コワイ? 学校のカミュ   作:Towelie

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ピンポンパンポン♪ すっかり人気のない放課後にチャイムの音色が響き渡る。何となく予感がしていた。『込谷燐(こみたにりん)三間坂蛍(みまさかほたる)悪いけど至急職員室まで来てちょうだい』放送を聞いて燐と蛍は顔を見合わせた。放送してるのは間違いなくオオモト様だろう。やっぱり鍵を返しておくべきだったか、そう呟いてしまう燐。
まあ呼び出されてしまったのだから仕方ない、すっかり帰る気であった二人だが、なんとか気持ちを切り替えて2階にある職員室へと向かうことにした。何時の間にかあたりは薄暗くなり少し涼しさを感じるようになった。

「失礼しますー」「失礼します…」二人はノックしてから職員室のドアを開けた。爽やかなエアコンの空気を感じた。煌々と照明で満ちている職員室内、自分のデスクに座って何をしているオオモト様がこちらを振り返えると立ち上がって出迎えてくれた。
「ごめんなさいね。下校する途中だったんでしょう?」普段のように優しく微笑むオオモト様。鏡の前で別れてから数時間しか経ってないのに何だか久しぶりのような気がしてくる。
「あ、いえ。こちらこそ済みませんでしたお手を煩わせちゃって」そう言って頭を下げる燐。蛍も済みませんでした。と燐と一緒に謝罪した。そしてポシェットから部室のカギを取り出しオオモト様に返却した。
「ありがとう。あなた達が持ってても良いんだけどね」鍵を受けとりお礼を言ってくるオオモト様、その対応に二人はなんとなく嬉しくなった。

「部活で疲れている所悪いんだけど、あなた達二人に手伝ってもらいたいことがあるの」新聞部は一応文化部なのに運動部の部活後みたいなことを言われてしまう。
「お手伝いですか?」蛍が少し疲れた表情で尋ねる。今日はもう心も体もへとへとだった。
「ええ、でも無理にとは言わないわ。あまり生徒を長居させてもいけないしね」珍しく教師らしいことを言うオオモト様。外はまだ少し薄暗い程度であるが夕日になるにはまだ早い時間だった。

二人は顔を見合わせてしばし思案する。
(色々あって蛍ちゃんも疲れてるだろうし、オオモト様には悪いけど今日は断ろう)オオモト様の頼みを断るのには気が引けたが是が非でもという訳でもなさそうだし、いいよね?
燐の答えは決まった。その旨を伝えようと口を開く直前に「何をすればいいんですか?」と蛍が答えていた。意外な発言に思わず目を丸くしてしまう燐。オオモト様も予想していた答えではなかったのか少し戸惑いの色をみせた。
「…いいの?」ため息をついた後、ゆっくりと二人に問いかけるオオモト様。燐はつい蛍を横目で見てしまう、その視線に気づいて眉根を下げて済まなそうな顔を向ける蛍。その表情で大体のことは察することが出来た。だから燐としては「えと、大丈夫です」と答えることにした。多分蛍は自分を気遣ったのだろう。頼まれたら無下には出来ない性格であることも知っていて。だからこそ燐は引き受けることにしたのだ。

その様子にまたため息をついてしまうオオモト様。だがそんな二人のやり取りに少し安心があった。燐と蛍ならきっと…。


Moon stairs

「蛍ちゃん無理してない?」燐が苦笑いを浮かべながら顔を覗きこんでくる。カーネリアンを思わせる淡い瞳が心配そうに揺れていた。

「大丈夫。それより付き合わせちゃってごめんね燐」トパーズの澄んだ瞳をまっすぐに向けて申し訳なさそうな表情をみせる蛍。

二人の少女はオオモト様の頼みごとを受けることにした。その内容は。

「旧校舎に残っている生徒がいるか確認して欲しいの。居たら早く帰るように促してもらえるかしら?」先ほどオオモト様に言われたことを思い返す。要するに見回りという事だろう、でも何でわたし達二人なんだろう?燐は少し違和感を感じていた。

隣の蛍は別の疑問を考えていた。

(まだ下校には少し早い気がする。わたし達が帰った後何か使うのかな?)学生が帰った後の体育館で祭りの稽古や町内のバレーチームが練習で使うとかは聞いたことがあるのだが、旧校舎すべてを何かに使うのだろうか?素朴な疑問だった。

 

「で、どうする?」蛍が逡巡していると、燐が首を傾げて話しかけてきた。

「ごめん、ちょっと考え事してた。で、何の事?」本当に聞いてなかったので素直に聞き替えすことにする。

「うん。一緒に見て回る?それとも手分けするか、ってね」見回りの仕方を聞いているのだろう。効率の観点から見れば二手に分かれたほうがいいに決まっている。それに早く帰りたいのなら尚更だ。

だが蛍は一人で行動する不安があった。日も落ちかけているし、何より今日は奇妙なことが立て続けに起こっているのだ。蛍でなくても尻込みしても仕方がないほどに。その上、日が落ちるとなると尚更かもしれない。

「手分けしよっか?そのほうが早く終わるし」蛍は自身の不安を気取られないようにっこりと微笑んでみせた。慣れないことをしたので頬が少し重かったが。

「…じゃあわたしが1階を見てくるから、蛍ちゃんが3階、ってことでいい?」蛍の気遣いを察したのか燐が素早く決断する。そして背中のバックパックからペンライトを取り出した。一応持っておいたほうがいいからと手に握らされる。小さいながらもジュラルミン製で握りやすく丁度良い重さが手に伝わってくる。

「うん、それでいいよ。ありがとう燐」大事に使うね、と素直に借りることにした。ペンライトから燐の優しさと温もりを感じられるような気がした。

「それじゃあ先に行ってくるね。何かあったら連絡してね!」燐は蛍に手を振って階下に向かって駆け出して行った。薄暗い照明しかない旧校舎の廊下を駆け出す燐の後姿を見送る蛍。その姿が視界から見えなくなるまで視線を向けたままで……

もしかしたらもう2度と会えないのではないだろうか?そんな不安を煽るように照明は薄暗く、影になっている所に何かしらの気配を感じてしまう。足音が遠ざかり階段を下るような音が聞こえる、多分1階まで降りたのだろう。その音を聞いてようやく決心したのか蛍は燐が行った方向に背を向けて3階に行くことにした。だが

――その直後、階段を駆け上がり廊下を勢いよく走る足音が迫ってきた。

 

「ごめん蛍ちゃん。やっぱり一緒に行こう?」と燐が息を切らしながら戻ってきたのだ。その姿に少し呆気に取られてしまう蛍。なんで戻ってきてくれたの?ほのかな想いを言葉にして燐に問いかける。

「二手に分かれた方が効率がいいと思ったけど…?」想いとは裏腹に少し意地悪な事を思わず口にしていた。しまったと思わず手を口に当ててしまう。だが燐は。

「なんか暗がりが怖くってさ、わたしこう見えても怖がりなんだ~」動揺することなく話しかけてくれた。少し芝居がかった口調だったが。「仕様がないなあ燐は、だったら一緒に行ってあげよう」それを受けて同じ様に芝居がかった返しをする蛍。

そして二人は顔を見合わせて笑いだした。長い間一緒にいる二人だからこそのやり取りだった。

 

すっかり日は落ちて夜の帳が下りだしてきていた。まだLEDになっていない蛍光灯の灯りが旧校舎を照らし出す。一部の照明は点灯を繰り返していてメンテナンスは行き届いていなかった。そんな校舎の3階から確認して回ることにした二人の少女。二人でいる意味を確かめるようにしっかりと手を繋ぎながら。

こんこん、とノックをしてから、失礼しますと扉を開けて入っていく、その繰り返し。だが扉を開ける度に緊張感と微かな恐怖があった、何に怯えているかも分からずに。

 

「なんかトイレのときを思い出すね」何部屋目かの確認をし終えた時、燐が呟いた。

最初に七不思議で調べたあの1階の女子トイレの事を言ってるのだろう。色々ありすぎてなんだか懐かしく感じてしまう。ほんの数時間前の出来事なのに…。考えてみると物理的に何かされたのは今のところあのケースだけだった。金縛りにあうだけでなく燐は手も掴まれていたのだった。あれから何ともなさそうだけど…?ちょっと気になって燐の正面に回って両手を繋いでみる蛍。両手をギュッと握ってみると同じような強さで握り返してくれた。

「?どうしたの蛍ちゃん」戸惑いながらもまっすぐに見つめてくる燐。二人の視線が交差する。「うん。何時もの燐だなあって」そういって微笑み返す蛍。こうして手を握り合っているだけで僅かな不安が消えていくようだった。

 

「次はここだね」燐が指を差して確認する。そこは美術室だった。美術部は割と遅くまで残っているらしいので誰かは居るかもしれない。これまでの時点で3階に残っているものは居なかった。

ノックをして返事がないのを確認して鍵を開けてみる。照明のスイッチを入れてみたが、当然の様に誰も居なかった。鍵をして照明が消えている時点で誰も居ないだろうとは思う。だが見回りである以上見て確認するしかなかった。そして誰も居ないの確認すると再び鍵を掛けるその繰り返し、地味に面倒だった。

(まあ暗闇の中でなにかやってても困るんだけどね色々)蛍はつい如何わしい想像をしてしまっていた。燐と一緒に見回りをすることになって余裕が生まれたのかもしれない。戻ってきてくれた事に心の中でそっと感謝した。

 

美術室の中は彫刻や有名な画家の絵のコピーなどが整然と並べられていた。部屋の中央には台座が置いてありここに絵のモデルを置いたりして皆でデッサンするのだろう。

「蛍ちゃんってさ、絵のモデルとかやったことある?蛍ちゃんがモデルならわたし美術部にも入っちゃいそうだなあ?」蛍の体を見ながら下世話な質問をしてくる燐。視線を感じてつい自分の体を見てしまっていた。

「わたしモデルとか無理だよ。あ。でも、燐が一緒なら。たとえ裸でも燐が一緒に脱いでくれるならやってみてもいいかも」俯きながらも大胆なこと言ってきた。蛍はモデル=ヌードだと思っている節があるらしい。

「えー、わたしの裸じゃモデルならないと思うけどなー。蛍ちゃんと違って子供っぽいし…」何かとしっかりしている燐だが蛍と比べると身体つきはすこし幼く見えた。

「そんなことないよ、燐は可愛いからそれをアピールすればいいんだよ。大丈夫、二人で頑張ろう」すでにモデルをやることが前提で話を進める蛍。それに燐は苦笑いするしかなかった。他愛の無い会話だけど何時もの二人だから楽しかった。二人が一緒で良かった。

 

特に何もなかった美術室を後にして先へ向かう蛍と燐。新聞部の前を通り過ぎて突き当りの部屋へ向かう。この部屋を確認すれば3階はすべて回ったことになる。突き当りの部屋のプレートには”音楽室”と記載してあった。

「音楽室か…やっぱりアレかなぁ?」燐が小声で話しかける。「あれって?」蛍も声を潜めて答えることにした。二人は自然にしゃがみ込んで会話する。

「ほら夜になるとピアノが勝手に鳴っちゃうとかいうやつ」「あぁ…」七不思議の定番スポットのことだと蛍は理解する。

「実際のところどうなのかな?こっそり先生が弾いてるだけのオチかなあ?」もしかしたら警備員の人かも。口もとを少し緩めて意地悪そうな顔する。「どうだろ?でも音が聞こえたらバレバレじゃない?」もっともな事を言う蛍。「…まあ、そうだよねぇ」そんな会話を音楽室のから少し離れたところでしていた。会話が途切れるとなんとなく聞き耳を立ててしまう二人。ピアノの音色を期待するかのように……

 

こんこん。

蛍が軽めにノックをする……なんの物音もしなかった。ゆっくりと開錠してドアノブに手を掛ける。扉は観音開きになっているので二人でドアを開けた。

普段は音に溢れている室内だが今は怖いぐらいに静まり帰っていた。「誰かいますかー?」燐は照明のスイッチを入れた後、なんとなく声を掛けてみた。スポットライトを当てたように煌びやかに輝く楽器。その中で二人の視線はやはりというかピアノに注がれる。燐は近づいて鍵盤の蓋を開こうとしたが個別に鍵がかかっていた。

「燐、弾いてみたかったの?」「いやぁ、なんかこう触ってみたくならない?」手でピアノを弾く真似をしてみせる。その指運びを見ているだけで軽やかに音楽を奏でる姿を想像して少し噴き出してしまう蛍だった。

 

「うーん、特に異常はないね。何かあるかと思ったんだけどなー」ピアノを中心に音楽室をくまなく調べていた燐だが諦めたように呟いた。「定番の場所でも必ず何かあるとは限らないよ。何もないのはいいことだよ」蛍が諭すように言った。「それもそうかー」しぶしぶ納得する燐。今日は止めるつもりだった七不思議の調査ををまだ諦めきれないのかもしれない。

「そんじゃ電気消すよー」照明を落として音楽室から出ようとする少女たち、だがその耳に聞こえたくない音が入ってきた。

ぽろん、ぽろんとピアノの音が静寂だった音楽室と二人の耳に届く。

あまりに唐突に聞こえてきたので恐怖で振り向くことすら出来ない。さっきまで何ともなかったピアノが鳴りだしたのだ。

「蛍ちゃん!!」咄嗟に蛍の手を握って素早く脱出する燐。扉を勢いよく閉めて鍵を掛けようとしたところで「待って燐!」と蛍に制止されてしまう。「だって!?」と燐が疑問を言いかけた口を蛍の人差し指がやんわりと塞いだ。

「燐、曲聞いてあげようよ?」「え、曲?」蛍の意図が分からなかった。誰も居ない音楽室のピアノが鳴っているだけで異常なのにその曲を聴く余裕なんてない。そう思っていた燐だが。

――どこか懐かしいメロディは何故か心に浸透していった。緊張して焦燥感を募られていた気持ちを落ちつかせるように……深く刻みこんでゆく。

 

再び音楽室の扉をゆっくりと開けた。照明はついていないのにそのピアノは燐光を纏ってきらきらと光を反射していた。何時の間にか月が照らしていたのだ。

月明かりに照らされて勝手に蓋が開いて鍵盤を動かし音を奏でるピアノ、一見すると恐ろしい超常現象なのだがその幻想的な光景とその音色に二人の少女は言葉を忘れて見入っている。灯りをつける必要がない月が輝く演奏会。燐と蛍はただのギャラリーになっていた。

 

「見て。燐、なんか……階段みたい」蛍が指をさした。月明かりがピアノの影を作り出す。そのシルエットがちょうど月に向かって伸びていたのだ。まるで月に届く階段がそこにあるように。燐と蛍の影が月の階段と重なる。月が呼んでいるようだった。その声に答えるように手を繋ぐ二人の少女。二人の影も手を繋いだ。叙情的なピアノの演奏を聞きながら夜空に浮かんでいるようだった。

 

「ん。…」気が付くと音楽室の扉にしゃがんで寄りかかっていたらしい。室内は何事もなかったように静まり返っておりピアノの音色も止まっていた。

「蛍ちゃん立てる?」燐が優しく手を貸した。「うん…」まだ眠たそうな表情を見せた蛍。燐の手を取り立ち上がると欠伸を噛んだ。あの不思議な演奏が子守唄替わりとなってしまったのだろうか?

「……月夜の晩に燐と二人でピアノのコンサートなんて素敵な体験だったね?もう少し聞いていたかったかも」蛍は興奮冷めやらぬといった感じで余韻に浸っていた。

「まあね。そうそう聞けるものでもないしね、でもこれって七不思議ってことでいいのかなぁ?何かこうモヤっとするんだよね」蛍の素直な感想に対し燐は少し冷静に分析する。

「…人為的なものだったとしても良いんじゃない?わたしは認定しちゃうな」部長からのお墨付きを貰ったので七不思議の記事にすることに燐は納得する。ただ人工知能的(A.I)なもので再現できそうな気はするので疑念は晴れなかった。ただ他の事件も含めた何らかの作為の跡が分かっていないので今は黙っておくことにした。

 

あれだけ音を奏でていたピアノは蓋を閉じて沈黙している。最初からそうであったかのようにただ月明かりに照らされているだけのピアノ、綺麗だけどどことなく寂しさを覚えた。静寂に包まれた音楽室のカギを掛けてその場を後にする。名残惜しい場所になった。

 

「これで3階は全部見たね。1階に行く前に2階の職員室に寄ってみる?」一息ついた後、蛍が提案してくる。長い時間音楽室に居た気がしていた。スマホで時間を確認すると19時前だった。「そうだねぇ、ちょっと時間が掛かったから一度職員室で報告したほうがいいかもね」どうせ1階に行くのだからついでに寄ろうと蛍の意見に賛成する。

 

二人は手を繋いでゆっくりと階段を下る。踊り場に差し掛かった時、月が二人を照らし階段上に影を伸ばした。思わず蛍は月を振り仰ぐ。7月の下弦の月は翡翠の様な色を見せていた。

 

 

 

 

 

 

 




やっと続きが書けた…。今回はなんかキツかった…。ネタがないのは毎回だがとにかく筆っていうかキーボードが動かないったらなかったなあ。しかも前回より文字が少ないし…。やばいなあ少し飽きが来てるのかもしれないなー難しいところかも。
で、今回の話は学校の見回りなんですが初期プロットだと分かれて行動して後で再開する流れだったんだけどやっぱり最初から一緒にしました。後、本当は1回で見回りが全部終わるようにしてたんですが上手くまとめられなかったので次の話に続きます。
次回はもう少し早く書けるといいんだがーーーやっぱ無理そうかもーーー頑張るしかないかー。

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