「あなたが調合した薬を拝見させて頂きました。私も鬼となり、二百年近く医者として様々な薬を調合していましたが、その若さで、あれほど完成された薬を私は見たことがありません。感服しました」
珠世はそう言って敬意を表するように、頭を静かに下げた。
……褒められた。
ギンは驚きに満ちていた。鬼は狂気を纏い、ただ人を貪り喰らうと言う印象しかなかったから。
自分の目の前にいるこの女性は、理性と知性を兼ね備えた人だ。とても鬼とは思えない。
改めて珠世を見てみると、確かにぱっと見では鬼には見えない。珠世を観察していると、ふと、憂いを帯びた珠世と目があって、ぱっと目を逸らした。
「ふふ、照れていらっしゃるのですか?」
珠世はくすくすと微笑んだ。
……バレてる。
どうも、瑠火さんとの出会いは、俺にとってよっぽど衝撃的だったらしい。シシガミの森に迷い込んで、耀哉以外の人間と接さず、今世で初めて会った異性が瑠火さんだなんて、自分の中の女性の基準が上書きされるのは当たり前だ。
ギンは年上の知的な女性に弱い。黒髪の美人なんてもってのほかだ。目の前にいるだけで心拍数が上がってしまうのだから。おかげで同年代の異性は子供に見えてしまうのだから筋金入りである。
別に人妻が好みって訳じゃねえんだが……。
この年上趣味のおかげで、ギンは胡蝶カナエやしのぶと会ってもあまり動じず、『硬派な男』と一部の隊員から噂されるのだが、それはまた別の話。
「それで、俺に一体何の用なんだ?」
こほんと咳払いをし、気を取り直して話を続けた。
「聞かれては困る話もありましょう。私が宿にしている屋敷があります。そこに来ていただけませんか?」
ギンは驚きから立ち直れないでいた。言葉を聞く限りでは鬼ではなく、人間の美しい女性と変わらなかったからだ。
だが、目の前にいる相手は鬼だと言うことを忘れてはいけない。罠の可能性ということもある。鬼は人を喰うためならあらゆる策を使ってくることを、ギンはこの一年間鬼狩りとして戦い続け、学んでいた。
「俺を喰う為に人がいない場所に誘い込もう……って訳じゃねえよな」
「どうしてそう思われるのですか?」
「あの大喧嘩の最中に背後に回って俺を殺すこともできただろう。血鬼術も使わず、今刀を持っていない俺に馬鹿正直に話しかけてくる鬼がいるものか。殺すならとっくに殺してるだろ?」
遊郭に武器の持ち込みは禁止されている。大通りを通る時に腰に刀をぶら下げていればどんな騒ぎになるかは目に見えている。
つまり、ギンは今丸腰だ。いくら鍛えているとは言っても、不死身かつ人間離れした身体能力を誇る鬼に素手で挑むのは自殺行為に近い。
刀を持たない状態の自分が鬼に勝てないのは自明の理。
「だが、アンタはそれをしなかった。とりあえず話を聞く価値はあるだろう」
「……ありがとうございます。あなたはとても聡明なのですね」
「いや、マジヤメテ。感謝されると反応に困る」
「そうですね。では、私に着いて来てください」
そう言って歩き出そうとする珠世だが、「ああ、そうでした」と思い出したかのように振り返る。
「まだお名前をお伺いしていませんでしたね。一応あなたのことは聞いていますが、改めてお名前をお伺いしても?」
「……ギン。鬼殺隊の鹿神ギンだ」
珠世と言う鬼に連れられ、ギンは飛田遊郭から離れたある屋敷に招かれた。
その屋敷に向いながら、珠世はギンに様々なことを話した。
自分が二百年以上も前に鬼舞辻無惨によって鬼にされたこと。表向きは医者として暮らしていること。鬼を人に戻す薬を研究していること。
表の顔として、医者として暮らしながら人に紛れて生活しているらしい。鬼の身体を研究し、時には自分の身体で実験をしながら、少量の血を呑む程度で生きていけるように身体を弄ったらしい。
「鬼舞辻の名前を口に出しても死なないのは、それが理由か。アンタはいつもこうやって鬼狩りと接触しているのか?」
「いいえ。鬼狩りの方々からすれば、私達"鬼"は仇そのもの。こうして鬼殺隊に所属する方と接触するのはあなたが初めてです」
大抵は、私を見るとすぐに襲い掛かってきますからね、と珠世は笑った。
その笑みは諦観の念が滲んでいて、相当苦労してきたのだろうとギンは勝手に想像した。
「こちらです」
珠世が案内した場所は、大きな塀に囲まれた場所だった。町からから離れた郊外の場所で、周囲から人の気配はしない。
「入口は……」
ギンがそう尋ねようとすると、珠世は壁の中に入っていく。まるでそこに何もないかのように、壁に吸い込まれるようにすり抜けて入って行く。
「血鬼術か」
おそらく、他の鬼狩りから目を晦ます血鬼術なのだろう。
珠世が通り抜けた所に手を当てると、ギンの想像通り何の抵抗もなく腕が沈み込む。
そのまま足を踏み入れて石の塀を通り抜けると、そこには小さな屋敷が鎮座していた。
「ここが……ん?」
血鬼術の便利さに舌を巻いていると、屋敷の玄関先でこちらを睨みつけている少年がいた。年の頃は自分と同じか、少し上だろうか?
だが目つきが異常に鋭く、自分に対して敵意を向けてきているのが分かる。
「鹿神さん。彼は愈史郎です。愈史郎、挨拶なさい」
ここに鬼がいるということは、珠世の協力者だろう。鬼舞辻と敵対している以上、その配下である鬼と敵対しているのは想像に難くない。
珠世は鬼である自分の身体をある程度弄ることができると話していたので、この少年も珠世に弄られた鬼なのだろう。
ひょっとすれば他にもっと協力者の鬼がいるかもしれない。
だが、いくら自分が鬼殺隊に所属している人間だとは言っても、この少年の目つきは敵意と言うより……嫉妬に近い?
ああ、と分かったようにギンは手をぽんと叩いて言う。
「珠世さんの旦那か?」
「まぁ」
「!?」
ギンの言葉に驚いたように珠世は口元に手をやり、鬼の少年は眼を見開いて顔を真っ赤にさせて硬直させた。
「どうしてその子が私の夫だと?」
珠世は疑問に思ったのか、困り顔でギンに尋ねた。
「違うのか?」
「ええ。姉弟か、息子だと間違われることはあるのですが……」
「そうなのか。てっきりそうだとばかり……」
慕ってる女性が、見知らぬ男を連れてくる――。男からすれば、気が気じゃない。嫉妬、と言うより「その男は何者だ」と言わんばかりの目つきが気になったのだ。
「珠世さんは美人だからな。既婚者だと思ってたんだ」
ギンは人間観察に自信があった。その人の身なりや表情、言葉を聞けばその人物がどんな人間かある程度分かる。
実際、珠世の話し方や雰囲気から既婚者なのだろうと想像し、そして拠点と思われる屋敷には少年がいた。この少年も鬼なら、ギンが想像するよりずっと年は上なのだろう。
なので既婚者なのかと思ったのだが。
「――
「半分?」
「はい。夫とは既に死別しています」
珠世は悲しそうに、顔を伏せながら言った。今にも泣きだしそうな眼をしていた。
そう、ギンのプロファイリングは半分当たっていた。確かに、珠世は結婚していたが――
珠世の"傷"に触れてしまったことに気付いたギンは頭を下げて謝罪した。それが何の傷かは分からないが、会ったばかりのギンが触れていいことではない。
「……申し訳ない」
「いいえ。愈史郎、鹿神さんを客間に案内してあげてください。……愈史郎?愈史郎!」
清潔にされた客間に通されたギンは、静かに革張りのソファに腰掛けた。
中は西洋風の家具が揃えられており、無駄な調度品などはない。窓から光が入らないよう板張りされている程度で、別段怪しい所はなかった。
「お前、本当に鬼狩りなのか?」
少年――愈史郎はギンにぶっきら棒にそう尋ねた。
「ああ。一応な。まだ"柱"じゃないが、もうすぐ甲に昇格する」
「何故俺達に協力する?鬼狩りのくせに」
愈史郎は敵意を隠さずに、答えろとソファに座るギンを睨みつけた。
今まで過去数度、鬼舞辻無惨を倒す為に珠世は鬼狩りの隊士と接触しようとした。
しかし、隊士と交渉することも、ましてや言葉を交わすこともほとんどできなかった。
尊敬する珠世がどれほど真摯に言葉を重ねようとも、鬼狩り共は「鬼が何を言う」「どうせ罠だ」「鬼畜生が」と罵り、攻撃してきた。
珠世は諦めずに何度も鬼狩りと接触しようと試みたが、愈史郎はほとんど諦めていた。
俺達は鬼で、奴らは人間。決して交えることはない。
そう信じていた自分の中の真理が、今目の前の男によって崩された。
――珠世さんの旦那か?
その言葉を聞いて思わず羞恥に思考が固まってしまったが、まだ珠世が連れてきたこの男の事を信じ切ることができなかった。愈史郎は珠世と二人で過ごす時を邪魔する者が嫌いだった。憎いと言ってもいい。
自分の命を救ってくれた珠世様の言葉を無視し、あまつさえ攻撃してくる鬼狩りが大嫌いだった。
ギンは愈史郎の言葉に少し考え込むように俯き、やがて考えがまとまったのか静かに口を開いた。どこか照れくさそうに、それをごまかすようにぽりぽりと頬を掻いて。
「美人だったから」
「――は?」
思わぬ返答に、愈史郎の目が点になる。想像していた答えと全く違う返答のせいで、頭が固まってしまう。
――美人だったから?
もちろん、珠世様は美しい。この世で一番美しいと愈史郎は信じ切っていた。
だが、鬼を憎み、その為に身体を鍛え、鬼を狩り続ける人間が、それで鬼を簡単に信用するのか?
「ああいう年上の美人に弱いんだよ、俺。昔世話になった瑠火さんって人のことを思い出しちまって」
「瑠火?」
「ああ。黒髪の美人でな。珠世さんを見ていると、あの人のことが頭にちらついて、戦う気すら起きなかった」
そう、思い返すと、珠世と瑠火が良く似ていた。
もちろん、見た目だけが美人な鬼ならこれまで何度か見かけた。だが、どいつも顔だけの薄っぺらだったし、何よりいくら美人だろうと中身が鬼なら敵である。そこに慈悲や容赦は一切ない。例え子供の見た目をしようとも、弱そうな老人であろうとも、ギンは必ず鬼滅の刃を振るった。
だが珠世は、雰囲気はまるで違うが心の中に芯がある。瑠火さんと同じ、"絶対"がある。
――鬼舞辻無惨を、抹殺したいと考えております。鬼狩りの隊士様。
あの言葉を聞いた時、その言葉に嘘ははないとギンは感じた。
静かな力があった。絶対に成し遂げるという強い意志を聞いた。
「それだけじゃダメか?」
愈史郎は、そう訊き返すギンの目を見た。
――緑色の目。深緑の目。
まるで森のような目だ。夏の木々を思わせる、森の色。
「……いや、ない」
気に喰わない。珠世様に近付く人間、特に男は誰であろうが気に喰わない。
だが、これまでの鬼狩りと、この男はどこか違う。
そう思わせる、何かがある。
「すいません、お待たせしました、今お茶を――」
「だから、本当に珠世様は素敵な方なんだ!あの方は紅茶が好きでな、この前も俺が海外の商人から買った陶器のティーカップを贈ったら、本当に嬉しそうに頬を赤く染めて笑っていただいて――!」
「そりゃ見てみたい!あんな美人が笑っている所なんて、俺もティーカップを贈るべきか?」
「な、駄目だ!珠世様の笑顔は俺だけの物だ!お前なんぞに分けられない!」
「そんなことを言うなよ愈史郎。頼むぜ、ほら。俺が調合した薬液。女性の髪に艶を出すシャンプーだ。これを使えば珠世さんの髪がもっと綺麗になるぞ。瑠火さんからも大好評だった。市場で出回っている物よりずっと質が良いぞ」
「な!なんてものを!よし、あるだけ全部俺が買う!」
「いや、お代はいらん。代わりに珠世さんの笑顔を、な?あんな憂いを帯びた人が笑う所、男なら見てみたいじゃないか」
「ぐぬぬ……分かった……!」
「血の涙流すほどかよ」
性癖を暴露すると友情が深まる。
どの時代でも男の友情の深め方は変わらない。すっかり意気投合した二人はテーブルを挟んで「どうやって珠世さんを喜ばせるか」相談しあっていた。
「お二人とも……?」
「「ッ」」
羞恥で声を震わせた珠世の声に、ギンと愈史郎は飛び跳ねるように扉を振り返った。
そこには、顔を真っ赤にさせた珠世がにっこりとこっちを見ていた。
自分の容姿を褒められることは嬉しい。だが、限度という物がある。
「二人が打ち解けたことは嬉しいですが……もう少し、年相応に落ち着きましょう?」
「「はい」」
(珠世様……怒った顔も美しい……!)
(なるほど……これがこの時代の"萌え"か)
首から耳まで真っ赤にさせた珠世を見て、愈史郎とギンは凝りもせず親指を立てた。
珠世はプンプンと怒った。
「それで、鬼を人に戻す薬を創っているんだったか」
「はい。鬼舞辻無惨を倒すには、それが必要不可欠だと私は思っています。それ以前に、今この時も鬼になって苦しんでいる人がいる。その人達を助ける為にも、薬の開発に力を入れるべきです」
「なるほど。確かに鬼を人に戻せるならそれに越したことはない。鬼も言ってしまえば被害者だからな……」
愈史郎との友情確認もそこそこに、珠世が持ってきた紅茶を呑みながら、本題に入る。
珠世の目的は、鬼舞辻無惨の抹殺。そして鬼狩りの目的も、鬼舞辻無惨を抹殺すること。
互いの利害は一致していた。
「珠世さんは、鬼の身体を研究――いや、正確には鬼舞辻無惨の細胞を研究し、鬼を人に戻す血清を開発しようとしているのか」
「はい。ギンさんは、薬の薬草と――光酒、でしたか?それを利用して鬼を人に戻す薬を創ろうとしているんですね?」
「ああ。その認識で間違いない」
ギンは、珠世に自分の出生や役割を話した。
「蟲――でしたか。私は二百年は生きていますが、蟲など聞いたことがありませんでした。愈史郎は聞き覚えはありますか?」
「いいえ。俺も蟲という不可思議な存在など、訊いたことがありません。おいギン、お前、作り話をしているんじゃないだろうな?」
「いや、嘘じゃない。蟲と言うのは、生物としてはかなり不完全で、力も微弱だ。この部屋にもいるが、二人には見えんだろう。蟲を視認することができる人間は、限られているからな」
「そうなのですか……」
「俺が鬼狩りでありながら蟲師として各地を旅しているのも、鬼を人に戻せる力を持った蟲がいないか探す為なんだ。薬や医学の知識が身に着いたのは、蟲を祓う為に薬草や人体について深く知る必要がある。そうしてたら自然とできるようになった。俺が薬師のようなことができるのも、それが理由だ」
珠世も鬼となった自分の身体を研究するために、多くの医学書を読み、医学の知識を身に着けた。己の目的を達成するために、必要であったからその知識を身に着けた。
そういう意味では、珠世とギンは道は違えど、辿った方法は似ているかもしれない。
「だが、鬼を人に戻す蟲はおろか、薬も未だ見つかっていない。そっちも似た様な感じなのか?」
「ええ。私もいろいろ手を尽くしましたが、鬼を人に戻す薬は――」
改めて考えると、途方もない道だと二人揃って溜息を吐いた。
珠世とギンは、同じ医学、薬学を身に着けた者ゆえか、鬼を人に戻す薬を創ろうと力を注いでいた。
互いのアプローチの仕方は違うが、『鬼は人を蝕む病』という考え方をしていたのだ。病であれば、治せぬ道理はない。
だが、珠世は二百年研究し続けたと言うのにまだ成果が出ていない。それほど鬼舞辻と言う病は手強い存在だと改めて認識させられる。
「はぁ、やっぱり」
「ええ、そうですね」
「十二鬼月の血を研究しなければ……」「青い彼岸花を見つけなければ……」
「「え?」」
「青い彼岸花?」
「十二鬼月の血?」
二人の声が被り、そして同じタイミングで二人は驚いた顔を見合わせる。
「青い彼岸花を見つけることなど……できるのですか?千年以上、鬼舞辻やその配下の鬼達が国中を探し回っても見つけられない花を――私はてっきり、その花はもうすでに絶滅している物だと思ったのですが」
「俺は青い彼岸花を探す為に鬼狩りに入ったと言っても過言ではない。俺と耀哉――鬼殺隊の当主の予想だが、その花は常人には見えない蟲に近い存在なんだと考えている。だから唯一蟲をしっかり視認できる俺は、こうやって鬼を狩りながら方々を旅しているんだ。それで、十二鬼月の血とは?」
「はい。強ければ強い鬼ほど、その鬼の身体には鬼舞辻の血が濃いのです。人が鬼になる時、あの男は人間に自らの血を投与するのですが、鬼の強さは人を食べた数と、鬼舞辻の血の濃さです」
「濃さ?」
「はい。ですが、血が濃い鬼ということは、鬼舞辻無惨に限りなく近い強さを持っているということです。その鬼の血を採ることは容易ではありません。けれどもしその十二鬼月――特に上弦の鬼の血を研究できれば、血清を創れる可能性は高くなる」
上弦の鬼――それは、三百年以上も生きている特別な鬼のことだ。
鬼の中でも特に強い十二体の鬼。上から六体は上弦の鬼、そして残りの六体を下弦の鬼と呼び、鬼殺隊の柱や隊士を多く葬ったと聞く。
「十二鬼月か……俺はまだ会ったことがないが、相当強いんだろ?」
「はい。少なくとも私達では……」
申し訳なさそうに珠世は顔を伏せる。その言葉を聞いて、ギンはようやく、珠世が自分をここに招いた理由を察する。
「なるほど。俺をここに呼んで協力を取り付けたのは……」
「はい。私がギンさんに頼みたいことは、その鬼の血を採ることです」
「ふむ」
「私もできれば、その"青い彼岸花"を探す手伝いをしたいのですが……」
「ああ、そっちはいい」
青い彼岸花は、蟲の知識を持たない鬼や人が探すのは難しい。鬼側の協力者は嬉しいが、蟲を見えない者に頼むつもりはなかった。
「俺が頼みたいのは、資料だ」
「資料?」
「ああ。災害史や天文史とか。古ければ古いほどいい。帝国図書館にも行ったが、あまり欲しい資料が見つからなくて。珠世さんには、それらの資料の蒐集を頼みたい。代わりに俺は、十二鬼月の血を採ってくる」
「いいのですか?相手は十二鬼月。鬼殺隊の柱や隊士を何人も葬った鬼達なのに……」
「鬼狩りとして旅してりゃ、いずれはぶつかる相手だ。覚悟はできている」
「死ぬかもしれない、危険な頼みですよ?」
「自分が死ぬなんて、一年前から覚悟はしている」
錆兎が死んだあの日。どれだけ強い剣士でも、死ぬ時は死ぬ。
鬼狩りとして戦う以上、それはずっと付き纏ってくる問題だ。
だが、死ぬつもりは毛頭ない。だが、いざと言う時は自分の命を懸ける覚悟はできている。
「そうやって今日まで戦ってきたんだ。約束する。十二鬼月の血を、必ずアンタに届けてやるよ」
「ギンさん……」
――この数年後、ギンは上弦の弐の血を。更にその二年後には上弦の壱の鬼の腕と血を送り、珠世は腰を抜かしてしまうのだが、この時この場にいた三人はまだ知らない。
「……やっぱり、私はあなたを協力者に選んで正解でした」
「珠世様、でしたらギンをあの男の下へ?」
「はい」
珠世と愈史郎は、顔を見合わせて腹を据えるように頷きあう。
「どうしたんだ?」
「ギンさん。あなたに一つ、謝らなければならないことがあります」
謝らなければいけないこと?
珠世の申し訳なさそうな言葉に、ギンは首を傾げる。
「私と愈史郎は、あなたに協力することを惜しみません。ですが、できないのです」
「できない?」
「実は、私達は……ある男に従わされてしまっている。血鬼術で、あの遊郭から遠く離れ、逃げることができないのです。あなたに協力するには、その鬼を倒さなければいけない。おそらく、ギンさんが遊郭で探していた鬼は、そいつのことです」
珠世の言葉に、ギンは眼を見開く。
罪悪感を滲ませた表情で謝る珠世と、忌々しそうに、歯痒そうに唇を噛む愈史郎を見て、ただ事ではないと言うことを察する。
「飛田新地の鬼……知っているのか、そいつの居場所」
「はい。そしてその鬼は、私達が追い求めている鬼でもある」
「……ということは」
察したギンに、珠世は神妙な顔つきで頷いた。
「はい。その鬼は十二鬼月、"下弦の弐"。忘八と呼ばれる鬼です」