全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか 作:V.IIIIIV³
街を闊歩する冒険者たちをはじめ、モンスター被害の復旧に励む大工たちや、いつも通りの業務で街を支える商人たち。そしてなにより、街をいつも通りに過ごす住人たちの姿が日々の穏やかさを際立たせる。
ギルドに訪れて本を読み漁っている俺も、今に限っては穏やかな日々を楽しむ住人側。戦いの中に身を投じて感じる荒々しい空気が彼の大好物だが、もちろんこんな何気ない日々も嫌いではない。
ホームから持ってきた軽食も食べ終えて時刻はそろそろ昼下がり。窓から差し込む心地いい日の光に、ついうとうとと眠気に襲われる。今朝も早かったことだしこのまま少しひと眠り……。
「ヤイバくん! エイナのデート尾行するからついてきて!」
「どういう文脈?」
突如として意識の外から現れたミィシャさんの勢いに引きずられ、俺は彼女がひっ捕まえた馬車に詰め込まれた。馬車に揺られる僅かながらの衝撃で我を取り戻した俺は落ち着くために一度息を吐ききって、以前ワクワクとした表情で目の前に座る彼女に一先ずざっくりとした話の全容について聞いてみることとした。
事の発端は、ベルが一人でのダンジョン探索で張り切りすぎた? ことにあるらしい。
昨日のベルは、先の戦いでステイタスが大幅に上昇したことで相当自信がついた様で、うっきうきでダンジョン探索に赴いた。最初は久しぶりのソロでの探索ということもありいつもより浅めの層で探索をしていたのだが、俺といるときは毎回7階層に行っていること、さらに上昇したステイタスの影響もあってか、5階層程度では物足りなくなってしまったそうだ。
実際ステイタス的にも適正の条件はクリアしていたためいつも通り7階層まで降りて探索を行ったのだが、心配性のエイナさんはそれを良しとしなかったとのこと。
しかしステイタスが適正値を示している以上、エイナさんにはベルを止める理由は個人的感情以外にない。ならばせめて、上等な装備を整えてダンジョンに行ってほしいという願いからこのデートを提案したそうだ。
ミィシャさんによると、今回の目的地はオラリオのど真ん中、
「ヤイバくん、朝早くからギルドで勉強とは熱心だね! おかげでいいお供ができたよ」
「お供……。ていうか、勉強してたのはミィシャさんたちに言われたからじゃないですか」
「あー、そういえばそうだっけ」
なぜ俺が朝早くからギルドにこもっていたかと言えば、
『君たちは先の戦いを経てそうとう自信がついただろうからね。ほっといたら、明日にでもすーぐ10階層だの12階層だの行くつもりなんだろう?』
この禁止令はエイナさんも一枚噛んでいるもので、当然目的は俺たち二人の暴走気味なダンジョン攻略にブレーキをかけるためである。
そこでダンジョンに入ること自体を禁止させることで湧き上がる戦闘意欲を落ち着かせようとしたわけだが、無駄に稼ぎをストップさせては万が一の場合の貯金が足りなくなってしまう。どちらか片方はダンジョンに行く必要があるため、比較的控えめな性格のベルを稼ぎ役として、暴走癖の強い俺の方を拘束する流れになったそうだ。
実際この采配は間違っていなかったと思う。なんせベルだけでさえこんなイレギュラーデートの予定ができてしまうほどエイナさんを心配させたんだ。禁止令が出されなかったら、ヘスティア様の想像通りの結果になっていたことだろう。
それに、俺が居残り組になった理由はもう一つある。
ひとまず興奮を落ち着かせたとしても、攻略するための実力は伴っているため、先のベルの件のように強制することはできない。いずれは10階層以降にも滲出することとなるのだが、10階層からはダンジョンのギアが一段上がる。踏破のためにはそれ相応の知識が必要なのもまた事実である。
無知はそのまま死に直結する。まだオラリオに来て日の浅い俺はそのあたりの知識が圧倒的に薄いため、知識が揃うまでは10階層以降への進出は認めない。というのがヘスティア様達の見解であり、俺が朝からギルドに籠ってダンジョン関連の本を読み漁っていた理由だ。
「確かに常識が足りてないのはちょくちょく感じてたんで、その面でも丁度よかったと……。お、あそこに立ってるのベルじゃないですか?」
どうやら長話をしている間にいつの間にか目的地付近まで来ていたらしく、ふと首を振ると開けた広場でいかにも待ち合わせという風にそわそわしながら立っているベルを発見した。
「ほんとだ! おじさん、ここまででいいです! 馬車止めて!」
向こうに見つかっては尾行にならないため、スピーディーに馬車から降りて広場に面した建物の陰に隠れる。
「でもミィシャさん。この距離でバレずについてくのは流石に厳しいと思いますけど……」
「ふっふっふ……。そんなこともあろうかと! えいっ!」
「うわっ!」
ミィシャさんが得意げに懐に手を突っ込んだかと思えば何やら大きな影が飛び出し、それは俺の頭に勢いよくかぶせられ、柔らかな感触とものすごい毛量感が頭部を包み込んだ。
つけられた感触でもう半分正体はわかっているが、一応素手で頭部をさすって確認してみる。すると後頭部あたりをさすろうとした伸ばした手はいつもよりも遥か前方で止まり、先ほど感じた柔らかさと、明らかに自分のものとは違うごわついた毛の感触が手に伝わってきた。
「ヤイバくんの髪色特徴的だからね! これで隠しちゃおう!」
「理屈はわかりますけど……。なんでアフロなんですか」
「そりゃあもちろん、尾行といえばアフロでしょ!」
キラキラとした目で純粋な子どものように言い放っているが、その奥に潜む面白いもの見たさの思惑はお見通しである。というか、自分はちゃっかりお洒落サングラスかけてるし。
もちろんアフロは突き返し、近くの雑貨屋で調達してきた深めの帽子を被って尾行を続行。
「おーい! ベルくーん!」
建物の陰を出て広場にいる人たちに紛れつつ待っていると、それほど時間が経たないうちにエイナさんがベルの下にやってきた。
「エイナさん! おはようございま、す……」
近づいてくるエイナさんの声に反応して顔を向けたベルの顔が、みるみるうちに紅潮していく。
「早いね、ベルくん! そんなに私とのお買い物が楽しみだったの?」
「い、いえ! あ、いや、楽しみにしてなかったという意味ではなくてっ!」
「ふふ、分かってるよ」
ベルの動揺を読み取っていじり倒すエイナさんは、いつもの仕事一筋の冷静で優しいイメージとは真逆のいたずらっ子のようだ。
「わかりやすいね~。ベルくんって」
「おめかししてきたエイナさん相手に平常運転なんて、ベルには無理ですよ」
エイナさんは、美人揃うオラリオの地の中でも際立った容姿とどの冒険者にも必要以上に優しく接する心配性ともいえる性格から、冒険者の間でファンが多いらしい。ミィシャさん曰く「正確に言うと勘違いさんが多い」ということらしいが。
いつも見慣れた職員姿の時であればこのような事態にはならないのだろうが、今日のエイナさんは眼鏡を外して完全オフのプライベートモード。レースをあしらった白のブラウスにフレアレッドのミニスカートを合わせた私服姿は、仕事の時の堅さが抜けてかわいらしさを感じさせる。
「……ヤイバくん」
「はい、なんですか?」
なんやかんやでエイナさんに揉みくちゃにされだしたベルを眺めていると、ミィシャさんが横から肩をとんとんと叩いて呼び掛けてきた。
ベルたちへの視線を切ってそっちに目を向けると、ミィシャさんはその場でくるりとターンした。ロングスカートの裾が風に乗ってふわりと翻り、ほのかな甘い香りが鼻孔をくすぐる。
「今日の私を見て、何か言うことはないかね?」
そう言うと彼女は俺の方を向いて止まり、軽く手を広げて自身のプライベートモードを見せつけてきた。
ミィシャさんの私服姿は、ベージュのロングスカートに白のTシャツを合わせた上からデニムジャケットを羽織る落ち着いた雰囲気を感じさせるコーディネート。かわいらしさを押し出したエイナさんとは反対に、大人っぽさを感じさせる。
ミィシャさんもエイナさん同様スタイルも容姿も整っていて、とても魅力的な姿ではあるのだが……。
「どこにアフロ隠し持ってたんですかゲフッ」
左脇腹にミィシャさんの手刀が突き刺さり、鈍い痛みを感じる。ミィシャさんは俺がステイタスを封印している状態なのを忘れているようで、全力で打ってきているためそれなりに効く。
「あ、エイナたち移動し始めてる! 追うよ、ヤイバくん!」
「は、はい……」
そっぽを向いてスタスタと歩いていくミィシャさんを追いかけて、ベルたちの後を追う。
その後十数分歩いたところで、目的地のバベルに到着。
(エレベーター的な)昇降機待ちでかち合うといけないため、後から別の昇降機で追いかけるために物陰からベルたちの行き先を確認しておく。
ベルたちの行き先は四階。本来のお目当てである掘り出し物エリアは八階にあるため、どうやら目的地に直行する訳ではなく、一級品エリアを少し覗き見していくようだ。
すぐにひとつ隣りの昇降機に乗り込み四階を指定すると、格子状の扉が閉まり、円形の台座が重々しく動き出す。ちなみにこの昇降機は、この台座の下に取り付けられている魔石の魔力で浮力を生んでいるんだとか。
「よしっ、とうちゃーく「何をやってるんだ、ベル君──!!」!?」
ウキウキで昇降機から飛び降りたミィシャさんだったが、それをかき消す近くからの女性の大声に気圧されてよろけてしまう。というか、妙に聞き覚えのありすぎる声だったような……。
「っと、大丈夫ですか? ミィシャさん」
声の圧に押し戻されたミィシャさんがそのまま倒れそうになっていたため、すぐさま俺も昇降機を降りて後ろに回り、肩を支える。
「うん、ありがとうヤイバくん。ていうか、今の声って……」
ミィシャさんと共に声の出処に視線を向けてみると、そこにあったのはエイナさんと、またもや揉みくちゃにされているベル。そして、そのベルを揉みくちゃに、というより噛み付いている我らが神、ヘスティア様の姿だった。
当然、なぜここに、俺たちのように尾けてきたのか? という疑問が頭に浮かぶ。しかし、いつもの青と白を基調とした衣装とは程遠い、赤と白で染められたメイド服のようなヘスティア様の装いを見てそれはないと理解した。恐らくあの店でバイトしているところで、デート中のベルと鉢合わせたというところだろう。
「バイト増やしたのは気付いてたけど、まさかこんなとこで会うとは……」
「あはは、変わった神様だね……。って、この距離だと見つかっちゃう! 一旦離れよヤイバくん!」
ミィシャさんに手を引かれ、ベルたちとは反対方向に向かって、気付かれないように小走りでフロアを回る。
ヘスティア様の騒ぎがうっすらと聞こえる程度の場所まで移動出来たところで、ひとまず止まって一息吐く。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫かな、って……。ふふっ」
ミィシャさんが話しかけてきているが、その声は俺の耳には届かない。
いま俺の心は、間違いなく一つのショーウィンドウの中に取り込まれていた。
この辺りは極東の武器を扱っているエリアなのか、俺が見ているショーウィンドウの中には、他のものはなく日本刀だけが数本鎮座している。
そしてそれらの品は、真剣のことは基本的なことしか知らない俺から見ても、その美しさに目を引かれる一流のものばかりだ。
全体像、刃文、地鉄。それら全てが見事な芸術であることは言うまでもないが、どれをとっても刀一つ一つに個性があり、同じものはひとつとしてないという点がまた興味を引く。
そう、尾行という目的に隠れていたが、ここは《ヘファイストス・ファミリア》の一流鍛冶師が作った一級品の武器が並ぶ武器の街。
目の前に広がる全てが最高品質の最高級品であるとなれば、気分も高揚するというものだ。少しミーハーではあるが。
そんな俺を見て、ミィシャさんは少し微笑み、ショーウィンドウに張り付く俺と肩を並べた。
「やっぱり冒険者なら、こういう一級品武器を手にしてみたいとおもうものかな?」
そのミィシャさんの言葉は、今度は耳を通り過ぎることなく引っかかり、俺の頭を悩ませることとなった。
「うーん……。それは……。どうでしょう」
肩掛けにして背中に回していた刀に手を回し、鞘ごと持ち上げて頭の上を通して前に持ってくる。ちなみに俺はダンジョンに行かない日ではあっても、感覚が鈍るため刀は常に持ち歩くタイプだ。
他の人の迷惑にならないよう少しだけ鞘から刀身を抜き出し、小さく唸りを上げてじっくりとショーウィンドウに並ぶ刀と見比べてみる。
「ヤ、ヤイバくん? どしたの?」
またもやミィシャさんの声で我に戻り、刀を鞘に納め、彼女に微笑みかけた。
「いえ、なんでもないです! そうですね。確かにここに並ぶ刀はどれも魅力的です」
ただ、と前置きを打って、俺の刀をミィシャさんの前に出して言った。
「この刀はある人に貰った大切なもので、出来ればどこまでもこいつと一緒に駆け抜けたいな……って」
大女神様に貰ったこの日輪刀。"最高品質"と銘打って注文しただけあって、パッと見の外見はここに並ぶどの刀にも見劣りしない。
俺が憧れた剣士達が握り、この世界に来てからの十数年を共に走り続けた日輪刀。全集中の呼吸という力で戦っていく以上、この刀に自身を最果てまで導いて欲しいという我儘な気持ちが俺には確かにあった。
「……そっか。だったら「少年。その刀は誰の作品だ?」わひゃあっ!?」
またもやミィシャさんの言葉を遮るように背後から影が伸びてきて、その主が言葉を発した。
即座に体を180度回転させて驚いてこれまた同じように倒れかけたミィシャさんの肩を左手で抱きよせる。
右手で刀の柄に手を添えて臨戦態勢に入ると、目の前にいた大柄の女性は、少し慌てた様子で微笑みながら手を頭の上まで上げて言った。
「すまない、驚かせるつもりはなかった。勿論戦いの意志もない」
そう言って優しい眼差しで敵意がないことを伝える女性の目は、片方が眼帯で塞がれている。
豊満な胸にさらしを巻いているだけで褐色の肌をさらけ出している豪快な上半身に比べて、下半身は足首まである赤色の袴でしっかりと隠されているという、上下で対称的な装いをしている。
首裏で一束に纏められた綺麗な黒髪も相まってこれまた"オラリオ美人"といった容姿だ。
しかしそれらの外見的特徴を置いてまず俺が感じとったのは、滲み出る強者の風格。
オラリオには冒険者の街と言うだけあって、その辺を歩いているだけで身の毛もよだつような空気を漂わせる強者をちらほらと見かける。
この人はそんな中でも別格のプレッシャー。今の俺では手も足も出ないと実感させる強さの圧。先日お邪魔した『豊饒の女主人』の店主や、店員のエルフさんを前にした時と同レベルのそれに襲われて、咄嗟に臨戦態勢を取ってしまった。
とはいえ知らない人が会話にいきなり割り込んできた、という状況自体は事実であるため、両者の間に奇妙な沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、未だ俺の腕の中で驚いた表情を浮かべるミィシャさんが、何かに気付いた様子で漏らした あっ、という呟きに続く声だった。
「椿・コルブランド氏!?」
話があまり進んでいませんが、長くなるためここで一度切ります。