全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか 作:V.IIIIIV³
「ハァっ、ハァっ、ハァっ、ハァっ」
額から流れ出る血が左目に入り、視界すらも朧げになってきた。
それでも、対峙している金色の少女の、透き通るような碧眼から目をそらすことはない。
またもや俺と少女の鼓動が同調し、全く同じ想いを宿す。
お前には、絶対に負けられない。
なぜ、こんなことになっているのか。話は少し前に遡る……。
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「え?4階層以降に行ってもいいんですか?」
俺たち《ヘスティア・ファミリア》の面々は宴を終えた次の朝、ベルとダンジョンに潜るための支度をしていると、あれだけ叱られた後の昨日の今日で、衝撃のカミングアウトを食らった。
「うん!今回のステイタス更新で、チートスキルの刃君は言うまでもないけど、ベル君のステイタスも高いものがGやFに届き始めたからね!止める理由もないし、ウォーシャドウやキラーアントとかの新米殺しに気をつければ二人で問題なく攻略できる範囲だよ!」
ヘスティア様の言葉に、思わずハイタッチをしてしまう俺とベル。正直昨日の時点で既に7階層は十分攻略できていたため、4階層までだと少し物足りないと思っていたところだったのだ。
「ただし!深く潜りすぎてしまうことは本当にダメだからね!攻略出来たとしてもゆくゆくは自分の首を絞める事になるんだから!」
「分かりました。この首に深く銘じておきます」
「いや首を絞めるって物理的な意味じゃないと思うぞ?」
ベルは昨日の二連ヘッドロックが恐怖として染み付いているようだ。まあ、それほどまでに目が本気だったもんな。特にエイナさん。
「ま、うんと稼いでくるがいいさ!二人とも軽装すぎて耐久が心もとないしね!」
「で、でも、たまには神様に質素な食事じゃなくて美味しいもの食べさせてあげたいです」
「ボクは昨日みたいな食事で結構さ!むしろ毎日刃君の料理でも…………ジュルリ」
昨日の光景を思い出したのか、ヨダレが垂れそうになるヘスティア様。どうやらベルの粋な計らいよりも、俺の料理が勝ってしまったようだ。
「じゃ、行ってきますねヘスティア様」
「うん!行ってらっしゃい、ベル君!刃君!」
……今日は急ごしらえのじゃなくて、もっといいもん作ろうかな。
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コボルトの群れをベルがちょこまかと動き回りながら処理していくのを、離れたところで周辺に湧くモンスターをちょこちょこ狩ったりベルの方に流したりしながら眺める俺。
今日のダンジョン攻略は主にベルの経験値稼ぎだ。俺のステイタスは常中の影響か異常に習熟スピードが早いから、ベルに多く狩らせても結局上がり幅は同じだろうという考えだ。
「刃!少しとりこぼした!」
【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】
ベルが用件を伝え終わる前に技を発動し、向かってくるコボルトの首を一匹残らず切り落としていく。
「もう片付けた。いちいち申告しなくてもいいから、存分に戦ってくれて構わないぞ」
「……やっぱりチートすぎだよ、そのスキル」
向かってくるコボルトを薙ぎ払いながらベルが言った。
「死ぬほど修行して打ちのめされて手に入れた力なんだ。それ相応の強さがなきゃ貰い損だよ」
「貰い損……?なにそれ」
(やっべ!)
思わず口から零れた失言を抑えるように、口元を両手で封じる。ベルは俺が日本という遠い国で育ったと思っていて、異世界人だとは知らないんだった。まあ知られてどうこうということはないんだけど、色々と説明がめんどくさいからいいや。
そしてなんやかんやあって、5階層に到達。
同時に周辺の気配察知を開始する。今まではただ目に入る範囲の人物の気配や強さがわかる程度の特技だったのだが、発展アビリティとして発言したコイツは、ダンジョンの暗闇の中でも、本来の俺の視界にちょっとでも姿が映る敵の気配を瞬時に察知し、分析するというものに生まれ変わっていた。
そして、俺はそいつの存在に気が付いた。
上層にいるモンスターにしてはとてつもなく大きく、そして荒々しい気配を纏ったモノ。明らかに範囲外であるところから気配を感じるあたりが、それの異質さを物語っていた。
(……ベルがいたら対処しづらいな)
「ベル、この辺は別に危険なのとか群れとかはいないから、俺は向こうで自分の経験値稼ぎしてくるよ」
「分かった。僕はここで定点狩りしてるから、終わったらまたここに戻ってきて」
「了解」
ベルからの許可を貰って、悠々と歩き出す。決して、ベルに悟られないように。
「……もう見えないな」
ベルが視界から完全に消え去ったことと、戦闘音が聞こえなくなったことを確認して、呼吸をコントロールする。
全身に均等に送り届けている酸素の配合を崩して、最低限必要なところ以外の酸素を全て足に送る。
そして、まだ視界には入っていないが、はっきりとした気配で居場所を知らせるそいつに向けて狙いを定める。
(全集中──)
【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】
その瞬間、俺はダンジョンを駆ける雷光となり、気配の正体を一撃で穿つ…………ことは出来なかった。
ギャリィィィン!!
「ッッッッ!」
声にならない叫びを心中で上げ、ビリビリと強く痺れる右腕を左手で押さえる。
「ふっざけんなよ牛野郎……モンスターのくせに大太刀なんか装備しやがって……!」
目の前に佇む緋色の二本立ちの牛を睨みつけて、痺れをこらえるためにギリギリと歯噛みしながら言った。
明らかに第5階層にいるモンスターとしては異質な気配。そして筋骨隆々な見た目と、二本の足で自立している、胴体だけで見ればがっしりとした人型という印象を持たせるシルエットを、首から上の完全なる闘牛フェイスがそれをぶち壊す。前世でもゲームから神話まで、色々なところで聞いたり見たりする機会の多い想像上の生き物を、実物で見られる日が来ようとは。
ギリシャ神話にて現れる、人身頭牛の怪物、ミノタウロス。
それは、人間の両手でしか持てないサイズの大太刀を軽々と片手で持ち上げて肩に担いで威嚇をしてみせた。
(なんってパワーだ・・・あの大太刀は切れ味こそなさそうだけど、食らったらヤバそうだ)
心で紡いだ言葉に、「だがな」と続けて、痺れの収まった右腕から左手を離し、そのまま刀をギュッと握る。
「お前は俺に勝てない」
そして、俺の日輪刀は、深く蒼い輝きを放ち、闘牛……ミノタウロスの振るう大太刀を迎え撃つ。
【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】
流流舞いの掴みどころのない足運びでミノタウロスの大太刀を受け流し、体制が崩れたところでアキレス腱に一発入れようとする。だがミノタウロスの装甲は厚く、衝撃と小さな切り傷で一時的なダメージは与えられたものの、大きなダメージは与えられていない。
(足取りで回避と攻撃を両立出来る流流舞いは攻撃を防ぎながら近付けるけど、その分攻撃の単純な威力がたりない)
コイツを仕留めるためにはまずコイツの体制を崩して剣が使えない状況にして、今俺が使える技の中でも威力の高い技、水面斬り、水車、雫波紋突き、滝壷、霹靂一閃のどれかを当てるしかない。
だが、攻撃範囲の狭い雫波紋突きや、当てられる状況がかなり限られている滝壷は使えないと考えていいだろう。
メインで戦いを構築する軸は、水面斬り、水車、霹靂一閃の三つだ。
そう決まってしまえば、戦いの構築は速い。
【水の呼吸 肆ノ型 打ち潮】
地面にしっかりと踏ん張った状態から、打ち潮による連続攻撃を足に加えていく。先程と違って地面を踏ん張って力が逃げないことと、攻撃寄りの打ち潮を連続で叩き込んだ事で、傷はつかずともミノタウロスの声色からダメージが伝わったのが分かる。
追撃の気配を察知して瞬時に上に1メドルほど飛ぶと、気配の通りに飛んだ直後に大太刀が俺に向けて振るわれた。だがそれは虚空を切るだけに終わり、勢いをそのままに地面に突き刺さった。
そしてミノタウロスに防御手段がなくなり、肢体の全てがガラ空きになる。目の前の闘牛の首と俺の腕が並行の位置になり、突然に辺りがスローモーションになった。
ここは、空中でも高い威力の出せるあの技だ。
(全集中──)
【水の呼吸 壱ノ型 水面斬り】
蒼色の水の軌跡が文字通り水面を描き出し、同心円状を水平に走ってミノタウロスの首へと迫っていく。だが、刀がミノタウロスに届くかと思われたその刹那、ミノタウロスが俺の視界から消えた。
「ヴォアァ!!!」
ドゴォン!!!!
「ガッッ!!!」
それと同時に、腹部に鈍く重い衝撃が響きわたる。上方向に吹っ飛ばされた体をスローモーションの視界を逆に利用して瞬時に立て直し、超高速で飛ばされる体をダンジョンの天井にまともにぶつかる前に剣を構え、天井ギリギリで技を放って受身をとる。
【水の呼吸 捌ノ型 滝壷】
水の呼吸屈指の攻撃力を誇る滝壷を吹っ飛ぶ力とは反対方向に放つことで、衝撃はゼロを逆に通り越し、勢いとして生まれ変わった力でミノタウロスから一旦距離を取る。恐らく全集中の呼吸の
(隙の糸が見えなかった時点で仕留められないのは分かってたけど、あいつ予想以上に速い……!)
その上、デカイ図体に似合わず攻撃の単純な速さ、そしてサイクルスピードが速い。
これが推奨レベル2、中層のモンスターの強さ。上層のモンスターとは全てが違う。
(だけど、ついていけない速さじゃない)
呼吸を整え、ミノタウロスに向かって走り出す。
「ヴォォォ!!」
ミノタウロスの間合いに入った瞬間、そいつは構えていた大太刀を振り回し始めた。だがそれは同時に、俺の剣も奴の攻撃に届く範囲に入ったということ。
【水の呼吸 参ノ型 流流舞い】
繰り出される大太刀と拳のコンビネーション攻撃を、流流舞いの足運びで受け流し、回避して背後に回り、ミノタウロスを間合いに入れる。 ミノタウロスが振り向く前に刀を上段に構えると、刀が失いかけた輝きを取り戻し、刀から先ほどの流れる波のような音とは違う、激しく打ち付けるような荒々しい音が響き始める。狙うのはもちろん、先程から執拗に狙い続けた足、厳密に言えば二本足の動物が立つために必要不可欠な筋肉の集約点
【水の呼吸 捌ノ型 滝壷】
「ヴォォォオオォォ!!!!!!!」
両の足を同時に斬り落とされた事により、ミノタウロスが階層全体を震わせるような断末魔を上げながら、大太刀と拳を最後の悪あがきと言わんばかりに振り回し続ける。ミノタウロスの素早さから繰り出されるそれは、Level1の俺からしたら十分「攻撃のバリア」だ。
腕を振り切って滝壷の威力が無くなる寸前に踏ん張っていた足を浮かせ、今まで地面に流していた力を全て自分に跳ね返して、その力で強引に攻撃のバリアから離脱する。5メドルほど離れたところで着地し、一度刀を鞘に収める。
「……そろそろ終わりだ、ミノタウロス。お前の敗因を教えてやる」
今までより深く、大きく息を吸って全集中の呼吸を発動させる。そしてステージが一つ上がった俺の目は、攻撃のバリアの中に生まれる無数の隙の内の一つに狙いを定めた。
そして、鞘に収められた日輪刀へ、ミノタウロスの首から糸が伸び、それは刀に届いた瞬間、ピンと張った。
「俺に、剣で挑んだ事だ!!!」
【雷の呼吸 壱ノ型 霹靂一閃】
正に、刹那の一閃。雷の如く走った一閃は、ミノタウロスの首を切り落とした。
「ふぅ、討伐完了。うおっ!なんだこれ、ミノタウロスの角……?ドロップアイテムって奴か?」
ダンジョンに潜ってはじめてのドロップアイテムが中層モンスターからっていうのもおかしな話だが、今世に来てはじめてまともに攻撃食らわせられた相手だし、記念に持っとくか。換金しなくても、装備を作るための素材とかにもなるらしいし。
そう考えて、ベルの待つ狩り場まで歩いていく。つーか、もしかしたらさっきの断末魔でベル気付いてんじゃねーか?もしかしたら逃げ出してるかも…………いや、流石に声だけでそれはないか。
「もしベルも襲われたりしてたら別だけどな」
「あははははは」と独り言を呟きながら歩く。なぜこんなにも一人で呟きを上げていたのかは分からないが、この呟きが、この後に起こった全ての出来事のトリガーだったのかもしれない。
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戻ってきた狩り場に、ベルの姿は無かった。刃の体から冷や汗が溢れ出す。
(気配察知!!)
刃は気配察知のスキルを使って、ベルの気配を瞬時に見つけ出す。だがそこには、刃とは比べものにならないほど遥かに強い気配を放つ者がベルと共にいる。
刃はその気配を察知すると同時に、体の酸素を全て足に集中させて、霹靂に近いスピードでベルの元へ駆けた。
「ベル!!!!」
最初にいた場所からはかなり遠くに離れた場所でやっと見つけたベルはへたり込んで血まみれになっているが、怪我はないようだ。ベルの前に塵になる直前のミノタウロスの死体が転がり、それを挟んで金色の髪の少女が対峙している。
(なんだ、ミノタウロスに襲われたのを助けてもらったのか)
刃の状況判断能力は、瞬間的にその場の全てを分析した。
「刃!!」
ベルが刃の名を叫んだ事で、悠然と佇んでいた金髪の少女も刃の方向を向いた。
「…………なんで」
二人の剣士の目がお互いの目を見据えた時、二人の奥深くに眠る、別々の感情が呼び起こされた。
二人は瞬時に剣を構え、互いに向かって走る。
「「ッッ!!!」」
ギャリィィィィイィィィイィイン!!!!!!!!!
二人の剣が接触した時、刃の剣とミノタウロスの大太刀が接触した時や、ミノタウロスの断末魔が比べる対象にすらならないほどの衝撃波が辺りに響き渡った。
そして、二人の鼓動が同調し、全く同じ思いを宿す。
お前には、絶対に負けられない。
両者らしからぬ行動ですが、理由はあります。