夜も更けて、宴会は解散。5時間に及ぶ長丁場であった。
宴会の間中、質問攻めにされたラウラは疲労困憊。途中、千冬が助けに入ったものの、酒がしっかりと回り切ったころには黒兎隊と同じくラウラを質問攻めにした。当人からすればたまったものではない。しかし、不思議と寮に戻る足取りは軽いものだった。
「…弾に詫びの電話を入れなければ」
正確な時間は分からないが、日本は早朝といったところだろう。食堂で仕込みを手伝う彼ならば、起きている筈だ。
呼び出し音が7回鳴ったところで、彼の寝起きの声が耳に入ってきた。
「あら、ラウラじゃん…おはよう…どしたのん…」
おおよそ2日、聞くことができなかった彼の声が頭に柔らかく響く。なんと良いものだろうか。緩んでいた頬から、更に美しい笑みがその顔に描かれる。
しかし、これから伝えることは寝ぼけた彼にはとんでもないニュースとなるだろうと苦笑し、自分と弾の関係が黒兎隊に全部ばれたことを報告する。
「その、すまない。ほとんど喋ってしまった…」
「まあ、上司ばっかりだったんだろ、しょうがねえよ」
「そう言ってもらえると助かる」
「あはは、これで公認の仲になったな」
「こ、こうにん…」
公認。
つまりは誰からも認められた存在。黒兎隊のお墨付き。
ラウラお頭にひらめくものがあった。
「ふ、夫婦ということだな!」
「うん、違うぞ」
「なに!」
「ラウラは、成長したりしなかったりだねえ」
「成長はしているぞ!いろいろ!」
「そうだなあ、最初会った時とは比べ物になんねえや」
「そうだろうそうだろう」
話は弾む。
今までのこと、これからのこと。
そして、思い返す。
初めて会った日のことを。
※
ラウラと初めて会った日のことは鮮明に覚えている。
7月の終わり、夏休みが始まって三日目のことだ。お日様も寝起きだろうってくらいの薄暗い朝に母さんに叩き起こされてさ、寝ぼけ半分で一階に下りたら千冬さんが銀髪の女の子連れてきてたんだよな。
いつだって気難しそうな顔してるじいちゃんは、まあ、置いておくとして、にこにこした顔を崩すことの無い母さんが眉根寄せててさ、きっと面倒ごとなんだろうなってなんとなくは理解したよね。なにせ、触れたら爆発するんじゃないかってくらいに空気が張り詰めていたもの。
「…教官は、私を軍からどうしても引き離したいのですね」
「まあ、誤解を恐れずに言うとそうなる」
「私の存在意義は、軍の駒として肉体もISの機能も最大限まで引き出し、兵として死ぬまで国に尽くすことであって、立ち止まっていることは許されなどしないのです。せめて、もっと軍に近いところに置いてください。ここでは、私のいるべき場所からは遠すぎます…」
「そうか…」
「確かに落ちこぼれではありますが、それでも14年あの世界で生きてきたのです。市井で過ごすなど、とても、私には…」
「気持ちはわからんでもないが、守るものあってこその軍だ。お前の周りのものだってもとは一般人なのだ。自由意思で奴らは軍を選んだが、お前にはそのプロセスが無い。だから、休息がてらに一般人として過ごしてみるのもいいと思うのだ」
「しかし…」
「…ラウラ、頼む。私からの願いなんだ。どうか、君の可能性を自分で潰すようなことをしないでくれ」
千冬さんと銀髪の子は、なんか知らん言葉でやりとりをしていた。後で聞いた事によればドイツ語だったらしい。
「可能性、なんて…」
「君はまだ14なんだ。そりゃあ、一生を軍に捧げる生き方だってある。それを否定するつもりはないんだ。ただ、外のことを知ってほしいだけなんだ」
「私は強化人間として生まれたわけで、軍の縛りが一生解けることはありません。それ以外の生き方を選ぶなんてとても」
「…ラウラ、頼む。3カ月、いや1カ月でもいいんだ。ちょっとだけ、いつもと違う空気を吸って生活してみてくれるだけでいいんだ。頼む」
「教官が、そこまで言うのなら…」
「ラウラ…」
銀髪の子が悲壮感にまみれた顔してさ、千冬さんは泣きそうな顔をしていた。
すごく、はっきりと覚えている。
「…その、ここまで連れてきたのに、もめてしまってすみません」
「いいわよー、色々と事情があるんでしょう」
「その…はい。詳しくは、言えないのですが」
「そうなのね。IS関係の仕事って、機密事項多いものねえ。仕方ないわ」
「…すみません」
よくわかんないけど、丸く収まったらしい。
ISのことは難しくてよく分からんけど、千冬さんがヴァルキリーという立場に縛られているのは一夏から聞いて知っているから、それが絡んだことなのだろうとは察しがついた。
察しはついたのだが、なんかこう、なんだ。
じいちゃんと母さんは事情を知っているからハラハラしつつも見守れていたんだろうけど、こっちはこの空気、いつか爆発するんじゃあないかと不安だった。説明はちゃんとしてくれと、この後泣きついた。
「わがまま言わない千冬ちゃんがそこまで頭下げるなら、相当なことなんでしょうね。全然かまわないわよ。ねえ、お父さん、弾」
「ああ」
「えっ、まあ、はい」
「ありがとうございます。本当に…いつもご迷惑をかけてしまって…」
「まあ、一夏君のお世話だって弾のついでだし、ラウラちゃんだってそんなに手のかかる年でもないでしょう?面倒見るなんてたいしたことないわよ」
「そう言っていただけると、助かります」
「いいのよー。何度も相談してくれたからこっちも準備万端だもの。どんどん頼ってちょうだい」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます」
「ラウラちゃん、だったわよね。これからよろしくね」
「…よろしくお願いします」
この後、何かと雑談を母さんが吹っ掛けて場を和ませ、緊張が適度に解れたころで千冬さんは家に帰っていった。何度も頭を下げていたと思う。
銀髪の子、ラウラさんは置いてけぼり。
なるほど、この子のことを預かるのかと、鈍い俺もここまでくれば流石に理解できた。あさはかというか、俺はついにめくるめく青春の一ページ目を刻むことになるのかと、なんか感慨深かった。
「弾とラウラちゃん同い年らしいわよ、面倒見てやってね」
「まあ、頑張ってみるよ」
気難しそうな子なんだろうってことは、さっきの会話から感じ取れた。
多分だけれども、最初の挨拶は失敗するんだろうと俺は思っていた。
「これからしばらく、よろしくね、ラウラさん」
「…馴れあうつもりはない」
案の定、今後の展開が見えない、ダメっぽい感じからのスタートだった。
本当に、これから仲良くできるのか、すごく不安になった。
※
「それがさ、恋人になって、今じゃ公認関係だってさ。すごいよな」
「そうだな…分からないものだな」
「これからもよろしくな、ラウラ」
「ああ、よろしく、弾」
「夫婦はまあ、あと3年は待ってくれ」
「ふっ…⁉」
「…あ、ごめん、今の無し」
「い、いや、ありだ!ありだぞ!」
「無しだ!」
「あり!」
「なしぃっ!!」
「ありだもん!」
ラウラ・ボーデヴィッヒ。15歳。
寮のロビーで大声で叫んだため、この夜、この会話を蒸し返されることをまだ知らない。
ひええ。
AC/DC好ここ。