ソレは脳内に染み付いた記憶。
ソコは寂れた公園。
ソレはソコに居た。
寂れた公園にある水垢に覆われたベンチの上、一人の少女が寂しげな──いや、虚ろな瞳で虚空を見つめていた。その様子はまるで親に棄てられた孤児の様で……しかし、逆に親も何もかもを棄て自分の道を選んだ大人にも見える。
ソコに居るのは少女だけではない。
会社帰りなのか、営業の途中なのか、スーツの上にダークブラウンのトレンチコートを纏った青年、いや、額に刻まれた皺や頬を見るに中年から老年の間であろう。男性は公園の近くを通り過ぎる際に見慣れぬ少女を視界に入れてしまった。
世間一般ではお人好しと言われるであろう部類の男性は少女の様子を見ると放って置けず、思わずに話しかけてしまう。
────どうしたんだい?
────迷子かい?
────親に置いていかれたのかい?
三言目、親という単語に反応したのか、少女はその身を一瞬震わせる。
その様子を見て、男性はこう思った。
あ、地雷踏んだ。
◇◆◇◆◇
「随分と昔の夢を見たな……」
深緑の壁紙の部屋の中、少女は木製のシングルベッドの上で目が醒めた。
その部屋は、室内の壁に多種多様な収納スペースがあるようで、壁に取手が付いていたり、3cmほどの長方形の穴が幾つもある。
入口であろう扉の横には静脈認証と指紋認証が赤に点滅している。
また、室内は雑然としており工事の途中で飽きたのか壁紙こそ綺麗に貼ってあるものの、天井には剥き出しのケーブルがぶら下がっており、クリプトン球が先端にぶら下がっている。
部屋の中央のベッドで上体を起こすのは銀髪のロングヘヤーの少女。
その瞳は閉ざされているが、周囲を全て把握しているのかヘッドボーンからリボンを取ると髪を一纏めにした。その身には簡素な白いパジャマを纏っている。
暗い部屋の中、光源が少ない部屋で淡い光に照らされるその少女はまるで人形のようだった。
ベッドから降りると淀みなく扉の方へと向かい、装置に人差し指を翳して解錠。パジャマ姿でリビングの中へ歩いて行く。
冷蔵庫から卵とベーコン、冷凍庫から食パンを取り出し調理を始めた。
先にベーコンをフライパンの上に落とし軽く火を入れてから卵を落としかき混ぜる。食パンをトースターに入れてコンロの火を消したことを確認した後に、少女は寝室とは別の隣の部屋へと向かった。
部屋の中に入ると、目に入るのは壁に立てかけられている複数枚の金属板、地面散乱している様々な工具、その中には金属片なども混ざっている。部屋の奥にはリクライニングしている椅子とその上に座っているマゼンタの髪の女性がいた。
その女性に近寄り、耳元で声を掛ける。
「おい束ちゃん、ご飯だぞー。今日の朝ごはんはスクランブルエッグにトースト、極めつけにカリカリのベーコンだぞー。ほら、カリカリのベーコンが君を待ってるぞー」
「んぅ……ごはん?」
「そうだぞ、とりあえず顔を洗ってきなさい」
そのマゼンタの髪の女性──
その世界最高峰の科学者でも、暖かい食事には適わなかったのか目元をグシグシと擦りながら、椅子から飛び降りリビングの方へと向かっていく。
その後ろ姿を見送った後、床に散乱している工具を工具箱に戻して椅子の近くに戻し、金属片を手で拾い集めて専用の袋に纏める。その後に床に付いている泥や土をホウキで集めてモップで軽く拭きあげる。
「くぅさんまだー?」
「ああ、今行く」
部屋で靴を履かないようにとか集中していても少しは掃除をして欲しいとか、色々と言いたいこともある。しかし、先ほどからフライパンの上に置いたままの食事を束ちゃんがトーストに載せずに食べているのではないかと気にかかるので、その後に部屋の中を軽く確認して、銀髪の少女──クロエ・クロニクルは束の待つリビングへと向かった。
◇◆◇◆◇
「ごっちそーうさーまでしたーっ!」
「……テンションが高すぎやしないか?」
「そんなこと無いよ! くぅさんが低すぎるの!」
「……そうなのか」
食事が終わりカフェインが好きな束ちゃんのためにコーヒーを淹れてあげてそのままブレークタイム。しかし、そのブレークタイムは束にとってのブレークタイムにしかなっていなかった。
おかしいな、ブレークタイムって休憩じゃなかったっけ。という思考が頭に過ぎりながらも、クロエは束に今日の予定を伝える。
「それじゃ、今日はちゃんと寝てたみたいだから他の何かを改善するか」
「そうだねぇ。最近は夜に寝て朝に起きてくぅさんの顔を見る事で私がベストコンディションになるって判明したし」
「いや、そこまで変わったことでもないでしょ。夜に顔見ても朝に顔見ても一緒だろうし」
「いやいや! 夜にくぅさんと『おやすみ』って言葉を掛け合って朝にくぅさんから起こしてもらって寝起き一発目からくぅさんの顔が見れてさらに『おはよ』って言葉をかけてもらえるとなるともう身体から湧いてくる力が全然違うんだから!」
「そ、そうなのか……とりあえず他に今後できることを一緒に考えよう?」
「うーん、この分かってくれてない感じ。まだまだ束さん語っちゃう?」
ずっと話せるよ! とでも言いたげな束ちゃんを放っておいて少し考える。
食事もしっかりしてきた。最低でも朝食も夕食は食べるようになり、彼女が食べたいものをリクエストしてくる時もある。
睡眠時間も恐らく十分に取れているはず。子供の頃にやるようなベッドの中で作業などといったものはない。はず……。
何か改善するような事を探していると、ふと先ほどの部屋の光景が頭に思い浮かぶ。
そうだ、部屋を片付けだ。
「束ちゃん、部屋を片付けよう」
「それでね! それでね! えっ……かた、づけ……?」
それは束にとって理解不能なことであった。考えればそうであろう。完璧とも言える頭脳を持つ束は基本的に全てを覚えている。
それは難解そうな理論や公式、それを活用するための知識、必要ないであろう月のクレーターの数から形まで全て覚えているし、絵に書くことすら可能である。そんな頭脳を持つ束がたかだか工具の場所を忘れるだろうか、いや、忘れない。
「いやいやいや、片付けは必要だぞ? 物の配置を覚えることが出来るしスペースも確保できる。使い終わったものは所定の位置に置いたらそれで終わりだから時間もかからないよ?」
「何を何処に置いたかなんて覚えてるしISにしまっちゃえばスペースなんて幾らでも確保できちゃうよ? その辺にポイってすれば時間かからないし」
「それは、そうだけど……」
束ちゃんにちゃんとした生活を送って欲しいクロエにとっては認めたくはない。だが、そこらの有象無象が言ったことであれば即否定できる束ちゃんの主張は束ちゃん自身が言うことによって絶大な確実性があり、否定することは出来ない。
「そもそもくぅさん、朝ごはんと夜ごはんを食べ始めたのはくぅさんと話せるからだし、活動時間を変えたのもくぅさんと話せるからだよ? でも片付けってくぅさんと全く関係ないんだよね」
くぅさんとはクロエの事である。
「だったらほら! 毎朝一緒にしてあげるからやってみないか?片付けの利便性が分かったら一人でやってみるとかさ」
「んー、今考えても利便性があるか分からないけど、くぅさんと一緒に出来るならやってみようかな。あっ!でもくぅさんは奥の部屋は覗かないようにね!束さんでも流石に見られたくない場所はあるんだから」
「んー? わかったけど、奥の部屋……?」
「いや、なんでもないよー」
奥の部屋。聞き覚えもなければ見覚えも無い言葉だ。クロエの生活範囲としてはクロエの部屋、リビング、束ちゃんの部屋の3部屋である。勿論、トイレやバスルームはあるが外に出ることはない。買い物も必要な物を束ちゃんに言ったら翌日には台所の上に置かれている。
ここに来てからは外に出たことがないのでもしかすると先程束ちゃんが言った『奥の部屋』とは出口の事ではないだろうか。
……久しぶりに外の空気を吸いたいな。
「束ちゃん束ちゃん。奥の部屋って何処にあるの?」
「いやいやいや、くぅさん奥の部屋は流石に私も見せれないというか、流石の束さんもどうかと思うのでちょっと勘弁しない?」
むぅ。束ちゃんの表情も変わってきてるし今は引いておかないと何かされそうだな。
「うーん。それじゃあ、今日はさっき掃除したし、明日からスタートにしようか」
「うん、そうしようね」
「それじゃあ今日は解散で。束ちゃんは今日は何するの?」
「いっくんのISがまだ作りかけだから今日のうちパパっと作ってみようと思ってるよ。試してみたいこともあるし」
「いっくんと言うと、千冬ちゃんの弟くんの筈だけど……IS使えるの?」
束ちゃんの言う『いっくん』とは世界初の男性IS操縦者こと
「それが使えちゃうんだよね。それが世界中に知られたから束さんがいっくん専用のISを作っちゃおうかなって」
ISとは──
その性能は既存の兵器を鉄屑にしてしまう程のモノだけど、さらに自己進化をするように設計されてて、経験値を蓄積することでIS自身が形状や性能を大きく変化させる形態変化をするようになるらしい。
不便なことと言ったら、その形態変化は事前に「今から形態変化しますけど、どうします?」とISが聞いてくるものじゃなくて、強制的に変化するので止められない。
歪な機体で行動して不安定な経験値を手に入れた機体は形態変化すると形態変化後の武装がピーキーだったり、何も出来ない機体が生まれる訳だ。
育成ゲームみたいだな。そう考えると今世界はIS育成ゲームにハマってるのか。
違う、そういうことではない。
「男なのにIS使えるなんて大変だねぇ……」
「そういうくぅさんもその身体だったら使えるでしょ。というか使ってるでしょ」
「そこはほら、この身体だし」
心は男、身体は女という不思議な状況は性同一性障害ではない。
束が幼い頃に出会い、色々あってこんな感じに収まっているだけだ。
元は男だが、ここ最近は束ちゃん以外と関わることも無いし束ちゃんも話題に出さないから特に意識することがない。
「その話は置いておいて、ISについては使ってるけどよく分からないし、とりあえず必要になったら呼んでね? すぐに行くから」
「ういういー。了解なのだ」
その言葉を最後に、束ちゃんは席を立ち、彼女の部屋へと帰って行った。残ったコーヒーカップに触れて結構な時間話していたことに気がつく。
「ブレークタイムだったなぁ……」
カップを軽く洗って食洗機に放り込み、クロエは部屋に戻った。
◇◆◇◆◇
翌日、クロエは自分の身体が揺すられている感覚で目を覚ました。
「…ぅさ…ん。く…さん。おきて…くぅさん」
「んぅ? 束ちゃん…?」
非常に珍しい事に束ちゃんが先に起きていた。いや、これは昨晩寝ていないのだろうか。でも最近朝起こしに行ったら寝ていたし。寝起きで纏まらない思考回路が様々な憶測を立てては記憶の彼方へ放り投げ自分が今何を考えているのかも曖昧になっている。
「ほら、くぅさん目を覚まして。片付けするんでしょ?」
「あ、ああ。そうだったな。待ってて今髪結ぶから」
「束さんに任せなさい!」
そう言って束はベッドに乗り込み、身体を起こしたクロエの後ろで髪を触り始める。
何処から持ってきたのか串をしっかりと通して枝毛を見つけては処理し、最後に可愛らしいシュシュで髪を結ぶその姿は娘の髪を整える母親の様だが、その実中身の精神年齢は真逆である。
「珍しく早起きだけど、どうしたんだ? そんなに片付けが楽しみだったか?」
「いいや? ただ、昨日くぅさんに起こしてもらう事が至福って話をした時に逆だったらどうなんだろうと思って」
「へー、それでどうだった?」
「寝てる姿もかわいいし寝起きのポーっとした顔もとてもグッド。とても素晴らしいものでした。早起きしてよかったなー」
髪を結び終えた束はクロエの身体を抱きしめてうなじに顔を擦り付ける。それがくすぐったかったので軽く束を押し返すと、床に足をつき扉へと向かった。
「わわ、くぅさん待って待って置いてかないでよ」
「先に朝ごはんを作ろうか。ご飯食べたら掃除をしよう」
キッチンに立ち、冷蔵庫の中身を見ると、昨日使った分よりも減っていた。
「あ、朝ごはんは束さんが作っちゃったよ。ささ、食べよっか」
メニューは昨日とは真逆の和食で、白米にきゅうりの浅漬け、味噌汁に鯖の塩焼きだが、束ちゃんが料理する光景は想像できないな。特に米を研いでる様子は。
「束ちゃんの料理を食べるのは久しぶりだな」
「確かにここ最近はずっとくぅさんに任せてたもんね」
「手も混んでるし、何時から起きてたの?」
ちなみに現在は日本時間で8時である。
「6時」
「結構なお時間だ」
「ご飯とか炊きたかったしね。それに材料を買いにも行きたかったし」
買い出し。そうだ、昨日『奥の部屋』のことを聞いたんだった。
久しぶりに外に出たい。というかここは何処なんだ?
昨日の冷蔵庫には味噌はなかったし鯖もなかった。味噌を買ってきたということはここは日本だろう。
時間帯的に24時間営業のスーパーで買ってきたのか? でも束ちゃんがスーパーで買い物する姿も想像できないしなぁ。
「くぅさん食べないの?」
見てみると、束ちゃんは既に席に座っており、箸を握っていただきますしている。
「食べようかな」
とりあえず、お腹が減ってるしごはんを食べよう。
◇◆◇◆◇
「さぁ、掃除をしようか!」
食事が終わり、一息ついた後に束ちゃんの部屋に来たが、部屋の中は昨日以上に汚れていた。
床に工具は昨日と一緒だが、工具箱の中身はカラになっており、長さを調節する為に切断したネジの軸が転がっている。錆止めでも塗っていたのか、養生シートが部屋の隅に転がっていて、部屋の真ん中に一台のISが鎮座していた。その周りにはISに挿していたであろうケーブルも転がっているが。
部屋全体で見たところISとリクライニングチェアの可動域には何も無いがそれ以外の場所に様々な物が散らばっているのだ。
片付けよりも前に掃除をしなければ話にならない。
「くぅさん見て見て! この子昨日完成したの! 名前は……まだ決まってないけど、いっくんのためのISだよ!」
「そうじ……いや、これが彼のISか……無骨な感じだね。やっぱり男の子が乗るロボットだからカッコよくしたの?」
「まだフィッティング前だからね。これからいっくんが乗って初めてISになるのさ」
話を聞きながら工具を拾い集めて、机の上に纏めた後にホウキで周囲のものを一纏めにしていく。掃除を早く終わらせるための秘訣はとにかく必要なものと不要なものを分けることだ。
「そう言えば束ちゃん。部屋の隅に置いてあるブラウン管のディスプレイは使ってるの?」
「んー? たまーに使うくらいだけど、正直投影モニタで十分だね。でもそれ捨てちゃうと部屋が簡素になり過ぎない?」
確かに。周囲のディスプレイが無くなると壁面には何も残らず、少し寂しい印象になるな。
「これは残しておくか。今床に落ちてるものを一箇所に纏めたけど捨てちゃうと不味いものとかある?」
「金属系とケーブルだけ! それ以外は大体捨てちゃっても大丈夫」
養生シートや長めの電線など、比較的大きなものを先にゴミ袋に入れて、厳選されたゴミから金属片を拾っていく。それらを袋に纏めた後にビニール片やプラスチック片、埃をチリトリでゴミ袋へ入れる。
「……なぁ束ちゃんや」
「なんだいくぅさんや」
「結局掃除してないじゃないか! ほら! 束ちゃんも掃除する! とりあえず机の上の工具を纏めて!」
えー、と言いながらも束ちゃんは机の前まで行き、スパナやレンチを工具箱に収めていく。
それを横目に見つつ床を拭いていると、入口と正反対の壁におかしなものを見つけた。
「ん? ここだけ壁に切れ目ができてる……?」
そこはよく見ると確認できる程度に切れ込みがあった。指で辿ってみると、どうやら天井まで続いてる様子ではなく、途中で途切れて横へと向かっている。
これはもしかして『奥の部屋』の入口ではないだろうか。
「くぅさん工具片付け終わったよ! 今度作業用のISでも作ろうかなぁ……さて、次は何する?」
「!? そ、うだな。このISはここに置いたままでも大丈夫?」
「えっと、今度は箒ちゃんのためにISコアを作ろうかなーって思ってるからとりあえず移動させよっか」
ポチッと。
そんな擬音が聞こえそうな要領で束ちゃんが手元のボタンを押すと、そこに置いてあったISの下、床が動き出し、ISが床と一緒に下がっていく。
おっかなびっくりに下を見てみると、どうやら下はコンベアーになっているようで、ある程度まで下がると今度は横へと移動している。移動と同時に流されてきた床がまた沈んだ床の箇所へと来ると、ゆっくりと登ってきて止まった。
「くふふっ、くぅさんには初めて見せたね。どうどう? この床。便利じゃない? 男の子はこういうのが好きなんでしょ?」
あざとい笑い方でこちらの方を見ながらそう自慢している束ちゃん。確かに好きだ。変形式の床はとてもロマンがあるし、ひとつの工房で様々なものを作ろうとする時便利だろう。
「好き! いつから作ってたのさ!」
「くぅさんが来る前からあったよ! 見せる機会がなかっただけなんだけどね。一回見せたら十分だと思うけど……」
「あと3回くらい見たい」
こういうのは見てるだけでも楽しい。どういう作りなんだろうとか、どれくらいの重さまで行けるんだろうとか、色々考える事が出来る。
「あはは、ほんとに好きなんだ……」
◇◆◇◆◇
「あー、楽しかった」
30分ほど見た後、束ちゃんからリモコンを借りてまた30分くらい遊んでから部屋の隅に置いてあるブラウン管ディスプレイの上のホコリを落とし忘れていたことに気がついてまたホウキで掃いたことを除けば順調に掃除できた。
そもそもに片付けを目的としていたため、工具の置き場をしっかりと決めて、束ちゃんに直させることを毎日しようと思い、自分は掃除に専念していたのだ。途中束ちゃんが飽きたのか抱きついてくることもあったが、まあ、それで癖をつけてくれるなら安いものだ。
「さて、リストも作って渡したしこれから暇だな」
そう、食材リストを渡していなかったため、束ちゃんは今朝の食材しか買ってきていなかったのだ。予定では今日の昼に渡して買ってきてもらおうと思っていた。しかし、リストを渡していなかったため二度手間をさせてしまった。
「でもこれで『奥の部屋』探しができる」
偶然が重なって今日探すことが出来たが、食材を買ってきてもらうのが週に一回のペースであるため下手をすると一週間後になってしまう可能性があった。そう考えると、とても幸運だな。
「束ちゃんが出て行く時にプシュッという音が鳴ったからやっぱり束ちゃんの部屋から外に出るんだよな。そうなると、やっぱりあそこか」
先程見つけた継ぎ目の箇所をよく見ると、やはり継ぎ目が途中で横へ曲がっており、トビラの形になっている。
どのように開けるのか。トビラの横を見ても、自室にあるような認証装置もなければ取っ手がついている様子もない。よく見ない限り壁である。
取っ手が付いていないことから構造的には恐らくこの部屋の入口のような圧縮空気で閉めているのだろう。そうなると、やはり何かしらの機械を通して開くしかない。
「そう言えば……」
先程束ちゃんから借りたリモコンのボタンを幾つか押してみる。が、反応は特になかった。
突然後ろのコンベアーが動き始めて驚いたのは内緒だ。
「どうしようかなぁ……ここで束ちゃんが帰ってくるのを待つか。それが一番なんだろうな」
既に諦めムードでリクライニングチェアに座り、トビラの方向へ首を向けて待つ。
「はぁ……開けてくれるかな」
◇◆◇◆◇
2時間ほど経ち、暇すぎて頭がぼんやりとし始めた頃に束ちゃんは帰ってきた。トビラを開けて。
「くぅさん? どうしてそこで寝てるのさ」
「いや、そこのトビラからここを出て外の空気を吸ってみたいと思ったんだけどさ……」
「思ったんだけど……?」
束ちゃんがトビラを開けた瞬間にトビラの向こうの様子が見えてしまった。もう一度言うが、見えてしまった。
トビラとは出口ではなく、いや、束ちゃんがここから荷物を持って来たので出口ということには変わりない。しかし、正確に言うとトビラの向こうとは束ちゃんの私室のようだった。
散乱しているパンツ。
ベッドの上に放り投げられたブラジャー。
袋に包まれた新品であろう下着。
ああ、そう言えば束ちゃんの下着は洗濯したこと無かったな。男として最低な事を考えていることは分かっているが、しかし、事実として洗濯したこと無かった。
「束ちゃん」
「くぅさん」
どうやら、束ちゃんの方もこちらの様子から中を見られたことに気がついたようで、顔を赤らめながらこちらの名前を呟く。
「外に連れてってくれない? ソラが見たいんだ……」
「うん。私も見たくなっちゃった……」
そうしてトビラの向こうから外に出た。諦めたのか、身体は同性だからか、素直に通してくれた。
暗いソラを眺めながら考える。
しばらくしたら束ちゃんにはっきりと言おう。洗ってあげるから下着を出しなさいって。
P.Sここは日本じゃなかったです。
知らん。ハコった。