え?蟲師の世界じゃないの?   作:ガオーさん

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大正こそこそ小噺 其ノ弐

 蝶屋敷には、訓練をするための道場が併設されている。

 胡蝶しのぶと鹿神ギンによって考案された『機能回復訓練』をするための道場だ。怪我で寝たきりになった隊士が鈍った身体を起こす為に行われる訓練である。

 

 地獄の柔軟や筋力や瞬発力を上げる基礎的な鍛錬から、しのぶとカナヲによる鬼ごっこなど。基礎体力を向上させることと、呼吸の練度を上げることを目的とした訓練が施行されている。

 

 だが、今日この訓練所を使っているのは怪我を負った隊士達ではなく―――

 

 

「始めっ」

 

 

"水の呼吸 肆ノ型 打ち潮"

 

 

"花の呼吸 肆ノ型 紅花衣"

 

 

 激しく木刀を打ち鳴らす音と、道場を駆けまわる足音が訓練場に響く。

 打ち合い稽古をしているのは、"花柱"の継子である栗花落カナヲと、"水柱"の継子である鱗滝真菰であった。

 

 女性とは思えない瞬発力でお互いの間合いに入ったかと思えば、木刀で防御、もしくは躱す。両者とも腕力より速さを重視した戦い方を得意としている為、必然的に打って離れてを繰り返す戦いとなる。

 眼にもとまらぬ素早さを乗せた戦いは、女子が木刀で打ち合っているとは思えないような打撃音を響かせている。

 

「うん。カナヲの花の呼吸も大分形になってきたな」

 

 感心したように呟くのは"蟲柱"の鹿神ギン。

 

「ええ。姉さんが引退してからは、より一層鍛練に励むようになりましたからね」

 

 ギンの言葉に同意するように頷いたのは、"花柱代理"胡蝶しのぶだ。

 

 代理、と言うのには訳がある。

 肺の負傷により引退した胡蝶カナエが担当していた区域を、しばらくの間新しく柱に就任していた甘露寺蜜璃が引き継いでいたのだが、つい先月、しのぶは己が開発した毒を振るい、柱になるための条件である『鬼を五十体討伐』を達成したのである。

 鬼殺隊の目下の問題は人手不足だ。異形の鬼達と戦う以上、人の損耗は避けては通れぬ問題である。殉職率が高いこの鬼殺隊では、一般の隊士はもちろん柱も死ぬことが多かった。

 そんな猫の手も借りたい鬼殺隊で、鬼殺隊初の『毒で鬼を頸を斬らずに殺す』胡蝶しのぶ。鹿神ギンの弟子であり、医術や薬学に精通した剣士。知識、経験、そして鬼殺の技量共に柱に匹敵する人材だ。そんな優秀な人材を鬼殺隊当主の産屋敷耀哉が見逃すはずがなく、耀哉はしのぶに「柱になってくれないか」と提案した。

 ギンもこの提案には賛成した。

 だが、しのぶはこの提案を渋った。理由は自分は柱ではなく、蟲柱の継子でありたいと願った為であった。自分の師である鹿神ギンの助手を務めたいと。

 そもそもしのぶは花の呼吸の使い手ではない。花柱は、花の呼吸の使い手である栗花落カナヲがいずれなるだろう。

 

「お館様。確かに、私は姉の花の呼吸を使えるようになりたかった。ですが私は……先生の教えから、自分の呼吸法を"蟲の呼吸"と名付けました。私は先生に比べればまだまだ未熟です。ですが、いずれ柱の名を襲名するのなら……先生の、"蟲柱"の名を、頂戴したいと思います」

 

 顔を真っ赤にして自分の願いを告白するしのぶに、耀哉は純粋な想いを察して微笑んだ。だがギンはなんで断るんだこいつと首を傾げていた。

 しかし胡蝶カナエが引退したことにより、実質的に蝶屋敷の代表は妹であり医療技術を持っているしのぶが代表として引き継ぐことになる。そうなれば蝶屋敷を長期間留守にすることはできず、以前のようにギンの『青い彼岸花』を探す旅に同行するのも難しくなる。

 話し合いの末、しのぶは元"花柱"の胡蝶カナエの代理である"花柱代理"になることとなった。

 カナヲはまだ最終選別を突破していない。まだ正式に隊士になれていないのだ。故に、カナヲが選別を突破し、柱の条件を達成するまで、しのぶが花柱の代理として勤めることになったのだった。

 甘露寺蜜璃が担当していた蝶屋敷周辺の区域はしのぶが引き継ぐことになり、甘露寺は別の区域に移った。こうして、異例となる"柱代理"が新たに生まれたのである。柱と同等の権力を持ちながら、実際は蟲柱の継子と言う異例の扱いになったのだった。

 

 ……ちなみに、柱になる交換条件として、蟲屋敷を拠点にしていたギンは蝶屋敷に移り住むことになった。

 

「なんで俺が蝶屋敷にわざわざ引っ越さなきゃなんねえんだ……研究資料とか薬とかどれだけ運ばなきゃなんねえんだよ。今まで通りでいいじゃねえか別に」

「ギン。女性隊士からの君のあだ名を教えようか」

「?」

「朴念仁」

「は?」

 

 そんなやり取りがあったとかなかったとか。

 

「カナヲ!呼吸が乱れています。集中が途切れないよう、しっかりと呼吸を繋げなさい!」

「はい!」

 

 しのぶがカナヲを叱咤するように指導し、カナヲもすぐに力強く返事をする。

 

「真菰。もっと足を動かせ。体力を温存するのはいいが、疲れたフリを得意にするな」

「はい!」

 

 そして、真菰を指導するのは"水柱"である冨岡義勇だ。

 半年前、ギンと共に上弦の弐を討伐し、胡蝶カナエを救った後、義勇は蝶屋敷を訪れるようになった。自分の継子であり妹弟子でもある真菰も引き連れて。

 カナヲより二つ年上だが、同年代の同性の剣士。お互い学べることが多いだろうと、よくこうして実践稽古に励んでいる。

 

「速いな。カナヲもこれなら、すぐに最終選別を突破できるだろう」

「とても女とは思えんな」

 

 義勇の言葉に、しのぶは「はぁ」と溜息を吐いて咎めようとした。

 

「……義勇さん」

「違うぞしのぶ」

 

 だが、それを止めたのが兄弟弟子であるギンである。

 

「今の義勇は『女と馬鹿にすることは誰にもできんな。今の彼女達は立派な鬼殺の剣士だ。そこに男も女も関係ない。俺達ももっと精進しなければ』っていう意味で言ったんだ」

「先生?義勇さんはそんなこと言ってませんよ」

「……そう言ったが?」

「言葉が足らな過ぎなんですよ、義勇さんは」

 

 よく義勇さんの言葉が分かるなぁと感心し、どうして義勇さんのことが分かっていながら姉さんの気持ちに気付かないんだ、としのぶは呆れた。

 

 

「――それまで」

 

 

 ギンが止めると、それに合わせて二人は動きを止め、お互いに礼をした。

 

「ふぅ。さすがカナヲだね。私が速さで負けちゃうかと思ったよ」

「そんなことない」

「お疲れさん、二人とも」

 

 お互いの健闘を讃え合う二人に、柱3人が歩み寄る。

 

「真菰は以前より更に速くなったな。が、まだまだだ」

「ああ。まだ足さばきが荒い」

「うぅー。頑張ったのに兄弟子二人が厳しいよぉ」

 

 真菰が二人の言葉に涙目になりながら愚痴る。

 上弦の弐を討伐してから、義勇とギンは更に剣の腕が上がった。それに合わせて、周りの評価も。

"水柱"の継子となり、真菰にかかるプレッシャーも大きくなっている。だが真菰はめげることなく、兄弟子二人の姿を追いかけている。

 

「だが真菰も上達した。狭霧山で初めて会った日に比べればずっと成長した。よくやったな。な、義勇」

「ああ。さすが、俺の継子だ」

 

 もっと速く、もっと強く。

 

 目指すは、義勇のような柔軟さ。そしてギンのような強さだ。

 

「もちろん!だって私が次期"水柱"なんだからね!」

「お前にこの名は早い」

「なにをー!」

 

 その三人の様子は、師匠と弟子、と言うより兄達と妹だった。

 三人の様子をじっと見ていたカナヲ。一見するとただ無表情で三人を見つめているように見えたが――

 

"―――いいなぁ"

 

 しのぶはそんなカナヲの心を察した。

 

「カナヲ、お疲れ様。よくやったわ」

 

 しのぶはそっとカナヲの頭を撫でた。

 

「…………」

 

 頭を優しく撫でてくれる温もり。カナヲはその感情をまだよく理解できていなかったが、胸がほわほわする、と感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、しのぶさんいいなぁー」

「な、何がでしょうか?」

「とぼけちゃって!"蟲柱"のギンさんのことですよ!強くてカッコよくて。頭がいい!医術と薬学で多くの隊士を助けているギンさんに憧れている女性隊士は多いんですよ!」

「そうなんですか…?」

「ギンくんはすごいから。いろんな人達から慕われているのよ」

 

 義勇とギンは「用事がある」と言ってどこかへ行ってしまった。

 残されたのは花の乙女であるしのぶ、カナヲ、真菰、そして後から修行をしている二人の為におにぎりとお茶を持ってきたカナエである。

「みんなご飯よー」とお盆におにぎり載せて持ってきたカナエに、真菰は母親の姿を思い出していた。

 そして、修行ばかりでずっと張りつめらせるのも疲れるから、少し休憩することになった四人。おにぎりを摘まみながらお喋りに興じることとなった。

 俗に言えば女子会である。

 

「隠の人達に疲れているだろうからって滋養強壮の薬を渡したり、怪我をした隊士達を的確に手当するから。最初は皆、あの見た目に怯えるんだけど、すぐにギンくんの人柄が分かって慕うのよ。あの人に助けられた人はたくさんいるから」

「あぁー、分かるなぁ。私も最初、ギンさん怖かったから」

「真菰さんがですか?」

「はい。私がギンさんと初めて会ったのは、狭霧山で修業をしていた時なんですけど……」

 

 当時、両親を鬼に殺され、育手である鱗滝左近次に保護された真菰は、両親が殺されたことで精神が衰弱し、病床に臥せっていたという。その時に師である鱗滝の下へ訪れたのが、鹿神ギンだったのである。

 

「私、"水鏡"と言う蟲に姿を写し盗られていたんです」

「"水鏡"……?」

 カナヲとカナエは首を傾げるが、しのぶは「ああ」と頷いた。

 

「波のない池に棲む蟲ですよ。元は水銀のような姿をした蟲で、池の水面に動物や人間の姿が写ると、その姿を真似るんです。姿を映し盗った者の跡を付け回し、本体の体力を奪っていく。そして、本体は実体を喪い、水鏡は本体に成り代わるんです」

「そ、そんなに怖い蟲がいるの?」

 

 蟲を目に捉えることができるのは、この中ではしのぶだけだ。

 カナエは純粋に恐ろしいと思った。目に見えない何かが自分の姿を奪い取る。想像しただけでも、恐怖を引き起こしてしまう。

 

「対処法は意外と簡単です。水鏡が本体と入れ替わる瞬間、水鏡は力を持つので誰の眼にも映るようになるんです。その時、本体が――この場合、真菰さんですね。真菰さんによって鏡に映されると、水鏡は姿を崩すんです。そうすれば、水鏡も元に戻り、奪われた体力も元に戻るんです」

「はい。でも、最初は私、その蟲に姿を奪われていいと思ったんです」

「えぇ!?どうして!?だって姿を奪われたら……死ぬってことじゃないの?」

 

 カナエの言う通り、水鏡に姿を盗られると言うことは実質的に死を意味する。姿を奪われた本体がどうなるか、知る術はないが、ギンは黄泉の国に行けることはないだろうと語っていた。

 

「両親を殺されて、死んでもいいと思ったんです。こんな私でいいなら、使っていいよって」

 

 もう死んだっていいと思ってた。両親を鬼に殺され、これからどう生きれば分からなかった。

 

「けど、ギンさんが怒ってくれたんです。『意思もない何かにくれてやってもいいのか。お前さんの両親は、水鏡に姿をくれてやるために、お前さんをこの世に産んだわけでも、鬼から守ったわけでもないだろうに。お前さんは、そんな親の気持ちを無下にするのか』って。私、それを聞いてはっとしちゃって」

「……先生らしいです」

 

 その後、生きる気力を取り戻した真菰は鏡で水鏡を捕らえ、祓うことができたと言う。

 

「本当にカッコよくて憧れちゃいます!ギンさん!義勇も同じ兄弟弟子なのになんであんなに似てないんだろう?本当、残念兄弟子でびっくりしちゃうよ」

「あらあら。真菰ちゃんはギンくんのことが大好きなのね」

 

 ほわほわと笑うカナエと真菰。しのぶは知らない所で弟子に馬鹿にされる義勇に少し同情した。カナヲは3人の話を聞きながらもきゅもきゅとおにぎりを頬張った。

 

「だから本当は私、ギンさんの継子になりたかったんですよ~」

「あら、そうなの?」

「はい。でも頼んだら断られちゃって」

「珍しいですね。ギンさんは押しに弱いのに」

 

 理由としては、真菰は水の呼吸、そしてギンが森の呼吸の使い手だったからである。

 鱗滝に師事していたのでギンも水の呼吸はある程度使えるが、新しい型を生み出した義勇ほど極めてはいない。そして何より、真菰には蟲が見えないのが一番の理由であった。

 

「それは残念だったわね……」

「義勇は教えるの得意じゃないから、自分で盗むしかないんだけど……。でも、一緒に過ごして今じゃ義勇の継子になれてよかったなって思うよ。一緒に戦って、本当に義勇が強いんだって分かった。今は水の呼吸を極めるって目標ができたし……それにこうやってしのぶさんやカナエさん、それにカナヲに会えたからよかったかな」

 

 ちょっと照れくさそうに言う真菰にときめいたカナエが真菰に抱き着いた。

 

「真菰ちゃん本当に可愛いわ~~~!カナヲも可愛かったけど、真菰ちゃんも素敵!ね、真菰ちゃんも今から私の継子にならない?」

「姉さん!他所の柱の継子を勧誘しちゃ駄目!」

「あはは、カナエさんくすぐったいですよっ。それに、ギンさんが弟子をとらない理由はもう一つあるんです」

「もう一つ?」

 

 

 

 

「俺にはもう優秀な助手がいるからな。そいつ以外必要ないからこれ以上弟子を取る気はないって言われちゃいました」

 

 

 

 

 

 

「……師範。しのぶさんからほわほわした声が聞こえます」

「あらあら。しのぶったら顔を真っ赤にしちゃって。本当に嬉しかったのね」

「やっぱりしのぶさん、可愛いですね!」

「私もそう思うわ。うふふ」

 

 

 

 

 

 しばらくの間、しのぶはギンの顔をまともに直視できない日が続いたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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