木河先生は臨採中   作:みんせい

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2時間目 修学旅行はどうやって決めますか?

紫がノートを見返している。その部分部分を見ていると思い出してしまうこともあって、自然と笑みが浮かぶ。

 

「まず授業タイトルが暗黒の木曜日とかつける人、いないよね」

 

ペラペラめくっていると所々に鳥居のイラストや京都の名所が書き込んであった。

 

「これ、なんで書いたんだっけ…」

 

そのイラストと言葉で思い出そうとする。かの先生、木河先生がしゃべったネタを。

 

 

 

    木河先生は臨採中! ~彼が知る修学旅行のしゃべりは~

 

 

 

 GWが始まる一週間前。とある水曜日の午後の授業は総合だった。正式には総合的学習の時間といい、要件言えば学年で自由に課題を設定し、授業できる時間だ。目下、3年生の彼女達の学年は6月に行われる修学旅行に向けた取り組みばかりだった。今日はコース決めを班で行う日。紫の班は萌々香、美希の女子3人に加山、深澤、村下の男子3人の6人組。

 

「ほんとにさ、京都のコース決まんないじゃん。どうすんの」

 

「だってよー、行きたいところバラバラじゃん。こんなの決まりっこないって」

 

「私達は清水寺いければいいって言ってるじゃん」

 

「俺ら行きたいの金閣と壬生寺だし。全く方向違うじゃん。無理無理」

 

「私達妥協してんだから、男子も妥協してよ」

 

「えー…」

 

紫が矢継ぎ早に提案しているのに対して加山と村下がブーブー言っている。紫は不機嫌になっていくのは明白で、それを萌々香がなんとか抑えようとしているのが班の現状である。今週中にコース案を決めないといけないのにこの二人のせいで決まらないことに紫は先週からイライラしていた。それをどうにかしようと紫なりの譲歩をしているみたいだが、男子のこの態度に険悪感は一気に加速しているようにしか見えない。

 

「ありゃまー、てんこ盛りのコース設定だね」

 

そこに突然木河先生が現れ、声をかけてきた。班員一斉にそちらを見る。

 

「男子がわがまますぎて決まらないんです!」

 

「ちげーし。お前らの清水寺の行く動機がこんなんだから嫌だって言ってるだけだし」

 

「へー、どんな理由なのさ」

 

「こいつら、清水寺にある恋愛の神社で恋愛成就したいからって、それだけなんすよ」

 

「それのどこが悪いのよ!」

 

「そんなのしに京都行くわけじゃねーだろ!」

 

紫の言葉に後ろから萌々香と美希もそーだそーだ!と文句を言い始めると加山がそれに負けじと反論する。その言葉に村下と深澤がうんうんと頷いている。

 

「あー、これは平行線だね。まぁ、どっちの気持ちもわかるけどね」

 

「木河先生、わかってくれますよね!」

 

「何言ってんの?木河先生はこっちの味方だろ」

 

「人を巻き込むのはよくないぞ」

 

木河先生が所々制しているおかげで班全体のヒートアップが超えない程度でギャーギャーしている。それを担任の山崎先生が遠目で微笑ましく見ている。木河先生はその様子を見て、何かを察した。

 

「まぁ、いいじゃん。こうやって班内で楽しく談義できるだけで」

 

「どこが楽しく見えますか!?」

 

「俺らめっちゃ苦労してるんですよ!」

 

「僕の中学時代に比べたら、全然楽しいけどね」

 

その言葉を聞いて班内の空気が変わった。加山と村下、萌々香もにやりとし始める。

 

「それ、聞きたいっす!」

 

加山が手を挙げて、突如質問した。あの自己紹介からどーでもいい雑談交じりの授業は今までの積み重ねもあってか、この学年ではフィーバーするほど人気が高かった。何せ、1年生からずっとやってきた他教科の先生が「木河先生の人気には勝てないなー」と愚痴をこぼすほどだ。

 

「えー…自分の過去を語るの?恥ずかしいじゃん」

 

「そこを何とか!木河先生ならいけますよ!」

 

木河先生はそこでうーん…と悩んでしまった。紫もため息をつくような態度だが、内心は気になっていた。これだけネジが飛んだ先生の過去はどんなもんなのか。

 

「わかった。じゃあ、授業で話すよ。明日の1時間目がちょうど社会だし」

 

「約束ですからね!」

 

萌々香の追撃に木河先生は軽くはいはいとしゃべって他の班へと移動してしまった。

 

「加山、ナイス!」

 

「俺に任せておけって!だてに生徒会で鍛えてないって!」

 

萌々香と加山がきゃっきゃしているのを見て、紫は少し脱力をした。

 

 

 

 翌日の1時間目。いつものように号令をして、全員が着席をしたところからシーン…となる。この間が2~3秒した後、木河先生のどーでもいい雑談が始まる。そこは一種の舞台を待つ観客とたった一人のライブが始まるような空間へと変わる。

 

「そんじゃまー、今日は皆が楽しみにしている修学旅行について話そうかね。といっても、修学旅行で回れる場所を話してもしゃーないので、僕の中学時代の修学旅行だけど」

 

この言葉に男子も女子もわぁぁ!と若干騒がしくなる。それを適当にやめるように促し、しゃべり始めた。

 

「僕の中学校はなにかと変でさ。修学旅行の1日目、皆は奈良オンリーじゃん。だけど僕の時は3つ選べたんだよ。1つが奈良コース、次が神戸コース、そんで最後がユニバーサルスタジオジャパンコース」

 

「え!ユニバ行けたんすか!」

 

「加山君、そうなんだよ。なぜかユニバ行けたんだよ。当時の先生に大人になって聞いてみたら、当時の学年で一番偉い先生がいいんじゃない?とか言ったら、ホントに実現したんだよね」

 

その発言にクラス中からいいな~という声でざわつく。

 

「まぁ、僕は奈良コースを選んだけどさ」

 

「もったいない」

 

「岩森さんの言う通り、もったいないかもしれないけど当時の僕はユニバーサルにそこまで魅力を感じなくてね。しかも制限時間が結構あって、ならいっかって思ったから、奈良にしたんだよね。で、クラスメイトの沖原君ってやつと荒川君ってやつを奈良コースに誘って三人でいったんよ」

 

「女の子はいなかったんですか?」

 

「クラスで同じコースなら何人でも誰とでも組んでよかったんですよ。おかげで少数班でした。でも幼馴染の女の子班とほぼほぼ同じコースだから一緒だったけどね。まぁ、でさ最初に法隆寺に行ったんですよ。世界最古の木造建築ってこともあってよかったんですよ。事件が発生しなかったら」

 

「事件…先生、もしかしてぶっこわしたんですか!?」

 

「そしたら先生、犯罪者ですな。んなわけないでしょ。先生の眼鏡が急になくなったの。どうしてかわからんけど落としたらしくてさ、それないと見えないから、必死に探したよ。おかげで法隆寺を走る法隆寺マラソンが開催されてさ。結局大きな門の柵みたいなところにかけてあったんですよ」

 

その話でクラスが一気に爆笑する。もちろん紫もそれには笑ってしまう。

 

「で、時間がなくなってさ。次の目的地を変更して東大寺に向かおうとしたの。でもね、決められたところ巡ったら本部の先生に電話しないといけない決まりがあってさ。本来は班長の沖原君がしないといけないのに、あいつビビッてしたくないとか言い始めたの。だから僕がしたんですよ。もちろん先生に班長はどうしたって聞かれるじゃん?だからとっさに『沖原君はお腹が痛くてうんこしてます』っていっちゃって。沖原君は隣にいるから、おい!とか言ってくるんだけどばれたら怒られるのあいつだから、それ以上何も言えなくて。あの時の沖原君の真顔は面白かったね~」

 

生徒全体の反応はもう笑いの渦状態だった。その会話をしているのに木河先生の態度はあまり変わらないあたり、本気であったことをしゃべっているのだろうと誰が思うのだろうか。紫が後に聞いたことだが、これらの話が全くの創作ではなく、実際の出来事だったというのだから、やっぱりネジが飛んでいるのだろうなぁって思ってしまうのも無理はないのかもしれない。

 

「まぁ、さ。色々ありましたけど、最後は東大寺の鹿の糞を一番踏んだ奴が女子の部屋に侵入しに行く罰ゲームとかくだらんこともやっててさ。そんな修学旅行だったけど、選んだ場所は全部覚えているし、それぞれで思いであるし。だから君らもどこ行きたいとかあるけど、今は不満があるかもしれんけど、行ったら忘れるよ。でね、君らが二十歳ぐらいになってその話したら、笑い話になるわけですよ。僕の話を聞いて笑ってた君達みたいにさ。だからじっくり話し合って、お互い妥協点見つけて、行ってみてください」

 

じゃ、授業しますかね~という声で雑談が終わり、木河先生が黒板の方を向き、授業の内容を書き始めた。紫はなんだか最後の言葉に今までのやりとりがなんだったのだろう…と考え込んでしまった。とりあえずノートをとろうとペンをもったところで隣の村下から手紙がころっと届いた。それを手に取り、村下を見ると指で後ろをさしていた。その示す先にいるのは加山。ということは加山からの手紙だろうか。開けて見ると、『お前らの意見に合わせるから』とだけ書かれていた。それを見て、紫はあっけにとられてしまった。

 すぐに目線を黒板…もとい木河先生に向けると、木河先生はドヤ顔までとはいかないが、紫に対して『よかったね、解決して』みたいなことを言いそうな表情をしている。それを見て、なんか恥ずかしくなって紫は必死にノートをとるふりをして、その視線から顔をそむけた。

 

 

 


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