全集中の呼吸で「最強」を目指すのは間違っているだろうか 作:V.IIIIIV³
遠くから声が聞こえる。
『今はまだそこでいい』
知っているようで知らない、知らないようで知っている、そんな声。
『君なら必ずここまで上がってこれる』
その声は、なぜだか俺の心を焚きつける。
『来て、ここまで。そして、私と……』
そしてその瞬間現実の意識が覚醒し、同時に何か言おうとしていたその声が、途中で途切れた。
ホームの景色と傍らで寝ているヘスティア様を確認して、ムクリと体を起こす。どうやら俺はベッドに寝かされていて、ヘスティア様が看病してくれていたようだ。
「……なんだったんだ?今の」
疑問が残ったままの消化不良感は否めないが、まずはベッドの横で椅子に座ったまま器用に寝ているヘスティア様を起こすことにする。
「ヘスティア様。起きてください。風邪ひいちゃいますよ」
「……ん〜?ああ、刃くん……。おはよう…………刃くん!?起きたんだね!!体は大丈夫なのかい!!?」
「はい。なんともないです」
「そ、そうか。良かった〜…………」
大きく息をついたヘスティア様がへなへなと座り込む。
「長い間寝ていたんだからお腹がすいているだろう?ボクが何かこしらえるから、君は顔を洗ったりして待っておいてくれ」
「いえ、俺がやりますよ。迷惑をかけたお礼です」
「いいんだよ。君は凄い戦いを切り抜けてきたんだろ?ボクだって君ほどじゃないが料理は得意なんだ。大体の下ごしらえは済ませてあるし、任せておくれよ!」
そう言われながらヘスティア様に背中を押され、そのまま料理をしに行ってしまったので、ベッドから降りて洗面台へと向かう。
蛇口から出した水を手のひらに汲んで、何回か顔にバシャバシャと打ち付けると、冷たい水でまだ残っていた眠気も吹き飛び、意識がハッキリとしてきた。
びしょ濡れになった顔をタオルで吹いてから鏡を見ると、自分の顔を見てあることに気付いた。
「あ……この痣……」
額の左側に、血のような赤色で痣が出来ていたのだ。この場所は確か、ヴァレンシュタインに蹴り飛ばされて、ダンジョンに擦り付けられて肉が抉り取られた場所だったはず。
「……すまない。ギルドでの治療に加えて買える分のありったけのポーションを使ったんだが、他の怪我は完璧に治ってもその傷だけは痣が残ってしまったんだ。
「いえ、ヘスティア様が謝らないでください。痛みは全然ないし、寧ろそこまでしていただいて、本当に嬉しい限りなんですから」
そう言いながら、額の痣に手を当てる。
「この痣は、未熟な俺の戒めにします。この痣に誓って、もう絶対にヘスティア様やベルを心配させません」
「……そう言ってくれて嬉しいよ。大切な子どもが丸一日も寝てて、ボクはすっごく心配したんだから、なっ!」
そう言いながら、ヘスティア様がキッチンから出てきて、中世ヨーロッパのような景観のオラリオでは珍しい、お粥をテーブルに置いてくれた。
「極東の療養食なんだろ?タケミカヅチのやつから聞いたのさ。たーんとお食べ?」
「ありがとうございます!あぁ、懐かしい味だなぁ……」
修行してる時にたまに風邪気味になった時は、よくおっちゃんの奥さんが作ってくれたなぁ。それにしても、ヘスティア様ってこんなに料理うまかったんだな。
「第一級冒険者のアイズ・ヴァレン某君と戦ったんだ!疲労が溜まっていてもおかしくないよ!」
「はい!アイツ本当に強くて強く……て……」
全身から血の気が引いていくのが容易に理解出来た。
ヘスティア様の方を見ると、引きつった笑顔の裏に、まるで鬼神の如きオーラ……というか、鬼神が見える。なんだろアレ、スタンド?
「食べたね?刃くん、ボクのつくったオカユ、食べたね?それを食べたからには、吐くこと吐いてもらうよ〜?」
「いや、ヘスティア様。これには少し複雑な事情があると言いますか、最悪の事態を想定すると今ここで話すのは不味いと言いますか……」
可愛らしい見た目をしていても神の圧力というものはやはり凄まじく、喋らなくていいことまで喋ってしまう。
そしてそれを見逃さず、ヘスティア様は眉をピクっと動かし、鬼神オーラを引っ込めた。
恐らく、脅しとか一切無しで俺と対等な立場で話すためだろう。
「それはどういうことだい?主神…………いや、
ヘスティア様は真剣に俺を見つめる。俺にはその瞳の中に、不安と寂しさを抱えているように見えた。
当たり前だ。ヘスティア様は主神であり、家族なんだぞ?他のファミリアの赤の他人と自分の家族、どっちが大切かなんて明白だ。やっぱりヘスティア様とベルには今すぐ話すべきだ。それで状況が悪くなろうと知ったこっちゃない。
…………だが、しかし。
「ごめんなさい、ヘスティア様。今はどうしても言うことはできません」
「…………はぁ~~~。だと思ったよ。
さっきとは打って変わって、大きなため息を吐きながらも、俺への信頼を前面に押し出した声で、そう言った。
「だけど刃くん。一つだけ確認させてくれ。
……それは、誰かを助けるためなんだね?」
なんだ、改まって聞かれたと思ったら、そんなことか。
「はい。それだけは誓います。俺の命と、主神ヘスティア様に」
そして、最後に一番大事なものに誓う。大好きで、失いたくなくて、命に変えても守りたいと思える、俺を救ってくれた人達。
「俺の家族、ヘスティアとベル・クラネルに」
「……そうか。ならいいんだ!じゃあ……ほい!」
ヘスティア様が座っていたソファの横から、俺の刀と羽織を取って差し出した。
「どうせ止めても行くつもりなんだろ?全く男の子ってやつはしょうがないんだから!でも病み上がりなんだから、無理はダメだぜ?」
「……はい!俺に使ったポーションの分の資金、稼いできます!」
羽織を受け取って身につけ、刀を腰に差して、オラリオの街へ飛び出した!
──────────────ー
文字通りの丸一日寝ていたようで、オレンジ色に染まった夕暮れの空をバッグに最繁盛の時間帯になった商店街は大賑わいを見せている。
連なる屋台郡(主にじゃが丸)の誘惑に耐えながら歩いていくと、向かいから見慣れた白頭が歩いてくるのが見えた。
「おっ、ベルだ。おーい!ベルー!」
「あっ!刃!!起きたんだね!!」
俺の姿を見つけたベルが、俺のもとに駆け寄ってくる。
「ダンジョン帰りか?」
「うん。今ギルドで換金してきたとこ。アビリティが上がって、楽に倒せる敵が多くなってきたよ」
「あ、やっべ。バタバタしててステイタス更新してもらうの忘れてた」
やっちまったと嘆く俺を見て、ベルがピクっと眉を動かした。
「刃、もうダンジョンに行くの?」
「ああ。まずはギルドに行ってからだけどな。多分帰りは深夜になる」
俺がそう応えると、ベルは迷ったような顔を見せたあと、軽く微笑んで言った。
「……まあ、神様からも色々言われただろうし、僕が言える立場でもないしね。でもほんと、無理だけはしないでね。刃なら「悔しいから徹夜で特訓だー!」とか、安易に想像できちゃうから」
痛いところを疲れてしまって、思わず「うぐっ」と声が出てしまう。
「おう、ありがとよ。あとベルお前、血まみれで俺におんぶさせてベットベトにしたこと忘れてねえからな」
俺と全く同じモーションで胸に手を当てて「うぐっ」と小さく声を上げるベルを横目に、ハハハと笑いながら手を振ってギルドの方へ歩いていく。
(それにしても、昨日はミィシャさんの目の前でぶっ倒れたから、迷惑かけちゃっただろうな)
そんなことを考えながらちょうどギルドへの最後の角を曲がると、ミィシャさんが掃き掃除をしている姿が見えた。
「早速見つけた。ミィシャさーん!」
既に見なれたピンク頭を見つけて、小走りでそこまで向かおうとする。
すると向こうもまた俺を見つけてくれたようで、両手を広げながらこちらに小走りで向かってくる。
「ヤイバく〜〜〜〜ん!!」
二人共が小走りでお互いに向かっていっているため、かなり長いはずの距離がどんどん縮まっていき……いや待て、ミィシャさん全速力でこっち来てないか!?
「ミ、ミィシャさん、ご無沙「どりゃあ!!!!」」
そして、ミィシャさん渾身のラリアットが戻ったばかりの意識を根元から刈り取った。
「全く、私がもし冒険者だったら怒りでうっかり君を殺しちゃうところだったよ」
「いや、嘘ですよね?絶対あなたステイタス持ってますよね?」
そうじゃなきゃこの今も喉に住み着いている痛みの説明がつかない。
「しょうがないでしょ。傷だらけの血だらけで帰ってきたの思ったらいきなり倒れられて、丸一日以上目が覚めなかったんだから」
「返す言葉もありません……。その節は、本当にお世話になりました!」
テーブルを挟んで向かいのソファに座るミィシャさんに、テーブルに額が激突する勢いで頭を下げる。
「もういいよ、過ぎたことだし。モンスターと戦って倒れるなんて冒険者にはよくあることだもん。生きてるんなら問題なし!」
「は、はい……。寛大な心に本当に感謝して……って、え?」
(ミィシャさん、俺がヴァレンシュタインと戦ったって知らないのか……?)
実際考えてみれば当たり前のことだ。一連の事情を知っているのはあの場にいた中で失神していたベルを除いて、俺、リヴェリアさん、ベートさん、ヴァレンシュタインの四人だけ。あの日俺はギルドについた瞬間ぶっ倒れたし、ギルドに向かった時にリヴェリアさんたちがついてこなかったという事から、わざわざホームに帰った後にギルドに報告に行くとは考えにくい。他の神との交流もあるヘスティア様が知っているのはともかく、ミィシャさんにそれを知る術はなかったのだ。
「で?今日は何をしに来たの?わざわざお礼言うためだけに来たわけじゃないんでしょ?」
……この人絶対心読むスキルとか持ってるよ。ところどころ冒険者の片鱗が見える。
「……アイズ・ヴァレンシュタインについて教えてください」
俺の言った言葉にキョトンとした顔で俺を見つめた後、右手で軽く口を押さえてクスクスと笑い始めた。その行動に、今度はこっちがキョトン顔になってミィシャさんを見つめた。
「君たち、本当に兄弟みたいだよね」
「え?君たち?」
「その質問、今朝方ベル君もしてたよ?」
なおも笑い続けながら言うミィシャさんが語る事実に、脅威のシンクロからくる少々の驚きとおかしさから俺まで吹き出してしまう。
元々相性がいいとは思っていたけど、そんなとこまで一緒になるなんてな。
そんなことを考えていると、ミィシャさんは立ち上がって様々な文献などが保管されている書庫へと入っていった。何か資料でも探しに行ったのだろうか。
そして数分ソファで刀の手入れをしていると、書庫からミィシャさんがパタパタと音を立てて戻ってきた。
「おまたせ。ヴァレンシュタイン氏について書かれた本を探してたんだ。《ロキ・ファミリア》所属の第一級冒険者で、『剣姫』の二つ名を持つlevel5。……なんて、こんなしょぼい情報を貰いに来たわけじゃないんでしょ?」
ミィシャさんが、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
その表情に少し照れくさくなって、苦笑して顔を逸らしてしまう。
「……はい」
(ふふっ。ただの戦闘狂かと思ってたけど、案外ちゃんと男の子してるじゃない)
「じゃあ、手始めに好きな食べ「使う剣技から教えて貰えますか?」……ん?」
「それと得意な間合いとか、あとフィニッシュによく使う技とか…………いつもだったら戦いながら分析できるんですけど、実力差が大きすぎて、恥ずかしながら事前情報がないと戦えないんですよね〜」
そう言って、恥ずかしさから顔が火照り、誤魔化すように頭をポリポリとかく。
その様子を見ていたミィシャさんは、遠い目をしてこう思ったそうだ。
(……ああ、してたの、男の子じゃなくて漢だった……)
まあ考えてみれば当然なのだが、俺の所望しているようは情報はここにはなかった。
ゴミみたいに短いですが、今回は私の生存確認とちょっとしたネタ回的な感じって事でここまで。(戦闘回が思いつかなくて来週再来週までかかりそうだったとか言えない)
それと遅くなりましたが、台風の被害にあった関東、東北のいち早い復興と、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
2020 3/24 追記
急いで書いたとはいえ、今読み直すと心配させたヘスティアに一切なんの悪気もなく逃亡する刃は、私の描く天道刃という主人公とかけ離れいたので改変させて頂きました。勝手ですみません。