、そろそろやめてやろうと思い、ミィシャは言葉を続ける。
「今日の晩ご飯、一緒に食べてくれるなら許してあげる。もちろんヤイバ君の奢りでね!」
「! ……ふふっ、分かりました。今日は夜が明けるまで飲み明かしちゃいましょう!」
「やったぁ! 流石ヤイバ君! かっこいい!」
「あっはは、褒めたってなにも出ませんよ?」
「…………本当に思ってるけどね」
囁くように言われたミィシャの言葉に、少しだけドキッとして、耳の辺りが熱くなってくるのを感じる。そしてそれを感じ取ったミィシャはニヤニヤとして、刃の頬をつつき出した。
「お? 一丁前に照れてるな〜? このこの〜もう一回言ってあげようか〜?」
あぁ、俺はこれから先も、この人に勝つことは出来ないんだろうな。と、その時の刃は心から思ったという。
「カッコよかったよ! ヤイバ君!」
メインヒロインが決まってるからって、サブヒロインが出ねえわけじゃぁねえよなぁ?(未確定)