オオモト様は着物しか持っていないのではないか?と学校内でちょっとした噂になっていた時期があった。学校行事の内容に関わらず着物姿だったのだから無理もない。でもそれを咎めるものは居なかった。生徒はおろか父兄や同業の先生すらも。長い黒髪に着物姿。学校内というある種の特殊な場所だからこそ不思議と違和感がなかった。
こういう先生が一人ぐらい居てもいいよね?すっごく綺麗だし。燐は素直にそう思った。
「ねえ、燐。旧校舎にある鏡ってどんなのだったっけ?」オオモト様ばかり見てる燐にちょっと寂しさを覚えて蛍は話を振ってみた。
「あー、うん。ちょっと忘れちゃったけど何かあるみたいだし、曰くつきの魔法の鏡だったりして」急なことで目を丸くした燐だが、蛍に向き直り苦笑いして意地悪な表情で答える。
魔法の鏡か…。蛍はそのワードに興味を示し、鏡に纏わる話を燐に語りだす。
「魔法の鏡っていったらやっぱり白雪姫かな?」蛍は子供の時に読んだ童話の名を出した。
「わたしは鏡の国のアリスかな?不思議の国も好きだけどね」燐も幼いころに読んだ児童向けの小説の名を出して想いを馳せる。
「両作品とも鏡が重要な役だけど、トラブルの元にもなってるよね…」白雪姫は魔法の鏡のせいで嫉妬をかって生命の危機に晒されるし、アリスはひょんなことから鏡の中に吸い込まれてしまうのだった。
「まあね。でも鏡がないとストーリーが成り立たないしねぇ」燐は仕方がないよと言った感じで結論づけた。
「それは…どうかしら?」不意にオオモト様が会話に参加してくる。蛍と燐は驚いてオオモト様に振り返る。
「物事には順序があるわ。仮に鏡がなくてもそれに代わるものが現れる、噂で白雪姫の評判を耳にすることもあるかもしれない。アリスも鏡の中ではなく暖炉の中からでも行けるじゃないかしら?」オオモト様は授業の様に二人に問いかける。
「細部に変化を加えても話の全体の流れはそれほど変わらないわ。結末に大きな違いはないってことね」オオモト様が言わんとしていること、つまり…
「多少の違いではストーリーを変えることが出来ないってことですか?」燐はちょっと自信な下げに発言する。
「ええ、そうね」短く答えるオオモト様。
何を言いたいんだろう?蛍はだまってオオモト様の言葉を頭のなかで反芻してみた。これといって結論は出ない。だがこれから向かう旧校舎の鏡と今の話に何か関係があるのだろうか?蛍は余計に混乱した。
そうこうしている内に何時の間にか突き当りの壁にある鏡にたどり着いていた。無言のまま三人を見下ろしている巨大な鏡、何もかも見透かすように……
郷土資料室の前にその鏡はあった。その一角は校舎の完成や行事の際の贈与品、歴史的価値のあるもの等、寄稿品が展示されているスペースとなっている。鏡もどこからか譲り受けたモノらしく横にプレートが掲げられているが擦れてxx年贈与としか読めなかった。
2メートルは優にあろうとする巨大な鏡、その表面は手入れが行き届いる為かまるで新品のように磨きこまれていた。
(そっか多分ここがそうなんだ)鏡を見て燐はあることを思いだした。
前に旧校舎に
「ねえ、せっかくだからみんなで写真撮らない?」燐は何故か今更になってその行為をしてみたいと思い2人に声を掛ける。
「わたしはいいけど…」蛍は同意するがちらっとオオモト様を横目で見てしまう。まさかとは思うが魂が抜けるとか言わないよね?普段から着物のせいでレトロな考えを持っているのではないかと危惧してしまう。
「………大丈夫よ」少しの沈黙の後、オオモト様から許可をもらった。
少し罪悪感があったが鏡越しに写真を撮る燐と蛍。鏡というフィルター越しだと何時と違ってどこか趣のある絵面に見えた。
燐はシャッターを切るたびに様々なポーズを決めて二人を楽しませた。さながらカメラテストに張り切る新人アイドルのようで蛍は微笑ましくなってしまう。
「やっぱり普通の鏡にか見えないけどなぁ」写真を十分に取り終えて満足した燐がまざまざと鏡を見つめる。鏡に変化は見られなかった。
ヒントが欲しくなり不意にオオモト様と目が合うが微笑むだけで何も言ってくれなかった。
「燐!これ見て!」先ほどの写真を確認していた蛍が驚愕の声をあげる。
何事かと思い蛍のスマホを覗きこむとそこには…3人の姿が映っていた。
「?特におかしなとこはないよね?」燐は疑問を口にする。オオモト様の表情があまり変わっていないことだろうか?それとも自分だけはしゃいでいる写真になっていることだろうか?燐は写真の出来栄えを気にしていた。
「よく見て燐!ほらココとか」蛍は写真のサムネイルを指さし画像を拡大する。やはり3人が映っている写真だ、特に変なものが映ってたりしてるわけではない。だが蛍は指摘する。
「わたしと燐の立ち位置が変わってるの!」ああ、なるほど!燐は蛍の言いたいことを理解した。でも…
「鏡越しなんだから良いんじゃ?ない?」首を傾げながら燐は答える。
「そういうことじゃないの、ほらこの写真だと分かりやすいよ」さらに画像を拡大する蛍。その画像をみて流石の燐も驚愕する。
2人の真ん中で可愛く片足立ちでポーズを決めているのは燐、ではなく……蛍だった。燐はその様子をカメラを片手に持ち撮影している。記憶にないビジョンだったし何より蛍はそんなことをするようなキャラではない。
どういうことなんだろう?スマホを覗きこんだまま固まる2人。他の写真も確認してみると同様に燐と蛍の立ち位置が変わっていた。オオモト様は変わっていなかったのでユニークアプリ等の仕業でも短期間の内には無理な編集だった。
2人は思わずオオモト様に答えを求めてしまう。視線を受けて黒い真珠の様な瞳を伏せオオモト様は答える。
「二人は本当に仲が良いのね」予想すらしない答えだったので何を言っているのか燐と蛍は困惑する。確かに登下校を一緒にする仲ではあるのだが…今欲しい回答には結びつきがないように感じた。
「あなた達はお互いに欲しているのね。引かれあうが故にその存在になりかわったともいえるわね」燐と蛍は目を丸くする。オオモト様が言うことが本当ならこの鏡というのは…、蛍はなんとなく恥ずかしくなって目を逸らして俯いてしまった。
(確かに燐のことは好きだけど、でも)だからと言って燐そのものになりたい訳ではない、無意識にそう思っていたのだろうか?自分にはない全てを持っている燐が欲しいと…。不本意な形でとはいえ本性を知られるのは恥ずかしくて怖かった。
でも燐だってわたしの事を…?他の人ではなくこれといった取り柄のないわたしを?蛍は意識するたびに色々な感情が入り混じり余計に顔を上げることが出来なくなった。
「ちょっと言い方が悪かったかしら?」オオモト様は小首を傾げながら呟く。
「燐と蛍は
「うん。なんか照れちゃうけどわたし蛍ちゃんのこと好きだよ」オオモト様に促されたように燐が蛍の手を取ってまっすぐに笑顔を向ける。その顔はほんのり染まっていた。
「燐…」顔をあげて燐に躊躇いがちな瞳を向ける蛍。蛍の気持ちは燐の好きとは違って深い感情からくるものだがその想いを口に出すことはしなかった。
手を取り合って見つめ合うだけの二人。それを優しい目でみつめるオオモト様。時間も暑さも静止したようだった。
「でもなんで鏡じゃなくて写真が変化したんですか?」気を取り直した蛍はオオモト様に問いかける。
「鏡は真実を映し出す。けれどそれは人の目には捉えられない。だからこそデジタルで残ったのかもしれないわ」それは白雪姫の魔法の鏡のように人には分からない真実。
「だから喋る鏡だったのね」燐はそういう解釈をした。
「でも面白いよね。恋人の聖地になって観光名所化したりして」恋する乙女の目になる燐。女子高の敷地内が観光地になるのは色々おかしい気はするが。
「その変わり真実を見せるその代償として想いや記憶。寿命を少しもらって鏡は輝きを保っている。そういうサイクルになってるわ」オオモト様はさらっととんでもないことを口にした。
思わず後ずさり鏡から距離を放す燐と蛍。どこまで離れたら良いのだろうか?
「ごめんなさい、でも二人なら大丈夫よ」謝罪をするが何か根拠があるのだろうか?そしてオオモト様自身は大丈夫なんだろうか?疑念は尽きなかった。
「純粋な気持ちならそれほど人体に影響はないはずよ。でも歪んだ気持ちで鏡に向き合うと歪みに体が耐えきれないかもしれない。歪みに充てられて人の形を成さないこともあるみたいね」邪な想いで鏡が怪物とかそういった類にする。オオモト様の話は二人には荒唐無稽だった。
「燐。わたしちょっと気分が…」蛍が額を抑えて立ち尽くしていた。上手く視界が定まらないのかふらふらと揺れている。
「蛍ちゃん!」燐は今にも倒れそうな蛍を後ろから抱きすくめて支えた。
オオモト様はそういってくれたがやはり人間には到底扱えない代物ではないだろうか?蛍ほど純粋な女の子を燐は今まで見たことないのに…。
「ごめんなさい。やっぱりこの鏡はあなた達でも強すぎるのね」少し残念な瞳を鏡に向けるオオモト様。その瞳は微かに揺れていた。
「どうしたらいいんですか?!」蛍を抱きながら燐は尋ねる。
「割るしかないわね。もう十分役目を果たしたでしょうし」オオモト様は鏡から離れることなく答える。役目?この鏡に何らかの役割があったのだろうか?疑問はあったが口にはせずに鏡を睨む燐。
「でも…なんか勿体無いかも…せっかく綺麗な鏡なのに」蛍は燐に持たれかけながら小声で呟いた。
燐は蛍の手を握ってみた。弱弱しく握り返す白く細い指、脈が少し弱くなってる気がする。
焦燥感に駆られた燐は蛍の身を案じて更に距離を取った。蛍の体温と臭いを感じながら、なんとか知恵を振り絞る。
(やっぱり鏡を割るのがいいよね。でも…それが最適解なのかな?)燐は迷っていたが、急にあっ、と呟いて手を叩く。そして
「オオモト様、蛍ちゃんをお願いします!」オオモト様にまかせて蛍のもとを離れようとする燐。蛍の目は何かを訴えていたが「大丈夫すぐ戻るから」そう言い残して鏡の反対方向に駆け出していった。
「蛍、大丈夫よ」オオモト様は傍らに座り込むと蛍の頭を膝に乗せ。燐が置いていった水筒でタオルを濡らし額に乗せてやさしく頭を撫でる。まるで母親のような振る舞いに蛍は恥ずかしくなったが同時に嬉しくもなってしまう。
「燐は必ずあなたの元に帰ってくるわ。約束を守るいい子だから」オオモト様の口調は何故か強いものに感じられたが、その横顔は寂しそうだった。
「知ってます、だって燐だし」蛍は薄く微笑む。
そうしてる間に廊下の奥から勢いよく駆け出してくる音がする、燐の足音だった。
燐は何かを手に持って走ってくる。蛍とオオモト様の横をすり抜けて鏡まで一直線に!
「燐!」通り抜ける瞬間、蛍は状態を起こして声を掛けた。その際に燐が持っていたものを目にする。(あれってバケツ?)
「もしかして…」バケツの中身を見たオオモト様は何かに気が付いた。そしてその事を蛍に告げる前に
「おりゃぁぁぁ~!!」っと燐が声を上げると同時にバケツの中身をあの鏡にぶちまけたのだった。
燐が掛けたものそれは真っ黒な液体だった。見る見るうちに鏡が黒く染まっていった。
「黒い、ペンキ?」遠目だったので蛍はそう認識した。首を横に振るオオモト様。
「あれは
どんな時も平常だったオオモト様でも驚くことがあるんだ。蛍は妙な出来事に関心していた。
――漆は染料に使われるだけでなく接着剤として用いることも出来る。そのため鏡に掛かっても流がれ落ちることなくその鏡面を壁と共に黒く染めあげていた。輝きを失った鏡は黒く染まった周りの壁と同化したように見えた。
「思い切ったことをしたわね」割と満足そうな燐の後ろ姿にオオモト様が声を掛ける。怒っているわけではなさそうだが…
燐はバツが悪そうにオオモト様に振り返り。
「いやぁ、美術室をあさってたらたまたまこれがあったから使っちゃいました。…ごめんなさい」うやうやしく頭を下げる燐。バケツの中は空っぽになっていた。
オオモト様はため息を一つ付くと。「別にいいのよ」と一言いって燐の頭を撫でた。
てっきり怒られるものかと思っていた燐は拍子抜けしてしまう。
そのままオオモト様は鏡に近づいてその様子を確認する。そして
「こんな方法があったのね、壊すのが道理だと思っていたわ」と呟いた。その言葉の意味するものを燐は理解出来なかった。
「燐ー!」蛍が駆け寄ってくる。足取りは既にしっかりとしていたし顔色も良くなっていた。やっぱり鏡の影響で体調を崩していたのだろうか?手を取り合う二人、僅かな間の別れだったが蛍には戻ってきてくれただけで嬉しかった。
そんな様子を柔らかい瞳で見守るオオモト様。そこに声が届く。
(………これで良かったの?)幼い少女の声が頭の中に響いてくる。その声はオオモト様にしか聞こえなかった。
(ええ、そうね)それだけしか返事を返さなかった。
(…でも流れは変わらないわ、それでも)少女の声には少し諦めがあった。
(まだ分からないわ)微かな希望の色で。
……
「オオモト様ー」変わり果てた鏡の前で立ち尽くすオオモト様に燐と蛍も流石に異常さを感じて声を掛けて傍に駆け寄った。
「……大丈夫よ」そう言って二人に微笑むオオモト様。振り返るとある物を手にしていた。
「毬?」蛍は思わず声にする。オオモト様は先ほどまで持っていなかった小毬を両手で抱えていた。
「もう体は大丈夫なの?」そのことを気にも返さずにオオモト様は蛍に声を掛ける。
「あ、はい。おかげで良くなりました。ありがとうございます」蛍はちょっと焦ったがお礼を言うことが出来た。
「えー、蛍ちゃん。わたしも頑張ったんだよー」燐が少し口を尖らせて不満を言う。
「ふふっ、燐もありがとう」蛍は燐にも優しく声をかけた。
「それはそうと、その毬なんなんですか?」燐はそれが気になっていた。
指摘を受けオオモト様は手にしている手毬に視線を落とす。
「これは…云わば毒のようなものね」毒!?二人はオオモト様の発言にまたも驚いてしまう。
「だ、大丈夫なんですか?」恐る恐る聞く蛍。「ええ」あっさりと答えを返すオオモト様。
「今はまだ大丈夫」そういって毬を放り投げるオオモト様。色々な絹の糸で括られた綺麗な手毬、その軌跡を三人は目で追った。やがて毬は手の中に戻ってきた。毒々しいなんて言葉はあるがそれとは無縁の美しい小毬だった。
オオモト様はその毬を手に取ったまま身を翻し何処かへ行こうとする。
「あの、何処かへ行かれるんですか?」その様子を見て燐は堪らず声を掛けた。
色々ありすぎてうやむやになってしまったが流石に掃除とかしたほうが良いと思う。それに始末書も書かないといけないかも。ここで顧問が居なくなるのは何かと問題がある気がしていた。
「また来るわ、
「燐。どうしよう?」手を取って蛍が問いかけてくる。「うん…」この件の当事者とも言える燐は事の大きさに少し後悔していた。
「オオモト様はそう言ってたけど少しは片づけておこうよ」蛍が言ってくれたことで燐は少し罪悪感が和らいだ。
「うん、そうだね!」二人はある程度の片づけをしておいた。流石に漆を落とすことはできなかったが。
「あ。戻ってる」蛍は鏡の前で撮った写真をもう一度確認していた。写真にあった異変はすべて元に戻り。ポーズを決めているのは事実通り燐になっていた。
「これで異変は解決したけど…記事的には良かったのかなぁ?」燐は今更な事を言ってると自分でも思っていた。もともと噂に基づいて調査するのが目的だったのにその真相を断ち切ってしまったのだ。
「でも悪そうな鏡だったから良いんじゃない?」ふわふわとした感じで意見を言う蛍。
「まあ、確かにね」その意見に燐も同意する。
蛍が体調を崩したのは鏡が影響してると思うし。オオモト様もなんか物騒なことを言ってた気もしたので一応良かったとは思うのだが。
(割らなかっただけいいよね?)燐は鏡に問いかけてみる。そこには黒くなった鏡のような壁があるだけだった。黒くなった鏡をなんとなく見てしまう燐。その鏡面はもはやなにも写りこむことはなかった。
「とりあえず戻ろう。今度こそ誰か来てるかもしれないよ?」蛍に声を掛けられてはっとする燐。
「…そうだね」なんとなく思うところはあった燐だが蛍に返事をして踵を返す。
二人っきりになった燐と蛍。二人はなんとなく手を繋いで部室へ向かうことにした。
燐は横目で振り返ってみるが、黒くなった鏡は二人の背を睨むようにただ沈黙しているだけだった。
今回の話を投稿する際にタイトルの変更とR-15タグの追加をしました。一応まだそういう類の話になってないのですが今後そうなりそう?かと思い追加してみました。
今回のエピソードは鏡で決めてみましたが、ネタがなかったので鏡の国のアリスと白雪姫を話のモチーフとして選んでみました。ですがこの2作品偶然に選んでみましたが、どうやら本編、青い空のカミュとも関わってるみたいなんです。(あくまで仮定ですが)
まずは鏡の国のアリスですが、本編に深い関わりがあると思われる宮沢賢治が影響を受けたと思われる記述が一部の賢治作品にあるようです。それと今回少しだけ無理やり?絡ませたチェスの駒の話、本編もキャラや世界観が対になっている部分があるのではと思っています。
ついで白雪姫の方ですがこれはどうやらオオモト様のキャラ造形に関わっている部分があります。オオモト様の瞳の色を本編では黒檀で表現しています。ウィキってみると白雪姫の瞳や髪の色に黒檀との記述があったり、彼女に対する凶器の一部に色とりどりの絹の糸もありオオモト様の持つ手毬の表現と共通点を見出すことが出来ると考えてます。
これはあくまで仮定であり、青い空のカミュの世界観の極一部に当てはめただけでこれがすべてではないと思ってます。ファンとしましては少しだけでも青カミュ要素が含まれるだけで嬉しいのでこんな形で新たな発見が出来ただけでも小説を書いた甲斐があります。
書くのは結構大変ですが何とか次回につなげたいです。それでは。