風花雪月場面切抜短編   作:飛天無縫

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 実はここの戦闘シーンってずっと前から考えてたんです。妄想を書き溜めてあったメモ帳の作成日時が2020年で、この場面に繋げる道筋をずーっと考えてました。まあそれをきちんと文章にするのが大変なんですが。
 やっとここまで来れた。
 行くぞ行くぞ勝つぞ勝つぞ。


君を呼ぶ声 中編

「よし、すっきり」

 

 八つ当たりおしまい──小さく呟いたベレトは一瞬で意識を切り替えた。

 即座に下がって仲間達の編成に加わる。

 

「行こうみんな! 攻め込むぞ!」

 

 その声に、彼らは喜びを覚えて応じた。

 

 五年前にベレトが怒りに囚われて暴走した件は、生徒達にとっても苦い記憶として残っている。自分達が追いすがることもできず、足手纏いでしかないと突きつけられたあの戦いは未熟さを思い知らされた。

 しかし今のベレトは激情を発しても冷静に立ち回れる。自分達もベレトと並んで戦える。互いに成長したという実感が誇らしく感じるのだ。

 もはや何一つ憂いはない。

 

 ベレトの攻撃で敵は薙ぎ払われて、大扉は壊された。拠点攻略において最も悩ましい問題である侵入経路がいきなり作られたのだ。ここで踏み込みを躊躇う者はこの場にはいなかった。

 

「よーし、きょうだいが派手に抉じ開けたんだ! 各々方、手筈通りに頼むぜ!」

 

 さっそくフェイルノートの一射で扉の向こうの敵を撃ちながらクロードは愉快そうに笑う。

 彼に続くように走り出した一行も次々に大扉を通って拠点へ雪崩れ込んだ。

 

 内部の景観もやはり見たことも聞いたこともない建物ばかりで、フォドラのものとはかけ離れたそれらは文化の違いという意味だけでなく、酷い違和感となって全員を襲った。

 それはまるでこの世界にあってはならない何かを密かに隠し続けたような、禁忌に触れる忌避感が景観全てから滲み出ているように感じられたからだ。

 逆に言えば、この拠点のどこにも親しみを覚える余地がないということであり、ここがフォドラの一部であったとしても敵地と見定めるのに一切抵抗がないということでもあった。

 

「うっし、先行くぜ!」

 

 最初に動いたのはシルヴァン。勢いをつけて高く跳ぶと、持っていた破裂の槍を逆さまに構えて自身の足元へと添える。

 

「飛ぶぜ──裂空!」

 

 そのまま発動するのは紋章一致の戦技。敵に向けたわけでもない破裂の槍の穂先から強烈な紋章のオーラを噴出させて、その反動を抑えたりせず逆に解き放つ。

 槍の表面にある装飾に足をかけたシルヴァンは、噴き出すオーラの勢いのまま槍に乗って空を飛んだ。

 

 北の守りの要である破裂の槍。ゴーティエ家の武力を象徴するその槍を、強い武器ではなくただの道具の一つだと認識した麒麟児が考案した新しい活用法。

 兄を討つことになったあの日、目に焼きついた彼のように自分も空を翔けることができたら。

 【断空騎士(だんくうきし)】の二つ名の通り、空を断つ一条の線を描くようにシルヴァンは虚空を渡った。

 

「飛ばせディミトリ!」

「やるぞフェリクス!」

 

 次に動いたのはフェリクス。声をかけたディミトリに走り寄り、彼が構えたアラドヴァルの穂先に静かに飛び乗る。

 

「はああぁ、ぁあ!」

 

 怪力を遺憾なく発揮して振り切った槍から、乗せたフェリクスを空へと放った。

 いつぞやのジェラルト傭兵団の者がベレトを自分の下へ送り込んだあの動きを真似たもの。自分の怪力ならもっと遠くへ飛ばすことができる。

 ディミトリの特性を活かしたこの作戦、投げ石ならぬ投げ人間である。

 

 飛ばされたフェリクスはシルヴァンの後を追い、二人は並ぶように空を翔けた。

 その目立つ動きを敵方も放っておかない。

 

 二人に向かって魔法が、矢が撃たれる。部隊から別れた方が悪いのだと言わんばかりに攻撃が殺到する。

 だが離れても問題ないから別れたのだ。助けが加わるから。

 

「させない、空は私が守る!」

 

 ペガサスを駆るイングリットが二人に追いつく。掲げた英雄の遺産の槍、ルーンが光を帯びる。

 

「唸れルーン──震炎!」

 

 紋章一致の戦技が放たれ、穂先から迸る炎が渦を巻いて空を埋めた。

 飛ぶより速く伸びる炎のオーラはイングリットと前方の二人を包むように広がり、襲いかかる全ての魔法と矢を弾いて飛行を守った。

 

 ファーガスの空を守護する騎士。純白の天馬が舞い上がる清廉な姿には精強な強さも伴い、王の頭上の守りを任された英雄の威信を知らしめる。

 【天翔騎士(てんしょうきし)】の異名の通り、自在に天を翔けるイングリットは空中の脅威をことごとく打ち払ってみせた。

 

 騎士の国の三強が一心同体となって空を往く。

 その進撃は誰にも止められない。

 

「フェリクス頼む!」

「来いシルヴァン!」

 

 空中で追いついた相方へ伸ばされたシルヴァンの手をフェリクスは確と掴む。引き寄せると同時に逆の手で彼が構えたのは剣ではない。

 フラルダリウス家に伝わる英雄の遺産、アイギスの盾。王を守護するファーガスの盾の謂れでもある最硬の守りを正面に構える。

 

「守れ、アイギス!」

 

 紋章一致の戦技はない。この盾はただ正面から来る衝撃の一切を担い手が受け止められるものへと軽減させる。埒外の効果はない代わりに、正しく用いれば無類の防御力を誇る盾。

 すなわち、今まさにフェリクスが向かう先にある塔の壁へ凄まじい勢いで衝突しようとも片手で抑えられる反動で済む、ということ。

 

 なのでここからいくら上乗せしても反動も変わらず。

 

「もいっちょ──裂空!」

 

 接触の瞬間、盾の裏側にシルヴァンが破裂の槍の柄頭を当てて発動した戦技によって追加された猛加速が乗っても、着弾の衝撃はフェリクスが片手で受け止められる程度に収まったのである。

 だが壁の方はそうはいかない。英雄の遺産二つ分の力が叩き込まれた壁は豪快に砕かれて塔には大きな穴が開く。ペガサスが問題なく入れるくらい大きな穴が。

 追従していたイングリットのペガサスは勢いを殺すことなく即座に穴へ飛び込む。二人が侵入口を抉じ開けると信じていたから。

 

 塔の内部へ飛び込んでも三人は動きを止めない。

 シルヴァンの槍と魔法が立ち塞がる敵を撃ち、フェリクスが抜いた剣が障害ごと敵を斬り捨て、イングリットの槍が群がる敵を先んじて薙ぎ払う。

 一糸乱れぬ連携の三人は塔の上層を目指して走り抜けた。

 

「お前らといっしょだと負ける気がしないな!」

「無駄口を叩く余裕があるのか!?」

「でも、私も思うわ! この戦い、負ける気が全くしない!」

「ええい、勝つ以外にあるか! どんな戦いだろうとやることは変わらん!」

「本当にそうね! この胸の誇らしさは偽りなんかじゃない!」

「おうさ! 感謝しようじゃねえの、この戦いに参戦できたことにな!」

 

 無双もかくやと言わんばかりに突き進む。言葉を交わす度に増していく彼らの勢いは、一個の生物として完成されているようだった。

 

 拠点攻略における課題の一つ、高所の確保に向けて三人は進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「墜ちろ──アグネアの矢!」

 

 レアが発動した極大魔法が広場に落ちる。まとまった敵を閃光と爆発で巻き込み、複数を一気に倒してみせる。

 前衛の働きにより十全に魔力を溜めた魔法を撃つことができて、本職の魔法使いに引けを取らない火力要員として充分な活躍ができていた。

 

 雪崩れ込んだ一行は次々に襲い掛かる敵を蹴散らしながら奥へと切り込む。

 どんな攻撃が向けられても、その勢いは衰え知らずだった。

 

 前線の指揮をディミトリが務め、ドゥドゥーとカスパルが堅い防御で敵を阻み、ヒルダの攻撃が近づく端から敵を弾き飛ばす。

 総指揮のクロードが進軍方向を見極めて指示を出し、イグナーツの弓矢、リシテアとローレンツの魔法が距離を詰める間もなく敵を撃つ。ここにレアの魔法も加わる。

 小まめに全体を見渡すリンハルトの回復魔法も飛んで、敵の攻勢があっても進軍速度は変わることはない。

 部隊としては少数も少数、それも即席の編成だというのに盤石の体制で彼らは進んでいた。

 

 敵とて無策ではなく、部隊の隙間を狙って先に後衛を攻撃しようとする。

 しかし遊撃手として高速で飛び回るベレトがそれらを防ぐ。一人も傷つけたりさせないと言わんばかりに、遠間から飛んでくる魔法も矢も、すり抜けて踏み込む敵も、即座に斬り払って守ってみせるのだ。

 

 今も、レアを狙って放たれた矢を伸ばした蛇腹剣で叩き落とす。

 

「ありがとうございます、おにいさま!」

「ああ。レアも続けて魔法を頼む」

 

 礼を言うレアに短く返してベレトは天帝の剣を構えた。

 

 何を置いてもまずは防御──それはベレトが生徒に教え、そして彼自身も父ジェラルトから教えられた心得である。

 

 どんなに最高の成果を出す体制を整えても、それを崩す歪みは必ず生まれる。そうした小さな綻びは放っておけばすぐ膨れ上がり、どれほど堅固な仕組みだろうとたちどころに台無しにしてしまうのだ。

 問題とは時間が経てば経つほど悪い方へ転がるものなのだから。

 そこで必要なのは、そういった歪みをいち早く拾い、即座に対処すること。

 視野の広さ。初動の速さ。手数の多さ。それらを備える者が要となり、その体制を維持して成果を出す支えとなる。

 

 各国から集った精鋭による部隊。優れていればこそ尖った個性を持ち、足並みを揃えることが難しくなるもの。

 だからこそ、三学級、三国に通じて理解を深めていたベレトが仲立ちになり、穴を埋めるように補佐することで連携を支える。各生徒の個性を知る教師として、仲間達の意思をまとめる中心として全体の手綱を握る。

 部隊という組織の歯車を狂わせようとする敵の手を未然に摘む。攻撃は防ぎ、寄る敵は斬り、味方の多少のダメージはすれ違い様に片手のライブで癒す。

 部隊の体制を円滑に回すために歪みの発生を防ぐ。それは彼の防御の心得あっての支え。

 進軍の要になっているのは紛れもなくベレトだった。

 

 彼らの戦う姿は、かつてエーデルガルトが思い浮かべた三国協同の軍に近い。

 フォドラの未来を連想させる、新時代の幕開けとなる姿と言えたかもしれない。

 

「おにいさま、体の具合はどうですか? 何か異常はありませんか?」

 

 油断なく周囲に目を配りながら、レアは背中合わせになったベレトに訊ねた。佇まいは戦士のそれだが、声音だけは家族を案じるもの。

 

 何しろベレトは病み上がりどころか死に戻りを経たばかりの身である。

 心臓の鼓動がないまま生きてきて、つい先日動き始めたばかりの心臓を抱えて戦場へ出ることになったのだ。前例がないこともあって、いつ体調の変化が起こるかレアは気が気でない。

 単なる身内への心配はもちろん、今の快進撃はベレトが支えているものと理解しているからこそ彼の変化には敏感になってしまう。

 

 そんなレアの不安も何のそのとばかりにベレトはあっさりした調子で応えた。

 

「問題ない。このまま戦える」

「……本当に大丈夫なのですね?」

「ああ、むしろ絶好調だ。だからと言って必要以上に前に出たりしない。作戦上の役割は分かってる。最初の一当て以外、基本はみんなの補佐をすると決めてたからな」

「その最初の一当ても驚いたのですよ! あんな凄まじい威力で……」

「ん、ごめん。いけると思ったからやった。すぐ下がったから許してくれ」

「まったく……ですが問題ないのならこのままお願いします。頼りにしていますよ」

「分かった、よ!」

 

 会話を切り上げると同時に踏み出し、振り上げた天帝の剣で敵が放った複数のサンダーをまとめて斬り払う。

 蛇腹の刀身が頭上で傘を作るように広がって幾つもの雷魔法を弾くと、守られたリシテアとローレンツがすかさずお返しに闇と炎の魔法で敵を薙ぎ倒した。

 

 二人と目で合図を交わしつつベレトは周囲全体に意識を渡らせる。

 戦闘は順調だった。即席の編成にも関わらず仲間達の連携は淀みない。

 

 これは単純に個々の強さが優れているからではない。

 一人一人が劣った部分は出さず最も優れた能力を出すことに集中できているから起こる現象だ。

 守りを務める前衛が魔法で敵陣の奥を狙ったりはしない。それは後衛の魔法使いに任せる。反対に、後衛の魔法使いがわざわざ武器を手に前へ出張ったりはしない。それは前衛の戦士に任せる。

 戦闘においては至極当たり前の運用。しかし、今まで殺し合う戦争を続けてきた関係を思えば、これほど次元の高い連携を成立させられることが驚異的。

 

 普通に考えればすぐ破綻してしまう組織。だがその中心によって事情は変わる。

 ベレトがいるから彼らはまとまるのだ。教師として、仲間として、これまでの行動で絶対の信頼を築いてきたベレトがいるからこの部隊は繋がれている。

 

 現状を理解し、ズシリと両肩にかかる圧力を感じた。

 自分が全ての要になっている。絶大な責任感とも言えるその重みにベレトが臆することはない。

 

(父さんも同じだったのかな)

 

 個性的な傭兵が集まってできたジェラルト傭兵団。その中心にジェラルトがいたから、父が全ての要になっていたからあの傭兵団は一つにまとまっていた。

 再会した彼らがベレトを次の頭として認めてついてきてくれたのは嬉しかったが、それでも心の中にいたジェラルトの像があの奔放な傭兵達を一つにしていたのは間違いない。

 そんな父と同じように、自分の存在が仲間達の心を一つにまとめられていることがベレトは誇らしいのだ。

 

 その上で、やるべきことを見据える。

 無理をして今の勢いを変えてはいけない、と。

 

(なるほど。これが鼓動のある体なのか)

 

 これまでの行動と戦いでベレトは今の自分の調子をおおよそ把握できた。

 心臓が止まっていた体から鼓動を刻む体へ、前例のない変化を体験したベレトは自身の体調を感じながら動き、その使い方を試していたのだ。

 

 鼓動。生物の命を支える重要な要素。生きている限り続き、あらゆる動作や感情に合わせて変化する、まさに生命活動の象徴。

 肉体動作だけでなく感情の変化にまでつられて強弱があるのは、当たり前のことなのにベレトには新鮮だった。

 それを把握したことで、以前の自分とは大きく変わったところがあると判明した。

 

 心肺機能に直結する鼓動があることで動きの一つ一つに乗せられる力がより大きくなり、動作の全てに力を乗せる意識がついて回るようになったのだ。

 これは任意で切り替えられず全ての動きに必ず伴うもので、それに対する消耗も常に気を配らなければならない。

 どんな時だろうと常に一定の血流を保ち続けてくれた紋章石はもうなく、体調に合わせて変わる鼓動が全身に血を送る。勢いづく時は意識してより強い勢いで。しかし抑えたい時でも勢いは消えないので意識して抑えなければいけない。

 

 これにより、瞬間的には以前よりもさらに大きな火力を出せる。

 半面、継続的な動きには以前のような持久力は望めなくなった。

 それがベレトの把握した体だ。

 周囲をよく驚かせていたベレトの超人的な体力は、心臓ではなく紋章石の力で血を巡らせていたからこそのものだったのだろう。誰にも真似できないはずである。

 

(戦い方を変えないといけない)

 

 慣れ親しんだスタイルを変える必要に迫られたことを理解して対応したのが、今まさにベレトがやっている『部隊内を高速で巡って要所を守る役』である。

 これなら直接戦闘を続けるわけではなく、広い視野で捉えた敵に瞬間的に対応すればいいので体力の消耗も抑えられる。自分なら仲間に合わせた動きも取れるし、高速移動と天帝の剣があればどんな異変に即応できる。

 

「リシテア、ローレンツ、左側面! イグナーツ、その上!」

「はい!」

「目障りなのだよ、消えてもらおう!」

「そこですね、撃ち落とします!」

 

 さらに、細かい指示出し。

 

「カスパル、ドゥドゥー、敵が大きく仕掛けてくるぞ!」

「うっしゃー! かかって来いやぁ!」

「陛下を、皆を守る……!」

「ディミトリ、ヒルダ、思いっきり返せ!」

「おう! 行くぞ──無惨!」

「まかせて! そーれ──劫火!」

 

 敵の動きを読んで、防御と反撃の合図。

 

「リンハルト、回復はまだ温存、代わりに攻撃用意!」

「お、そうですか。次はそっちね」

「レア、もう一度溜めて同時に大魔法を!」

「分かりました!」

 

 その慧眼でもって未来予知の如く先までも見通して戦場を支配する。

 戦士としてだけでなく指揮官としても活躍するベレトの采配は彼ならではのものであり、その中に自分も加われるという意識が全員の一体感を高めていた。

 

 現在は囚われたエーデルガルト捜索のため、この拠点の内部を奥へ進んでいるところだ。

 エーギル公からもたらされた情報とヒューベルトの知見を基に立てた作戦では、拠点にある区画ごとに攻め落とす建物を決めてある。拠点の機能を破壊しながら進むと決めたのだ。

 シャンバラと呼ばれたこの地下都市はフォドラの気風とはあまりにも違う異物だとして、ここを残して再利用する気はない。敵の拠点として容赦なく叩き潰すと作戦会議で早くから決定した。

 そしてエーデルガルトは彼らアガルタにとって貴重な実験の成果である。扱いはどうあれ、そう易々と死なせはしない。何かに利用するため必ず生かしておく。

 その何かをさせる前に奪還する。この作戦は速さが肝要なのだ。

 

 順調に進む中、ベレトは一度足を止める。

 

「クロード、次の区画に入る」

「よし、このまま進もう。だが予想していたより余裕があって、順調なのが少し怖いくらいだな。敵もこれで全部じゃないはずだ、抜かるなよ先生」

「ああ、こっちもまだ余力はある。問題ない」

 

 総指揮を担うクロードの言葉に力強く返して、ベレトは再び部隊の一部に戻った。

 

 そう、問題ない。

 今のところは順調で、この後に来るであろう敵の戦力に対応するための体力も温存できている。一人だけで全てを背負おうとはもう思わない。仲間を頼りにして立ち回れる。

 エーデルガルトを必ず助ける。一番の目的のために最善を尽くす。心と体を一致させた力を発揮できている実感があった。

 

 だからもう一つ、次点の目的について考える余裕もある。

 

(思った以上に反応していたな)

 

 直前にしたタレスとのやり取りを思い出す。

 ベレトがここに来ていたことをかなり気にしていた。凶星なんて呼んで、まるでソティス本人が現れたみたいな憎しみを声に乗せて、何としても仕留めるのだと息巻く姿が見えそうなくらい強い感情がうかがえた。

 実際に何千年も地下で復讐のために生きてきたのだから、その憎悪の程は計り知れないものなのだろう。ベレトには理解できないだけで、彼らからすれば正当な怒りに違いない。

 なのでそ(・)う(・)い(・)う(・)も(・)の(・)と認識する。

 

 敵はベレトを目の敵にしている。レア以上に憎悪を抱く仇として意識している。

 それはベレトのことを全ての元凶である女神ソティスと同一視しているから。

 

 憎悪であれ信念であれ、正しいことのために行動する時、人は自分でも信じられない力や勢いを引き出すことがある。

 であれば、それは利用できる。

 

(いざとなったら、あの手を使う)

 

 そのためにも、二つの別動隊を信じて、自分も全力を尽くすのみ。

 

 得心したベレトは強く踏み込んで前へ出る。少しでも早くエーデルガルトの下へ行きたい気持ちを力に変えて。仲間と共に戦える喜びを心に乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベレト達とは別方面。違う入口から侵入を果たしたチームで、ヒューベルトは室内の機械端末を操作していた。

 

 闇に蠢く者改めアガルタの民。彼らが扱う技術は現代のフォドラのものとは次元が違う。遥か昔からのものが今よりも数段上だという事実が、この組織が如何に世界の理から外れた存在であるかを物語る。

 それらに触れる度に、ヒューベルトとしては感嘆を覚えると同時に、これほどの技術を用いながら非生産的な復讐しか考えられない愚か者への失意と、主を脅かす敵への怒りが湧くのだ。

 こうして端末を操作できる程度にはここの技術を知る身になれたが、できることならこれらを用いて帝国やフォドラの発展に役立てられればと何度考えたことか。

 

 なので今ここで施設の破壊工作ついでにその情報を盗む作業は、彼にしては珍しくついつい笑みを浮かべるほど楽しいものだった。

 

「ヒュー君、さっきのはまとめたわ。次が最後?」

「ええ、この場所のものは。ドロテア殿がいてくれて助かりますよ」

 

 背後でドロテアが書類をひもで縛るのを確認して、また正面の画面に顔を戻す。

 操作に従って変わる画面に伴い、横の機械から一定間隔で吐き出される紙が積み重なっていく。

 その紙も、そこに書かれた字も、驚くほど綺麗なものだ。印刷技術がまだ存在しない(セイロス教の教義によって活版印刷が発明されていない)フォドラの人間からすれば、これだけで目を白黒させてしまうもの。

 そんな場所に踏み込んで、日頃のおしゃべり好きな調子から切り替えて黙々と手を動かすドロテアの存在が今はありがたかった。

 

 正面から殴り込んで陽動も兼ねるベレト達のチームとは別に、違う方面からシャンバラに潜入したチームが二つある。ヒューベルト達はその別動隊の片方だ。

 

 役割は二つ。

 一つは今やっているように、敵の情報を抜いて持ち帰ること。

 敵の拠点は破壊すると決めたが、それはそれ、これはこれ、こちらで利用できそうなものは盗み出してしまうのだ。

 相手の有用な物資は鹵獲して使わせてもらう。ベレトの教えでもある傭兵流のやり方で敵のおいしいところはこちらで役立たせてもらうのは、作戦会議では反対する者はいなかったので──レアは若干引いていたが──すんなり決まったことである。

 

 もう一つは、各所にある情報端末を使って拠点の機能を封じること。

 このシャンバラは極めて高度な技術を用いて造られた都市で、距離が離れた場所とも様々なやり取りが可能だ。まるで対面しているように直接会話したり、紙面に頼らず手紙や文章を送ったり、フォドラの人間としては驚かされる。

 その技術を逆用して、拠点の機能を使えなくしてしまおうというのだ。

 これはベレト達を支援する以上に敵を逃がさないためにやるべきことである。

 侵入するのに使った複数の入口の他に敵しか知らない脱出口があるかもしれない。もし追い詰めることができたとしても、最後に敵に逃げられてしまったら厄介なことになる。

 そうさせないためにも先んじて都市機能を落として逃げ道を潰しておこうというわけだ。

 

 この場ではそういう脱出口を一つ潰せたのと併せて、ヴィスカムという魔導砲台に送られる動力線をいくつか断つことができた。成果は上々だろう。

 

「充分です。ドロテア殿、切り上げましょう」

「分かったわ。じゃあこれをまとめて──」

「おいヒューベルト、そろそろいいか?」

 

 移動のために書類を抱えようとした二人に、部屋の入口を張っていたユーリスが呼びかけた。

 ここに侵入するにあたってチームの長となってくれたのが彼である。アビスという闇に生きる者達の頭目なだけあり、流石の手腕でここまで導いてきたのだ。

 

 フォドラの人間として三国のいずれにも属さないアビスからも参戦してくれたのである。そして来てくれたのはユーリスだけではない。

 

「ちょうどいい、今から移動するところです。彼女に後処理をお願いいたします」

「よろしくね!」

「あいよ。出番だぜハピ!」

「はいはーい」

 

 部屋が出るヒューベルトとドロテアとすれ違って入口に立ったのは同行したハピ。彼女もこの作戦のために名乗り出たアビスの一人。

 四人で行動するこのチームは他と比べると攻撃力は大きく劣る。一見すると用を済ませた施設の破壊工作には火力に不安がある。

 その不安を解消するのがハピだ。

 

「ここはもういいんだよね?」

「ああ、かましてやれ」

「はーい。あたしも『これ』を自分から使う日が来るとは思わなかったけど……こんな体にしてくれたあのおばさんへ嫌がらせができるなら、まあ悪くないかな」

 

 室内を一瞥したハピは軽く息を吸うと、

 

「……はぁ」

 

 溜息を一つ。

 

 効果は劇的だった。

 たったそれだけのことで前触れなく、床でも天井でもなくまるで空間を割るようにいきなり現れたのは一体の魔獣。狼がそのまま巨大化したような姿はこの場所にはあまりにもそぐわず、巨体が部屋を埋める様は窮屈でしかない。

 

「GIIIWOOOOO!!」

 

 案の定、息苦しさを抑えることなく暴れる魔獣によって室内の機材がめちゃくちゃに壊される。

 しかし出入口の大きさは人間用なので魔獣は通ることができず、部屋の外には出られない。

 建物の壁は頑丈で、身を捩る程度にしか動けない魔獣の力では機材は壊せても部屋は壊せない。

 溜息を吐くだけで魔獣を呼ぶというハピの厄介な体質をわざと使い、本人の消耗は一切なく魔獣が暴れるに任せて施設破壊に成功した。

 

「おうおう、久しぶりに見たけど摩訶不思議だよなこれ」

「ありがとねハピちゃん、あなたのおかげで助かったわ」

「へへ、ユリーもテアもあんがとね……ハピも、まさかこの力を前向きに使えるとは思わなかったから、けっこう嬉しいや」

 

 ティモテの紋章を持つとして目をつけた闇に蠢く者によって誘拐され、コルネリアの手で肉体改造を施された結果このような体にされてしまった過去がハピにある。

 消すことができないままずっと難儀に思っていたこの能力を役立てることができると知り、ハピは珍しく張り切って参戦を決めたのだ。

 仲間を助けるだけでなく因縁のある敵をぎゃふんと言わせられるのなら、忌まわしく思っていたこの力を使うのもやぶさかではないと。

 

「この分なら放っといて次のとこ行っちゃってもいいかな?」

「ええ、すぐ動きましょう」

 

 ハピの目配せに頷くヒューベルトに促されて一同は移動を開始する。次の目的地である施設は決まっていて足に迷いはない。同じように、盗めるものは盗み、機能を封じ、然る後に破壊してしまうだけ。

 狭い部屋で身動きを取れずもがく魔獣を尻目に離れる彼らは敵の目を掻い潜って走るのだった。

 

 細々した作業もあるこのチームは、去り際の派手さとは裏腹にその動きは静かなものである。

 別のチームが敵の目を引き付けているおかげでヒューベルト達の行動は隠密を保てていた。獣と見下していた地上の人間がまさかこの地下で暗躍するとは考えられないのか、妨害はほとんど現れない。

 それも無理ないことかもしれない。ベレト達のチームも大概だが、拠点の破壊工作と組織の蹂躙という意味ではそれ以上に派手に立ち回っている者達がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーっはっはっは!! どけどけ、どきやがれ! どかねえやつはぶっ潰す!!」

「うぉーっほっほっほ!! 雁首並べて的になりに来るとは殊勝な心掛けですわ! 我が魔導で叩き潰して差し上げましょう!!」

 

 盛大な高笑いを上げながら突き進むバルタザールとコンスタンツェが敵を薙ぎ倒していく。

 バルタザールの振るう拳を逃れた相手を、コンスタンツェが撃つブリザーとアローがすかさず仕留める。逆にコンスタンツェの魔法をかわした相手は、遠間でも関係なく打ち抜くバルタザールの魔拳が倒す。

 アビスから参戦した二人は溜めに溜めた鬱憤を晴らすように暴れ回る。息の合った連携は崩れることなく続いていた。

 

「続く……死をもたらすこの槍、引けはとらん!」

 

 並行してイエリッツァが駆け抜ける。

 サリエルの大鎌──三日月状の刃が穂先に付いた槍を、目に映る敵を一人も逃がさないと言わんばかりに振るう。その様相、まさしく死神騎士。

 先の二人に続き、それ以上に敵を斬り伏せんと走り回るイエリッツァは先日の潜入で負った怪我の影響などまるでないように活き活きと戦っていた。

 

「こいつらが先生の、師匠の本当の仇……! よくも今まで散々好き勝手しやがったな!」

 

 三人に続く形でレオニーも進む。

 名工ゾルタンが鍛えた槍と弓、扱いが全く異なる武器をほぼ同時に操ってみせて、遠近どちらの敵も一人で仕留める。溜め込んできた怒りを向けられる相手がようやく見つかり、全力で戦えることにある種の喜びさえ覚えて。

 【震展(しんてん)】の二つ名、多くの手数で戦場を震わせる手腕が示す通り、隙間を埋め尽くすように飛ぶレオニーの攻撃が敵の生存を許さない。

 

 ベレト達のチームとヒューベルト達のチーム、それらと別方面から侵入を果たした彼らは大きく異なる目的を持って動いていた。

 何も難しいことではなく、むしろ単純明快と言ってもいい。

 作戦会議で決まった内容曰く『ちょっとだけ大暴れしようぜ』とのこと。大暴れなのにちょっととは是如何に。

 

 小難しい作業は他のチームに任せてしまって、彼らの役目はとにかく暴れること。移動しながら敵を倒し、また移動しながら敵を倒し、それを繰り返して相手の意識をかく乱させる。

 エーデルガルトを探して動くベレト達よりも勢いだけならこちらが上であり、その派手な戦いぶりはとても無視できるものではなかった。

 

 しかもこのチームの役目はただ戦うだけではない。

 エーギル公からの情報によって施設機能を支える動力もいくらか判明していることから、そこを叩いて拠点を麻痺させることも狙いだ。

 それを成し遂げる彼女の働きがこのチームを無視させないのだ。

 

「いっくぞおおおおお!! どぉりゃあああああ!!」

 

 巨体を活かした突進でラファエルは押し通る。

 大柄な体躯とは裏腹に素早く繰り出される拳と蹴り。その圧力で敵の壁も築いた障害も何もかも突き破って後に続く道を作り出してしまう。たくましい巨漢が大立回りをする姿は圧巻の迫力だ。

 【轍薙(わだちなぎ)】の名が表す通りに、脅威をことごとく薙ぎ払い、道のないところにも道を作り出す。

 

 そうして彼が辿り着いたのは、複数の太い管が集まっている場所。いくつも計器が取り付けられたそこは動力の流れを計測するところなのだろう。

 仕組みはこの際どうでもいい。彼女をここまで守護、案内することが役目だから。

 

「ここでいいんだなアネット?」

「うん、ヒューベルトが言ってた特徴と合ってる。ここで間違いないよ」

 

 ラファエルに続いたアネットが計器を見て確認した。拠点内部を知るエーギル公から得た情報、そしてヒューベルトが定めた破壊工作の要点の一つであると。

 

 施設の破壊には大きな火力が必要だ。このチームではコンスタンツェの魔法がそれを実現できるが、移動しながら戦いを続ける都合上、長い時間をかけて魔力を溜める大魔法は使いにくい。

 ならば代わりに手早く、瞬間的に強大な威力を発揮できる手段を用意すればいい。

 

「こういうの使い慣れてないけど……止まってる的に叩き込むだけでいいなら、あたしでもできるもんね」

 

 そう言ってアネットが手に持って構えたのは異様な形をしている大槌。彼女の身長ほどもある柄の端には禍々しく歪曲する鈍器が付いていて、蠢く紋章のオーラがその意匠を強調する。

 打ち砕くもの──彼女が持つドミニクの紋章に適応する英雄の遺産を実家から持ち出したことでこの作戦におけるチームの要になったのだ。

 

「いくよー、そぉれっ──砕塵!」

 

 大きく振り被って、全力で振り下ろす。接触の瞬間、紋章一致の戦技によるオーラが弾ける衝撃が上乗せされ、管の束をまとめて文字通り打ち砕いた。

 先のベレトが城門を壊した時に劣らない轟音が鳴り響く。その一撃だけで破壊できたと判断するのに充分な衝撃だった。

 

 アネットを轟音と爆発から守るように割って入ったラファエルは戦技がもたらした結果に目を瞠る。

 

「うおー、こりゃすげえ。アネットやるなあ」

 

 管の束どころか、近くに備えられた計器も含め床も壁もまとめて大きく凹まされてしまった様は恐ろしい威力を物語る。地形ごと抉り取る攻撃力はまさに英雄の遺産といったところだ。

 

「うう、あたしじゃなくて武器がすごいだけだよ。今のだって全然コントロールできてないもん」

 

 爆発に目が眩んだのか、顔をしかめてアネットは言う。普段の魔法で戦う自分のものとは全く違う戦果に納得できてないようで表情に満足感はない。

 

 とは言え、これで目的は果たせた。施設の破壊はできて拠点機能を大きく損なえたはずだ。

 この場に留まらず、作戦に従って次の目標へ向かわなければ。

 

「ラファエル、移動しよう。次の場所も壊しに──」

「待ったアネット。オデの後ろにいろ」

「え、なに?」

 

 走り出そうとした自分を阻むように前に出たラファエルを見て、その脇から前方を覗き見る。

 すぐ動かないとチームの仲間に置いていかれてしまわないか、疑問に思うアネットの視界で、

 

「──サンダーストーム!!」

 

 束になって落ちる大量の雷、爆ぜる稲光が巨大な何かを撃つのが見えた。

 

 あれはコンスタンツェが使う雷系の最上級魔法。

 素早く動き回る作戦のチームにいて、あのような魔力を溜める必要がある大魔法を使わなければいけない敵が現れた。

 瞬時に警戒して、ラファエルに倣ってアネットは身構える。

 

 そんな二人の下へレオニーが走り寄った。

 

「おい、二人も来てくれ、面倒な奴が現れやがった」

「なんかでっけえのが出てきたな」

「何なのあれ?」

 

 呼びに来たレオニーの視線に促された先で見えたのは、落雷の煙の中から現れた巨大な人形。

 無機質な装甲はひたすらに頑丈な性質が見て取れて、大楯と大剣を装備した姿はただ戦闘のためにあると一目で理解できる。

 一行が知る由もないその名はタイタニス。闇に蠢く者、アガルタによって作り出された巨大な戦闘用ゴーレムである。

 

 そのゴーレムが体の各所から煙を吹き出し、錆びた絡繰りのようにガタついた動きで膝を着く。両腕を落として盾も剣も取り落としてしまい、力尽きたように項垂れてしまった。

 

「あ、なんだ、もうやっつけちゃったんじゃない」

「油断するな、奥からもっと来てる!」

 

 安心しかけたアネットの言葉に鋭く言い返したレオニーは武器を弓に持ち替えて、その場から高く曲射を放つ。

 

 薄れてきた煙の奥から同じ形をしたゴーレムがこちらへ進行してくるのが見えた。

 それも三体。

 

 先頭を歩くゴーレムの頭部に当たりそうだったレオニーの矢は、ゴーレムがかざした大楯で防がれてしまう。

 そのまま向こう側でバルタザール、コンスタンツェ、イエリッツァが迎え撃ち戦闘が始まった。

 

 自分の矢が防がれたレオニーは舌打ちして次の矢を番える。

 新しい強敵が数多く現れたことを理解してアネットも気を引き締めた。

 

「すんなりやらせてはくれないってことね」

「そういうこった。面倒だけど、あいつらを倒さないと作戦継続は難しいぞ」

「よーし、負けねえぞ! オデ達の力を見せてやるんだぁ!」

 

 拳を打ち鳴らしたラファエルが駆け出すのに続いて二人も走る。

 厄介な増援はそれだけ敵の意識をこちらに引き付けられているという証明で、これを疎ましく思いはしない。むしろ他のチームがより動きやすくなるのだ。望むところである。

 士気の高まるままに三人は戦闘に加わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タイタニスは、アガルタがその技術を結集して作り上げたゴーレムだ。

 フォドラに生息する魔獣への対抗手段として、そして地上にいる獣を駆逐するための戦力として生み出された、彼らの切り札の一つ。

 

 本来であればこのタイタニスを戦争に投じて被害の拡大を狙うところだった。

 地上で起こった戦争は地上人の数を減らす大きなチャンスで、特にフォドラ各国の戦力を削るという意味では見逃せない。獣と蔑む地上人を削るために作ったタイタニスの使いどころである。

 なので帝国が始めた戦争に乗じて戦力を送ろうとしたのだが……エーデルガルトがまさかの反逆をしてみせたのだからアガルタとしては堪らない。

 

 勝手に皇帝になるわ、勝手に軍を編成するわ、挙句の果てに勝手に凶星(ベレト)を仲間に加えるわ、飼い犬に手を噛まれたようなもの。

 仕方なくその時動かせた人工魔獣をガルグ=マク襲撃に出せたのもあって首領タレスの手で凶星を谷底に落とせたものの、今度は激怒したエーデルガルトによって帝国との協力体制が崩されてしまう。

 それから五年にも渡って続いた戦争にはまともな戦力供給もできず、期待していた地上の被害はほとんど出ていない。

 大きな戦いが起こりかけても撤退や切り上げる判断が妙に早く、賢しくも生き延びる獣共の数は多いまま。

 

 そんな経緯もあって、タイタニスは出番のないまま死蔵されて今に至る──というのがアガルタ側の事情だ。

 

 エーデルガルト奪還のため、ベレト達がここシャンバラに侵攻してくると予想したコルネリアがタレスに進言して、この地下に備えていたタイタニスを起動させたのは英断だったのだろう。

 たださすがに彼らの動きがこんなにも早いとは思っていなかったのか、始まった戦闘ではいきなり主導権を奪われて都市の奥まで侵入を許してしまった。

 しかしそれは相手を逃げられない奥地へ誘い込んだとも言えるのだ。

 

「うおおおおおぉ!!」

 

 咆哮と共にディミトリが振り上げたアラドヴァルが、タイタニスの大剣を真っ向から弾いた。

 ぐらついたところに向けて、ディミトリに守られたローレンツとリンハルトがすかさず魔法を飛ばして相手の片脚を撃つ。同時に着弾した衝撃で大きくバランスを崩した巨体が倒れかける。

 そこへ横合いからヒルダが走り込んで、

 

「いいかげんに、してよね!」

 

 すれ違いに振り切ったフライクーゲルが大楯を叩き落した。

 無防備になったそこを【魔刃(まじん)】の一撃が襲う。

 

「──ハデスΩ×4!!」

 

 リシテアが放った四条の闇の奔流がタイタニスに殺到し、十字を描くように着弾する。莫大な魔力が炸裂したダメージには耐えられず、巨体は砕けて倒れた。

 

 同時に、もう一体。

 

 カスパルとドゥドゥーが二人がかりで大剣を受け止めると、逆側からレアの魔法とクロードの矢がタイタニスを襲う。それらは大楯で防がれてしまうも衝撃で足を止めさせて、巨体の動きを一瞬だけ封じた。

 そこへ空高く飛んだベレトが墜落しながら天帝の剣を展開して、城門を破ったあの一撃を真上から叩き込む。

 

「──破海!」

 

 影が見えた時にはもう遅い。隕石が墜ちたような巨大球の勢いを余さず受けたタイタニスはその攻撃がトドメとなって、全身をひしゃげて潰された。

 

 着地して天帝の剣を戻したベレトは仲間に呼びかける。

 

「みんな、大丈夫か?」

 

 それまで続いた快進撃を止めたタイタニスの出現は彼らに少なくないダメージを与えていた。

 敵もなりふり構わなくなったのか、現れたゴーレム達は建物を気にせず戦って時に破壊しながら暴威を振るうようになった。並の魔獣よりも大きな体が暴れて、崩れた建物が道を塞いでしまうのだ。

 

「リンハルト、俺よりドゥドゥーに回復魔法をかけてやってくれ。こいつが一番攻撃を受けてる」

「分かった。カスパルはまだ平気?」

「おう、お前に教えてもらったビショップの回復もあるからな。まだまだいけるぜ」

「ぐ……すまない、リンハルト……助かる」

「前衛のドゥドゥーがいるから僕ら後衛は安心できるんだ。言いっこなしだよ」

 

「クロード。傷を隠したりしてないかね? 全体指揮の君に何かあれば進行に差し障る。ここは隠し事をするところではないぞ」

「おいおい気にしすぎだぜローレンツ。俺だってこんな時に秘密主義を出したりしないよ。信用ないなあ……」

「普段から信用を損なう態度を取ってるからですよ。心配くらい甘んじて受ければいいんです」

「だよねー、クロード君は前科があるんだし」

「リシテアもヒルダも勘弁してくれ……俺も反省してるってば」

 

「ドゥドゥー達も疲労が嵩んできたな。せめてこの開けた場所を抜けたいが……」

「焦りは禁物ですよディミトリ王。現状、我々の戦闘は優位を保てています。ここで態勢を崩すことがあってはいけません」

「レア様の仰ることは分かります。ですがこうも奥に踏み込んでもエーデルガルトの気配がないことは気掛かりです」

「焦燥は徒労の友、と言います。心を強く保ちなさい。希望を繋ぐために私達はここへ来たのですから」

「……はい、肝に銘じます」

 

 今のところは、疲労こそあっても戦線が崩壊するほどではない。

 掛け合う声には力があり、軽口を叩く余裕もある。まだ戦うことはできる。

 まだ充分に戦意があると見てベレトは周囲を見渡した。

 

 ここはシャンバラの中でも開けた場所だ。恐らく、何らかの実験をする広場。

 少数の利点を活かして建物の間を縫うように移動していたベレト達は、突如出現したタイタニスに追い立てられてこの広場へ押し込まれた。

 一体だけなら何とでもできただろう。しかしそこから二体、三体と現れては挟み込まれないように通路を飛び出すしかなかった。

 

 現時点で倒したタイタニスは五体。全て倒すことはできたものの、時間と体力の消耗は思いの外大きい。

 

「先生、見えてる限りの魔導砲台は壊せました。周りにあった四つ、沈黙してます」

「助かったイグナーツ。そのまま警戒を頼む」

「はい!」

 

 広場で戦っていたところ、離れた位置から魔力の弾を飛ばしてくる砲台があるのをイグナーツは見つけていた。

 タイタニスを相手取る仲間の邪魔はさせないと、彼はその場から遠方への曲射だけで砲台を潰して回ったのだ。仲間と離れ過ぎないようにするためとは言え、大した眼力と命中率である。

 戦果を挙げたイグナーツは気合い充分に返事して、倒したタイタニスの陰から周囲を見渡す。

 

 ここで潰した四つの他、広場が射程範囲に入っていた砲台は三つあった。これまた一行は知る由もないが、ヴィスカムという名の兵器である。

 ヒューベルトが機能を止めたり、アネットが動力を断っていたおかげで動かせてなかったその三つまであったら、ここでもっと被害が出ていたかもしれない。

 

(向こうの狙いは何だ?)

 

 ベレトは考える。アガルタ側の動向が変わっていると感じたから。

 

 シャンバラは彼らにとって拠点となる地下都市。このような場所が他にあるとは思いにくい。

 そんな重要な拠点の中でああして巨大ゴーレムを動かして周囲の破壊を気にしないで戦わせるのは、ある種の暴走と言ってもいい。

 

 タイタニスは大きな戦力だろう。魔獣が相手でもあれだけで対応できるであろう強大な力だ。地上で出現すれば一体だけでも混乱をもたらせるに違いない。

 そういう存在を自分の庭で動かすということは、そうせざるを得ない、そうするべき事情が相手にあるからではないか。

 

(俺がいるから? ……いや、たぶん違う)

 

 先ほど感じたタレスの憎悪から、ここに来たベレトを何としても仕留めるために戦力を投入したのかと考えるが、理由としては弱い。

 彼らアガルタは数千年も息を潜めて、神祖とそれに連なる眷属を討つ機会を狙い続けてきた者達だ。お目当ての敵が自分の庭にやってきたからと言ってそれだけで焦りを見せるだろうか。

 

(じゃあ、時間稼ぎ?)

 

 この地下都市に被害を出してでも敵の進撃を阻まなければいけなかった。

 侵入者を足止めして特定の場所に近付けさせないため。今取り掛かっている作業の邪魔をさせないため。

 もしそうだとしたら、何が彼らをそこまでさせてるのか。

 

 決まっている。エーデルガルトだ。

 手中に収めたエーデルガルトが彼らを急がせている。

 シャンバラでしかできない何かにエーデルガルトを使おうとして。

 

 そんなベレトの予感を肯定するように、悪辣な声が降りかかる。

 

《愚か……実に愚かなり……》

 

 侵入する前に聞いたのと同じ拡大された声が広場に響いた。何が楽しいのか、先ほどより浮ついた声色だ。

 僅かに息を入れていた一行は即座に武器を取って身構える。

 

《まるで檻の中で暴れる獣……自ら地の闇に踏み込んで、玩具と戯れる様は実に滑稽である……》

 

 せせら笑っているのだろう。見下す喜色を隠さない声が響き渡る。

 その声が響いてくる方向を見極めて、カスパルが力強く言い返した。

 

「はっ、生憎だったな! その玩具も俺達がぶっ壊してやったぜ! 次はお前らの番だから覚悟しておけ!」

「いやカスパル、たぶん向こうもまだ出してくるものはあると思うよ」

「え?」

 

 横から挿し込まれたリンハルトの言葉に思わず呆けた顔になるカスパル。

 

 そう、この程度で終わりだとは思えない。敵の力は侮れないのだ。

 ここまで順調に進めたように見えて、結局目的であるエーデルガルトは見つけられていない。最初こそ優勢だった戦いも、少数のこちらは継戦能力に不安がある。

 よって急いで奥へ踏み込みたいのだが、タイタニスとヴィスカムという障害に手間取らされているのが現状である。

 

 そしてリンハルトの懸念が正しいのだと言うように、タレスの声は続いた。

 

《これほどはしゃぐ貴様らはただの玩具では物足りなかったようだな、申し訳ないことをした……詫びとして、いいものを見せてやろう……!》

 

 楽しそうな、どこか自慢げな声が終わると同時に戦場に変化が生まれる。

 広場の離れた位置の壁が轟音を立てて崩れ、その向こうからいくつもの巨大な影が現れた。

 

「またあのゴーレムですか!」

「小癪な、数を増やそうと我々は止まらんぞ!」

 

 次々に数を増やしたタイタニスの数は八体。ご丁寧に横一列に並んでこちらに向き合い、崩した壁を埋めるような構えを取る。

 

 戦いはまだ続くのか。早く奥へ進みたいのに。

 一行の心に微かな焦燥が生まれる、そんな時だった。

 

「おい……中央に何かいるぞ」

 

 フェイルノートに矢を番えたクロードが怪訝な表情で言う。

 崩れた壁によって大量の土煙が舞い上がっていたが、それが落ち着いて少しずつ見晴らしがよくなってきた。タイタニスの下半身を覆っていた煙の中に何かが立っているのが分かる。

 

 そこにいるからには敵であることは間違いない。

 新手か。ゴーレムに並ぶ脅威が現れたか。タレスが言っていた『いいもの』とはあれのことか。

 身構える一行の視線の先で、土煙が晴れてその姿が明らかになっていく。

 

「……待って」

 

 最初にヒルダが小さく呟く。

 

 『それ』は異形だった。

 

「なん、て、ことを……!」

 

 口元を覆ったレアが絶句する。

 

 魔獣を思わせる見た目。

 盛り上がった体から歪な翼と尻尾が生えている。

 

「あれは……魔獣化した?」

「馬鹿な、ありえない! 彼女がそんなことになるなど!」

 

 呟いたドゥドゥーにディミトリが鋭く反論する。

 

 体の大きさに反して手足はかなり長い。

 背丈はタイタニスの半分ほど。

 

「嘘だろ……冗談きついぜ」

「こんな、こんなおぞましいことが、あっていいんですか!」

「ええい狼狽えるな!」

 

 呻くクロードと叫ぶイグナーツをローレンツが一喝する。

 

 間違いなく人ではない。

 なのに『それ』は人だと分かった。

 

「どうして……よりにもよってあんたが、ここまでされなきゃいけないのよ!」

 

 悲痛に顔を歪めたリシテアが怒鳴る。

 

 人の形をしていた。

 よく知っている顔だった。

 

「……エーデルガルト」

 

 ベレトが静かに名を呼ぶ。

 

 『それ』はエーデルガルトだった。

 

《刮目せよ、この姿を……貴様らが求めたものを……! これこそ、地上の獣共を薪として自らを燃え上がらせる炎帝の終着点、我らアガルタの最高傑作にして、女神に連なる全てを滅ぼす尖兵、覇骸皇帝エーデルガルトである!》




 原作をリスペクトして、ゲームにある要素を可能な限り取り入れるのが本作です。
 なのでこれが出てくると予想していた人も多かったでしょう。

 クロード、ディミトリ、レアとそれぞれ戦って希望を繋いできたベレト。
 最後はエーデルガルトだ。さあ、助けてみろ。

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