何時も黒い私は空気のようで。
風が通り抜けていく。
辺りは暗い。曇天だった。
有力な人間が死んだとかで、人里は息を潜めるようにしていた。
皆一様に神妙にしている。こんな小さな場所だから、誰が死んだかなんて、すぐに伝わってしまう。
黒の人々が自分の脇を通りすぎるたび、まるで自分が巻雲のように存在が希薄になったようだった。
私は何時も、黒の服を着ていた。
それで何時も浮いて仕方ない格好が、今日だけは示し合わせたかのように周りに馴染んでいるのが気持ち悪い。
黒帽子を目深にかぶり、少し下を向いて歩いた。
死者を弔おうなんて気持ちは全くない。知り合いでもない。なのに黒の服を着て、奴らと同じ道を歩いているのがなんとなく居心地がよくなかった。
もう帰ろうか、と思った。
「──魔理沙?」
いきなり、黒の一人が私の名前を呼んだ。
さっき通り過ぎたやつが私の背中を見ている気配がする。私は足を止め、ゆっくりと足先を回転させた。
背景だと思っていた人間の顔が、霧が晴れたように見知った顔に変わった。
「……なんだ、霊夢か」
何時もは紅白の服を着たお目出度い霊夢だった。今日は黒の着物を着ている。別人のようだ。
白い顔が浮いて不自然なほど白い。
真顔のままの霊夢はよりいっそう存在が薄く、人里の人間たちと全く変わらなかった。私は霊夢の顔をあまり見ずに目を反らし、足で砂を擦る。
「お前も葬式か」
「うん、そうなのよ。顔見知りだったから」
「だった、か」
「……え」
「ああいや、なんでもない」
意識しているのはどうやら人里の人間だけではないらしい。死というのが、子供の頃昼寝から目覚めたときのように、まざまざと私を揺さぶっている。
微かな呟きに、右手を口元に当てた。
「あのね、聞くところによると仏様の骨量が少ないらしいのよ」
「骨量?」
もう終わるかと思っていた話題が、続いた。
反射で聞き返してしまって、霊夢の顔を見ると真顔のままなのに気づいた。ゆっくりと目を反らす。
「そう。骨量がとても少ないから、火葬した時、全然残らないのよ」
「骨が?」
「そう、骨が」
「そんなに少ないのか」
「壺に入りきっちゃうんじゃないかって」
「それって、ありえるのか」
「さあ……でも、入るなら全部入れられちゃった方がいいわよね」
「余った分は納骨塚とかに入れられるのか」
「流石に全部は入らないんじゃない?」
「なら、廃棄か」
「……どうかしら」
どうも会話が気だるい。
私はもうこんな会話放り出して、帰りたかった。適当に相槌を打つ。
「まあ、なら良かったじゃないか。どうなるか分からん所に行く羽目にならないってことだろ。その仏さん」
「確かにねえ、でも」
霊夢がそこで言葉を切る。私は左足で砂を切るようにした。
その時、違和感があった。白く棒のような自分の足を見つめ、感覚を鋭くした。確かに感じた尋常ではない、あの、寒々しさ。手のひらを抜けていく。掴めない。
黙って、何も聞こえないことに気づいた。そう、何も。足で擦る砂の音も、霊夢の言葉の続きも。
私は顔を上げ、霊夢の顔を見ようとした。
だが、見れなかった。
霊夢は居なかった。
「霊夢?」
私は呆然と遠くを見た。
「──でも、もう誰にも会えないなんて、寂しすぎるわ」
いつのことだったか、霊夢は言った。
骨量が少ないから、私が死んで火葬しても、骨が全然残らないのよ、と。
少しずつ体の冷えが消えてきた。浮き上がるような感覚に、体が溺れそうだった。
がっ、と体が揺れ、私は精一杯息を吸い込む。
素早く目を開けた。
窓の外の曇天がまず目に入り、血をポンプする心臓が、落ち着かずに跳ねる。理解した。
夢だ。
あれは夢。
だが、気分は落ち着かず、最悪で、ベッドの上を這いずり、物の散乱した床に丸まった。昼寝の夢見心地が悪いなんて、餓鬼みたいだ。
この夢を見るまで、この世に一人で、いつか死んでしまうなんて、私は知らなかった。いや、確かに知っていたはずなのに。
目を閉じる。寂しすぎるなんて、あいつが言わないでいいように。
床板が濃く染まる。
私は昼間時、夢を見た。