「ニューハンプシャー・スマッシュ!」
ヒーロー名オールマイト、本名八木俊典。筋骨隆々の大男は、現在、ピンチに陥っていた。何故か。簡単である。敵が《倒せない》からだ。
人混みへ逃げようとするそのヴィランを追うため、オールマイトは全力で飛ぶ。距離数百メートル。距離を詰めて、デトロイトスマッシュを叩き込む。それしかない。そう考えたオールマイトは、己の規格外の拳圧でヴィランへ飛んだ。
「そこまでだ!ヴィラン!」
デトロイト…スマッシュ!
叫んだオールマイトの拳は、空を裂く。普通のヴィランなら一撃で意識を失うはずの、その一撃。それを、そのヴィランは余裕綽々といった顔で耐え抜いた。背筋に冷や汗が流れる。どうする。どうすれば良い。どうすれば被害を出さず、ヴィランを倒すことが…
互いの間合いから三歩退き、警戒を続けながら思案に耽るオールマイトの視界に、一人の年配の男性の姿が見えた。
「危ない!」
逃げるんだ、ご老人。そう言うつもりだった。
「『全集中、水の呼吸・壱の型。』水面斬り。」
全身が粟立つ。滑り抜けるようにヴィランの首に一閃。朱が走り、滑らかに首が落ちる。
「な…」
オールマイトは絶句した。ヴィランが呆気なく倒れたことにもだが、その老人に、オールマイトは心底恐怖した。あまりにも、鋭い太刀筋。自らの師匠以上の瞬発力、素早さ。
「そこの、金髪の。」
老人がこちらへ向いて、言葉を発する。天狗の面、だろうか。それをつけた老人は二、三刀を振って血を払うと、流麗な動作で鞘に納めた。
「なぜ、逃げなかった。お主の力では敵わぬことは、薄々気づいていただろう。」
「…しかし、あれを放置していれば、甚大な被害が出ていた。今回は貴方がたまたま居合わせたから良かったものの、あれが街に出ていたら、一体どれだけの人間が死んだか。それは、貴方にも想像は難くないはずです。」
誰かがやらなければいけなかった。だから私がやったのです。そう宣うオールマイトを、天狗の面の奥の穏やかな瞳が見据える。
「奴等は、人を喰う。」
「は?」
唐突な話題転換についていけず、オールマイトはすっとんきょうな声を出した。
「冗談ではないぞ。貴様は何か勘違いをしているようだが、あれは人ではないのだ。よもや、時を越えて見えるとは、思いもせなんだが。」
「ちょっと、待ってください。人ではないとは、一体どういう…」
「鬼の逸話を、聞いたことはないか。人を喰らい、夜を支配する、鬼の逸話を。」
「ない、ですが」
「ならば、しかと聞いておけ。奴等は、人の犯罪者など可愛くなるほどに手強い。並外れた四肢に、知覚。まともな人間ならば、瞬く間に殺される。鬼を倒すには、日の下に晒すか、それとも…」
この刀で、頚を落とすしかない。
そう言った老人の言葉に、オールマイトは絶句した。絶対に倒れず、人を殺すことに尽力するヴィラン。こんなことを聞いてしまったら、もう。
「ご老人。」
オールマイトは膝を折り、頭を垂れた。
「ご老人。私に、鬼に抗う手段を教えていただけないだろうか。」
懇願する。彼は、人を守るためならば、どんな手段も厭わない。だって、彼は。
平和の象徴、なのだから。