由比ヶ浜結衣は恋をしていた。
淡くて、仄かに暖色の色が付いた、そんな暖かい恋だ。

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由比ヶ浜のお話です。


秋の風、君を。

 恋は罪ですよとどこかの誰かが言ったのを君が自慢げに語るのが、記憶の片隅に置かれていてそれを急に思い出して秋空を見上げる。

 秋の空に君を思い出す。だって秋の風は君みたいに優しくて、いずれから冬を誤魔化すみたいに私を絆すのだから。そう思って地面を軽く蹴ると、足元で木の葉が少しだけ舞った。

 君とは今でもよく出会う。現に今だって君を待って秋風に吹かれている。背は丸くて、決して天才というわけではなくて、それでも怖いくらいの優しさを持った君に、惚れてしまった私がいて。

 だから想ひ出の公園にて、君を見つけると心臓が高鳴るんだ。

「悪い、由比ヶ浜、待たせたか?」

 君は本当にバツが悪そうに頭をかいて謝る。いつも遅刻は正義だなんて言っているくせにこういう時だけ謝るのだから困る。

 だから私はそんな君に少し意地悪をする。

「ヒッキーの八幡、あたし結構待ったよ?」

 八幡は悪口じゃない、なんて悪態つきながら、それでも私を思って謝るんだから、本当に君はズルいよ。

「嘘嘘、あたしも五分前に来たからそんなに待ってないよ?」

「お前俺めっちゃ不安になったんだけど?」

 君はとぼけたように私にそう言う。でも本当は私が期待してもっと早くに来てることを気付いているから、やっぱり彼は優しい。手に持っていた二本のコーヒー缶のうちの一つを私の手に握らせた。

「ふふ、ありがと!」

 そうして、それに素直に感謝すると、君はそっぽを向く。いつになっても捻くれているから、私はそれが愛らしくて微笑んでしまう。

「なんだ、こんなとこで時間食うのもあれだし、もう行こう」

「うん」

 照れる君に催促されて、私はその背中を見つめて着いて行く。四、五分歩くとバスの停留所があって、そこで何気ない会話をしてバスを待つ。本当に些細なことだ。昨日の夕飯が美味しかったとか、最近は寒くなってきただとか、そんな些細なことで幸せになれるのだから、私は安い女なんだなって思う。それでも君は私を安い女だなんて思わないし、ちゃんと顔を見て話をしてくれる。そんな君が更に愛おしくなって、話が捗るんだ。

「このバスだ。乗ろう」

 君は私が先に乗るようにして、後ろから着いてくる。私が滑って落ちたりしないように心配してくれてるのがよく伝わる。

 そうして乗り込んだバスの中は人がいなくて、私と君との二人だけになった。私が座った反対の席に君が座ろうとするから、私は隣の席を軽く叩いて君に微笑む。照れたように隣に座って、私の顔を見ようとしない。

「ヒッキー、綺麗だね」

「秋に映える俺がか?」

「ち、違うし!」

 不意に冗談を言うのだから吃驚して、私は否定をしてしまう。顔には熱が帯びているだろうことがわかって、余計に恥ずかしくなってしまう。そんな気持ちも露も知らず、君は少しだけ笑顔になってみせる。それもまた狡いなぁなんて思って、私は拗ねたように窓の外を眺める。

「冗談だ。俺も結構恥ずかしかった」

 チラリと横を見ると本当にそんな素振りをしているのだから殊更狡い。私だけがこんな気持ちにさせられているようで少しだけ悔しくもなった。

 それから少しだけ沈黙が続いた。それでも心地悪いことは無く、むしろ私は何だかふわふわしていた。心地が良いともいえるようで何だか違う感覚。心の辺りがじんわりと温まって、浮遊感に耽る。

 しばらくしてバスが目的地にて停車した。

「本当に田舎なんだな」

 人が乗ってこなかったのはそのせいか、辺りは黄や赤に色づいた葉で飾り付けられていた。

「でもヒッキーが珍しいね。外に行きたいだなんて言うのは」

「あぁ、元来引きこもりの俺だから自分でもびっくりしてる」

 少し、笑い合ってみせる。そうして並んで歩く。太陽は低い位置に南中して、私達を温める。秋の陽光に何か相応しい言葉はないかなと、稚拙な頭で捻り出してみるも、やはり点で浮かばない。隣で歩く君ならなんて言葉で飾るんだろうって考える。

「まぁ、そりゃすぐわかるよな。こんな田舎に穴場のカフェが一軒」

 珈琲店、とだけ看板に書かれていて、どこか侘しい雰囲気があるこのカフェに君は入って行く。

「ここに連れてきたかった」

 君は私の方に向き直ってそう言う。改めて言われるからなんだか気恥ずかしいけれど、私はその気持ちを隠して頷く。

「らしくない行動も、今ならなんだか出来るんだ。なんでだろうな」

「それは、あたしにもよくわかんない」

「ははっ。まぁお前は由比ヶ浜だからな」

「なんだしその顔」

 向かいあったテーブル席で談笑らしい談笑をする。店内は静かで、私達の笑い合う声すらも響く。すると君はコーヒーを二つだけ頼んでいつものように砂糖を多めに入れた。そしてミルクもいつものように。

 黒に白が混じって、やがてカフェラテになる。甘ったるそうなそれを、猫舌な君は冷まして飲む。

「ヒッキー糖尿病になっても知らないよ?」

「人生は短いから好きなもん食って死ぬ方がいい」

「……あたしは長生きして欲しいけど」

 知っていた。君がこの小言を聞き流せるほど都合の良い耳をしていないことぐらい。だからこそ呟いた。そうして眺める君の顔は少しだけ紅に染まっていて、なんだか可愛らしかった。

「なんだ、その、この後どうする」

「あたしはヒッキーと居られるならどこだっていいよ」

 ふわふわな気持ちが抜けてないせいか、私は何だって言えた。埃が少し被ったようなすこし古風なこのカフェの床が軋むのを感じながら、店内を出た。陽が傾いていて、思っていたより長く時間を過ごしていたのが分かった。

「散歩でもするか」

「うん」

 すこし外れたところに砂浜が広がっていた。遠くには水平線、陽が少しずつ、ほんの少しずつだけ沈み始めていた。夕日とも言えるその色で色付いた世界は、暖かくて、涙が溢れた。

「大丈夫か?」

 君は心配したように私に駆け寄る。砂に残った大きさの違う足跡が向き合って近付く様はなんだか嬉しかった。君の優しさに付け込んだみたいだけど、そうじゃないんだよ。私はそんな算段を立てられるほど、あの子みたいには賢くないから。

 余計に涙が溢れたように思う。それを見た君は一層心配をして肩をさすってくれる。その内に頭を撫でてくれて、いつのまにか君の背におぶられていた。幸せな夢見心地。君のその大きな背中はすごく安心した。すごく眠たくなって、寝てしまいたかったけれど、なんだか寝てしまったらこの世界が泡になって消えてしまいそうで、怖かった。

 それが嫌で、君の背にしがみついた。

「帰るか?」

 嫌だった。このまま月が出るのを待って、そうして月が沈むのを待って、その後に陽が出るのを君と眺めたい気分だった。

 私がそう言えば君は困ったようにして、でもなんだかんだで防波堤の上で隣に座って寄り添ってくれるのだろう。なんだって君は優しいのだから。でも、それは君に悪いから。それに、その優しさにつけ込む私自身に嫌悪が指すから。

「帰ろう?」

 そう言って、君は私をおぶってバス停までゆっくり歩いた。おかしいな、もう夕日は沈みかけていて月が西側から出始めていた。なんだか嫌だなぁなんて違和感を抱く。

「バスに乗ろう。一旦背中から降りれるか?」

 君は私の手を優しく握って私のことを背から降ろした。そうして優しく繋いだ手はそのままにバスに乗り込む。そうして人気のないバスは元来た道を辿って、私達の公園へと走るようだった。

 不意な眠気が私を襲う。嫌だと心は叫んだ。それでも抗えなくて、せめても君の肩へと頭を寄せて、涙を流したと思う。

 

 

 

 

 世界は急に冴え出して、見慣れた天井で私は目を見開く。

「……そっか」

 お日様の匂いのする布団と、秋の匂いを運ぶ涼しげな風。君の体温はもう手にも頭にも残っていなくて、心にだけふわふわとした浮遊感が残っていた。

「おはよう」

 君に背負われていたはずの体で立ち上がった。

 

 

 

 




恋する乙女は罪か否か。
p.s.夢を見ている時って、何かが間違っているような気がしませんか?

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