真夜中に目が覚めた霊夢はひどい酔いを味わっていた。
身体の異常に違和感を覚える霊夢だったが、四肢がスキマで拘束されていると気づく。
すぐさま紫の仕業だと察した霊夢は主犯の名を叫ぶ。
現れた紫に理由を問いただすと、紫は平然と話す。
「あなたをわたしと同じ“スキマ妖怪”にしてあげる」――と……。


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この小説は知人の「もしも霊夢がスキマ妖怪にされたら?」のアイディアを元に執筆した作品です。
若干の百合要素があります。
苦手な方はブラウザバックしてください。

※pixiv小説とのマルチ投稿作品です。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11788525


ただあなただけのために……

 

「……暗いわね」

 それはある晩のこと。

 神社の寝床で目覚めたわたしはひどい気分を味わっていた。頭がガンガンするし、めまいをもよおしている。何よりも身体が熱いし動悸もはげしい。自分の脈が耳中に響く。

 まるで二日酔いのような気分ね……。夕べは異変解決の宴会で大勢そろって酒を飲んだけど――。

「深酒した覚えはないんだけどなあ」

 最悪な気分にうなだれて愚痴をこぼす。その直後、違和感を覚えた。

 ――うなだれる? 何で? 布団で寝てたのに。それになぜか身体が動かない。

 わたしは目を凝らす。宵闇(よいやみ)になれた目であたりを見渡すと、驚愕の光景が飛び込んだ。

「なによこれ!?」

 いつの間にか、わたしは敷布団の上で膝立ちにされていた。水平に伸ばされた両腕はスキマが飲み込んでいる。膝から下の両足も同様だった。

 スキマで拘束するやつはあいつ以外に考えられない。

 顔を上げ、寝床に異常がないか見渡す。わたしは大きく息を吸い込む。

(ゆかり)っ! あんたの仕業ね! いるんでしょ!? 出てきなさいよ!」

 声を張り上げたとたん、意識が遠のくように感じた。酔いのせいだと思う。

 怒鳴り声に呼応するように目の前の空間がゆらぐ。上下の端にリボンをあしらったスキマが現れて開く。

「こんばんは、霊夢(れいむ)。寝間着姿のあなたも素敵よ。いい目覚め――ではないようね」

 スキマの中から、妖怪の賢者こと八雲紫が薄ら笑いを浮かべながら出てきた。相変わらず胡散臭(うさんくさ)い雰囲気をまとわせている。パープルのドレスと白い長手袋が胡散臭さを倍増させていた。

 急に吐き気をもよおす。吐き気は紫に対してじゃなかった。さっきから頭がぐるぐる回ってるみたいで気持ち悪い。

 ……ひょっとして、この酔いは紫の仕業かも?

「……あんた、わたしに何したの!?」

「相変わらずいい勘ね。これよ」

 紫はそう答え、肘から指先ほどの大きさのスキマを作った。そのスキマに右手を突っ込む。取り出された物は茶色の一升瓶だった。

「血管内に酒の主成分を流したのよ。スキマを使って少しずつ。あ、しびれ薬も少々まぜておいたかしら?」

「なっ!?」

 紫が微笑みながらつかむ酒瓶を、わたしは凝視した。瓶には白いラベルが貼られ、大きく「東方吟醸」と書かれている。

 ……どうりで酔っ払っているわけね。納得だわ。

 酒瓶をスキマにしまいながら紫が苦笑する。

酒呑童子(しゅてんどうじ)八岐大蛇(ヤマタノオロチ)。その退治方法を模倣(もほう)しただけよ。本気を出したあなたの脅威は身にしみているから」

「わたしは鬼や化け物と同列ってわけ? 妖怪の賢者に恐れられるなんて光栄だわ」

「それ、皮肉かしら?」

「褒め言葉よ」

 苦笑で返すと紫は胡散臭い笑みを浮かべた。

 それにしても紫の思考がまるで読めない。目的は何なの?

 わたしは大声で理由を問いただす。

「それはそうと、これはなんのマネ!? わたしをどうするつもり!?」

「あなたをわたしと同じ“スキマ妖怪”にしてあげようと思ってね」

「……笑えない冗談だわ」

「冗談? いいえ、本気よ」

 なに言ってんのよ、こいつ!? わたしを妖怪に!? 意味わかんない!!

 わたしの頭脳は混乱を極めていた。追い討ちをかけるように血管に流された酒の主成分のせいでますます気持ち悪くなる。具合の悪さを普段は使わない根性で抑え込む。

 紫の魂胆を見抜こうと睨みつける。胡散臭い笑顔とは裏腹に、瞳は笑っていない。むしろ目的を貫徹しようとする意思が感じられた。

 ……こいつ、マジね。

 こいつが本気だとわかったわたしは、眉根をつめて抗う。その様子を見ていた紫が軽い拍手でたたえた。

「毅然としたその瞳。さすが博麗の巫女ね」

「理由くらい聞かせなさいよ。まず妖怪になる気はないけどね」

「なるわよ。あなたのような存在が現れるのを、ずっと待っていたのだから」

「どういうこと!?」

 紫は膝裏付近にスキマを発生させ、椅子のように座る。ドレスのすそが優雅に舞う。そして足を組みながら話し始めた。

「幻想郷が外の世界から隔絶して百年以上。その年月を経てわたしの待ち望む者が現れた天賦(てんぷ)の才で事を成す者。そう、あなたよ」

「それ、過大評価だわ。わたしはただ面倒なだけよ。人間と妖怪の付き合いや妖精と神々がしでかす厄介事にね。その上あんたまで――」

「とか言って、異変が起こったときは本気を出すくせに」

 からかっているとしか思えない紫の愉快そうな面立ちを目にする。その瞬間、わたしの頭に血流が集中した。

 こいつ、なんか勘違いしてんじゃないの!?

 わたしはあらん限りの声を張り上げた。

「それは放っといたら後々面倒になるからよ! でないとゆっくりお茶も飲めないじゃない!」

 叫んだ直後、意識が遠くなりかける。かろうじて意識を保つけど、火照った身体から力が抜けてゆく。反抗すればするほど酔いが回る。身体の熱さも同様だった。

 興奮させて酔いの悪化を促しての無力化――か。……何もかも計算尽くってわけね。

 わたしは全身にこもる熱を荒い息遣いで排出するしかなかった。あえぐように呼吸するわたしを、スキマに腰かける紫が見据える。

「動機はどうあれ、あなたの宙に浮く(・・・・)ような性格のおかげで数々の異変が解決をむかえた。わたしにとっては貴重な発見だったわ」

「なら残念ね。こんな面倒くさがり屋を妖怪にすれば、あんたでも制御不能よ」

「その点は問題ないわ。あなたはあなたの意思で事を成す。それにわたしが冬眠している間、あなたの活動で補える。どう? 素晴らしい考えとは思わない?」

 たしかにスキマ妖怪が二体いればカバーしあえる。でもその役目はこいつが使役する式神、八雲(らん)のはず。紫の魂胆は従者の役目を犠牲にするほどなの? わたしを妖怪にする理由はそれだけじゃないわね。

 そう考え、全力で疑問をぶつける。

「そうなればあんたの式神はお払い箱ね。藍を代償にするつもり?」

「藍は良く働いてくれているわ。けどハード上のソフトウェアでしかなく能動的とはいえない。効率性を考えれば、同じスペックのほうがいいと思わなくて?」

「何わけわかんないこと言ってんの! わたしを面倒事に巻き込まないでよ! さっきから聞いてりゃ利己主義者の詭弁(きべん)じゃない!!」

 怒鳴るたびに鼓動と呼吸がひどくなる。それが紫の思惑だとわかっていたはずだった。でもこんな意味不明の言い訳を聞いてしまっては怒鳴らずにはいられない。

 わたしは紫に眼光を飛ばす。利己主義と切り捨てられた紫は平然と笑みを浮かべている。ほどなく妖怪の賢者が足を組みなおした。

「利己主義? ……たしかにそうね。だけどそんなことは幻想郷に限らないのではなくて? 妖怪も人間も神も妖精も欲望のかたまりに過ぎない。わたしも含めてね。わたしは霊夢、ただあなたを同族にしたいだけなのよ」

「そんな理由でわたしを妖怪に?」

 うなずく紫の瞳にうその気配はなかった。

 目の前の妖怪はなぜ同族を求めるのだろう?

 疑問は好奇心に変わった。心中を見透かしたように微笑むと、賢者と呼ばれる妖怪が立ち上がる。

「この世で唯一のスキマ妖怪に生まれて数千年。生まれたてのわたしが弱肉強食の妖怪社会で生き残るのは、そりゃあ大変だったわ。一日でも長く生き延びることだけを考えていたものよ」

 紫は今までの生い立ちを語った。生き延びるすべとして知恵を備えたこと。知恵とともに実力をつけたこと。気がつけば妖怪の賢者となっていたこと。

「――それでも孤独感は埋められなかった。わたしの心の隙間はいまだに空いたままなのよ。いくらわたしでもこれだけは自分の能力を使ってもどうにもならない。皮肉な話よね……」

 語り終えた紫は自嘲気味に苦笑し、顔をそらす。その寸前、憂いた表情が見えた。

 今の話が本当だったら紫の憂い顔もうなずける。スキマ妖怪という存在はこいつだけ。他者と違って同族がいないこの妖怪は、孤独の苦しみを誰よりも理解しているのだろう。だけど今のこいつは孤独じゃない。

 わたしは否定の言葉を放つ。

「そうでもないんじゃないの?」

 紫が「えっ?」と振り向く。

「あんたには従者とそいつが使役する式神がいるじゃない。それに白玉楼(はくぎょくろう)の亡霊と呑んだくれな鬼もいる。あいつらはあんたにとってかけがえのない存在じゃなかったの!?」

 酔いが悪化するというのに声を張り上げてしまう。それほどこいつの身勝手な理由が許せなかった。動機と呼吸が荒れ狂い、身体にこもる熱も頂点を迎える。

 紫の憂い顔が、心の内を読めない笑顔に変わった。

「あなたの言う通りよ。藍も(ちぇん)も家族同然だし、幽々子(ゆゆこ)萃香(すいか)も昔からの親友だわ。でも彼女らはわたしと同じ“スキマ妖怪”ではない」

「それじゃあなぜ――」

 言いかけた直後に吐き気が襲う。うつむいて何とかこらえたものの、油断すると胃の中身をぶちまけてしまいそう。わたしの意識は限界をむかえていた。

「つらそうね。大丈夫?」

 張本人がよく言うわよ。――と言ってやりたかったけど、吐き気をもよおした状態では言葉が出ない。

 このままだと酔いつぶれて死んでしまう。

 そう考えたとき、ある疑問が頭によぎる。

 なぜ紫は過去を話したんだろう? 考えてみれば人間も妖怪も自分の生い立ちを明かせば弱みにつけ込まれる。妖怪にとって存在抹消につながる行為だ。それをこいつが知らないとは思えない。

 答えはただひとつ。

 わたしは吐き気を圧して紫に向き直った。

「あんた、死ぬつもり!?」

「あら、どうして?」

「妖怪が人間に過去を明かすなんて、死ぬ瞬間だけよ!」

「半分は正解。自分の互換妖怪を作るのだからわたし自身が消えかねない。でもそれだけの価値はある」

 紫はわたしに近づきながら言葉を重ねる。

「妖怪が人間に過去を明かすときは、己の最期の瞬間か、惹かれた者へ本心をさらけ出すためよ」

 思わぬ紫の告白に言葉を失う。身体の熱が増すのは酒のせいじゃない。こいつの本音を初めて聞いたからだった。

 近づいてきた妖怪の賢者の顔を見る。わたしを見つめる瞳には愛情のような輝きがあった。紫の右手がわたしの下顎に触れる。

「わたしはいつもあなたを見続けてきた。あなたと初めて会う前から。最初は怠惰なあなたを軽んじていたわ。でもそれがあなたの魅力だと気づいたの。人妖も含めたすべての幻想郷住民に対し、あなたは伸ばしても伸ばしても手の届かない距離感を保ち続けた。まるで自由気ままに空を漂う雲のように。いつしか由緒正しき博麗神社はあなたに惹かれた人妖が集うようになった。わたしも含めてね」

 わたしの意識は血液中の酒の主成分と、紫が発す言葉に呑まれかけていた。

 何よりも優しくなでられる下顎が気持ちいい。かゆみがおさまるような感触にわたしは溺れかけている。もっとなでてほしい、とさえ思ってしまう。

 淫靡(いんび)とは違う快感が頭脳を支配してゆく。顎をなでられる犬や猫は、きっとこれを快楽に感じているのだろう。快楽を与え続ける紫が優しく微笑んだ。

「霊夢、わたしはいつだってあなたを見続けていたと言ったでしょ? 狂おしいほどあなたが愛おしいの。年老いて死にゆく霊夢を見るなんてできないわ。孤独はもうたくさんよ」

「たったそれだけのために……?」

 朦朧(もうろう)とする意識の中に紫のささやきが響く。

「そう、ただあなただけのために……」

 その言葉を聞いた直後、わたしの視界は真っ暗になった。鼓動と自分の荒い呼吸が耳に響く。火照った頭脳に快楽がむしばむ。わたしの意識は深い闇に沈んだ……。

 

「……霊夢。起きなさい。安心して。わたしは消えていないわ」

 紫の声が聞こえる。

 まだ酔いが覚めない。身体は火照ったままだし動悸もする。吐き気はしないけど息切れがおさまらない。でも気分がいい。

 わたしの心の中は奇妙な充実感で満たされていた。心地いい疲労感が身体を支配している。まるで霧の湖を全力疾走で一周したみたいに気持ちいい。

 まぶたを開けると暗い床の間の中に、紫が目の前で微笑んでいた。見据える瞳は慈愛にあふれ、唯一の家族のように思える。目を開けたわたしに気づき、紫は満足そうに話しかけた。

「お目覚め? スキマ妖怪になった気分はどう?」

「……何もかも生まれ変わったような気持ち……」

 そう、わたしは妖怪に生まれ変わったのだ。紫と同じスキマ妖怪に。

 身体中に血液と同じ感覚で妖力が流れている。実に心地いい。

「そのスキマ、自分で外してごらんなさい」

 紫に促され、わたしは四肢の拘束具と化しているスキマを見やった。スキマの存在を否定するように念じる。すると拘束具が消え、わたしは解放された。

 水平に伸ばされた両腕が力なく落ちる。膝立ち状態だった両足は脱力し、敷布団にお尻からへたり込む。

 荒い呼吸。熱を帯びた身体。全身を伝う汗。けだるいような疲労感。

 わたしは異変解決と同様の達成感を味わっていた。

 背中を丸めていると、下顎に紫の指が触れる。ぞくりとした快感が全身を覆う。クイっと顔を上げられる。視線の先の紫は愛おしそうに微笑んでいた。

 ……もっとなでてほしい……。

 頭脳に快楽の波が押し寄せる。

 わたしは、「紫と一緒になった(・・・・・・)」と自覚した。目の前の同じ妖怪が優しくわたしの下顎をなで続ける。

「あなたもわたしも一人じゃない。ずっと一緒よ。そうでしょ?」

 これから先は紫と一緒……。

 形には表せない喜びが心中からあふれ出す。嬉々とした気持ちで満たされたわたしは笑ってうなずいた。

「……はい。ただあなた(・・・)だけのために……」

 

 

 

 霊夢をスキマ妖怪にしたわたしは、能力の使い方について詳しく説明した。彼女は天賦の才もあってなかなか飲み込みが早い。すぐに「夢と現の境界」を操作できてしまった。ここまで筋が良いとは予想外だったけど、自身の存在をかけた甲斐がある。

 基本的な操作方法を教え終えたとたんに睡魔が襲う。わたしは一日に十二時間ねむらないと調子が出ない。くわえて今夜は霊夢を同族(・・)にしたので妖力の消費が膨大だった。この状態だといつもの倍は眠らないといけない。

 今夜は霊夢を妖怪にしただけでも満足だった。この様子だとわたしに並ぶ能力の使い手となる日は近い。霊夢の将来を期待しつつ、わたしは神社の寝室で眠りについた。

 

 障子を開けた音がまどろんだ頭脳に響く。きっと霊夢が開けたのだろう。どうやら朝を迎えたようだ。

 眠気で重くなったまぶたを開けようとしたが、朝日がまぶしくてままらない。寝起きの気だるさが身体を覆う。起き上がって背伸びをしようと思った瞬間、わたしの脳裏に違和感がよぎった。

 ――身体が動かない!?

 突然の事態に心がゆれる。まぶしさに耐えながら目を開けた。凝らした目に驚愕な光景が飛び込む。

 布団で寝ているわたしの身体には、大量の妖力封印の札が隙間なく貼られていた。しかも不動の呪符も貼られ、鬼の鎖で身体はがんじがらめだし、おまけに複数の亡者が拘束しているといった念の入り様。

 さすがのわたしでもこんな厳重結界はたやすく解けない。すぐさま思考をめぐらす。

 いったいこれはどういうことっ!?

 霊夢の仕業だとは思えない。あの晩、彼女をスキマ妖怪にしたから霊力の札なんて使えないはず。能力の操作は教えたばかりなので複数かつ異なる能力を使うのは不可能よ。彼女、どうやって不可能を可能にしたのかしら?

 そうこうしていると、視界に眉根をつめた霊夢の顔が入った。目尻はつり上がり、やや膨らませた頬がわずかながら朱にそまっいる。後頭部のリボンほどではないけど、紅潮した顔に身の危険を感じた。仏頂面の霊夢が口を開く。

「おはよう」

「あら、霊夢。おはよう。何か機嫌が悪そうね?」

 平静を装って返答したけど霊夢の仏頂面は変わらない。にらみを利かす瞳から冷ややかな光がともっていた。あの晩の従順と間逆な態度に心中で驚く。

 ……なんか怒ってるようね。そんなに無言で威圧されると怖いんだけど。

 憤然とする霊夢に対し、自分の状態をたずねる。

「それはそれとして、なぜわたしが縛られているのかしら? どっちかというと縛る方が好きなんだけ――」

「だまれ変態妖怪」

 霊夢の低い声がわたしを黙らせた。彼女の身体から怒気があふれ出す。今までの経験から察すると、怒りが頂点に達して――。

 ――ちょっと待って! 霊夢からまったく妖気を感じないのはどういうこと!? あの晩、妖怪にしたのになぜっ!?

 霊夢はわたしと同族になったはず。能力を教えたばかりなのに――。

 ……能力?

 頭から血の気の引く音が聞こえた。その瞬間、わたしは霊夢に疑いを問う。

「あなたまさか……?」

「――そう、人間に戻ったの。自力でね」

「いつっ!?」

「あんたが寝た直後」

 わたしが「どうやって!?」と叫ぶと、霊夢は仏頂面をゆがんだ笑み変えた。

「酔いがひどかったからどうにかしたかったの。そこで能力を教わった通りに使ったわけ。おかげで酔いが覚めて正気に戻れたわ。境界を操作したあとひらめいたの。もしかしたら自分で元に戻れるんじゃないかとね」

 事の経緯を聞いたとたん、わたしは自分のミスに気づいた。

 なんてこと! 境界操作で自分を人間に戻すなんて!

 ……そもそも霊夢は生まれ持った才能で事を成す人間。わたしでさえ思いつかない発想がひらめいてもおかしくない。そのことを失念していたなんて、わたしとしたことが……!

 後悔はすぐ憤りに変わる。計画の失敗ではない。わたしの過去を含めた霊夢への想いが無駄となったからだった。煮立つ想いを彼女にぶつける。

「せっかく本音を明かしたのに……。あなたがこんなに薄情だとは思わなかったわ!」

「それなりに感謝はしてるわよ。境界の操作がなかったら人間に戻れなかったわ」

 わたしの怒りの言葉はいとも簡単に受け流されてしまった。薄情者にしてやられたのが口惜しい。

 ふと、この厳重な封印方法に疑念が湧き出す。

 いくら彼女でもこれだけ手の込んだマネはできないはず。妖力封印の札はともかく、不動の呪符を使えるわけがない。鬼の鎖を扱えるとは思えないし、亡者らによる拘束も同様だし。

 考えれば考えるほど疑念が倍増してゆく。わたしはできるだけ穏やかな口調でたずねることにした。

「それにしてもこの厳重な封印、あなた一人で施したのかしら?」

「まさか。彼女らがすすんで手伝ってくれたのよ」

 霊夢の姿が視界から消えた。その直後、わたしの四方から見慣れた面々が目に飛び込む。

「紫様っ!! 人間に惚れるなんてそれでも賢者ですかっ!? まったく嘆かわしいっ!!」

 真上の藍が大きな声で嘆く。

「わたしと藍様がいるのにひどいですっ!!」

 左方の橙が歯ぎしりの音を立てる。

「わたしは別にいいんだけど、みんなが不憫(ふびん)に思えてならなくて……。それに何かおもしろそうだしっ!!」

 真下の幽々子が愉快そうに笑う。

「紫っ!! 友情を差し置くなんてわたしゃ悲しいよっ!!」

 右方の萃香が眼光を放ちながら憤る。

 幽々子を除いた三人の剣幕にわたしはおされた。騒ぐ四人を目にし、この厳重封印のなぞが氷解した。

 ……なるほど。萃香に頼んでみんなを集めたってわけね。

 納得したわたしの耳中に三人の怒号と一人の笑い声が響く。周囲の喧騒のなか、新たな疑問が浮かぶ。

 厳重な拘束の仕組みはわかったけど、霊夢がどうやって四人をたき付けたのか、どうにも腑に落ちない。周りの喧騒のなか、わたしは視界から消えた霊夢に疑問を投げた。

「霊夢っ! あなた、みんなに何を吹き込んだのっ!?」

「何って、あんたが明かした本音を話しただけよ。ことこまかくね」

 聞いた瞬間、顔が焼けたように熱を帯びた。

 あの晩、わたしはこれまで抱いてきた内に秘めた想いを霊夢へ明かした。それなのに彼女ときたらあっさり全部話したと言う。羞恥と憤怒と悲哀がない交ぜになる。

 まったく、恥ずかしい思いをおして告白したのに……! それに人間を妖怪に変えるには相当の精神力と妖力が必要なのよ! しかもわたしと同じスキマ妖怪に! どれだけ膨大な妖力を消費したと思って!?

 ……孤独から卒業できたと思ったのに、まさか自力で人間に戻るなんて。とっておきの計画が水の泡ね。……なんだか泣けてきたわ……。

 心中で無情感にひたっていると、霊夢の声をとらえた。

「まあ、わたしは根に持ってないわ。さて、みんなの朝食作ってくるから後はよろしく!」

「ねえ、みんなの中にわたしは入っているのかしら? 霊夢? 霊夢さああぁぁんっ!?」

 遠のく霊夢の足音と入れ替わり、四つの影がにじり寄る。緊迫した空気が肌にさす。三つの冷ややかなまなざしと、一対の興味深い瞳が恐怖をさそう。この状況から推測すると、どうやらわたしは無傷で帰れないかもしれない。

 そう悟ったとき、無意識に今の気持ちがこぼれた。

「……みんなの視線が痛いわね」

 

 

 完。



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