好きな子の為ならば、俺はもしかしたら勇者を超えられるかもしれない。   作:モンターク

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赤毛の少年と幼き少女、聖なる夜の冒険

「…………」

 

「…………」

 

ラティナとルディはマルセルのパン屋にバターを貰いに行くため、聖夜の夜道を歩いていた。

 

二人の間に会話らしい会話はない。

聖夜ということもあってか、人通りもなく、とても静かである。

 

しかし、二人の心の中の声は冷静ではあるものの静かと言えるものではなかった。

 

(ってか……どさくさに紛れてカッコつけて……何やってんだ俺……?それに今……)

 

(…さっきのルディ…かっこよくて……ふぇっ……!……あと、今……)

 

ルディとラティナは『それ』に目を向ける。

 

((手、握ってる……))

 

心の声が重なる恋人。

仲睦まじい事この上ない。

 

 

「なんか、静かだな」

 

少し歩いた後、ルディが隣を歩くラティナにそう声を掛けた。

すると、ラティナは短い答えを返す。

 

「……聖夜だもん」

 

「だよな……」

 

(うっ……気まずい……)

 

(ふぇぇ……怒ってるみたいになっちゃった……何話せばいいか分からないだけなのに……)

 

先ほど喧嘩したせいだろうか?

付き合う以前のような……もどかしい無言の時間が続いていた。

 

その無言に耐えきれなくなったのだろう。

次はラティナがルディに声を掛ける。

 

「……アンデッドも出て来ないね?」

 

「だな……」

 

「ラティナ、こわがりすぎだったのかな……?」

 

「かもな……」

 

そして、会話が弾む事も、アンデッドが現れる事もなく、二人は目的地であるマルセルのパン屋へとたどり着いた。

 

しかし、その道中、握っていたその手を離す事だけはお互い絶対にしない二人であった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

マルセルのパン屋はもちろん店を閉めており、ラティナはどう入ろうか悩み、頭にはてなを浮かべる。

 

「うーん、どうしよう?」

 

そんなラティナを見て、ルディは確認を取った。

 

「ラティナは店閉めてるマルセルの家に来るのは始めてだったか」

 

「うん」

 

「ここも虎猫亭と一緒だよ。裏口がある。こっちだ」

 

ルディに手を引かれ、ラティナはパン屋の横手の路地に入っていく。

 

狭い路地を少し進むと、虎猫亭の裏口と同様の小さな扉が見えた。

 

コンコン

 

ルディはノックをするが、返答はない。

 

「警戒してんのかな?」

 

「そうかも……」

 

再びルディは扉をノックする。

次は呼び掛けも同時に行った。

 

コンコン

 

「すいませーん、鍛冶屋のルドルフと虎猫亭のラティナでーす」

 

すると、その数秒後、扉が開き、マルセルが顔を出した。

 

「ルディにラティナ……こんな日にどうしたの?」

 

「マルセル、バターある?虎猫亭で使うバターが無くなっちゃって……」

 

ラティナがそうねだると、マルセルは合点がいったというような表情をする。

 

「あーお店のバターがなくなっちゃったけど、市場はやってないし、聖夜だしって事で二人でここに来たってわけね」

 

「すごいね、マルセル」

 

「よく分かったな……」

 

「まあ状況から考えてってやつ?……で、バターだったよね。ちょっと待っててー。外は危ないし中入って扉閉めていいから」

 

マルセルはそう言って奥の方へと入っていき、ルディとラティナは言われた通り中に入り、そのまま待つことにした。

 

そして、数分後。マルセルがバターケースとなにやら小さな袋を持って戻ってきた。

 

「はい。バターこれで足りる?」

 

マルセルは二人にバターケースの中身を見せる。

 

「これ……量多くないか?」

 

ルディは分量がわからないため、そう呟くがラティナは大きく頷いた。

 

「うん!シェパーズパイ何人分か作るだろうし、ちょっと多いくらいがちょうどいいよ」

 

「お父さんとお母さんも同じ事言ってた」

 

「そーいうもんなのか?」

 

料理に関しては何一つわからないルディであった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

「あと、これも持っていって」

 

マルセルにそう言われ、バターと一緒に小さな袋に入れられたケーキも貰ったルディとラティナは、日も落ちた暗い夜の中、来た道を戻っていた。

 

「これ、いらないって言ったのにね……。ケーキならケニスがいつも作るし……」

 

「いつも同じケーキじゃつまんないだろ。たまにはいいじゃんか」

 

「そうかな?でもせっかく貰ったんだし、味わって食べなきゃだねっ」

 

「新しく買い直したバター返しに来る時、食べた感想言ってやらなきゃな!」

 

「そうだねっ」

 

「まあ、それこそマルセルがバターはあげたやつだからいらないとか言い出しそうだけど……」

 

「それはダメだよ。お店のやつだもん。ちゃんと新しく買って返さなきゃ」

 

「まあ、ラティナの押しがあればマルセルも受け取るだろ」

 

「なんか、ラティナが押し売りするみたいな言い方……」

 

「まっ、確かにそうだな」

 

「むーっ……」

 

行きとは違い、二人楽しく会話しながら夜道を歩いていると、そこに黒い影が集まってきた。

 

そして、気が付いた頃には──

 

「メッセ・ヨリア・ジュウ……」

 

「ニク・シリア・ジュウ……」

 

「「……っ!?」」

 

謎の呪詛を唱え続けるアンデッド『ヘルブラックサンタース』に四方を取り囲まれてしまった。

 

「……ラティナ、ここ動くなよ」

 

「……ううん、ルディが逃げて。ラティナ、浄化の魔法ちょっとだけならわかるからっ、アンデッドに剣効かないでしょ……?」

 

ラティナの言う通り、アンデッドには剣や弓などの物理攻撃は一切通用しない。

アンデッドに対抗することが出来る手段は、基本的には魔法だけだ。しかも『天』か『冥』属性に限られる。

 

ラティナは『天』と『冥』と双方の属性を、デイルは『冥』属性を扱えるため、この場を凌ぐ事が出来るが、ルディは魔法適正がないため、アンデッドに対抗する手立てがない。

 

しかし、ルディは不敵な笑みを浮かべ、こう言った。

 

「言ったろ。『あれから必死に修行して、前よりは強くなってる』『強くなった俺の姿をラティナに見せる』って」

 

「でも、アンデッドに剣は……」

 

「わかってるよ、そんなこと。誰も剣で戦うなんて言ってない」

 

ルディの自信に満ちた表情にラティナは心配しつつも、こう問い掛ける。

 

「……どうするの?」

 

「まあ、見てろって。すぐに逃げられるように準備はしといてくれ」

 

その言葉にラティナは目を瞑り、両手を胸に当てて、首から下げているルディからもらったペンダントを握り締め、そして深呼吸をした後、ゆっくりとこう言った。

 

「……わかった。ルディを信じる」

 

「……ありがとな、ラティナ」

 

 

ルディはラティナとそう話しながらも、辺りを取り囲むサンタースの群れ全域に注意を向け、警戒は決して緩めていなかった。

 

(相手はアンデッド……倒し方は先生に教わってる……ここを凌いで逃げ帰るくらい、俺でもやれるはずだ)

 

ルディは先生の言葉を思い出す。

 

『いいか、ルドルフ。加護もない、魔法も使えない俺やお前みたいな剣士にとって一番相性の悪いモンスターがアンデッドだ。やつらには物理攻撃は通用しない。だがな、倒せない訳じゃない……。そのやり方を教える。まあ、言ってみれば簡単なことだ……』

 

ルディは警戒を緩めずに辺りを見回しなながら、ゆっくりと右手をポケットに入れる。

 

「リア・ジュウ・バクハ・ツシロ……」

 

「ソウイ・ウコト・ハイエ・デヤレ……」

 

サンタースが二人に迫る。

 

(チャンスは一回キリだ。もっと引き付けて……)

 

「カワイ・イカノ・ジョウ・ラヤ・マシイ……」

 

「オー・レモカノ・ジョホシイ……」

 

(…………)

 

「ルディ……」

 

怖がるラティナがルディの服を掴む。

 

ルディはアンデッドを引き付けて……

 

「…………今だっ!!

 

ポケットから無数の護符を取り出し、それをサンタースの群れへと投げつけた。

 

この護符はアンデッドが家に入ってこないよう玄関の扉に掛けておく魔除けの符だ。

 

この護符には『天』属性の浄化魔法と同じ効果があるため、これを投げ付けられたサンタースはスーっと光を浴びて消えてしまった。

 

そして、投げなかった方にいたサンタースもその護符を見て、ゆっくりと後ずさっていく。

 

サンタースがある程度離れたのを確認したルディはラティナの手を引いて、走り出した。

 

「逃げるぞっ!ラティナ!虎猫亭まで走れるか?」

 

「う、うん…っ!」

 

そして、二人は聖夜の夜道を駆け、虎猫亭へと帰っていった。

 

その握られた手を見て、ラティナが走りながらも顔を赤くしていたのは言うまでもない。

 

 

――――――――――――――――

 

 

そして、帰って来た二人はケニスやリタ、ジルヴェスターや他の常連達に心配されながらも温かく迎え入れられた。

 

「ただいまぁ~」

 

「ただいま、帰って来ました」

 

「おお、ラティナ、ルディ!大丈夫だったか?」

 

「おかえり、二人とも。テオはもう寝ちゃったわよ」

 

「兄ちゃん、ちゃんと嬢ちゃんを守れたようだな」

 

「さすがは『赤き勇者』だな!」

 

「やるじゃねぇか!!」

 

聖夜の小さな冒険をいつもの皆に話すルディとラティナ。

 

ケニスが忙しくて作れなかったケーキの代わりにマルセルから貰ったケーキと

(走って逃げ帰ったせいでケーキは崩れてしまっていたが……)

ラティナが同じくマルセルから貰ってきたバターで作ったシェパーズパイを皆で食べながら……

 

聖なる夜はあっという間に過ぎていってしまった。

 

――――――――――――――――

 

「兄ちゃん。嬢ちゃん。来年もよろしくな」

 

「はい!よろしくお願いします!!」

 

「来年もお店来てね」

 

「もちろんだ。じゃあな」

 

「アンデッド気をつけてねー」

 

ラティナの声に振り向かずに手を振って、ジルヴェスターは帰っていった。

 

 

常連達も皆、家へと帰り、虎猫亭に残っているのはケニスとリタとすでに眠ったテオドール、そしてルディとラティナのみとなった。

 

「さて、後片付けは俺とリタでやっておくから、二人はもう寝ろ」

 

「えっ、でも……」

 

ルディはキッチンに山のように積まれた食器を見て、心配そうに声を出す。

 

「そうだよ、ケニス。ラティナまだお仕事するよ?」

 

ラティナもそう言うが、それに対してリタが答えた。

 

「二人とも今日は疲れたでしょ。夜も遅いし、まだ11歳のあなたたちに深夜労働は流石にさせられないわ。テオも寝たし、後は私とケニスでやっておくから二人はもう寝なさい」

 

ルディとラティナは「でも……」と言って意見を曲げない。

そんな二人に諭すようにリタはこう続ける。

 

「それに寝不足で新年を迎えるより、気持ち良く新年を迎えた方がいいと思わない?明日はお店休みにする予定だから、デートでも行ってきたらどう?」

 

そのリタの言葉に二人は顔を紅潮させながら静かに首を縦に振った。

 

 

そして、寝る準備を済ませた二人はルディが泊まる客室の扉の前でこう言葉を交わした。

 

「じゃあ……お、おやすみ。ラティナ」

 

「う……うん。来年も…よろしくね」

 

「おう、来年も……」

 

「……うん。おやすみ」

 

 

彼と彼女がお互いの顔を紅潮させず、自然に「おやすみ」を言えるようになるにはまだまだ時間が掛かりそうである。

 

しかし、そんな彼らの絆はどの恋人達よりも深く、決して壊れる事がないことだけは確かであった。

 




というわけでクリスマス編でした。
距離がなー
まだなー……仕方ないね
まあ滅茶苦茶深いし………うん。

次回投稿は前回後書きでも記しましたが私自身の故障のためかなり遅れますが、なんとかしますのでしばらくお待ちを……
予定通りならば次回から2年ほど年を進めます。


では少し早いですが良いお年を。

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