え?蟲師の世界じゃないの?   作:ガオーさん

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大正こそこそ小噺 其ノ参

 鬼殺隊の隊士には一人一羽、鎹烏と呼ばれる鴉をつけられる。

 特別に訓練したカラス達は人の言葉を解し、喋ることができ、本部から隊士達に指令を伝える役割を持つ。他にも、伝書鳩のように手紙を誰かに届ける、隠や近場の隊士に応援を呼ぶ、と言ったこともできるほど頭がいい。意思疎通ができる為、隊士の性格如何によっては良い仕事仲間として使うこともできると言う。更に普通のカラスより寿命が何故か長い。

 餌なども自分で勝手に獲ってくるため、世話をする必要もないかなり便利な鴉である。

 

 しかし、頭がいいカラス達は人間と同じように個性を持つ。性格を持つ。

 傲慢なカラスもいれば、真面目で優しいカラス、臆病なカラス、ファッションにやたらこだわるカラスなど多種多様である。

 

 

 そして、中にはいたずら好きなカラスも―――

 

 

「ぎぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 蝶屋敷に青ざめた善逸の絶叫が轟いた。

 

「どうした善逸、うるさいぞ」

「やかましいぞ馬鹿野郎!一体なんだってんだ!」

 

 那田蜘蛛山で怪我を負い、蝶屋敷で治療をしながら全集中の呼吸・常中の鍛練を行っていた炭治郎達。突如奇声を上げた善逸に炭治郎と伊之助が駆け寄った。

 

「ガタガタガタガタガタガタガタガタガタ」

 

 善逸はガタガタと身体と喉を震わせながら地面に腰を抜かしていた。よほど怖いことに遭ったのか、目じりに涙を溜めて顔は恐怖の色に染まっている。

 

「どうしたんだ善逸、そんなにガタガタ言わせて」

「かかっ、カラス、カラスがががが……」

「カラス?」

 

 震えながら善逸が指を差した場所を見てみると、屋敷の縁側にカラスが一羽いた。

 見たことないカラスだった。自分達の鎹烏ではない。野性のカラスだろうか?

 

「俺の鎹烏じゃないな……誰のカラスだ?」

「なんだこのカラス。喰っていいのか?」

「食べちゃダメだぞ、伊之助。うーん、しのぶさんか、カナエさんのカラスなのかなぁ?」

 

 どことなく蝶屋敷の匂いがする。この辺を縄張りにしているカラスか、それともこの蝶屋敷の誰かの鎹烏なのだろうか?

 よく見ると、少し年老いたカラスだ。羽根は自分の鎹烏に比べるとどこか艶がない。だが、どこか歴戦の兵士を思わせる渋さを持ち合わせた、強そうな雰囲気を持ったカラスだと思った。

 そう思っていると、突如その鴉が口を開いた。

 

 

 

 

「血鬼術デからすニサレタガ、コノ身体ニモ、大分慣レテキタゾォォォォ。カァー!」

 

 

 

 

 

「「「ぎゃあああああああああああああああ!!!」」」

 

 

 

 

 

 

「よぉ。集まってるかお前ら。鍛練始め……どうしたんだお前ら」

 

 蟲煙草を吸いながらのんびりと中庭に訪れたギンは眼を丸くした。中庭には自分がここしばらくの間鍛練を付けているいつもの三人組が腰を抜かして涙目になっていたのだ。

 

「ギギギギ、ギンさん!カラスが!カラスが喋った!」

「落ち着け炭治郎。カラスは普通に喋るだろ?」

 

 ギンは何言ってるんだこいつみたいな顔をしているが、普通はカラスは喋らない。が、異形の鬼を相手にする鬼殺隊ではこう言ったことは日常茶飯事だ。カラスが喋ったぐらいで驚いていては身が持たない。

 

「ギンさぁぁぁぁぁぁん!このカラス、元は人間だったみたいなんだよぉぉぉぉ!」

「は?」

「さっき『血鬼術でカラスにされた』ってこのカラスが喋ったんだよぉぉぉぉ!」

 

 善逸がギンの腰にしがみ付きながら泣き叫ぶ。見てみると、普段怖いもの知らずな伊之助も珍しく腰を抜かしていた。

 

「ままま、まさか、鬼殺隊の鎹烏ってまさか……!」

 

 炭治郎の脳裏に嫌な想像が駆け巡る。

 ずっと不思議に思っていた。頭が良く、喋るカラス達。今まで任務に集中してばかりで特に気にしなかったが、よく考えれば謎すぎる存在だ。

 

 だが、血鬼術で変えられたとするなら。異能の術を使う鬼が人間をカラスに変えてしまったと言うなら、意思疎通ができるほど喋ることができるのも納得である。

 

 もし自分達に普段伝令を伝えるカラス達もそのような存在なら――

 

「なわけないだろう。そいつは俺の鎹烏だ」

「「へ?」」

「ヨキ、お前またからかって遊んでたのか?」

 

 ギンが呆れたようにカラスに問いかけると、『ヨキ』と呼ばれたカラスは楽しそうに「カッカッカー!」と笑い始めた。

 

「カァァ!コイツラ、楽シイ!カラカウノハ楽シイ!許シテチョォォォダイネェェェ!」

 

「…………」

 

 カァーカァーと、腰を抜かした三人を小馬鹿にするように鳴くカラス。

 それを見た伊之助は少しの間ぽかんとカラスの言葉を脳内に反芻させたが、やがて馬鹿にされていたと意味を理解したのか、ゆらりと立ち上がり――

 

「ぶっ殺して喰ってやる!!!」

 

「カァーーー!ノロマ!ノロマ!バァァァカァァァ!」

「がぁぁーーーーーー!!」

 

 楽しそうに笑いながら中庭を飛び回るカラスを追いかけ回す伊之助。全集中の呼吸を使いながら飛び回るカラスを捕まえようとする伊之助だが、カラスは今まで見たどんな鳥よりも速く、そして伊之助の動きを予測するように躱しながら飛び回っていく。

 

「なんだ……驚いた……血鬼術でカラスに変えられた訳じゃないのか」

「なんて性格の悪いカラスなんだ……」

 

 ほっと落ち着いたようにぺたりと縁側に座る炭治郎と善逸。

 

「それにしてもすごい速いカラスですね……」

 

 猪突猛進を胸にいつも野山を駆け回る伊之助の脚力は隊士達の中でも群を抜いている。その伊之助の足でも追いつけないとなると、あのカラスがとんでもなく速いということが分かる。

 

「あのカラスとは、九年ぐらいの付き合いになるからな。その辺のカラスには負けやしない」

「ええ!?九年!?そんなに長生きするんですかカラスって!」

「カラスは意外と長生きだぞ。種類によっては二十年以上生きるカラスだっている」

「へぇ……そうなんですね」

「長い間生きている分、変な知識ばっかり身に着けちまってな。ま、大目に見てくれ」

「俺のチュン太郎も、あんな風になるのか……?」

 

 ギンさん、物知りですごいなぁと尊敬する炭治郎。そして自分の雀もあんな風になるのかと考えると今から憂鬱になる善逸だった。

 

「鎹烏は本部からの伝令を隊士に伝える役割を持っているが、意思疎通を重ねていけば頼もしい味方になってくる。例えば……」

 

 ギンは指で輪っかを作り、口に咥えて音を吹いた。

 すると伊之助と追いかけっこをしていたヨキは突如上空へ飛び上がり、姿を消した。

 

「あ!逃げんなこのヤロー!」

 

 伊之助が刀を振り回しながら空に向かって怒鳴り散らす。そして――

 

 

 ―――ペシャ

 

 

 伊之助の頭に、空から降ってきた白い何かがべっとり付いた。

 

 鳥のフンである。

 

「…………」

「カァー!カァー!()()ガツイタ!エェェーンガチョォォー!イノスケェ、エェェーンガチョォォー!」

 

「ブチコロス」

 

 もはや人の言語を失った伊之助が怒り心頭でヨキに飛び掛かる。

 

 ピィィィ――――

 

 ギンが高く指笛を吹くと、ヨキは再び空へ上がり――

 

 

 ―――ベシャシャシャ!!

 

 

「ブチコロォォォォーーーーース!!!」

 

 

「と、まあこんな風に指示を出すことも可能だ」

「あの伊之助が翻弄されている……」

「恐ろしい……何が恐ろしいって、あの伊之助からずっと逃げ続けながらウンコ落としてくるあのカラスだよぉ……笑いながらまだ飛んでるよぉ……」

 

 あんなモノに追い回されてそれでも小馬鹿にすることをやめないあのカラスの図太さに善逸は背筋を震わせた。

 

「カァー!カァー!楽シイネェェェ!」

「マテやこのクソガラス!おらぁぁぁぁーーー!」

 

 完全に頭に血が上った伊之助がついにカラスに追いつき、自分の射程圏内に入ったカラスを今度こそ八つ裂きにしようと飛び掛かった。

 

「獲ったぁぁぁ――――!!」

 

 その瞬間。

 

 ピピィーーー

 

 再びギンが指笛を吹く。

 

 するとそのタイミングを待っていたかのように、ヨキが円を描くように空中で宙返り。

 伊之助の飛び掛かりをいとも簡単に避け――

 

 

「あっ」

 

 

 空中に身を放り出された伊之助の着地先は、中庭の池だった。

 

 

 バシャァン!と池の水が跳ね上がる音が響き、水飛沫が収まると中庭の池でぷかぷかと水面に浮かぶ伊之助が。全集中の呼吸をずっと続けながら走っていたからか、カラスの予測不可能な動きに体力を消費したのか、それともカラスにまんまとやられてしまい凹んでしまっているのか、水面に浮かんだまま動かなくなってしまった。

 

 

「「うわぁ……」」

 

 

 哀れだ。あれはあまりにも哀れすぎる。またこの間みたいに凹んだりしないだろうか、炭治郎と善逸は心配になった。

 

「ふむ。まだまだ常中の維持は難しいみたいだな」

「カァー!カァー!」

 

 ヨキが一仕事終えたように満足げに鳴きながら、ギンの肩に着地する。

 

「お疲れさん、ヨキ。あとで"光酒"と俺が作った飯をやるからな」

「カァー!楽シミ!楽シミ!タップリチョォォォーーーダイネェェェ!」

「はいはい」

 

 大好物の光酒とギンの作った飯を食べられると分かったからか、ご機嫌なカラスの鳴き声が蝶屋敷に響いた。

 

「と、こういう風に曲芸みたいなことも覚えてくれる。弱い鬼だったら囮になってくれるし、空から偵察もしてくれる頼りになる相棒だ。鍛え方によっては刀を持って飛ぶこともできるしな」

「刀を!?」

「ああ。炭治郎、音柱を覚えてるか?筋肉モリモリで、輝石をあつらえた額当てを着けた大男だ」

「は、はい」

 

 思い出すのは「派手に」が口癖な大男。六尺はあるだろう巨体で、大きな刀を二振り背負っていた。

 

「あいつはカラスとは別に鼠を飼っていてな。その鼠も特別に訓練させて、刀を持ち運ぶことができるように仕込んでいるんだ」

「鼠に!?」

「一体どんな鼠なんだよそれ!」

「ムキムキマッチョだ」

「ムキムキマッチョ!?そんなことある!?」

「ま、まさか冗談ですよね……?」

「……ま、それは置いといて」

「答えてよギンさぁん!そんな気になることを聞かされてどうすればいいのさぁ!!」

 

 ギンはこほんと咳払いをして切り替える。

 

「鬼殺隊で働いている間、付き合いが一番長くなるのはカラスだ。俺達が心を開けば、カラス達も答えてくれる。だから偶にはしっかりと接してやれ」

「「は、はい」」

「じゃ、俺はちょっと伊之助を風呂場に叩き込んでくるから。先に鍛練始めてろよ。おい、伊之助起きろ」

 

 ギンは池に沈んでいた伊之助を肩に担ぎ、風呂場へ向かう。

 担がれた伊之助は抵抗する様子すら見せず、だらんと手足を宙にぶら下げた。

 

 

 

「ゴメンネ……弱クッテ……」

 

 

 呻くように、今にも泣きそうなぐらいかすれた声で伊之助が呻いた。

 

 

「「へ、凹んでる……」」

 

 

 そしてカラスに完膚なきまでに小馬鹿にされた伊之助は、その日は一日中ベッドの上でふさぎ込み、鍛練を終えた炭治郎と善逸に励まされていたと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなところに呼び出しやがって。何のつもりだ鹿神ィ」

 

 ――ギンが蝶屋敷に帰ってきてから一カ月。

 

 "風柱"不死川実弥は、苛立ちを隠さず目の前にいるギンにぶつけた。

 ギンの私邸である"蟲屋敷"に突然呼び出されたのである。

 蝶屋敷を抜け出したギンは、普段はあまり寄らない、少し埃が溜まった縁側で不死川を待っていた。 

 

 縁側には、二人分の盃。そして光酒が入った瓢箪が用意されていた。

 

「悪いな、こんな時間に。ちょっとお前さんと話したかったから、呼び出させてもらった」

「チッ」

 

 舌打ちをしながら不死川は縁側に乱暴に腰掛ける。

 空は既に陽が落ちている。満月が夜空に浮かび、冷たい風が庭の中に吹いている。

 

「ま、とりあえず一杯」

 

 光酒を注いだ盃を不死川に差し出すと、不死川は静かにそれを受け取った。

 それを見て満足げに微笑んだギンも、自分の盃に光酒を注ぎ、上に掲げた。

 

「献杯」

「献杯」

 

 鬼殺隊では、葬式は大々的に行われない。隊士が毎夜のように死んでいく鬼殺隊で、全員の葬式を行えばキリがないからだ。故に、葬式を行う際は親しい身内だけでやるのがほとんどである。

 三ヵ月前に命を落とした"炎柱"煉獄杏寿郎の葬式も、身内である煉獄一家、そして耀哉と継子だった甘露寺蜜璃だけで、静かな葬式を終えたらしい。

 

 ――死者を弔う時間はなく、鬼を狩る為に使う。

 

 だから大勢で葬式を行うことはほとんどない。鬼狩の任務に常に追われている柱なら尚更だった。だが、小さく死者を想いながら酒を呑むことは許される。

 

 煉獄杏寿郎は強い男だった。その男が上弦の壱に殺された。普段あまり他人と関わろうとしない不死川も思う所があったのだろう。ギンの月見酒に付き合ってくれたのだ。

 

 献杯を終え、盃の光酒を不死川は一気に呑み乾す。

 

 普段攻撃的な性格ゆえに、短気で荒々しい不死川も、光酒で喉を潤すと余韻を味わうように静かに目を閉じた。

 

「何度飲んでも、この味は……」

「光酒はかなり使っているようだが、調子はどうだ?」

「最高だ。これほど力が出る酒はねェ」

 

 鬼殺を行う際、光酒を呑むと身体能力が向上する。

 上弦の弐を討伐した水柱と蟲柱の実績から光酒の運用が認められ、その後、柱の何人かが鬼殺の為に光酒を求めた。中にはただ単純に光酒を呑みたいが故に我儘を言う柱もいたが、戦闘に用いる場合のみ、この光酒を申請することが許される。

 

 "風柱"不死川実弥は、柱の中で最も光酒の消費量が多かった。

 

 自身の稀血と、光酒による身体能力の向上。徹底的に鬼を滅殺することを心に決めている不死川は副作用が出ることも厭わず、光酒を使い続けている。

 使用量はギンが調整している為、まだ味覚などは失っていないようだが、体の感覚が落ちるのは時間の問題だろう。

 

 自身が傷つくこと、死ぬことを厭わず戦う。文字通り悪鬼滅殺を体現したのが、不死川実弥と言う男だった。

 

「でぇ?話ってのはなんだ鹿神ィ」

「お前の弟のことだ、不死川」

 

 空気がぴしりと、重くなる。

 不死川は殺気だけで人を殺すような鋭い目つきでギンを睨みつけた。

 

「お前の弟、不死川玄弥が蝶屋敷に来たんだ。悲鳴嶋さんの紹介でな。それでお前とのことを聞いた。そのことについて、ちょっと話があってな。煩わしいかもしれんが、少し聞いてくれ」

 

 不死川実弥の弟、不死川玄弥という新人の隊士がいる。入隊してからもうすぐ一年になる男と会ったのは、先週だった。

 

「鹿神よ……そなたの医者としての腕前、そして蟲師としての腕を見込んで頼みがある……私が今面倒を見ている不死川玄弥を看てやって欲しい……」

 

 唐突に蝶屋敷に訪れた岩柱は、その巨体を屈めるように頭を下げてそう頼み込んできた。

 悲鳴嶋ほどではないがかなり大柄な少年の身体を看て欲しいと。

 

「どうも……不死川玄弥です」

「不死川?」

「……"風柱"の弟です」

 

 言い難そうに顔を背けながら答える玄弥に、複雑な事情があるということを察したギンはそこまで深く関わらなくていいかと考え、玄弥に向き直った。

 どことなく不死川実弥を思わせる鋭い目つきと、右頬から鼻の上を通るように横に刻まれた大きな傷。体格は音柱の宇髄天元より少し低い程度だろうか。とても十六歳の体格には思えない。

 

「……見た所健康体そのものだが……どこか悪いのか?」

「玄弥は"鬼喰い"をしている」

「!」

 

 悲鳴嶋の言葉に目を見開くギン。

 

「……そいつは驚いた。"鬼喰い"ができる剣士がいたのか」

「はい。俺に呼吸法は使えません。けれど鬼と戦う為に苦肉の策で……」

 

 "鬼喰い"。それは、文字通り鬼を喰らう技術の事だ。

 鬼の一部を喰らうことで、一時的に鬼の怪力や再生力を得ることができ、それを使って鬼を狩る。そういう戦い方をしていたという剣士がいたと言うことは過去の文献でいくつか見られた。

 だが、鬼の身体はそもそも猛毒だ。普通の人間が喰らえば鬼舞辻無惨の細胞が適合せず死に至り、そもそも硬い鬼の皮膚をただの人間が食い千切ること自体、かなり難しい。

 鬼喰いをするには人離れした咬筋力と消化器官を必要とする。

 限られた人間にしか使えない技。

 

 

「……とりあえず、血液検査をさせてもらおうか」

 

 兎にも角にも、まずは調べねば。

 

 ギンは玄弥から血液を採取し、血液検査をすることとなった。

 見た目は特に変わりはないが、鬼――鬼舞辻無惨の細胞をその身に取り込んでいるのだ。場合によっては鬼そのものに変貌する可能性すらある。

 鬼喰いは、その喰らった鬼が強ければ強いほど、その力を増すと言う。

 玄弥は既に何体も鬼喰いをしており、通常時でも多少の傷ならばすぐに回復するという特異体質に変質していると言う。場合によっては耀哉のように妖質を変化させかねない。

 

「医者として意見を言わせてもらうなら、人体に害がある鬼を喰うなと言いたいんだが……やめる気はないんだろう?」

「はい」

 

 拳を握りしめながら、固く決意を証明するように頷く玄弥に、ギンは呆れたように溜息を吐いた。しのぶがいれば一刻は説教をされていただろう。だが、ギンにそれを止める権利はない。

 

「呼吸法が使えないからこそ、鬼を喰って戦う……鬼を喰わねば戦うことはできない……難儀だなぁ。何故そこまでして戦う?」

 

 ギンは呆れながらそう聞いた。答えないなら答えずともいい。ただ、どうして憎むべき鬼を喰ってまで戦うのか。蛇の道は蛇と言うが、それはあまりにも過酷な道だ。呼吸法を使えずとも、鬼殺隊として働く術はいくつでもある。剣士として戦うことを拘る理由は一体なんなのか、気になってしまったのだ。

 

「……柱になって、兄貴に、会うためです」

「兄……不死川のことか?」

 

 ―――どうしても、謝りたいことがあるんです。

 

「玄弥はそれ以上何も言わなかったが、そう言っていた」

 

 月を眺めながら、独り言のように不死川に語るギン。

 複雑な事情があるのだろう。恐らく、ギンが介入するべきことじゃない。他人の心に土足で踏み込む行為を、この兄弟にしていいものだろうか。

 だが、あまりにも見ていられなかった。

 玄弥の、後悔に滲んだような顔を見てしまえば。罪悪感でいっぱいになりながら、苦しんでいる様子を見てしまえば。

 

「……俺に弟なんていねぇんだよ鹿神」

 

 だが、返ってきたのは拒絶だった。

 

「テメェは首を突っ込むんじゃねェ」

「…………それでいいのか?不死川」

「しつけえなァ。いい加減にしねェとぶち殺すぞォ」

 

 これ以上話すことはない、そう言わんばかりに不死川は縁側から立ち上がる。

 

「この間"光酒"切れちまったからなァ。隠に俺の屋敷に届けさせておけ。じゃあなァ」

 

 不死川はそう言って不機嫌そうに出ていこうとする――。

 

「不死川。兄弟を大切にしろ」

「あァ?」

 

 ギンがそう言うと、不死川は面倒臭そうにギンに振り向く。

 

「俺には、兄が二人いた。二人とは血も繋がっていないが、本当の兄弟のように思っていた。兄貴分からすれば、弟は守るものだろうが、弟からすれば、兄を守りたいと思うものなんだ。だから不死川。兄を喪った俺の言葉を心の片隅にでもいいからおいてくれ。弟ってのは、守られたい存在じゃなく、兄と戦いたいと思うモンなんだってことを」

 

「―――――チッ」

 

 不死川はそれ以上、何も答えずに、蟲屋敷から去った。

 

「……俺にできることはここまでか。気張れよ、玄弥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを渡しておく、玄弥」

「……これは?」

「上弦の壱の血と、腐酒と言う液体だ。お前に預けておく」

「え!?でも、これって貴重な物なんじゃ……!」

「心配するな。貴重って言っても、お前さんに渡したのはほんの少しだ。まだ予備はある。それに、鬼喰いをするお前ならこれをもっと活かせるだろう。いつか上弦の鬼と戦う時に、きっと力になってくれる」

「……なんで、俺にここまで……」

「さぁ。なんでかね。あえて言うなら……同じ弟として、放っておけなかったんだよ」

「……ありがとうございます!」

「気張れよ、玄弥」

 

 

 

 

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