え?蟲師の世界じゃないの?   作:ガオーさん

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腐酒

 かつての栄光はなかったかのように、まるで災害が見舞われた荒れ地のように、花街は瓦礫の山と化した。

 そんな荒れ地の一角で、向かい合うは、四人の剣士と、三体の鬼。

 

 鬼には、個体差がある。人間は十人十色、人によって様々な異なる性質があるのと同じように、鬼も個体によって千差万別の力を持っている。飛び道具を使う鬼もいれば、身体を巨大化させる鬼、脚力だけを強化する鬼など。どれも強力で、人を狩ることに適した能力と言えよう。

 

 しかし個体差はあれど、鬼には絶対不変の法則、弱点がある。

 日輪刀で頸を斬られると、鬼は死ぬ。

 陽の光を浴びると、身体が灰に還ってしまう。

 鬼舞辻無惨の名前を言うと、呪いによって殺される。

 

 だが、竈門炭治郎によって斬り落とされたはずの帯鬼は、身体を崩壊させずに自分で頸を付け直し、しのぶの猛毒によって爛れた皮膚を回復させてしまっている。頸を斬られたことに怒っているのか、青筋を浮かべながらこちらを睨みつけている女の鬼と、にやにやと嗤う男の鬼。

 

(頸を斬られても死なない……。なるほど、多くの柱がこの鬼に殺された理由が見えてくる)

 

 ギンは腹の傷からこれ以上血が出ないよう、止血の呼吸を続けながら考察を続ける。

 頸を斬っても死なない鬼。さらに、上弦の鬼が二体。同一個体?分身?それとも別の何か?

 基本単独で鬼を索敵する柱では、殺されてしまうのも当然だろう。

 かつて上弦の弐を討伐した時も、柱が二人掛かりで戦ったにも関わらず、ギンと義勇は瀕死の重傷に追い込まれた。ただでさえ厄介な上弦の鬼が二体も柱に襲い掛かれば、ひとたまりもない。

 となれば上弦の鬼との戦い方は、原則多対一。複数の柱が一体の鬼を攻撃するべきだ。

 

「宇髄」

「ああ。あの蟷螂の相手は俺達だ」

 

 ギンの横に降り立った宇髄天元は、背負っていた巨大な日輪刀を二刀構える。

 相対するのは妓夫太郎。背中から生えた二本の腕と、元からの二本の腕が持つ血に濡れた不気味な鎌。接近戦では手数で押されることは容易に想像できる。ならば二刀流である"音柱"宇髄天元と、上弦の壱と弐との戦闘経験を持つギンが相手をするのが最適なはずだ。

 

「でしたら、私達の相手はあの帯鬼ですね。炭治郎君」

「はい!禰豆子もこっちに!」

「むっ!」

 

 妓夫太郎の後ろ――ちょうど堕姫と妓夫太郎を挟むように、ギン達の反対側に降り立って帯鬼と相対するのは"花柱代理"の胡蝶しのぶと、竈門炭治郎と竈門禰豆子。

 既に炭治郎達は、帯を操る血鬼術を使う堕姫の頸を一度斬り落としている。

 ならば堕姫は二人が相手をするのが妥当だろう。現状、帯を操る堕姫よりも鎌を持った妓夫太郎の方が危険度が圧倒的に高い。何十、何百もの鬼を殺してきた柱三人から見ても、まだ鬼殺隊に入隊してから一年も満たない炭治郎でも、妓夫太郎の方が強く、そして危険だということはすぐに分かった。

 

(あの血の竜巻……建物を一瞬で更地にできるあの破壊力、そしてあの四本の鎌。懐に潜り込むには胡蝶じゃどうしたって相性が悪い。二刀の俺と、上弦の壱と弐との戦闘経験があるギンが適任だ)

 

 呼吸で体の温度を上げながら、宇髄はそう冷静に分析する。

 必然的に、最も戦闘力が高いギンと宇髄が妓夫太郎の相手をし、消去法で炭治郎としのぶが堕姫の相手をすることとなる。

 

「別々に俺達の相手をするつもりかぁ?鬼狩りが何人も来た所で、俺達に勝てる訳ねえんだよなぁ」

「そうよ!兄さんが起きたからね、もうアンタ達に勝ち目なんてのはないわ!一度頸を斬り落としたからって調子に乗るんじゃないわよ!」

 

 笑いながら、嗤いながら、哂いながら、妓夫太郎と堕姫は互いの感覚を同調する。妓夫太郎が片目を瞑ると、堕姫の額にもうひとつの眼球が現れた。

 相手は"柱"が三人。それに伴う、一般の隊士が一人。

 堕姫の帯は、多対一を最も得意とする。複数の敵を相手取る、12本の帯は攻撃にも防御にも適している。さらに兄の戦闘力が加われば、まさに鬼に金棒だ。

 

「俺達は二人なら最強だ。なぁ、堕姫」

「……うん!お兄ちゃん!」

 

「…………あれが妓夫太郎か」

「知っているのか、ギン?」

 

 宇髄の言葉に、ギンは静かに頷いた。

 かつて青い彼岸花を探していた頃、ギンは怪談話や噂話などを蒐集していた。蟲や青い彼岸花等の情報の精度を高めるためだ。

 眉唾物の噂話から、怪しげな怪異譚。中には剣術道場の門下生67人を素手で惨殺した事件なんていう作り話のような物まであったが、ギンが集めた怪異譚の中に天下の吉原遊郭で()()()()()()()()()()()()がいるという噂を聞いたことがあった。

 その者に名はなく、取り立て屋の代名詞である役職名で呼ばれた怪物。身体に痣を持ち、鎌を使って金を返さない下郎を殺してでも金を取り立てたという。その後その取り立て屋は侍に殺されたが、死んだはずの取り立て屋が日本各地の遊郭で目撃され、妓夫太郎の亡霊が遊郭を祟っていると噂されていたのだ。その噂話は怪談話として各遊郭で根強く語られており、西の国の飛田遊郭にも轟くほどだった。

 鬼かそれに近い異形だとは思っていたが、まさかその吉原にいた取り立て屋が十二鬼月だとは思いもしなかった。

 

 観察しろ。相手の一挙手一投足を。全てを詳らかにするんだ。

 頸を斬っても死なない理由。相手は鬼。確かに殺すのは難しいが――不死身じゃない。

 

 あの上弦の壱にだって、その命まであと一歩のところまで追いつめた。

 

 必ず殺す手立てはある。

 

「…………ッ」

「大丈夫ですか、炭治郎君」

「は、はい……」

 

 鼻で息をするのが辛い……。

 できることならこの場から離れたかった。あの二体の鬼は、血の匂いが濃すぎる。喉の奥がびりびり、腫れたように痺れる感覚がある。

 でも、なんだこの臭いは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

「それよりギン。お前、その地味な傷で大丈夫なんだろうな?」

「小さな穴が開いた程度だ。伊達に足の指無くしたまま上弦の弐を殺しちゃいねえぞ」

「はっはっ。ド派手な啖呵じゃねえか」

「次はもっと強力な毒を使います。炭治郎君、禰豆子さん、援護をするので隙を見てあの帯鬼を」

「はい!」

「むっ!」

 

 やる気、否、殺る気は十分。

 戦いの火蓋は、合図もなくすぐに切られた。

 

「死ぬときグルグル巡らせろ。俺の名は妓夫太郎だからなああ」

 

 ―――最初に動き出したのは、妓夫太郎だった。

 

 

"血鬼術 乱嵐・飛び血鎌"

 

 

 妓夫太郎が血に濡れた鎌を振るうと、ギンと天元の方へ向かって真っ赤な、薄い刃のような血の斬撃が十、二十、三十と向かう。四本の腕がそれぞれしなるように振るわれる度に、水中カッターのように高圧力で血が飛ばされる。触れれば鉄をも両断するような切れ味を誇る無数の斬撃が、ギン達に襲い掛かる。

 

「ギンさん!」

「お前らの相手はアタシよ!」

 

 相手の動きを見て動揺した炭治郎が声を上げるが、それを堕姫が許すはずはない。鞭のようにしならせた無数の帯が、炭治郎達の行く手を塞ぐように襲い掛かる。

 

「炭治郎君!」

 

 宙を泳ぐように飛び交う帯を避けながら、しのぶは炭治郎のフォローへ向かう。さっきより帯の数が増えており、スピードが上がっている。妓夫太郎が起き上がった影響だろうか。しのぶは舌打ちをしながら回避をする。

 

「先生!!」

「しのぶと炭治郎はそっちに集中しろ!俺達のことは気にするな!!」

 

 

"音の呼吸 肆ノ型 響斬無間(きょうざんむけん)"

 

 

 天元は鎖で繋がった二刀の刀を振り回し、前方に大きな爆風の盾を創り攻撃を防ぐ。爆風の盾は妓夫太郎の血鬼術を叩き落すように爆風で霧散していくが――

 

「曲がれ、飛び血鎌」

 

 宇髄の爆風の盾を躱すように飛んで行った血の鎌が、突如意思を持ったかのようにUターンを始め宇髄の後ろから襲い掛かる。

 

「ッ!」

 

 天元が前方の攻撃を捌くことで手がいっぱいだと気づいたギンは、すぐさまカバーする。

 

(斬撃自体を操れるのか……!あの鎌から見て接近戦を主体とした鬼かと思いきや、遠距離も攻撃できるとか無茶苦茶だ!)

 

 ギンは天元の背中を守るように型を繰り出した。

 

 

"森の呼吸 伍ノ型 陰森凄幽"

 

 

 宇髄の背中を守るように、ギンもまた森の呼吸で攻撃を防ぐ。自身の前方、180度から迫りくる攻撃を塞ぐ防御の型。かつて、"上弦の弐"童磨の凍てつくような氷の粒手も防ぐことができた技だ。

 

「へええ、やるなああ。だがいつまで耐えきれるかなああ?」

 

 自身の攻撃を防ぎ切るギンと天元に感心しながら、妓夫太郎はニマニマと笑い、更に攻撃を波状に仕掛ける。四本の腕をさらに回し、飛び血鎌の数を更に増やしていく。

 妓夫太郎の思い通りに操られる、敵にあたって弾けるまで動き続ける飛び血鎌は、ギンと天元の命を絶とうと速く、そして正確に死角を狙ってくる。瞬きする間も、息つく暇すらも与えない。ただただ、命を刈り取ろうと鎌を振るう。少しでも動きを鈍らせば、こちらの命を絶つであろう血の刃。

 

「くそっ、数が多すぎる!」

 

 攻撃を捌き続けながら苛立ち混じりに天元が舌打ちをする。天元の言う通り、攻撃の数があまりにも多すぎた。前、後ろ、横、上から斜め下、360度から縦横無尽に襲ってくる血鎌は、厄介極まりない。今は二人でカ攻撃を防ぎきっているが、これ以上数が増えればやがて処理し切れずに攻撃を喰らうのは目に見えている。

 

 

(このままじゃジリ貧!なら、多少強引にでも突破口を!)

 

 

"森の呼吸 陸ノ型 乙事主"

 

 

「!!」

 

 ギンが刀を振り下ろすと、瞬間、天元の爆破にも負けない闇を吹き飛ばすような強風が吹き荒れる。

 背後にいた宇髄も思わず風に押されてよろついてしまいそうになるほどの強い風は、妓夫太郎の斬撃の波を掻き消した。 

 

「んん?」

 

 自分が繰り出した飛び血鎌を消滅させられたのを見て、妓夫太郎は思わず首を傾げた。

 

 ―――今!

 

 陸の型で手薄になった斬撃の隙間を、潜り抜けるようにギンは駆け抜ける。その背中にくっつくように、天元も合わせて走り出した。

 

「逃がさねえぞぉぉ」

 

 しかし、妓夫太郎はその動きを先読みしていたかのように、持っていた鎌を投げつける。

 血の斬撃の中に隠すように飛ぶ、不気味な骨の鎌は的確にギンと天元の首の頸動脈を断とうと飛んでくる。しかも、何本も。

 投げつけた妓夫太郎の鎌は、おそらく血鬼術で創られる物なのだろう。妓夫太郎の掌から生えるように現れ、何本も何本も投げつけてくる。

 

「あぶねぇ!」

 

 

"森の呼吸 弐ノ型 剣戟森森"

 

 

 飛び込んでくる鎌の霰を、ギンはお得意の弐の型で叩き落していく。

 

「ッ」

 

 その時、いくつかの攻撃がギンの身体を掠めた。腕、足、胴体。致命傷には到らない掠り傷に、一瞬だけギンの顔が歪むが、怯んでいる暇はない。

 

 

「やるなぁぁ」

 

 

 妓夫太郎は心底楽しそうに笑みを浮かべ、構えた。

 あれだけ離れていた距離は詰められた。ここからは接近戦となる。

 鹿神ギンの緑色の刀が、宇髄天元の大剣が、妓夫太郎の血に染まった鎌が、相手の命を切り裂こうと振るわれる。

 

 

"森の呼吸 壱ノ型 森羅万象"

 

 

"音の呼吸 壱ノ型 轟"

 

 

"血鬼術 跋扈跳梁(ばっこちょうりょう)"

 

 

 

 手加減も様子見もない。妓夫太郎を左右から挟むようにギンと天元は妓夫太郎に接近し、呼吸による型を繰り出した。

 そして、妓夫太郎がそれを何の苦も無く防いだ。

 

 三人の剣戟の余波で大地が割れる。

 

 打ち合いは続く。

 

(こいつらすげぇ連携できてるなぁぁ。いや違うなぁぁ。蟲師が息を合わせてるんだなぁぁ)

 

 四本の腕を器用に操りギンと天元の攻撃を流しながら、妓夫太郎は考察する。

 まるで今までずっと共闘してきたかのような、何十年も訓練されたかのような二人の動き。

 天元が攻撃をすれば、ギンは死角を縫うようにして妓夫太郎の頸を狙った。

 だが、どちらかと言うと比較的音柱の方が自由に動き、その動きに合わせて白髪頭が攻撃を重ねてきているようだと妓夫太郎は感じた。

 

 そしてその直感は正しい。

 

 鬼殺隊の"柱"は多忙だ。故に、合同で訓練を行うことはほとんどない。

 訓練と称して打ち合うことはあっても共同で鬼と対峙することを前提とした訓練は行わない。

 

 何故なら柱が鬼と遭遇する時、柱は単独で行動することがほとんどだからだ。それは、"柱"級の実力者が少人数故に。二人一組にして任務に当たらせるわけにはいかなかったから。

 効率的に考えて、一体の鬼に複数人でかからせるのではなく、広い地域にそれぞれ担当する柱を配置させた方が、鬼による被害を食い止めやすい。

 

 実際、妓夫太郎と堕姫が今まで殺してきた柱達は単独で行動していたのがほとんどだった。

 いくら卓越した技術と力があろうとも、一人の柱に堕姫と妓夫太郎が二人掛かりで襲えば負ける訳がなかった。

 妓夫太郎にとって、同時に柱を二人相手にするのは初めての経験だった。なるほど、童磨が苦戦してやられた訳が少しわかった。

 それにしても随分と統制が取れてるなぁぁ。この息の合った攻撃は、百戦錬磨の妓夫太郎も思わず舌を巻くほどで――

 

「天元もっと合わせろ!!一人突っ走りやがって合わせるこっちの身にもなれ!!」

「ハッハー!派手も派手派手!ド派手な祭りだ!!"譜面"の完成まであと少しだ、ついてこいギン!」

「話聞けや!!」

 

 いや、そうでもないかもしれない。

 

「チッ。()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ギンが防ぎ、天元が攻撃する。だが天元の二対の刀に気を取られると、ギンが首を獲ろうと刀を振るってくる。

 それに反撃しようとしても、ギンがそれを全て叩き落としてしまう。

 

(こっちは鎌が四本で、あの蟲師は刀一本だぞぉ?ありえねえだろうが)

 

 上弦の弐、そして上弦の壱との死闘は、鹿神ギンの技術を格段に上げた。

 命のやり取りでしか、究極の殺し合いでしか、戦いの技術は洗練されない。すべての攻撃を防がれて徐々に妓夫太郎に苛立ちが募っていく。まだこちらの攻撃は一つも天元に当たっていない。

 ギンの身体には所々に切り傷が生まれていた。

 

 

"音の呼吸 肆ノ型 響斬無間"

 

 

 ザシュッ

 

 

「な、しまっ―――」

 

 だが、そんな苛立ちで集中が削がれたのか。懐に潜り込んで宇髄天元が放った斬撃は、妓夫太郎の両腕を斬り落とした。

 上弦の肆の回復は、通常の鬼たちとは比べ物にもならない。例え腕を斬り落とされようとも。壱秒もあれば、再生できる。

 

 

 だが、たった壱秒もあれば、それは妓夫太郎にとっては致命的であり、鹿神ギンにとっては格好の隙だった。

 

 

「決めろ!!ギン!!」

 

 

 天元の呼びかけに答えるように、ギンは血で濡れた刀の柄を握り締める。

 妓夫太郎の頸を斬りおと―――――ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 刀、どこ行った。あれ、なんで落として、あれ。なんで、地面が近くなってる。倒れてるのか?

 

 

 息が、できない、なんで。だ、この、痛みは、

 

 

 クル、ししい。

 

 

 視界が回る。眼球がぐるぐると回って吐き気がした。立っていられないほどだった。倒れたまま胃液を吐き出した。

 こんな感覚、前にもあった。そうだ確か、あの時、飛田遊郭で毒を盛られた時と似ている。

 

 

 

 

 

 ――ギン!どうした、なんで倒れてやがんだ!

 

 

 

 

 

 こ、ここきゅうを、少しでも毒の巡りをおクらせろ……!

 

 

 思考が麻痺していく。頭がきりきりと、糸で締め付けられていくように痛みを増していく。

 

 ダメだ、この毒、回るのが止められな、イ。

 

 

「ようやく腐酒が回ったかぁぁ」

 

 

 上から声がした。ギンは首だけを動かして視界を上に向けた。

 

 そこにはにたにたと笑う妓夫太郎と――

 

 

 

「ソ、れは―――」

 

 

 

 まるで()()()()()()()が、妓夫太郎の右手に浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒヒヒ!!光酒、って言ってたかぁぁ?俺の毒はなぁ、光酒を殺す毒なんだよなぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「胡蝶!!ギンが倒れた!!手当しろぉぉ!!!」

 

 

 そう聞いた時、胡蝶しのぶの行動は早かった。

 後から合流してきた嘴平伊之助、そして(ひどい女装だった)我妻善逸の奮闘により、先より格段に攻撃がしやすくなった。

 さて、これでどうやってあの阿婆擦れに毒を叩き込むべきか。

 

 そう考えながら立ちまわっていた時に、宇髄の叫び声が聞こえた。

 

 視界をそちらに向けると、血を吐き出しながら倒れ込む鹿神ギンの姿があった。

 

 その姿を見た瞬間、胡蝶しのぶは呼吸を惜しみなく使ってギンの下へ駆け寄ってギンを肩で抱えた。

 倒れ込んだギンを攻撃されないよう、宇髄天元は妓夫太郎の攻撃を逸らし続けていた。

 

(呼吸が荒い!皮膚が変色し始めて……毒!?)

 

「宇髄さん!おそらく毒です!その鬼の攻撃に当たらないようにして!!」

「もうド派手にやってる!!」

 

 戦場から離れながらそう言うと、怒鳴り声が返ってきた。おそらくこちらの言葉に返答するのすら惜しいのだろう。四本の鎌が存分に振るわれる妓夫太郎の攻撃に押されているのは、目に見えて明らかだった。

 

「早く解毒しないと……!」

 

 しのぶは建物の陰に隠れ、床に下したギンの手当てを開始する。

 ギンは痙攣し、苦しそうに荒い呼吸を続けている。しかし、酸素が肺を通っていないのか、空回りするようにギンの呼吸が流れていく。

 

「どうして……!ギンさんに毒はほとんど効かないのに!」

 

 日常的に光酒を摂取しているギンの身体は、常人とは造りが違う。

 怪我をしてもすぐに治るし、多少の毒を喰らってもけろりとしている。

 

 それは光酒のせいだと、ギンさんは言っていた。

 

「光酒ってのは、生きている。普通の酒や水のように、飲んだらすぐに汗や尿になって出てくるわけじゃない。体内に留まり続け、多飲すれば細胞に定着する。間を開ければ問題はないが、俺の場合は結構飲んじまったから普通の人より新陳代謝が数倍よくなっているんだ」

「じゃあ、他の隊士の人にも光酒をもっと飲ませればいいんじゃないですか?治癒が早く、毒が効かないなんて剣士としてはいい能力なんじゃ」

「……副作用があるからダメだ」

 

 話はそれで終わった。ギンのばつが悪そうな顔が印象的だったが、ギンさんの身体を守ってくれるならいいか、と深く考えなかった。そうだ。故にギンさんは、毒はほとんど効かない。

 そのはずだった。なのに、今ギンの身体は猛毒に身体を犯されている。

 身体の中にある光酒が、守ってくれているはずなのに。

 

 

 

「俺の毒はなぁぁ。()()()()()()なんだよなぁぁぁ」

 

 

 

 声がした。

 咄嗟に刀を構えなおして後ろを振り返ると、そこにはにたにたと嘲笑う妓夫太郎がいた。

 

 

「……どういう、ことです?」

 

 

 震える声でしのぶが問い返す。

 

「言葉通りの意味なんだよなぁぁぁ。ちゃんと耳ついてんのかぁぁぁ?俺の毒はなぁぁ、腐酒そのものなんだよなぁぁぁ」

「!」

 

 腐酒?

 まさか、光酒と対になる、鬼にとっては最高の美酒となる液体のこと?

 なんで鬼が、それを持っている。なんでそれを毒として扱える?

 

 いや、でもまさか――

 

 しのぶの中にある予測が生まれる。

 予測はすぐに、確信に近い物へと変貌していく。

 

 でも、ああ、ダメだ。もしそうなら――ギンさんは助からない。

 

 

 

 

 

「腐酒ってのは、人間にとっては猛毒だ。だが極稀に適合し、身体に腐酒が定着する者がいる。動物の体内に入り血を与えられると、腐酒は生命力を得て、宿主に特別な力を与えることがある」

「その治療法は?」

「光酒を定期的に飲ませることだ」

「光酒を?」

「ああ。()()()()()()()()()()()()だ。体内にある腐酒を中和――いや、殺菌すると言ったほうが正しいか?以前、光酒と腐酒を一対一で混ぜたら、ゆっくりと消えてしまったんだ。命無き腐酒と、命持つ光酒は、性質が真逆の存在なんだ。故に二つが混じると、()()()()()()()()()()()()()()()()

「じゃあ、光酒を投与したら、患者の身体も危ないんじゃ……」

「だから、定期的に一定量を飲ませる必要があるんだ。一気に投与すると、患者の身体の組織を破壊しかねない。とは言っても腐酒自体ほとんど見つけることができない希少な物だし、それを呑んで毒に耐える人間も更に少ない。あんまり事例としてはないが、一応覚えておけ」

 

 

 

 なんでもない、蟲師としての修業の内の一つだった。

 こんな時にも正確に情報を思い出す自分の記憶力が、今のしのぶにとっては恨みたかった。

 

 もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ギンさんの身体にある細胞の一つ一つに、光酒が定着している。それに腐酒が、細胞一つ一つを殺してしまったなら。ギンの身体に刻まれたいくつもの切り傷。おそらくそこから毒を入れられたのだろう。短時間の間に何度も腐酒を投入――

 今しのぶの手元に光酒はない。先の倒壊で潰れてしまった。

 

 つまり――今、ギンを救う方法が、ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そいつはもう助からねえなぁぁぁ。いいざまだなぁぁぁ!その毒は身体を少しずつ腐らせ息を止めるんだなぁぁ!簡単には死なない、苦しんで死んでいくのが楽しみだなぁぁぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 げらげらと嗤う妓夫太郎の笑い声を聞いた瞬間、しのぶの頭の奥で、ぷちりと何かがキレる音がした。

 

 

 

 




お待たせしました。
少しずつ書いていきます。



たくさんの感想などいつもありがとうございます。
返信は、できれば最新話を投稿した後、と言う風に決めているので遅れちゃってますが全部見てにやにやしてます。
また感想をいただけると嬉しいです。

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