IS‐護るべきモノ-   作:たつな

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渦巻く陰謀

 

 

(い、言っちゃった……)

 

 

ピットで一夏から逃げるように自室へと戻ってきた簪は、シャワールームで温かいシャワーの雨を浴びながら高鳴る胸の鼓動を抑えようとしていた。

 

これまでにない感覚、どうすれば良いのか分からないこのドキドキとしたもどかしい感情。一般世間で言う『恋』というものになるのだろう。

 

異性に対して下の名前で呼ばせること、それは更識家にとっては特別な意味合いがあった。

 

声に出すことなく、一夏の名前を口ずさむだけで幸せな気分になる。温かくも優しい、自身の気分が紅潮する感覚。そこに不快感というものは一切存在しなかった。

 

 

自身の胸をそっと手で触れる簪、決して自分のサイズは大きくない。

 

 

「本音は、いいなぁ……」

 

 

ボソッと親友の名前を呟く。

 

普段着ている制服があまりにもオーバーサイズで端から見たら全く気づかないものの、本音の持ち合わせている胸部装甲は中々に平均的な大きさを遥かに凌駕していた。

 

自身のサイズと比較すると、ツーカップもサイズが違う。同い年だというのにここまで発育に違いが出るのかと、彼女の成長ぶりにため息をつくことしか出来なかった。

 

本音はもちろんだがその姉である虚もかなりのスタイルを誇る。

 

そして自分の姉、楯無も……。

 

 

「っ!!」

 

 

楯無の存在を考えた途端に火照っていた身体の温度が急降下していくのが分かった。

 

姉と比較してコンプレックスを抱える自分に嫌気が差し、両腕を抱える。

 

 

「楯無……姉さん」

 

 

かつては仲の良い何処にでもいるような姉妹だった。

 

姉は妹に大量の愛情を注ぎ、妹はその偉大な姉の後ろ姿を追い掛ける。過去も今も、楯無が憧れであって尊敬する存在であることには変わらない。

 

優しく、優秀で、強くて、人を惹きつける魅力もある。暗く人見知りで引っ込み思案な自分とは違って、常にスポットライトが当たる太陽のような存在。

 

完全無欠、非の打ち所の無い存在とはまさに彼女のような人をいうのだろう。

 

眩しい存在はやがて簪に影を差し、温かな木漏れ日は不快感を孕む灼熱の温度へと変わり簪の翼を剥ごうとしていた。

 

 

私はどれだけ頑張って足掻こうともあの人には勝てない。

 

決して手の届かない雲の上の存在。

 

 

―――無意識的に彼女と距離を取り始めたのはいつからだろうか。

 

―――その頼りがいのある背中を追おうと思わなくなったのは。

 

―――屈託な笑顔で笑う大好きな顔を見れなくなったのは。

 

―――同じ『更識』の名を背負うことを苦痛に感じ始めたのは。

 

 

嫌いか、と言われるとそういうわけではないとハッキリと言い切れる。

 

姉と妹、その『更識』の名前が簪により劣等感を覚えさせる原因となっていた。

 

自分と姉は真逆だ。

 

明るく人懐っこく誰とでも仲良くなれて友達も多い姉に対し、引っ込み思案で人見知りの激しい自分。

 

何でも手際よくそつなくこなす姉に対し、不器用で一つの作業を終わらせるのに時間が掛かる自分。

 

が、一度学んだことをしっかりと理解してインプット及びアウトプット出来る簪も十分すぎる程の秀才だ。それでも姉との間にあるあまりにも大きすぎる壁は、簪を楯無から遠ざける切っ掛けになった。

 

 

「でも……平気、姉さんは姉さん、私は私……」

 

 

自分のことを簪と呼び捨てにしてくれる一夏がいる限り、そのプレッシャーに押し潰されたりはしない。

 

やっと見つけたヒーローは笑顔が眩しい人だった。

 

 

「織斑……一夏」

 

 

再び彼の名前を呼ぶ。

 

名前を呼ぶだけで活力が湧き上がってくる。

 

自分にも感じたことのない力が簪を支配する。

 

だからもう自分は―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました!」

 

 

夕暮れ時のアリーナに元気のよい声が響き渡る。

 

紅椿を纏う箒は機体を解除し、まるで剣道の試合後のように深々とお礼をする。凛とした一つの芸術のような一礼ではあるものの、アリーナの雰囲気には合うものでは無かった。

 

上空からひらひらと旋回しながら機体を着陸させようとする操縦者が一人、それは。

 

 

「やーねぇ、そんなに堅苦しい雰囲気じゃなくてもいいのに。まぁでも、箒ちゃんらしいわね」

 

 

楯無だった。

 

地面に着陸するとIS武装を解除して箒の下へと歩み寄ってくる。タッグマッチのパートナーとして、箒にIS稼働の基礎を放課後の時間を使って指導していた。

 

これまでは胴着を纏い剣道場で修練を重ねていた箒は、ペアが決まってからはほとんどの時間を楯無との訓練に時間を費やしていた。

 

普段の授業では千冬から教えを受けていることがほとんどで、雰囲気も厳格かつピリついている。一方楯無の教えも優しいわけでは無いが、授業の時のようなヒリヒリした雰囲気は無いため失敗を恐れずに取り組むことが出来ていた。

 

授業が終わってから二、三時間ほど、ほぼ休息する間もなくあっという間に時間は過ぎ去っていった。時間が短く感じるのはより集中して取り組めているからだろう。

 

 

「いえ、礼を欠いては剣士とは言えません」

 

「ふふっ、剣士って」

 

 

何処の時代を生き抜いているのかと思わず楯無は苦笑いを浮かべる。

 

 

「そうだ、箒ちゃん。今日は一緒に夕御飯を食べましょうよ。二年生の寮食堂、案内してあげる」

 

「え? あ、いや、私は」

 

 

一夏の様子を見に行こうと……と言おうとしたところでハッとなり、言葉を続けられなくなる。

 

これでは自分が一夏のことを気になっていると公開しているようなものではないか、ブンブンと頭を振って雑念を振り払うも楯無はまぁまぁと半強制的に了承させられてしまった。

 

 

「はい、決まり。いこいこ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 私はまだ―――」

 

「いいから来なさいってば」

 

「は、はぁ……」

 

 

楯無にウインクをされて箒ははぁとため息を吐くことしか出来なかった。

 

ある意味人を巻き込むことに関しては天賦の才があるのだろう。箒としても楯無に言われると断れない独特な雰囲気を感じ取っていた。

 

それでも楯無の言動に対して箒が不快感を覚えたことは一度もない。今回のやり取りももし楯無でなければどうだっただろう、きっとハッキリと拒絶、断っていたに違いない。人の懐に潜り込むのが上手いように見える。楯無を尊敬する後輩が多いだけではなく、友達も多いともっぱらの噂だ。

 

今も手を引かれながら更衣室に向かっているが、ふと昔のことを思い出してしまう。

 

自身の姉、篠ノ之束が本格的なIS開発者として活動する前の幼き日の思い出。姉のことをしたい、少しでも一緒にいたいと後ろを付いて歩いていたあの日々。

 

少なくともかつては姉のことが大好きだった。

 

だが頼もしかった背中が年齢を重ねていく内に自分とのスペックの違いに驚き、自分とは全く違う生き物として認識するまでは。

 

生まれ持った才能の違い、自分はどうあがいても姉にはなれない。

 

 

「ちょっと、箒ちゃん。大丈夫? 何か難しい顔しているけど」

 

「あ、は、はい」

 

「考え事かしら。女の子は怖い顔じゃなくて笑顔でいなきゃね」

 

「え、笑顔?」

 

「そうそう、例えばこんなふうに……こちょこちょこちょ!」

 

 

不意に箒との距離を縮める楯無、まさか急に来るとは思わず箒も反応が遅れる。

 

一足一刀の間合いを飛び込むと両手をワキワキとさせて、その無防備なISスーツ姿の箒の脇の下をこちょこちょとくすぐった。

 

 

「ぶはっ!? あははっ! や、やめ……あはははっ!!」

 

「眉間にシワを寄せていると老けるわよ!」

 

「わ、分かった、からっ! や、やめてくだ……あはははっ、ははっ、はははっ!」

 

 

こちょこちょと、人が敏感に感じる部分をくすぐる楯無。その手つきから何処をくすぐれば人が笑うかを熟知しているようだった。

 

そこから数分間箒は楯無のくすぐり攻撃の前になす術なく笑い倒すことに。やっと終わった時には既に息も絶え絶えの状態であり、キツイ修練が終わった後のように酸素を取り込もうとして何度も深呼吸を繰り返した。

 

箒の様子にニヤニヤと満足そうな表情を楯無は浮かべる。してやったりと言わんばかり表情である。

 

そんな楯無に対しても強く言い返せないのはやはり彼女の性格が大きく影響しているようだった。

 

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 

「んー箒ちゃんも反応が良くて可愛いわね。これから定期的にくすぐりに行こうかしら」

 

「や、やめてください!」

 

「あはは、冗談よ冗談……話は変わるんだけどさ」

 

「こ、今度はなんですか?」

 

 

くすぐりの次は何かと引きつった表情のまま、楯無から距離をとり自身のロッカーを開ける。

 

楯無は先ほどまでのケラケラとした雰囲気ではなく、少し引き締まった、だが何処となく淋しげな雰囲気で言葉を続けた。

 

 

「箒ちゃんってさ、実のお姉さん。束博士のこと敬遠している?」

 

「……」

 

 

思いもよらぬ楯無からの質問に口籠り、考え込む。

 

自分の姉について尋ねられたのは久しぶりだった。言われてみると無意識に敬遠しているつもりはある。先日までは嫌悪感しかなかったが、最近になってようやくその感じは薄れてきつつあった。

 

それでもまだ相対すると、過去のことを思い出してしまう。思い出したくもない忌々しい記憶を。

 

ただし、今どうかと言われたらこれはハッキリ言える。

 

 

「過去は色々とあって敬遠してましたが……今は、決して嫌いなわけではないです」

 

「そう。良かった。家族だから仲良くしないとね……私が言えた試しでは無いんだけど」

 

「え? 何ですか?」

 

 

最後の言葉が聞き取れずに箒は聞き返す。

 

 

「ううん、何でもない。さ、箒ちゃん、シャワーいきましょう?」

 

何でもないとぼやかされ、それ以上の真意は聞くことが出来なかった。

 

 

「え、私は自室で……」

 

「こらこら、汗臭いままだと男の子に嫌われちゃうわよ?」

 

 

楯無の言う男の子というのは一人しかいない。

 

厳密には二人のうちのどちらか、ではあるものの、箒が好意を寄せているのは一人だけだ。誰のことを指しているのかが分かり、かぁっと顔を赤くさせる。

 

 

「ほらほら、もうこの時間ならシャワールームには誰もいないだろうからさ。貸し切り貸し切り!」

 

「わっ! ち、ちょっと待ってください! ひ、一人で歩けますから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

シャワーがノズルから溢れ出る音と共に水滴が全身を伝って、床へと流れ落ちていく。伝う水滴が全身の汚れと一日の疲労をすべて洗い流してくれるようだった。

 

普段は大勢の女生徒たちで賑わうシャワー室だが、時間が時間故に利用者は楯無と箒の二人しかいない。いつもなら水滴の音よりも生徒たちの話し声の方が響いているのだが、この時は全くの逆の状態だった。

 

だが箒にとっては人数が少ないのは好都合であり、共用のシャワー室を嫌がった一つの理由でもある。自室のシャワーと違い、シャワー室はボックスタイプの部屋で囲われており、隣の部屋は身長の半分くらいしかない仕切り板が挟んであるだけだ。

 

つまり隠れているのは首下から足元までであり、かつその仕切り板も半透明の曇りガラスになっているため、完全に肉体は見えずともシルエットでスタイルが丸わかりの状態だった。

 

箒のバストサイズはクラスの中……否、学年の中でも一位、二位を争うほどの大きさを誇るために、周囲からの視線は常に釘付けになる。

 

折角気持ちよくシャワーを浴びたい中で、周りからジロジロと自分のバストを見られていては落ち着いて入れやしない。だからシャワールームを使うことに抵抗があった。

 

手で四肢を洗い、顔をゴシゴシと擦り汚れを落とすと顔を上げ、同時に長い髪がふぁさっと靡く。

 

スタイルはもちろんのこと日本美人を連想させる黒髪。端から見れば大和撫子そのものだ。

 

 

「はぁ、気持ちいいわね」

 

 

隣りにいる楯無が声を上げる。

 

ある意味スタイルでは引けを取らない楯無が隣にいるのもそこまで抵抗なくシャワー室に入れた理由だったりする。ちらりと視線を向けるが間違いなく大きい、それはハッキリと断言出来る。自分と違う部分があるとすると楯無は無駄な肉が付いておらず、スラっとした身体つきに出るところは出ていた。

 

すぅっと視線を下げて自身のお腹を見る。

 

普段から厳しい鍛錬を積んでいるが故に、だらしなく贅肉が垂れ下がっているなんてことは無いものの、くびれているだけでなくラインが入っている楯無の腹筋と見比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 

一夏はどのようなスタイルが好みなのだろう。華奢なタイプが好みとなると自分は当てはまらない故に、本気でダイエットをしようかとも考えたが、箒は箒らしくあればいいなんてことを一度言われたことで踏みとどまった。

 

好きな人にそう言われたら無理してまでダイエットをしようとは思わない、何なら変にやつれたら一夏の性格上心配してくるに違いない。

 

いらぬ心配は掛けたくはなかった。

 

 

「ねぇ、箒ちゃんはお風呂派?」

 

 

先ほどから一言も発しない箒に楯無が声を掛ける。

 

 

「あの、楯無さん。話題を変えてしまって申し訳ないんですが……」

 

「うん?」

 

「その、さっきの話なんですけど」

 

「さっき……お姉さんの話かしら」

 

 

楯無の返しにこくんと小さく頷いた。

 

話題を変えたことに罪悪感を覚えつつ言葉を続けていく。

 

 

「嫌いではないんです。専用機をくれたことも感謝しています」

 

「うん」

 

「でも、分からないんです。姉が何を考えているのか……」

 

 

過去は理想の姉妹と言われるほど共に居た二人は年月を経て離れ離れになった。

 

自身が無力なことに嘆いて、姉と連絡を取り専用機を用意してもらったわけだがどうしてすぐに用意できたのか。開発者からすれば専用機を用意するのはさほど難しくないのかもしれないがそう簡単に用意が出来るものなのだろうか。

 

むしろ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で専用機が用意されていたようにも見える。

 

それでも用意をしてくれたというのは自分を想ってのことだったのか、彼女の真意は妹の箒にさえ分からなかった。

 

 

「分からない、かぁ……」

 

 

シャワーを止めて仕切り板に楯無は凭れ掛かる。

 

すうっと目を閉じて箒の言葉を噛みしめるように受け止めると、何とも言えない表情を浮かべながら天井を見つめた。

 

自分に似ているかもしれない、と。

 

 

「わからないのは、怖い?」

 

「……はい」

 

 

短くもハッキリとした返事に対して、すうっと目を細める。

 

 

「……そう」

 

 

怖くないわけがない。

 

身内なのに考えていることが分からないのだから。

 

何処にいて、今何をして、何を考えているのか全てが分からないこの現状を怖い以外の言葉で表すことが出来ない。

 

そして箒と同様に、楯無も姉妹関係で悩んみ苦しんでいた。

 

箒と違い妹は同じIS学園に通っており、所在が分かっている分箒よりもまだマシかもしれない。だが二人の関係は完全に冷え切った状態であり、今の状況の単純比較だけで言えば箒と束の関係よりも闇が深い状態だった。

 

楯無は妹を、簪のことを決して嫌っているわけではない。むしろ誰よりも彼女のことを大切に思っている。

 

だからきっと束も箒のことを。

 

 

「私もそうよ」

 

「え?」

 

 

ポツポツと自分の話をし始める。

 

 

「自分の妹のことなのに分からないの。それに私がどうしていきたいのかも、自分にとってかけがえのない存在なのにね」

 

 

この状況がもどかしい。

 

自分の身内だというのに自身に向ける気持ちが分からないだけでなく、これから楯無自身がどうしていきたいのかも分からなくなっていた。

 

 

「自分じゃどうにも出来ないからって、大和や一夏くんに協力して貰ったの」

 

「! もしかして一夏が四組の生徒に毎日のように押し掛けていたのって……」

 

「そう、私がお願いしたからなの」

 

 

楯無の言葉でようやくバラバラだった点が一本の線になる。

 

ここ最近、一夏は自分たちには目もくれずに四組の生徒にトーナメントのパートナーになってくれと迫っていた。どうして自分たちじゃなく知りもしない生徒に行くのかと、一夏ラバーズは激怒し、打倒一夏を目標にタッグマッチに向けて準備を進めていた。

 

他の生徒を優先した理由は一夏に聞いても一切口を割らなかったために分からなかったが、こうして楯無の話を聞きようやく合点がいった。

 

が、話を聞いた箒は信じられないと言いたげな表情を浮かべる。責める気持ちは毛頭無いものの、あの楯無が自分の家族の問題を一夏や大和に頼るなんてイメージすら出来なかった。基本的には自分で解決するタイプで、大事になればなるほど人を頼らないように見えたからだ。

 

逆を返せばそれほどに楯無自身も追い込まれていた。

 

自分では打つ手が無いため、藁にもすがる思いで二人を頼ったことが箒にも容易に想像出来た。

 

 

「……幻滅したかしら?」

 

「あ、い、いえ。少し驚きましたけど……でも、どうして二人に?」

 

「そう、優しいわね箒ちゃんは。二人にお願いしたのはそうね……ううん、ごめんなさい。こればかりは流石に言えないわ」

 

 

理由は言えないと楯無は苦笑いを浮かべながら箒に返す。とどのつまり、センシティブな内容が関わってくるからだろう。箒もそれ以上は理由を聞くことはなかった。

 

自分たちから一夏を奪うためではなく、何か一夏や大和じゃなければならない理由があるはず。少なくとも楯無の性格上、そんなことをするようには思えなかった。

 

 

「本当は一人で何とかしなきゃいけない内容だったんだけど、一夏くんに負担を掛けちゃったし……」

 

 

そこまで言い切ったところで不意に言葉が止まる。

 

止まった時間は数秒か十数秒か、少しの沈黙が二人の間に流れる。

 

顔を上げていた楯無が、言いづらそうに表情を暗くしながら俯いた。もしかしたら言いにくい内容なのかもしれないと悟った箒は無理をしなくてもよいと、楯無に伝えようとする。

 

 

「あの、もし言いづらければ無理して言わなくても大丈夫ですよ」

 

「ありがとう、大丈夫よ。負担を掛けちゃったのもあるし……私、大和にひどいこと言っちゃった」

 

「え?」

 

 

普段はひょうひょうとした雰囲気を崩さないようにしている楯無だが、やはり精神的には来ているものがあるようだ。

 

大和にひどいことを言ってしまった背景が理解出来ず、箒も思わず呆然としてしまう。楯無が何の理由もなく声を荒げるとは思えないし、かと言って大和が楯無の逆鱗に触れるようなことを突発的に言うようにも思えなかった。

 

言葉の背景に何があるのか、シャワーを止めて耳を傾けるとあの日の出来事を箒に語り始める。

 

 

「大和にね、言われたの。お前はこれからどうしたいんだって」

 

 

大和から言われた一言を。

 

この一言だけでは普通だったら何のことか理解は出来ないものの、箒だからこの一言が何を意味するのかすぐに分かった。

 

妹との関係についてどうしていきたいのか、という意味に違いない。

 

 

「最初は何のことか分からなかった。でも内容を掘り下げられて、妹との関係をどうしていきたいんだって、はっきり言われたの。私は言い逃ればかりで……何をしたいのかはっきりと大和に伝えられなかったわ」

 

 

何をしたいのかなんて決まっている。

 

決まっているのにはっきりと言葉にすることが出来なかった。

 

大和には自分の核心を付かれ、自分の口から出てくる言葉は現実から目を背いて虚勢を張った言葉ばかり。

 

大和から見た自分は簪と向き合わずに逃げているように映ったのだろう。行動の何もかもが中途半端な自分に、彼としてはカツを入れたかった、もしくはこれからの道筋を提示したかったのかもしれない。

 

 

「それどころか……私は大して大和の家庭事情を知らないのに、何の苦労もしたことが無いくせにって……ホント、酷いわよね。良く大和に逆上されなかったと思ってる」

 

 

だが動揺した楯無が感情任せに口走ったのは、大和を間接的に傷付けるような一言。姉弟関係に悩んだこともないくらい順風満帆のくせに、私に分かったような口を利くなと。

 

大和は過去の経験を周囲に話していないだけで、姉弟関係には相応の苦労をしてきている。楯無自身もその苦労を聞いたことが無いために知る由はない。もし知っていたとしたらいくら感情が昂ぶったとて言うことはない。

 

全てを吐き出した後でようやく冷静さを取り戻し、個人的な感情で取り返しのつかないことを大和に言ったことに気付き、居ても立ってもいられなくなってその場を離れた。

 

 

「……そんなことがあったんですね」

 

「いつもならこんなことないんだけどね、ホント余裕ないないなぁって」

 

 

アハハと笑って見せる楯無だが言葉に力はない。それにその笑顔が完全に作り笑いなのが分かる。

 

楯無なりにやれることはやろうとしたのだろう。それでも姉妹の距離感は縮まるどころか開いていくばかりで、何とかしたいと頼り縋ったのが一夏と大和の二人。

 

二人とも協力的な姿勢は共通していたが、自分たちが動いたところで二人の株は上がれども、楯無と簪のギスギスとした関係が解消されるとは限らなかった。

 

そこに気付いた大和が最終的に楯無はどうしたいのかを尋ねたところ、話が拗れてしまった……と箒は考える。

 

一夏のことだ、もし仮に自分に責任があると言われたら猪突猛進の思考で何とかしようとするに違いない。現に毎日のように四組へ押し掛けていたことを見ると、その執念と根性は相当なものがあった。

 

一夏の性格は誰よりも分かっているつもりだ。故に一夏は楯無との関係、という観点まではそこまで考慮していないのではないかと推察する。

 

 

「……これはあくまでも私の仮説なんですが」

 

「うん?」

 

「大和の話した内容に少なからず先輩が嫌な思いをしたのは間違いないと思います。いくら親しい関係と入っても、大和と先輩は血が繋がっている関係ではないのですから……でも」

 

 

箒なりに考えた仮説だと言いつつも、楯無に自身の思いを伝えていく。

 

理由がどうであれ、大和の一言に楯無が嫌悪感を示したというのは事実であり、家族関係、姉妹関係に対してとやかく一方的に口出しするのは良くないと言い切る。

 

でも、と更に付け加えるように言葉を続けた。

 

 

「―――おそらく意図があると思うんです。結果大和が言ったことは事実だったとしても、それがイコール真実とは限らないんじゃないんですか」

 

「ぁ―――」

 

 

真実ではない。

 

その言葉に思わず楯無は目を丸くする。

 

言ったら傷つく可能性のある内容を大和は一体何のために言ったのか。

 

彼の性格上、無意識に人を傷つける言葉を発するとは考えづらく、基本的に相手の気持ちを汲み取った発言をする。

 

その優しさ故に、一夏同様何人もの女性が落とされていくわけだが。

 

ふと冷静になって、口元に手を当てながら楯無は考える。何故大和があんなことをわざわざあのタイミングで発したのかと。

 

 

「……」

 

 

分からない。

 

あの時は自分がウジウジとしていたことに対して、喝を入れようとしてくれたんじゃないかなんて考えていたが、冷静になって考えてみるとそれは違うような気がする。

 

もっと大切な、根本的な理由があるような。

 

 

「ただ、分からないですけどね。もしかしたら意味もなく大和が言った可能性も無いとは言い切れませんし。あくまで私の推察に過ぎませんので、あまり深く考え過ぎないようにしていただければと。出過ぎた真似をしてすみません」

 

 

と、何処か照れ臭そうに箒は頭をかく。

 

彼女もまた大和に救われた一人だった。

 

もし彼が居なければ彼女は専用機を捨てて、このIS学園を去っていたかもしれない。返しきれないほどの貸しと恩義が箒にはある。

 

ドン底にいた箒をわざわざ救い出すような人間が、重荷を共に背負ってやるとまで言い切る人間が、何の意味もない行動をするとは到底思えなかった。

 

 

「ううん、大丈夫。そうね、もしかしたら別に真実があったのかもしれないわね。ありがとう、箒ちゃん」

 

「あ、い、いえ。自分なんかは……」

 

 

すみません、と再度しおらしくなってしまう。

 

そんな様子にクスクスと笑いながら、楯無は言葉を続けた。

 

 

「話を戻すけど、箒ちゃん。私も怖いっていうのは同じよ。だからきっと、あなたのお姉さんも同じだと思うわ。きっとお姉さんはあなたのことを大切に思ってくれているはずだから」

 

「楯無さん……」

 

「だから……恐れないで」

 

 

そう告げる楯無の顔は先程とは打って変わって、どこまでも安らかな笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁやぁ! やーっと会えたね!」

 

「……」

 

「お前は誰だ、どうやってこの部屋の鍵を開けた?」

 

 

とあるホテルの一室、不意に現れたうさ耳付きの不思議の国のアリス、もとい篠ノ之束。ニコニコと場に似つかない笑みを浮かべながら室内へと侵入してくる。

 

突然の入室に部屋の中にいた二人は、揃って入口を見つめる。だが二人の表情に焦りや、驚きといったものは感じられず、あくまで淡々としたものだった。二人のいる部屋には何重にも掛けられたセキュリティがあったはずだ。特定の権限を持ち、かつ生体認証を突破しなければ部屋の解錠すら出来ないはず。

 

この部屋に入る権限を持つ人間は二人、ティオとスコールしかいないはずだった。どうやって来たのか、その理由を二人のうちの一人の女性―――霧夜千春が尋ねる。

 

 

「鍵? あー、あの無駄に数だけ何個もつけられたセキュリティキーかな? あんなのを突破するなんて簡単だよ。束さんに掛かればちょーっと考えればすぐに開けられるから」

 

「束? お前があの篠ノ之束?」

 

 

名前を聞き、すぐに考えられる可能性のある人物の名前を出す千春。

 

名前を言い当てられたことで笑みを崩さないまま、束は嬉しさをアピールする。

 

 

「そうそう、その篠ノ之束だよ。覚えていてくれて嬉しいな〜キミはハルちゃんだね? 会えて嬉しいよ〜」

 

「……」

 

 

あまりに場に似つかない雰囲気を醸し出す束に対して、どう話し掛ければ良いのか分からずに口を結ぶ千春。

 

第一どうやって正面から入ってきたのか。

 

 

「うーん。その顔はどうやって正面から入ってきたのかって顔をしてるね〜。目的の人物に会いに行くのに、わざわざ裏口からはいらなければならない理由があるのかな? ……ま、いーや。そんなものは大した理由じゃないし忘れよー!」

 

 

ケラケラと笑ってみせる束だが、これまでは会ったことがない人種に表情こそ出さないもののどう相対すれば良いのかは変わらず分からなかった。

 

既に気付いていると思うが、ホテル内とはいっても二人は自由な行動をさせられているわけではない。

 

二人の行動については常に制限が掛かっている。まず入り口の扉、何重にもわたって掛けられた厳重なセキュリティ。入り口に電子ロックが掛かっているが、ここを突破できるのは特定の権限を持つ人間だけ。

 

内部には鍵が付いておらず、外に出ようとする場合は内部から力任せにドアを破壊するしかない。このドアを破壊したところで、壊したことはすぐに内部に伝わるだろう。逃走後に追われるリスクを踏まえると現実的なものではない。

 

それと二人の様子は室内にある監視カメラで常時見張られてるため、行動を起こそうとすればすぐに分かる。

 

……では、今篠ノ之束が室内にロックを解除して入ってきたのはどう映っているのか、今のところ誰かが駆け付ける様子はない。

 

 

「あ、この室内のカメラは全部私がハッキングしたから、誰も中の様子は分からないよ。だから安心して話してもらっていいからねー」

 

 

本当に考えていることをすべて見透かされているようだ。つまりここに篠ノ之束が侵入してきたことすら、内部の人間は把握していないということになる。

 

 

「さて、後は君かな。随分と洒落っ気のないアクセサリーしてるんだね。霧夜……春斗くん?」

 

「……」

 

 

そして、先ほどから一言も発しないままにこちらを見つめる男性がもう一人。

 

その視線には興味、というものが感じられなかった。

 

何処か見覚えのある……否、とある人間とそっくりどころか一点を除き瓜二つの風貌は、生き別れと言っても過言のないものだった。

 

 

「本当にそっくり……というよりも髪色以外は完全に瓜二つだよねぇ『やっくん』と」

 

 

束の口から発せられる言葉は衝撃的なものだった。

 

霧夜大和と瓜二つであると。

 

言われてみれば髪の色が銀髪であること以外、顔立ちは全て大和そのものだ。他に違う点があるとするのであれば、瞳に光りが灯っている大和に対し、ややハイライトが失われたような暗い眼差しをしている。

 

だがぱっと見ただけでは髪色以外で大和かどうかを判別する術は無かった。

 

束の言った『洒落っ気の無いアクセサリー』とは、彼……霧夜春斗の両手に繋がれた手錠を意味する。何故室内で隔離されているにも関わらず手錠をされているのか。

 

 

「両手の手錠……これ、力を押さえ込むような制御がされてるね。だから本気で力を込めようにも込められないっていうのが実態なのかな」

 

「……お前、それを一体どこで」

 

 

何もかも見透かす束に対して、千春が疑問を投げ掛ける。

 

一体どこでそれを知り得たのかと。

 

彼女の言う通り、春斗に付けられた手錠は特殊な制御で彼自身の本来の力を強制的に抑える機能を持っている。

 

逆を返せばこの手錠を外せば抑制されていた本来の力を存分に発揮することが出来るため、第三者にて抑え込むことが容易ではなくなる。

 

 

「うん? 私は一応天才なんだよ〜。天才は何でもお見通しなのさぁ!」

 

 

ニコニコと笑う表情の裏に潜む真実を見抜くことが出来ない。

 

一体こんな真正面から自分たちに会いに来て、彼女は一体何がしたいのか。

 

 

「……それで、一体私たちに何のようだ?」

 

「ありゃりゃ〜ツッコミを期待してたのにぃ! 束さんなりのジョークなんだぞー! ぶーぶー!!」

 

「……」

 

 

会話にならない。

 

このおかしなテンションに合わせていたらこちらの身が持たないと、少ししかめっ面をしながら束に視線を向ける。千春の視線を見てまぁまぁと諭すように束は言葉を続ける。

 

 

「ハルちゃんはせっかちと見た! それなら単刀直入に目的を教えてあげるね〜、亡国機業を裏切らない? こんな使えないところにいるくらいなら、私と一緒に来たほうが良いと思うんだ」

 

 

さらりと目的を束は呟く。

 

自分たちは好んで亡国機業に属しているわけではない。やりたいことを叶えるためにあえてここに所属している。

 

束の言いたいことがますます分からなくなってくる、一体彼女は何をしたくてこのような話をして来ているのか。

 

 

「それは私たちにとって何のメリットがある?」

 

「うーん、メリットしかないと思うけどなぁ。私のところなら特に行動制限も無いし、割と自由に動けると思うけど。あ、ご飯も好きに買ってくれて良いよ〜、お金なら腐るほどあるからいくらでも使ってよ! それに……君たちの親玉にも許可は取ったからさ」

 

「……ティオの?」

 

「そうそう〜人間として興味はないけど、彼は私と同じ野望があるみたいだからね」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「二人はどうなのかな、ねえハルちゃん、ハルくん―――今の世界は楽しい?」

 

 

笑みの中に孕む狂気。

 

そのどす黒い野望と共に歯車は動き出した。

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