・ある意味ノンフィクションとしているのは、リアルの話題や内容を含めた話を盛り込むこともあるかもしれないためです。
登場人物や実際の出来事とはなんら関係がありません。
ふと、目線を横にそらせば・・・窓越しに外を見る。燦燦と照り付ける太陽の光が彼女に外の暑さを伝えてくれる。今、そう感じないのはこの部屋、彼女が所属する部活の活動教室がクーラーで一定の温度を保ってくれるからに他ならない。
「それじゃ、今月からのお題を伝えるぞー」
その声に彼女は目線を声の主に移す。そこにはすらっとした・・・といえば聞こえがいいが、運動が得意じゃなさそうで高身長という、要はがり勉と言われれば誰もが納得する男子が立っている。
「岩森、聞いてる?」
「聞いてますよー、大澤先輩」
大澤先輩に呼ばれ、岩森は反応を返す。その様子と返信に不満は特にないのか、大澤は自分の持つルーズリーフに視線を移した。
『そんなに気にしなくたって聞いてるって…』
岩森は内心でちょっと悪態をつきながら、話を聞くことにした。
木河(もくかわ)先生は、臨採中!!
『まじでどうしよ。これはピンチかも…』
心の中で困り感をだす彼女こと岩森紫(いわもりゆかり)は、某県の鎌ノ谷(かまのたに)高校に通う女子高生である。
そんな彼女が今現在、これほどにないピンチを本人なりに感じている。その発端は先程部長である大澤先輩からのお題にあった。
「それじゃ、今月からのお題は夏休み明けにある文化祭に向けてだな」
大澤先輩は嬉々としてしゃべり始める。それに対して紫とそれ以外のメンバーはげんなりするもの、逆に目を輝かせるようなものと反応がさまざまである。なぜ、こんなに多種多様な反応をするのかは、この部活と学校の歴史にある。
彼女達が通う鎌ノ谷高校、通称鎌高は御年100歳という歴史と格式がある学校である。要は明治時代の学制ができてから間もない時にある学校ということだ。それに合わせて、某県の中心的な学校として栄えてきただけに現在に至るまで数多くの分野で著名人を出している。それは政治家という分野から芸術家まで、網羅してきたと言っても過言でないだろう。
そんな中、紫の所属する部活、文研部もまたその著名人を多く輩出している部活動の一つ。活動内容は自身の作品を創作して発表する、というものだが…要は漫画研究部と文芸部が合体した部活動である。この発表というのがこの部活の魅力であり、この文化祭にはその著名人をはじめ、各分野の繋がりで見学する人が多く、それを目的に文化祭に足を運ぶ人、またはスカウトされ現在も売れっ子になった人もいるぐらいだ。それを目当てでこの部活に入ってくる人、もとい受験を受ける人がいるほどである。
「知ってると思うけど、うちの発表はまじで名誉が掛かってるから。生半可な作品を作るなよ」
大澤先輩の言葉に力が入り、気合が入る部員が多い中、紫はげんなりしていた。元々入りたい部活がなくて、中学校時代に得意だった読書をそのまま部活に活かせると思い、入ってしまったのが運の尽き。そんな事情を知らない彼女にとって蒼天の霹靂だった。紫の調べ不足といえばそれまでだが。
これが冒頭で彼女が困っていた一端である。本当にピンチというのは突如としてやってくるものなんだと思った。どっかの番組みたいにヒーローが三分間でもいいから助けに来てはくれないのだ。現実は非常だと思える。
『弱ったなぁ…去年は一年だから作らなくてもよかったけど、二年からは強制なんだよね。どーしよ…』
紫は軽いため息を吐く。作りたくないのに強制して作って来いと言われ、どんな作品ができるかなんて察しが付くだろう。というより、作品が完成するかどうかもわからない。
「紫は漫画と小説。どっちの部門でやる?」
「んー…漫画は無理だから、小説部門だよ。だけど作れる気しない」
「そうだよね…私、どうしよ」
紫に小学校からの友人である島根萌々香(しまねももか)が同じようなげんなりした様子で話しかけてきた。彼女もまた、漫画が好きなことと絵がある程度描ける、それと紫が一緒だからという理由で入ってしまったのが運の尽きだった。だが紫は知っている。彼女のイラストはそこそこ受けがいいことを。きっと彼女なりの不安があり、それを事前にポーズしているだけだろうと。
「ガチの奴もいると思うが、別にハイレベルを求めているわけじゃない。うちの最大の成果発表会みたいだから、個人として満足できるような作品であればいいから。夏休み後半に進捗確認して完成だから、しっかりやってこいよ」
大澤先輩が全体にアドバイスして、解散なーという声で部員が一斉に蜘蛛の子散らすように帰り始めた。
「あー、もうホントどうしよ」
紫は自分の部屋でため息をつく。いきなり小説書いてこいなんて無理に決まっている。
「せめて題材…いや、ネタがあれば…私がスラスラかけるネタなんて」
とりあえずネットで検索をかける。つぶやきだって見る。タイムログだって見る。
「あるわけないよねー…」
ネタがすぐに見つかるならこんなに悩む必要はない。スマホを投げ出して、ベッドに横たわる。
「ほんとどうしよ…」
悩む彼女にドアからノックの音が聞こえた。どーぞ、と返事で返すと扉を開けたのは中学3年の弟だった。
「ねーちゃんさー。寝てるところ悪いんだけど、中学校で使っていた社会のノートとか参考書、ない?」
「あー、どこだったかな。なんでいきなり?」
「だってさー、今の社会の先生、授業つまんないし、わけわからないからさ。ねーちゃんの時は社会の時間、楽しくてわかりやすかったんでしょ?だったら勉強にも身がはいるかなーって」
「あー…そういえばそうだったわ。誰から聞いたの、それ」
「島根だけど」
「萌々香の弟くんね…あった、あった。これこれ」
紫は起き上がり、自分の机からノートを抜き出し、弟に渡す。サンキューと返事して、弟はこの場で開けて見始めた。
「何してんの、自分の部屋でやってよ」
「だってねーちゃん、この前だって似たようなことで持って帰ったら怒ったじゃん。だから今日はここでやるよ」
弟の言葉にそんなことあったかな、と思い返すもあんまり思い出せないでいた。
『なんか高校生になって覚えていること、そんなに多くないなぁ。その時は楽しいこと、多いのに』
「ねーちゃん、ちょっと聞いていい?」
弟の声で目を覚ましたように意識をそちらに向ける。弟はノートを指さしながら、笑いそうな表情をしている。紫にとってどうしてノートでそんな風になっているのかわからずにいた。
「あのさー、社会の授業真面目に聞いてない俺が言えないことだけど。ノートの至る所にくだらないことばかり書いてあるけど、ナニコレ?これなんかめっちゃ面白いけど」
そう言っている弟の指さした方向を確認すると、社会の公民分野で【貧困】についてのページだった。そこには授業でやった内容以外に何故か各時代のトイレについて、あれこれ書いてあった。
「ねーちゃん、いくらなんでも授業のノートにトイレのこと、こんなに書き込んでるのはダメでしょ」
弟はトイレのネタやはっきり言ったら書いてはいけないようなことも見て、げらげら笑い始める。それに対して紫は必死に否定し始める。
「違うの!それは当時の先生がトイレの雑談を面白そうにしゃべっていたから!」
「だけどさー、こんなの笑うしかないじゃん!授業中にトイレの話をする先生なんていないよ」
「だーかーらー」
言い返そうとした直後、そこで紫は何かに気づいた。そういえば、授業が楽しかったのなんて高校の入学からあっただろうか。
『いや、ない』
少なくても自分が受けてきた中には一度たりともない。どうしてそう感じるのか、紫は思い出した。その1年間が自分にとって濃すぎて、未だにそれより面白いと思ったことがないからだ。
「ねぇ…聞きたいんだけど」
「あー、おもしろ。ん、なに?」
「もしさ、授業中にトイレだけじゃなくて。その先生の過去話とか、趣味の話とかつい最近の先生同士の話とか授業に絡んだ的外れだけど、ためになりそうでならない雑談をほぼほぼ入れてくる先生がいたら、どう思う?もちろん授業そのものもしっかりやるし、教え方も男女関係なくわかりやすいって評判だったとしたら」
「えー…最高じゃん。そんな先生いたら俺、絶対に寝ないで真面目に受けてる。でも、いるわけないじゃん」
弟の反応を見て、だよね…と思った。だけど、紫にとってそれはない。何せ、彼女はたった1年間だが、小学校から高校2年の今に至るまでその1年間を超える授業も先生にも会ったことないからだ。つまり、彼女は出会って受けている。
「見つけた…」
「はぁ?何が?」
「あんた、そのノート返して」
「いや、俺勉強ができなくなる…」
「今度教えてあげるから。あと部屋からでて」
「おい、ちょっと!」
紫は弟を強制的に部屋から追い出し、すぐにスマホを手に取る。すぐにSNSアプリの機能を使って、萌々香に電話を掛けた。数秒もしないで通話が繋がり、萌々香の明るい声が聞こえた。
「もしもーし、どうしたのー?」
「萌々香、決めた」
「なにがー?」
「文化祭の題材」
「うそ!だってさっき無理だーって…」
「書ける内容、見つけたの!」
「えー、なになに?教えてよー」
「中学校の社会の先生、覚えてる?」
「小岩先生?」
「違う!あんた、わかって間違ってるでしょ!」
「あはは、そうだね。木河(もくかわ)先生でしょ。超面白かったもんね、授業もわかりやすくて、人気高かったもんね」
「その木河先生のこと、書く」
「へー…はぁ!?」
電話越しに萌々香の大声が紫の耳に入る。思わずスマホから顔を離す。あっちの声がしないことを確認して、改めて紫が話し始めた。
「私だから、書ける。私にはこれしかない」
「だめだよ!だって、木河先生だってわかったら迷惑にしかならないよ!」
「そこは、あれだよ。ぼかすから」
「いやいや、ばれるって!同中でうちらだけじゃないよ、鎌高にいるの!!他の同級生だっているし、だったら後輩にも木河先生の授業受けてきた子だっているって聞いてたじゃん!」
「うん、そこは騙せるとかわからないけど、私が一番、木河先生のことわかるから。だから迷惑かけないようにぼかせる。というかやりくりできる。そこ含めて萌々香なら、その理由、わかってるでしょ?」
紫がここまで言うと、萌々香は黙ってしまった。
「はぁ、ほんとに気をつけなよ。木河先生にばれたらホントにやばいよ?」
「うん、だから作品作ったら持ってく。それで許してもらう」
「ほんと…もう、なんか紫らしいや」
萌々香の声があきらめに似た声を聴いて、通話を切った。その直後から紫の表情は迷いがなく、面倒くささや今回の一件に対しての黒い気持ちも無くなっていた。今はいち早く書きたい。あの、くだらないけど充実した一年間を。
パソコンを立ち上げ、ワードを開き、出だしを書き始めた時、タイピングが止まった。
『そういえば、題名。どうしよ…確か、あの時の先生は…』
紫が題名をポチ、ポチと入力した。
『木河先生、りんさいちゅう!』
と、可愛らしく。