総武高校に入学した比企谷小町。
ある日、自分に関するガイドラインが学年全体に広まっていると知った彼女は……。

※pixivでも投稿していたものを改稿した作品となります。

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比企谷小町のガイドライン

 どうもー!

 千葉の愛され系妹代表こと比企谷小町でーす!

 

 厳しい受験戦争を勝ち抜いて、念願の総武高校への入学を果たして早二ヶ月が経ちました。

 でもでも、ただいま小町は絶賛困惑中であります。原因は一学年全体に広まっているというコレにあるのです。

 

比企谷小町のガイドライン

 ・サッカー部の上位カースト8人なら大丈夫だろうと思っていたら同じサッカー部の主将に襲われた

 ・教室から徒歩1分の廊下でナンパ男が頭から血を流して倒れていた

 ・足元がぐにゃりとしたのでござをめくってみると「俺はノンケだ……」と苦悩する男子が転がっていた

 ・比企谷さんの下駄箱に悪戯しようとした生徒が襲撃され、目が覚めたら自分の頭が下駄箱にめり込んでいた

 ・比企谷さんのお兄さんの悪口を言ったらゴミを見る目で蔑まれた、というか蔑まれたいがために悪口を言っている

 ・クラスが腐女子に襲撃され、男も「女も」男体化されて全員掛算された

 ・教室から廊下までの10mの間にウザ絡みしたウェイウェイ系男子がお兄さんに襲われた

 ・友達の男子なら安全だろうと思ったら、その姉がヤンキーだった

 ・一年女子生徒の1/3が粛清経験者。しかもカースト上位陣になるほど自尊心が高いので「トップカーストほど危ない」

 ・「そんな危険な兄がいるわけがない」といって絡みに行ったお調子者が5分後に顔を真っ青にして「ゾンビを見た……」と呟いて戻ってきた

 ・「生徒会なら味方になってくれるはず」と生徒会長へ直談判しに行った生徒が身も心もズタボロになるまで扱き使われて戻ってきた

 ・最近流行っている噂は「奉仕部」 比企谷さんの紹介状を持って行くとどんな悩みでも解決してくれるから

 ・比企谷さんから半径200mは上級生にあう確率が150%。三年生に遭遇した後に二年生に遭遇する確率が50%の意味

 ・総武高校におけるイジメによる被害者は1日平均35人、うち約30人が比企谷さんへ悪意を向けた生徒の被害

 

 

「なに、これ……?」

「わ、私も別な子からメールで回されてきただけだから、知らないよぅ」

 

 思わず平坦な声で同じクラスの友達を問い詰めちゃったけど、ちかたないよね。

 だって、これはあれだもん。なんかもう、ほら。あれだよ、あれ。うん。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 入学当初はなんてことなかった。

 中学時代と同じくクラス内で皆にどんどん話しかけて、クラス内での人間関係は盤石。

 ただ、このまますんなり上手くいくとも思っていなかった。

 

 理由は去年のお兄ちゃんによる言動。

 お兄ちゃんが奉仕部に入部してから学校でやらかした出来事は小町も把握している。特に去年の文化祭。二学年と三学年の元文実関係者にとっては苦い記憶だったと思われ……。

 これが中学校時代だったら、あのお兄ちゃんに比べて小町はまともだ……みたいな感じで、好意的に受け止めてもらえたんだけどねー。

 

 どうやらピーク時より薄れたとはいえ、今もお兄ちゃんへのヘイトは燻ってるっぽい。

 そんなところに、お兄ちゃんの妹である小町の入学。部活や委員会の先輩からお兄ちゃんの悪評を聞いた同級生たちが、小町の下に辿り着くまでそう時間はかからなかった。

 

 当時の噂話を鵜呑みにして小町を糾弾してくる意識高い系痛い子とか、悪ノリで絡んでくるウェイウェイ系男子とか、小町へのやっかみから水を得た魚介類みたいなカースト上位狙いの女子たちとか……。もう、お兄ちゃんの悪意ホイホイが優秀すぎて連日満員御礼の入れ食い状態なわけでして……。

 最初は適当に相手して往なしてたんだけど、ほら、堪忍袋の緒だってそのうち切れちゃうし、仏様だって三回目以降はブチ切れるってもんですよ。そりゃ事情があったとは言え、原因はお兄ちゃんにある訳だから、悪く言われるのは仕方ないとは思うよ? だから、百歩譲って去年の文実関係者に文句言われるのは小町も我慢するさ。そのぐらいの覚悟はしてる。

 でもさ、小町だって人間なのですよ。雪乃さん達みたいにお兄ちゃんと向き合ってくれるならいざ知らず、そうでもない人間に実の兄を悪し様に言われて、いつまでもニコニコなんてしてられない。……当事者でもない癖に、さも自分が被害を受けましたみたいな顔で小町のお兄ちゃんを悪く言いがやがってうるせぇダマれブチ殺しちゃうゾ☆

 ……おっとあぶない。危うく、ブラコンの暗黒面に堕ちちゃうところだった。あ、今のは小町的にポイント高い!

 

 ただ、そんなスクールなデイズも半月くらい経った頃から徐々に変わり始めた。

 小町に絡んでくるバカが段々と減っていって、怯えるように遠くから小町を窺うか、媚び諂うように近づいてくるかのどっちかになった。

 

 あ、いま小町と話してるこの子は違うよ?

 この子は、同じクラスの中井 舞香(なかい まいか)ちゃん。

 初日に仲良くなって、小町が狙われた後も逃げないで傍にいてくれた子。気弱な感じだけど、小町に悪口言ってくる気が強い女子に泣きながら反論してくれたこともある。

 

「いつから出回ってるのさ、これ」

「……分からない。私に届いたのは今日だったけど、小町ちゃんの周囲の状況からするともっと前からだと思う」

 

 変だなあ……とは思ってたけど、小町に実害がないから放置してたらこの様ですよ。

 

「そもそも、ここに書かれてあることに小町ほとんど心当たりがないんだけど?」

「あー、でも……」

 

 謂れの無い風評被害に憤慨する小町に、目の前の友達が言い辛そうにおずおずと口を開く。

 

「最初のこれはあれじゃないかな……」

「あれ?」

 

サッカー部の上位カースト8人なら大丈夫だろうと思っていたら同じサッカー部の主将に襲われた

 

「ほら、隣のクラスで人気があるサッカー部の男子たちがいたでしょ?」

「あー、あの金髪とか茶髪とか色んな色に髪染めて、なんちゃってイケメンオーラ出してた男子たち?」

「なんちゃってって……」

「いやー、でもね。葉山先輩を間近で見ちゃうと、どうみても劣化版としか……」

 

 いや、本当にそう思う。

 そもそも、なんで進学校の総武高校なのに頭髪とか服装の校則が緩いかって言ったら、それでも成績優秀なんだからだよね。葉山先輩なんてサッカー部の主将で成績も学年上位らしいし、だから金髪でも許されてる。

 でも、隣のクラスの男子たちもそうかと言えば……うん、ノーコメントで。

 

「葉山先輩と比べたら可哀相じゃない? えと、お話戻すけどね。その男子たちが小町ちゃんのお兄さんの噂を聞いてね、面白半分で小町ちゃんにちょっかいかけようとしたんだって」

「え、なにそれ。小町知らない」

 

 小町に絡んできたお馬鹿さんは『小町の絶対に許してあげないノート』に記録してあるから全員把握済み。

 けど、その中に件の男子たちはいなかったはずなんだけどなぁ……。

 

「それがね、どうも小町ちゃんに絡もうとしてる話を部室でしてたらしいんだけど」

「ほほう。それでそれで?」

「それを同じく部室に居た葉山先輩が聞き咎めたみたいでね。その子たち、全員有無を言わせず丸坊主にさせられたって……」

「……」

 

 おんやー?

 葉山先輩ってそんなキャラだっけ? そりゃ自分の後輩が知り合いの妹に危害を加えようとしてるんだから、注意くらいはする人だと思うけど、丸刈りって……。

 もしや小町フラグ立ってる? ……いやいや、それはないか。ないね。ないない。

 うーん。だとすると、お兄ちゃんの妹だから助けてくれたとか? それが無難な感じかなー? でも、なんかしっくりこないしなー。んあー、小町もお手上げ!!

 

「じゃ、このガイドラインの一つ目はそれが元ネタなんだ」

「たぶんだけど、状況的にそうだと思うよ」

「……あれ、だとすると他のヤツも?」

「それなんだけどね……」

 

 Oh……マジでそうなんだ。

 

教室から徒歩1分の廊下でナンパ男が頭から血を流して倒れていた

 

「これ本当だったら警察沙汰なんだけど」

「実際には気絶してただけだから」

「え? そういう問題?」

 

 この子の話だと、可愛い子になら誰でも声を掛けるわ、ストーカー紛いなこともするわで悪名高い上級生が小町に目を付けたらしい。

 ……ここ本当に進学校なのかな? 一昔前のヤンキー漫画に出てくる不良高校とかじゃないよね?

 

「それで、その先輩がウチのクラスにやってきたときに……」

「きたときに?」

「一陣の風が吹き抜けたと思ったら、その男子生徒が昏倒したんだって」

「なるほどわからん」

 

 ええー。それは流石に嘘でしょ。

 そう思って舞香ちゃんに詳しく聞いてみると……。

 

「噂だと、平塚先生が指弾で打ち抜いたって話なんだけど」

「先生、とうとう人間辞めて妖怪になっちゃったの……?」

「私も信じてるわけじゃないけどさ、その時に例の上級生から五十メートルくらい離れた先に平塚先生がいたらしくて」

「だからって……」

「先生の側にいた生徒が『……ふむ。指弾如きで気絶とは情けない。やはり私の拳を受け止められるのは比企谷だけだな』って呟いてるのを聞いたんだって」

 

 何やってるのさ、平塚先生ェ……。

 いや、小町を助けてくれたのは素直にお礼を言いたいけど、教師としてそれでいいのかなって……。

 

「で、次のヤツなんだけど」

「小町もうお腹いっぱいだよぉ……」

 

足元がぐにゃりとしたのでござをめくってみると「俺はノンケだ……」と苦悩する男子が転がっていた

 

「これ小町関係ないと思うんだけど?」

「実はね……」

 

 以前、小町たちのクラスが体育の授業でグランドへと移動しているとき、ちょうど前の授業で体育だった三年生たちとすれ違ったことがあった。

 

 『あれ、小町ちゃん?』

 『およ? 戸塚さん、やっはろーです!』

 

 そのときすれ違ったのが、戸塚さん。お兄ちゃんの想い人で、見た目可憐な美少女で正真正銘の男の子。

 大志君の依頼のときに初めて会ったけど、正直信じられなかった。林間学校で水着姿を見ても信じられなかったし。だから、未だにお兄ちゃんが戸塚さんLOVEなのは仕方ないことだと思う。……現実って世知辛い。

 

「その時にウチのクラスの男子が何人か一目惚れして、テニス部に入部したんだけど」

「ああー、その先の展開読めた」

「戸塚先輩が男だって知って、全員頭を抱えて転げまわったらしいよ」

「それはまた、ご愁傷様な……」

 

 それはまあ、同情する。するけど、これやっぱり小町関係ないよね?

 

比企谷さんの下駄箱に悪戯しようとした生徒が襲撃され、目が覚めたら自分の頭が下駄箱にめり込んでいた

 

「あ、これは本当。私が目撃者だし」

「なんかさらっと言ったよ、この子!?」

「あれは私達が入学して三週間くらいしたときだったよ……」

 

 遠い目をした舞香ちゃんの話によれば、図書室で本を読み耽ってしまい、最終下校時刻近くになったので帰ろうとしたら下駄箱で不審者を発見。

 ちょっと気弱な感じの男子生徒で、やたらと挙動不審。周囲をキョロキョロしながら小町の下駄箱に封筒を置いては回収し、置いては回収しを繰り返していたらしい。

 

「ねえ、待って。それ小町宛のラブレターだったんじゃ……」

「不審に思った私はすぐさま小町ちゃんのお兄さんに通報しました」

「あれー?」

 

 通報から二分で駆け付けたお兄ちゃんから繰り出されるドロップキック。下駄箱にめり込む不審者の頭。

 一仕事終えたお兄ちゃんは通報者の舞香ちゃんと握手をすると、颯爽と去っていったとかなんとか……。

 

「こうして小町ちゃんの平和は守られました」

「ドヤ顔してるとこ悪いけど、それ小町の青春が侵されてるから」

 

比企谷さんのお兄さんの悪口を言ったらゴミを見る目で蔑まれた、というか蔑まれたいがために悪口を言っている

 

「これは小町ちゃんも自覚あるんじゃない?」

「え? 何度か怒ったことはあったけど、小町、そんな表情してた?」

「……まさか無自覚とは」

 

 道理で最近、同級生から『小町お姉様!』とか『ぶ、ぶひぃぃぃぃ』とか言われる機会が多いと思った。

 ……おっかしいなぁ。小町の周りに常識人がいないぞぉー?

 

「そばに居るだけの私でも背筋がゾクゾクするもん。あれを直で見ちゃったら目覚めちゃうよね、きっと」

「止めて友達からそんな断言聞きたくない」

 

 どうしよう、お兄ちゃん。

 小町、いつの間にか小悪魔属性から女王属性にメタモルフォーゼしてたみたい。

 

クラスが腐女子に襲撃され、男も「女も」男体化されて全員掛算された

 

「これは覚えてる。海老名先輩だ」

「あれは地獄だったよね……」

 

 あの時のことを思い出そうとすると、二人して目が腐っていくのが分かる。

 それほどに、あれは強烈だった。

 

「確か、意識高い系勘違い男が小町に文句言ってきたときだよね」

「うん。それにクラス内の噂に踊らされた生徒が同調して、糾弾会みたいになって……」

 

 あの時は流石の小町もちょっと辛かった。

 でも、そんな空気をぶち壊しにする勢いであの人は現れた。

 

 『はろはろー! YOUたち! そんなことより、一緒にはやはちを愛でようYO!』

 

 突如乱入してきた海老名先輩から撒き散らされる強烈な腐話。

 葉山先輩とお兄ちゃん。だけに留まらず、クラス内のありとあらゆる人間が掛算された。当然、小町も。

 そのインパクトは凄まじくて、わずか一〇分程でウチのクラスは全滅した。

 

「いまでも後遺症が蔓延ってるもんね……」

「小町ちゃんの後ろの席の二宮さん。あれ以来、『小町(男体化)×大志』にハマってるらしいよ」

「ねえ、今その情報必要あった? 小町知りたくなかったよ、そんな事実……」

 

 多分、海老名先輩は小町のことを助けてくれたんだと思うんだけど……他にもっとやり方なかったのかな?

 実はただ腐教したかっただけとか? ……あの人だと完全に否定できないんだよなぁ。

 

教室から廊下までの10mの間にウザ絡みしたウェイウェイ系男子がお兄さんに襲われた

 

「これ、絡まれる小町も小町だけど、一分足らずで突入してきたお兄ちゃんもお兄ちゃんだよね」

「あの時のお兄さんカッコよかったよね。映画の特殊部隊みたいに、ロープで上の階から降下しながら窓を蹴破ってさ」

「現実であれやるとガラスの破片で大ケガするらしいけどね。お兄ちゃんは当然のように無傷だったけど」

「空中で一回転して華麗にヒーロー着地してからの『──来たぞ、小町ッ!』は正直惚れました」

 

 今気付いたけど、この子お兄ちゃんのこと好き過ぎない? 大丈夫? 小町、同級生をお義姉ちゃんって呼ぶのはちょっと抵抗あるよ?

 

「もしかして、あのときお兄ちゃんが乱入してきたのって……」

「あ、私がお兄さんに通報したの。『お兄さん、こいつです』って写メ送ったら三十秒くらいで駆け付けてくれたよ!」

「なんなの、その通報システム……」

 

 お兄ちゃんが小町を守ろうとしてくれることは小町的にポイント爆上げなんだけど、小町の知らないところで通報ネットワークが構築されてるのはどうなのさ。

 

友達の男子なら安全だろうと思ったら、その姉がヤンキーだった

 

「これは……大志君?」

「そうらしいね。小町ちゃんに直接危害を加えようとするとお兄さんに報復されるから、仲が良い川崎君が狙われたみたい」

 

 うっ、それは申し訳ない。大志君には悪いことしたな。

 でも、相手も選りに選って大志君に目を付けるとは……そりゃ、沙希さんが黙ってないよねぇ。

 

「小町ちゃんへの不満とかお兄さんの事でお昼休みに川崎君を屋上へ呼び出して難癖をつけてたらしいけど、そこに颯爽と川崎君のお姉さんが舞い降りたんだって」

「うわぁ……、なんか容易に想像できそう」

「後で川崎君にその時のことを聞いたら、『リアル正中線四連突きは流石に引く』って言ってたよ」

「……沙希さんも人間辞めちゃってたかぁ」

 

 お兄ちゃんの周りの人も大概おかしいよね。

 何でだろう、去年までは普通だったと思うんだけどな……。

 

一年女子生徒の1/3が粛清経験者。しかもカースト上位陣になるほど自尊心が高いので「トップカーストほど危ない」

 

「粛清ってなにさ……」

「グー〇ル先生によると『きびしく取り締まって不正な者を排除すること。独裁政党などで、内部の反対派を追放すること。』だって」

「いや、そういう意味じゃないから」

 

 というか待って! 小町、学年の三分の一の女子を敵に回してたの!? そっちの方が驚きなんですけど!!

 どうりで毎日のように絡まれてたはずだよぉ。ええー、お兄ちゃんどんだけ恨み買ってたのー!?

 

「どうもね、小町ちゃんを屈服させられれば一学年女子のトップに立てるって噂が広がってたみたいで……」

「総武高校ってお馬鹿さんしかいないのかな?」

 

 思わず、お兄ちゃん並みに目が腐ってしまった気がする。

 誰なの、そんな意味不明な噂を流したのは……。

 

「でも、直接小町ちゃんと対峙すると報復されるから、上級生を焚き付けて潰してもらおうと画策したんだって」

「ううーん。そこはかとなく漂う小物臭。なんでそれでトップを狙おうなんて思ったんだろ」

「まず、一年J組の愛川さんが同じ国際教養科の三年生に助けを求めたらしいの。普通科で調子に乗ってる女子がいるから、国際教養科のメンツのためにも注意してほしいって」

「……国際教養科って、ヤ〇ザか何かなの?」

「さ、さあ? けど、その助けを求めた三年生って、一年生の間でも有名なあの雪ノ下先輩だから、もし雪ノ下先輩が話を鵜呑みにしたら小町ちゃんも危なかったかも」

「あ、それなら大丈夫。雪乃さん、小町のことよく知ってるし」

「あれ、知り合いだったの?」

「うん。お兄ちゃんが所属してる部活の部長さん」

「……さすおに!」

「割と重症だなぁ、この子」

 

 まあ、とにもかくにも愛川さんから相談を受けた雪乃さんの対応がどうだったかというと──

 

 『つまり、その生意気な比企谷小町さんを私に躾けてほしいと、そういうことかしら?』

 『流石、雪ノ下先輩! 話が早いですね!』

 『……そう。ところで、仮にその依頼を受けたとして、私にどんなメリットがあるのかしら?』

 『え? あ、報酬なら相応のモノを用意しますよ?』

 『例えば?』

 『例えば……わ、わたしの派閥が雪ノ下先輩の傘下に入ります、とか?』

 『で?』

 『で? って……』

 『あなたの派閥が私の傘下に入ることの、何が私のメリットになるのかしら? むしろ邪魔でしかないのだけれど』

 『は、はあ!? ……な、なら、謝礼を用意すればいいですかっ?!』

 『はあ……。愛川さん、だったかしら。あなた、私がお金に困っているように見えるの? 冗談はそのお粗末な厚化粧だけにしてくれないかしら。香水がきつすぎて鼻がもげそうだわ』

 『──ッ! もういいです! 雪ノ下先輩がこんな最低な人だなんて思いませんでした!!』

 

 『……待ちなさい』

 

 『なんですか? 今更、掌を返したからって……』

 『私にその依頼を受けるメリットは一切無いのだけれど、あなたを放置しておくのはデメリットでしかないの』

 『……はあ?』

 『だってそうでしょう? 将来の義妹──んんっ、可愛い妹分に危害を加えようとしているのだから。そんな輩を私が放っておくわけないじゃない』

 『……は?』

 『一年生の問題に首を突っ込むのもどうかと思って静観していたのだけれど、さすがに目に余るわ。ちょうど良いわね。あなたは私が直々に調教してあげる』

 『わ、わたしに何かしたら、パパが……』

 『確か、あなたのお父様は愛川建設重機の代表取締役だったかしら』

 『そうよ! もし、わたしに何かすればパパが黙ってなんか……』

 『あら、きっと黙るわよ? だって、愛川建設重機って雪ノ下建設の関連会社の中でも末端も末端。切り捨てても何ら問題ない企業ですもの。代わりはいくらでもいるわ』

 『え?』

 『疑うなら、優しいお父様に電話してみたら? 雪ノ下建設の令嬢を敵に回したので守ってくださいって。……今日のうちにでも夜逃げするのではないかしら?』

 『 』

 

 こんな感じだったらしいです。え? なんでそんな詳しいのかって? なんか、そのときの動画が国際教養科の生徒間で広まってるらしいよ!

 小町、誰に説明してるんだろ……。

 

「で、不登校になった愛川さんに代わって、今度は一年F組の大井さんが名乗りを上げてね。三年生の女子を仕切ってる女王に直訴したんだって」

「……それって三浦先輩?」

「そうだけど、また小町ちゃんの知り合い?」

「知り合い……なのかな? お兄ちゃんの部活の関係で顔は知ってるけど」

「さすおに!!」

「あ、もういいです」

 

 お兄ちゃん曰く、『獄炎の女王』らしい三浦先輩に訴えた大井さんがどうなったかと言えば──

 

 『……ふーん。要するに、あーしにヒキオの妹を〆ろってわけ?』

 『え、ヒキオ?』

 『君が言ってる比企谷小町さんのお兄さんのことだよ』

 『あ、はい。え…と、そうです。とにかく、先輩が言えば、さすがの比企谷さんでも大人しくなると思うので……』

 『……どう思う、海老名?』

 『ん~~~、論外?』

 『だね。話にならないし』

 『な、なんでですかっ!?』

 『あんさー、そもそもアンタ誰なわけ?』

 『ふぇ? だから、一年の……』

 『そう、一年。で? なんで、あーしが見ず知らずの一年のお願いなんて聞いてあげないといけないわけ?』

 『だ、だって! あの比企谷って人の妹なんですよ!! だから……』

 『は?』

 『は? って……』

 『確かに、ヒキオはパッとしないし、ぶっちゃけキモイときもあるけどさ、だからってアンタみたいな奴にとやかく言われる筋合いはないっしょ』

 『それに、君がヒキタニくんのどんな噂を聞いたのか知らないけど、そのことと妹さんは関係ないよね?』

 『なんつーかさあ、”虎の威を借りる狐”ってヤツ? あーし、そういうのが一番嫌いなんだよね。……マジで』

 『ヒッ!?』

 『それとさー、ヒキオの妹とは別に仲良くないし、どーでもいんだけど。あーし、ヒキオには借りがあるんだよね』

 『それは私も同じかな』

 『だからさ、今日初めて会ったアンタのお願いなんて聞いてあげる義理はないわけ? わかる?』

 『っ……! わ、分かりました。もういいです!』

 

 『……ちょっと、待とうか』

 

 『なんですか!? もう先輩たちには頼みま……せ…ん?』

 『誰が帰ってもいいって言ったかな?』

 『え?』

 『ちょ、結衣? ハイライト! 瞳からハイライト消えてっから!!』

 『……ご愁傷様。一番、怒らせちゃいけない子を怒らせちゃったね』

 『あたしの義妹──ゴホン! ヒッキーの妹の小町ちゃんに手を出そうとして、無事に帰れるとでも思った?』

 『あ、あの……由比ヶ浜先輩?』

 『とりあえず、大井さんのグループの子、全員ここに呼ぼうか?』

 『え、あの……』

 『呼ぼうか?』

 『ですから……』

 『呼べ』

 『……ハイ』

 

 こんな感じだったらしいよ! だから、小町は誰に説明してるのさ……。

 それより、雪乃さんと結衣さんがヤヴァイ……。お兄ちゃん、このまま無事に卒業できるのかな。小町、段々不安になってきたかも……。

 

「他にも何人か挑んだらしいけど、結果は同じだったみたい」

「挑む方もどうかしてるけど、それをキッチリ潰してるあのお二人が怖すぎる」

 

「そんな危険な兄がいるわけがない」といって絡みに行ったお調子者が5分後に顔を真っ青にして「ゾンビを見た……」と呟いて戻ってきた

 

「あ、これはウチのクラスの山北君のことだよ」

「……ねえ、実はこのガイドライン作ったの舞香ちゃんじゃない? 詳し過ぎない?」

「実は山北君って小町ちゃんのこと狙ってて、小町ちゃんのお兄さんについて聞かれたことがあって」

「あ、スルーされた」

 

 えと、山北くんってたしかあれだよね? いつも、教室の後ろの方でガヤガヤ騒いでる男子。大声でリアクションする度に小町の方をチラチラ見てくると思ってたけど、そういうことだったんだ。……うん。ナシで。

 

「お兄さんについて教えてあげたんだけど、そんなラノベみたいな兄がいるわけないって信じようとしないから……」

「から……?」

「お兄さんがいる三年生の教室まで案内してあげた! えへへ」

「すごく良いことしたみたいな笑顔で言ってるけど、たぶんそれ秘密警察とか特高ってヤツだから」

 

 舞香ちゃんの話だと、三年生の教室で一人寝たふりを決め込むお兄ちゃんの下へ、舞香ちゃんが山北くんを引きずっ──優しく連れて行ってあげたらしい。

 ていうか、お兄ちゃん。舞香ちゃんに寝たふりってバレてるし。三年生になってもやっぱりぼっちのままなんだ……。まあ、知ってたけど。

 

 『お兄さーん!』

 『……』

 『お兄さんってばー?』

 『……』

 『……起きてますよね?』

 『……なんすか。てか、ダレそれ?』

 『あ、良かったです。ちゃんと起きてた。お久しぶりです』

 『あー、確か小町の友達の……』

 『中井です。中井舞香です』

 『……で、何かよう?』

 『私は特に用はないんですけど、こっちの彼がお兄さんに用があるみたいなので連れてきました!』

 『え? ちょっと、中井さん!? 俺、そんなこと言ってない……』

 『……用がないなら帰れ』

 『あ、はい。じゃあ、俺はこれで……』

 『でも山北君。気になる小町ちゃんのお兄さんがどんな人か知りたがってたよね?』

 『……ほう』

 『べ、別に俺は比企谷さんのことは何とも……』

 『は? おい、それマイスウィートエンジェル小町ちゃんに魅力が無いって言ってる? もしそうなら、テメェ処すぞ?』

 『ヒィッ!? ち、違いますよ! 比企谷さんのことは大好きです!!』

 『あ゛あ゛? おまえ、いま小町のこと好きって言ったか? 千葉の兄を前にして? おいおい、命知らずかよ。想像力が足ねえな。そんなんじゃ、ダイナーで生き残れねえぞ?』

 『ご、ごめんなさぁぁぁあああああああい』

 

「あのときの急速に濁っていくお兄さんの瞳、最高でした!」

「駄目だこの子…早く何とかしないと……」

 

 おっかしいなあ……。この子の気弱って設定どこいっちゃったんだろ……。

 小町、ちょっと友達のことが分からなくなってきたよ……。

 

「生徒会なら味方になってくれるはず」と生徒会長へ直談判しに行った生徒が身も心もズタボロになるまで扱き使われて戻ってきた

 

「これはあれだね。どうやっても小町ちゃんとお兄さんを潰せないから、生徒の味方である生徒会ならきっと助けてくれるはずってことで、有志の何人かが生徒会へ乗り込んだんだって」

「そもそも、どうして生徒会なら味方すると思ったのさ。自分たちの主張がおかしいって気付いてよ……」

「ほら、今の生徒会長って一年生ながら立候補して、あの雪ノ下先輩とか葉山先輩を押しのけて生徒会長に当選したスゴイ人でしょ? だから、そんな志の高い人なら悪名高い比企谷兄妹を成敗してくれるはずだって意気込んでたみたい」

「志の高い……ねえ」

 

 あー、そういう評価になってるんだ。確かに、事情を何も知らない人が結果だけみたらそう見えるかも。

 ……うん。去年の生徒会選挙に関する依頼には小町も噛んでたから知ってるけど、あれは色々ひどかった。

 

「でも、いざ生徒会長に事情を説明したら、いつもニコニコしてる生徒会長から表情が抜け落ちたみたいで──」

 

 『……へー、先輩とその妹さんがねー。ふーん。ほーん』

 『そうです! 比企谷兄妹は総武高校にとって百害あって一利なしの存在なんですよ。生徒会は一般生徒が安心して学校生活を送れるように、この問題に対処する義務があるはずです!!』

 『えー、そうなんだー』

 『勇敢な僕たちが声を上げなければ、問題はもっと大きくなっていたはず、これは生徒会の怠慢ですよ! 本来なら昨年の時点で退学にするなどの対応をとって然るべきであって──』

 『……ねえ』

 『何でしょうか? あ、情報提供のお礼ですか? ふん、感謝よりまずは行動で示して『ちょっと黙ろうか?』……え?』

 『あの、生徒会ちょ』

 『ダ・マ・れ・☆』

 『……』

 『本牧副会長ー! 朗報です! なんと、この子たちが生徒会の仕事を是非お手伝いしたいそうですよー?』

 『はい……?』

 『……そっか。それは助かるね。是非、お願いするよ』

 『え、いや……』

 『という訳で、沙和子ちゃーん! お仕事ジャンジャンもってきちゃってー!!』

 『はーい! よろこんでー!!』

 『ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕たちは仕事なんて……』

 『わたしの大切な先輩と義妹──ゲッフンゲッフン。妹さんを悪し様に言うんなら、最低でもまず先輩と同程度には生徒会に貢献してもらわないとお話にならないかなーって』

 『なっ!? こ、こんな横暴が許されるとでも!?』

 『んー……、君たちこそ理解してるの?』

 『は? なにが……』

 

 『自分たちが、ダレを敵に回したかってことを──』

 

「──ていうことがあったとかなかったとか」

「じゃあ、なんで舞香ちゃんが知ってるのさ」

 

 うーん、初めてお兄ちゃんから紹介されたときから薄々感じてはいたけど、これやっぱりお兄ちゃんフラグ立ってるよね? お兄ちゃんも隅に置けないですなぁ、ぐふふふ。

 ……お兄ちゃん、本当にぼっちなのかな、これ?

 

最近流行っている噂は「奉仕部」 比企谷さんの紹介状を持って行くとどんな悩みでも解決してくれるから

 

 あー、それで最近、小町に奉仕部の噂について聞いてくる子が増えたんだ。

 紹介状? もちろん、書いてあげなかったけど……。だって小町が書いてあげる義理がないし。あ、でも待てよ? 小町、最初のうちは書いてたかも。『お兄ちゃん! この子、小町のお友だちだからよろしくねー!!』ぐらいは書いてたと思う。

 まあでも、今は平塚先生に相談したら? とだけ言ってるから問題ないよね!

 

「これはお兄さんが所属してる部活のことだよね?」

「そうだよー。なんだっけ? お腹が空いた人に魚をあげるんじゃなくて、魚釣りの仕方を教えてあげるとかなんとか」

「……釣り部?」

「え? いや違うけど」

 

 実際にお兄ちゃんが釣りをしてるところなんて見たことないし。

 まあ、ボランティア部みたいなものだよね。

 

「紹介状があると何で悩みが解決するんだろ?」

「多分だけど、小町のお願いだからってお兄ちゃんが張り切っちゃったんじゃないかな?」

「……さすおに!!!」

「はいはいそうだねー」

 

 あれかな? この子、実は『さすおに』って言いたいだけじゃないのかな?

 

比企谷さんから半径200mは上級生にあう確率が150%。三年生に遭遇した後に二年生に遭遇する確率が50%の意味

 

「私は小町ちゃんとよく一緒にいるけど、この通りだよね」

「え、そう?」

「うん。小町ちゃんと学校内を歩いてると、誰かしら三年生が声を掛けてくれるし、その後であの生徒会長さんと会うことも多いよ?」

 

 言われてみれば、三年生だとお兄ちゃんは言わずもがなとして、雪乃さんに結衣さん、沙希さん、戸塚さん、葉山先輩に三浦先輩、海老名先輩、あとは……いつもべーべー言ってる人とか中二さん? 他にも生徒会関係の人もそうだし、二年生だといろはさんとか、書記の人とかがそうかも。

 ……うん。ほぼ毎日声を掛けられてる。あれ、これ小町だいぶ気にかけられてる? やっぱり、お兄ちゃんの妹だから? どうなんだろ……。でも、お兄ちゃんに聞いても教えてくれないだろうしなー。

 

総武高校におけるイジメによる被害者は1日平均35人、うち約30人が比企谷さんへ悪意を向けた生徒の被害

 

「……」

「……」

「イジメられてたのって、小町のはずだよね?」

「世間一般からみたら、そのはずだけど……」

「……」

「……」

 

 え? ちょっと待って! 小町って毎日三十人に狙われてるの? どうなってんの、これ!? なに、小町って暗殺教室にでも狙われてる? 殺セ●セー? 殺コマチー?? 小町、生身でマッハ移動とか触手とか出せないよ!?

 

「大丈夫だよ、小町ちゃん! 全部、お兄さんとその仲間たちが撃退してくれてるから!!」

「大丈夫じゃないから、ぜんぜん大丈夫じゃないよ! 日に三十人って一年も経たないうちに一学年の生徒いなくなるよ!?」

「……えへへ。そしたら、小町ちゃんと二人っきりだね!!」

「やだこの子、ぜんぜん話理解してない」

 

 

 うがー! やっぱり、こんな小町の総武高校ライフはまちがっていると思います!!

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

 小町が入学した後、お兄ちゃんが自分のせいで小町に迷惑がかかるかもしれないから、そのときは助けてほしいって色んな人に頭を下げてたって知ったのは、小町が総武高校を卒業して暫く経ってからだった。

 



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