ただ、そう思うんだ。
読まずとも楽しめますが、読んでいればなお楽しめます。
夕方の教室は無人だ。
全日制と定時制の生徒が入れ替わる、ごく短いこの間は教室に誰かが入ることはない。
教室の一番後ろの席。
代わり映えのしない木製の机の隅には、他では決して見られない
──わたし、サアヤちゃんに会いたい
──☆→
君は、目の前の文字を追いかける。
これまでの日々のこと。読者だった彼女達が物語の中に飛び込んでいく様を、きっと君は誰よりも詳しく知っている。
あの星のマークは、当人でなければ知らないはずのものだが、君はその数少ない例外だ。それは、君が読んできた物語そのものでもあるのだから。
君の知っていることは多くない。君は所詮ただの読者に過ぎず、物語には一切関わることのなかった存在。
しかし、君は確かにその歩みを見てきた。
真昼の星のように人知れず輝いていた五人が、Bang_Dreamの名の下に集ったことを君は知っている。
これは、ここだけの話。
本編では決して語られることのない、五人の物語を読み続けた読者であった君の物語。
そして、付け加えるのであれば──
物語は、五人が花咲川高校に入る春から始まる。
クラスの浮足立った空気はあっという間に落ち着き、生徒達はそれぞれの居場所を確立した。
よく話す友人、部活、自分の席、好きな授業、昼食の場所。人間関係や日常生活がルーチンとなり、それぞれが高校という世界の中で自分だけの生活を送り始める。
そんな高校生達の中で、君の視点は“戸山香澄”に当たっていた。
君は彼女のことを知っている。彼女が音楽好きなこと、歌うのが好きなこと、だけど今は歌えないこと。
彼女の“言葉”を知っている人物は数少ない。
例えば、君。そして例えば、彼女の唯一の友人である沙綾。
君は香澄と沙綾の“会話”を覗いている。机の上の落書きを使った二人の会話は、香澄の何気ない落書きに対して沙綾が反応したのがきっかけだった。全日制と定時制、同じ机を共有する二人の間で紡がれている会話は、君が彼女達のことを知る貴重な手段だ。
香澄はクラスでは誰とも会話することのない人だから、教室の隅でそんなやり取りが行われていることなど誰も知らない。
無口で、俯きがちで、目立たない。
クラスの誰もが彼女に目を向けていなかったというのに、その日は違った。
──戸山香澄が遅刻してきた。
手足には擦り傷があって、髪は乱れている。明らかに何かあったと言わんばかりの姿で教室に現れた彼女に対して、クラスの誰もが驚いていた。
そして、その驚きは何もクラスメイト達だけのものではないことを君は知っている。
彼女はこの日、運命の出会いを果たした。
道端に貼られていた星マークのシールをたどり、その先に見つけた“
質屋に置かれたそれは、彼女の未来を決めた。
歌を忘れた鳥が再び囀ることを思い出したように、戸山香澄という少女は音楽を取り戻す。
彼女がその運命を手にするのは、ここからさらに数時間後の話である。
翌日、香澄は必死に何かを書いていた。
それが“会話”であることを知っているのは教室でたった一人だけ。
香澄は沙綾に、昨日の出来事を話していた。
蔵で出会ったランダムスター。その時の言葉にできない興奮。そして何より、彼女にできたやりたい事。
今までずっと一人で前に出ることもないようにと引きこもっていた彼女にとって、それは初めての衝撃だった。
歌うことから逃げていた彼女を、再び歌へと誘ってくれる輝き。今の彼女はギターを弾けるようになりたいという気持ちで胸がいっぱいだった。
沙綾はきっと、それを認めてくれるだろう。背中を押してくれるはずだ。
そして、香澄はその言葉に背中を押されて歌いだす。
実際、香澄はそれからギターの練習を始めた。蔵でミッションを受けて、家や学校でこっそり練習をしながら眠い目をこする。
入学してすぐの頃の、ランダムスターと出会うまでの彼女とは表情が全然違う。でも、クラスメイト達はその表情の変化に気が付くことはない。
だって、彼女達は香澄の物語を知りもしないのだから。
学校でこっそりとパワーコードの練習をして、授業が終わればあっという間に教室からいなくなる。
仲のいい人が誰もいない学校生活も、ギターが待っていると思えば香澄には何の苦でもなくなっていた。
やがて、土日を挟んで週明け。
次のミッションである“スリーコードの曲を、弾きながら歌えるようにする”のために、今日も眠い目をこすって学校にやって来た香澄。
昔のトラウマがあるために歌うことに対して未だ不安を残す彼女は、蔵で有咲の言葉を思い出す。
「あんたは大丈夫。その星と一緒なら、なんだってできる」
そう、戸山香澄は星のカリスマで、有咲のゲームの主人公だ。
ゲームの主人公は、星を取って無敵になれる。香澄だって、決して例外ではない。
不安と戦う彼女に対して、君が声をかけることはできない。君の声は決して彼女に届くことはないし、何よりも彼女は君のことを知らない。
この教室の中で、戸山香澄に声をかける人はいない。
──今、この時までは。
香澄の後ろに忍び寄る影。
ペタペタとリノリウムに張り付くような足音を鳴らしながら、その影は香澄に声をかけた。
「師匠、それはなんのシュギョウか?」
香澄は彼女のことをほとんど知らない。でも、君は彼女のことをよく知っている。
牛込りみ。
関西からやって来た裸足のニンジャガール。金欠で運動部の生徒等に炊き立てご飯を売って生計を立てている。授業は寝てばかりで、休み時間になると姿を消す。
香澄と、隣の不登校児と、そのさらに隣のりみ。
クラスで誰も話しかけることができない、クラスで浮いた三人組である。
香澄の前にクマのぬいぐるみを突き付けて姿を隠した彼女は、そこからチラリと香澄の顔を伺った。
「──タンバ流ニンジュツ、カワリックマ」
クラスでも変わりものな二人に声をかけることができる人はいない。
もちろん、君だって声をかけることなんてできやしない。
「なにしてた? ねえ、なにしてたの? 師匠は授業中、ずっとなにしてた?」
「……な、にも」
「ナ・ニモ! そうか、〝ナ・ニモ〟によってケハイをたつのか」
二人の会話を君は見ている。
これが二人のファーストコンタクト。
「師匠は凄い人だ。誰も気付いてはいないが、うちにはわかる」
香澄の学校生活はずっと一人ぼっちなものだった。
だけど、これからは違う。
彼女の高校生活は、ここから始まる。
「師匠は入学してからずっと、空気のようにケハイを消し続け、クラスメイトや先生は、師匠のソンザイにすら、まったく気付いていない。いったいどんなシュギョウをすれば、そのようにケハイを消せるのか」
りみは一人で淡々としゃべり続ける。
君には二人に入り込む方法がない。
「完全に存在感を消す、その秘密が〝ナ・ニモ〟にあるのか……。師匠、それをうちに教えてほしい」
「……え?」
「と、そんなのはムシがよすぎる話なのだろうな。まあ、席が近いのだから、見て盗め、ということになるか」
一人納得したりみは、納得したようにこの話題を終わらせた。
「それはそうと、師匠」
りみが取り出したのは炊飯器。
「白米、買わへん? タンバのおいしいお米、炊き立てやで」
「……え、え?」
「一盛り二十円。師匠のもってるおかずとの交換でも可」
「……え、あ、」
香澄はまともに言葉を出せなかった。
だって、クラスで初めてまともに話しかけられたのだから。
「……あの、でも……わたし……、ハクマイは、あの……ごめんなさい」
「おーい、牛込いるか?」
香澄が返事をすると、急に教師の声が聞こえてくる。
「おお、いたか牛込。お前、……ん? なんだそれは?」
りみは舌打ちする。
教師に見つからないようにやってきたのに、とうとうバレてしまった。
「お前、それは……え、炊飯器? え?」
教師の戸惑ったような様子にかこつけて、りみは素早く荷物をまとめた。
「……牛込、……お前」
「ご免!」
「待て! おい、牛込!」
素早く教室から消える二人。
それをポカンと見送る香澄に対して、何か言葉をかけることができる人物は、生憎とこの教室にはいなかった。
翌日。
ミッションの発表当日になり、歌えるか不安で仕方ない香澄は緊張でいっぱいいっぱいだった。
──POPPING! ちょっと不安、なんて言わないで。自信をもって! POPPING!
学校に行くと、沙綾の応援の言葉が香澄を勇気づけた。
有咲や沙綾の言葉は、香澄の臆病な気持ちを前向きにしてくれる。雪が解けるように、少しずつ。
さらに、今日の香澄にはもう一人声をかけてくれる人がいた。
「師匠、人間をホカクするにはどうしたらいい?」
「ホカ、ク、って」
「人間を捕まえて、連行する。それにはどんな方法がある?」
「……あの、それって……どう、いう」
「やはりまずは落とし穴、次に投げ縄か。もしくは眠らせて、という方法もあるか」
りみは一人で呟くように言葉を重ねる。
「あるいは、マキエによるイケドリか」
今日は放課後に大事なミッションが待っている。
香澄は、この言葉の意味を考えないようにしたし、きっと君もこの言葉の意味を深く考えない方がいい。
これには、伏線程度の意味しかないのだから。
──おかげさまで、歌えたよ! いつも励ましてくれてありがとう!
結果だけ言うと、香澄は無事に歌うことができた。
何年も人前で歌うことができなかった彼女は、ようやく本当の意味で歌声を取り戻した。
沙綾への報告を書いた香澄は、ペンを置いた。
昨日、他にも事件は起きていたが、香澄にはそれをどう沙綾に説明すればいいのかが分からなかった。
有咲に歌を聞いてもらった後、蔵に飛び込んできた裸足のニンジャベーシスト。なぜ、りみがあの場所にやって来たのかは、香澄にも分からなかった。
だけど、その答えは思ったよりすぐにやってきた。
翌日。
「……あ、あの、」
今日は珍しく、香澄がりみに声をかけた。
「師匠ー、どうしてあの蔵のヌシは、学校に来ないのか」
「あ、あの、ね……そのうち来るって、有咲ちゃんは、言ってて」
「そのうちじゃダメ。うちの全財産はもう、残り二十円。死ぬ」
香澄の隣の席。
その誰も座らない席に座るべきだったのは、香澄にギターとミッションを与える少女“市ヶ谷有咲”だった。
りみがあの蔵にやって来たのは、炊飯器を持ち込む交換条件として不登校児を登校させるためであった。
「塩ご飯をおかずに、ご飯を食べるのにも限界がある。だから師匠、早く……早く」
りみの所持金は、昨日から十円減っている。このペースなら、明日か明後日には残金が尽きるだろう。
「おや? どっちが塩ご飯だったか」
「あの、これ……もしよかったら、おかず……半分どうぞ」
「天使か! 師匠は、地上におりた天使か!」
学校で一人、暗い顔をしていた香澄は、少しずついろんな表情を見せるようになった。ランダムスターとの出会いは、確かに香澄の日常を変えている。
「師匠も、この塩ご飯、半分食べてな!」
「……うん、ありがとう」
「師匠、だが早く、早くヒキコモリを学校に連れてきてくれないと、うちは困るの!」
「ご、ごめんね。きょう、また頼んでみる、から」
香澄には、もう一つのミッションがあった。
「それでね……、りみちゃん」
それは、香澄の目の前にいるベーシストを、香澄達のバンドに勧誘すること。
「……もしよかったら……わたしたちと……バンドをやってください……って有咲ちゃんが、言ってて……もしよかったら」
「やらない」
りみは一言で切って捨てた。
「なぜなら、師匠たちはドシロートすぎるから」
「……そう、なんだ」
──そのAさんとBさんは、あなたにとって大切な人なの? もしそうなんだったら、ただのメッセンジャーじゃなくて、自分がどう思うのかを、ちゃんとぶつけてみたらどう? ちゃんと想いを伝えなきゃ。それがスタートラインだよ。
有咲を学校に連れてくることはできず、りみをバンドに勧誘できない。
弱気な香澄を勇気づけたのは、いつもの沙綾の優しい言葉だった。
君は、二人の間で右往左往している香澄を見てきた。でも、君にはそんな彼女を勇気づける言葉をかけることはできない。
でも、沙綾が香澄の背中を優しく押してくれる。
香澄が俯くとき、そこにはいつだって前に進むためのきっかけがある。
星のシール、机の落書き。
何気ない、普通に生活していれば見逃してしまいそうな小さな印。それが、香澄を少しずつ前に進めてくれている。
教室にいるだけでは、五人の物語を見届けるのは難しい。だから、君という存在は貴重だ。
君は五人の物語を見届けることができる。
クラスメイトが知らない物語を知っている。声をかけることはできずとも、君は確かに五人の姿を見届けることができる立ち場にいるのだから。
その日、クラスは震撼した。
──不登校児が学校に来てる! おまけに、スタ子とニンジャと一緒!
りみと香澄は最近話しているところを見るからまだいい。だが、問題は有咲だった。
クラスメイト達は有咲のことを不登校児だとしか思っていない。なぜか、不登校児が学校に来てスタ子とニンジャの三人で仲良くしている。
でも、もちろん君はそんな有咲のこともちゃんと知っている。
蔵のヌシで、ゲームと称して香澄にギターとミッションを与えた少女。そして、蔵の外ではちょっと緊張しがちな女の子だ。
三人はクラスメイト達から異様な視線を向けられている。
以前の香澄であれば慄いていただろうけど、今はそんなこと気にならなかった。
──ねえ、クラスの友だちが二人もできたよ! 右隣の子も学校に来るようになって。一緒にバンドをすることになったの! あのね、一人は変なニンジャで──
香澄は、この気持ちを真っ先に沙綾へと伝えたかった。
ずっと香澄の背中を押してくれた彼女。君と一緒に物語を見届けている存在。
今の香澄は、以前のような逃げ腰で俯きがちな少女のままではない。
自分のことばかり助けてもらってばかりだけど、できることなら。
──わたしカスミっていいます。よかったらあなたの名前も教えて!
この落書き越しに繋がっている〝彼女〟と、もっと仲良くなりたかった。
香澄の学校生活は、気付けば三人になっていた。一人で静かに目立たないように生活していたというのに、そんな姿はもう見る影もない。
「いつかオリジナル曲も創りたいね!」
「うむ、シュリケン・サンダー、という曲はどうだ」
「そんなの作らないわよ!」
「メンバーが増えたら、いつかはライブもしたいね。学園祭とか、ライブハウスとかで!」
「ふむ、増えるアテはあるのか?」
「ないけど……」
「四人か? それとも五人か?」
「あたしは五人がいいと思ってる。残りはリードギターと、ドラム」
「五人編成かー、いいね!」
「それよりまず、あたしたちが上手くなることが、大事だけど」
昼食だって、三人で食べるようになった。
今後の練習やバンドのことを話す、楽しい時間。香澄の日常はどんどん変わっていく。
そして、それはきっとさらに変わっていく。
後日、香澄達は隣のクラスに向かうようになった。
隣のクラスでギターを背負って学校に来る少女“花園たえ”を、次のメンバーにしようと思っているらしい。
屋上で。公園で。
今の君にできるのは、沙綾と二人で、そんな物語を見送ることだけ。
昨今のシャッター街などと言われるものとは違い、花咲川の近くにある商店街はお祭りを企画できる程度には人でにぎわう場所だった。
そして、今日がそのお祭り当日。出店が並び、人々がやいやいと商店街を行きかっている。
あれから、たえをメンバーに加えたクラパは、この会場にやって来た。
初めてのライブ会場が、このお祭り会場になったのだ。
会場にはほとんど人がおらず、四人の音楽を聞こうという人はほとんどいない。
だが、その向こうの往来にいる人を引き付けてしまえば、何の問題もない。
「ねえ、みんな! 一緒に〝
香澄が、眠たげな眼をした観客達に向かって、強烈な音を響かせた。
「クラパのパーティ! 始まるよー!」
それは、彼女達の初ライブの始まりを告げる言葉だった。
骨の髄にまで痺れるような熱烈なサウンドが鳴り、演奏が始まった。
会場の向こうにある往来からは、流れてきた音楽が“幽霊メダル”のイントロであることに気付いた子供達が、雄たけびをあげながら飛び込んできた。
そして、それを呼び水にして、家族連れをはじめとした多くの人達が、何が起きたと会場へ入ってくる。
「みんなー! 最高のメダルがほしいんでしょー!」
香澄は勢いに任せて叫び、子供達が満面の笑みで叫んだ。
会場の空き地は徐々に熱を帯び、演奏する四人と観客の興奮が相互作用で高まっていく。
一曲目が終わり、二曲目の“オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ”の演奏が始まる頃には、会場はとっくにクラパのリズムに乗せられていた。
四人は互いに見つめ合って、頷き合って、音を鳴らした。
ただただ楽しくて、最高で、この時間がずっと続けばいいと思った。この気持ちは留まることなく、会場を飛び越えて商店街を、この街ですら覆いつくしてしまえるんじゃないかとすら思えた。
だから、きっと。
そんな四人を静かに見つめる視線など、気付きようもなかった。今の君は、五人を見届ける有象無象の一人にすぎないのだから。
ライブから数日。
四人は、次の目的に向かって動き出していた。“ドラマーを探すこと”と“オリジナル曲を作ること”だ。ドラマーに関しては募集をかけて待つしかないので、現在はオリジナル曲の方に注力している。
香澄は教室に来ると、いつものように机の上を除く。
君であれば分かるだろうが、沙綾とのやり取りを確認するためだ。
香澄はじっと机の上を見つめ、少しだけ目を大きく見開いた。
そこには、特殊なことが書かれていたわけではなかった。でも、きっと新しい何かの始まりを予感させるようなことは書かれていた。
──そうなんだ! どんな楽器やってたの?
──ドラム。今はもう叩いてないけど。
机を見つめたまま固まる香澄に対し、りみが首を傾げた。
「どうかしたのか? 師匠」
「りみりん……。たえちゃんを呼んできて」
「ギョイ」
「どうしたのよ、かすみん」
「みんなそろってから、話す」
それは、君と一緒にいた沙綾が、向こう側に行くきっかけだった。
──サアヤちゃん、わたしたちと一緒にバンドしませんか?
──ごめんね。無理なんだ。
その日の終わりに書いた誘いに対しての返事は、申し訳なさを滲ませた文面だった。
君はその文字を追いかける。
りみのときだって最初はうまくいかなかった。今回も最初からうまくいくわけではないというだけだと、君は知っている。
でも、香澄はそんなことを知らない。
「ほら、やっぱりいた。だめじゃない、かすみん、連絡しないと」
香澄はいつもより早く学校に来ていた。
沙綾がいい返事をくれると信じて、それを早くみんなに報告できるように急いで学校に来た。
でも、結果はこの通りだった。
どこか呆然とした様子の香澄に、三人は慰めるように少しだけそっとしておいた。
香澄は沙綾のことを何も知らない。
会話から得られる人となり以外では、“ランダムスターを知っている”“定時制に通っている”“お祭りの時は獅子舞に入ってライブを見ていた”“昔ドラムをやっていた”くらいしかしらない。
沙綾は香澄のことをたくさん知っているのに、その逆は違った。だから、香澄には沙綾がバンドに入れない理由を知らないし、分からない。推測すらできない。
香澄は頭に浮かぶいろんな言葉を形にできないまま机にペンを走らせる。
──わたし、サアヤちゃんに会いたい
今の香澄にとって確かに事実だと言えるのは、このくらいだった。
これまでの歩みの中で得てきた前向きな気持ちは身を潜め、入学してすぐの頃の、臆病で俯きがちな香澄が姿を現していた。
翌日。
意気消沈した香澄が、たえとりみに連れられて教室に入ってきた。
そして、机の上に書かれたメッセージに対する返信がないことに気が付いて、またさらに落ち込む。
「……これはあれよ。きっと学校を休んだのよ」
「そうか! そうっすね。学校休んだら、なにも書けないっす」
「うむ。そうだな、もしかしたら、今日も休むかもしれんな」
「うん、うん。これは、きっと学校を休んだってことよね」
「そうっすね、それだとやっぱり、返事は書けないっすよね」
「うむ、もしかしたら、今日も休むかもしれんな」
「そっかー、学校を休んじゃったのかー」
「そうっすね、学校休むとやっぱり、返事は書けないっすから」
同じことを延々と繰り返す三人の言葉を聞き流しながら、香澄の視線は机の隅に固定された。
「……違う」
小さくても、確信めいた声。
「ねえ、違うよ! これ見て!」
──☆→
それは、何でもない星と矢印の記号。
でも、彼女達にとってそれは特別な意味を持つもので、
「こっちだ!」
勢いよく立ち上がった香澄は教室のドアを見つめる。
クラスメイト達の困惑なんて他所に、香澄はそのまま教室の外に飛び出した。
「サアヤちゃんが書いてくれたんだ……」
香澄は興奮した様子で三人に声をかけた。
「……みんな、行こう! 星が呼んでる!」
そして香澄が走り出し、それにつられて三人も走り出した。
今から授業が始まると言うのに、四人はあっという間に教室からいなくなってしまった。
この日から、もう机の上のやり取りは進まなくなった。
香澄は沙綾を見つけ、五人目の仲間が加わったのだ。
二人はもう、机の上でなくても会話を続けることができる。あの蔵で二人ではなく五人で
こうして、残ったのは君ひとり。
香澄の、そしてその仲間達の歩みを見守っていた沙綾は今や香澄と一緒にクラパ……いや、今は“Poppin'Party”というそのバンドのメンバーになったのだから。
ポピパの始まりの
いや、始まると言ってもいいかもしれない。
これから彼女達は、学園祭で、ライブハウスで、多くの人と
……。
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
………………………………。
……………………………………。
…………………………………………。
──聞こえる?
聞こえはしない。だって、君には彼女の声は届かない。
香澄と君の居場所は地続きではないし、その場所を繋ぐ手段は文字だけなのだから。
でも、伝わりはするだろう。
だって、君はまた画面に映った
──驚いた? そうだよね。逆だったら、わたしも、驚くと思う。
本来こんなことはない。
君の声は香澄に届かないし、香澄は君という存在を認識しない。
でも、これは
──わたしは、ずっと俯いたままだった。
香澄の、あるいはポピパの歩みは、“夢を追いかける物語”だ。
歌えなくなった少女が、歌を思い出すように。
蔵に引きこもった少女が、外の世界に歩みだすように。
ライブハウスに通っていた少女が、今度は自分がと新天地に向かうに。
神を慕った少女が、導きのままに夢に出会うように。
仲間を捨てた少女が、新しい仲間を見つけるように。
五人は、自分達の夢を見つけて、それを撃ち抜くために舞台へと上がる。
──君には、夢がある? 仲間はいる?
ないと思うのなら、少しだけ思い返してほしい。
家族、友達、大切な人。君は君が思っているより孤独から遠いかもしれない。
そして、夢もまた、君の胸の中にうずいているのではないだろうか。
──でも……
もし、本当に仲間がいないというのなら、夢がないと言うのなら。
その時は、少しだけ周囲に目を凝らしてほしい。
──わたしが、星を見つけたように……
きっかけは思わぬところに転がっている。君が何気なく歩んでいるその道端に、そんな仲間と夢が落ちている。
そんなことが、あるかもしれないから。
──わたしたちは、夢を見つけた。
次は、君の番だ。
これは、ここだけの話。
本編では決して語られることのない、五人の物語を読み続けた読者であった君の物語。
そして、付け加えるのであれば──
──これから、君が夢を撃ち抜く物語だ。
本作は、ハーメルンバンドリ作家合同企画(https://syosetu.org/novel/204481/)に同時投稿しています。同時であるのは運営へ確認と了解を受けています。
他の作品もよろしければぜひ。
本作にはいくつか縛りや仕掛けを用意しました。
例えば「場面分けに用いた五つ星」。想像はついていると思いますが、ポピパのみんなです。どのタイミングで変わっているか、そもそも並び順がどうなっているのかは小説版を見ながら確認していただけますと。最初のページにあると思います。
他にもセリフや表現に関していくつかありますが、そちらは皆さんが読んで見つけていただけると嬉しいです。
そして、小説版未読でこれを面白いと思っていただけましたら、小説版を買うことをオススメします。中村航さんの作品はいいぞ。