鬼殺の隊士はとにかくモテたい   作:KEA

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23話

 

――もう間もなく、今年もあと僅か。

こほ、と僅かに咳き込みながら両手で震える肩を摩った。

雪が降り積もり、歩くたびに雪を踏むこの感覚が何とも言えなかった。

息を吐けば白い吐息が漏れる。

どんなに強くたって寒いものはやはり寒い。

 

悴む掌を見つめて、握り拳を作る。

今のところ、身体に異常は見られない。

お館様の話を思い出して今度は溜息が漏れた。

親の代わりに育ててくれた爺さんと婆さんに事情を話して、そして今度は

鍛え上げてくれた鱗滝にも話をした。

今はその帰り道だった。

 

話を聞いた顔が全員似ていたのを思い出して僅かに微笑む。

それでも、今後の事を考えると笑ってはいられない。

早く奴を殺さないといけない。

 

それでも

 

「…………死ぬのは、嫌だよなぁ」

 

夜空を見上げて呟いた言葉は、雪の中へと埋もれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――兄ちゃん、帰ってくるの遅いね」

 

真っ暗となった外を見ながら、茂が呟いた。

外からは雪が降り積もる音しか聞こえず、炭を売りに行った炭治郎が戻ってくる気配はない。

 

「大丈夫かな」

 

不安そうに言った花子の頭を、母親の葵枝が優しく撫でた。

 

「炭治郎の事だから、また人助けをして遅れてるのかもしれないわね。

皆はもう寝て――」

 

さく、さく、と雪を踏みつける音が僅かに響く。

その音に、敏感に反応したのは四男の六太だった。

 

「にいちゃ……?」

 

ぺたぺたと戸に手をかけ、力を入れて開けて外へと歩き出してしまう。

 

「こら、出ちゃ駄目でしょ」

 

禰豆子が慌てて追いかけ、六太を抱き上げる。

そして足音のする方向へと視線を向けた。

 

「お帰りなさい、お兄ちゃ……ん?」

 

その笑顔の先には、見知った兄は存在しなかった。

洋服に身を包んだ男。

 

「えっと……こんな時間にどうかしましたか?」

 

返答はない。

男は値踏みするかのようにジッと禰豆子を見つめていた。

 

暗いこともあり、道がわからなくなってしまったのだろうか。

だからこの家の明かりを頼りに歩いてきたのかもしれない。

そう判断した禰豆子は、その男を家へと招き入れようとする。

 

「外も冷えますから、中に――」

 

トス、と軽い衝撃が走った。

次いで感じたことのない痛み。

視線を下に向ければ、脇腹に何かが突き刺さっている。

根元をたどれば、それは男の服の下から伸びているようだった。

 

「――姉ちゃん!!」

 

異変に気付いた竹雄が金切り声を上げる。

誰もが突然の事態に動くことが出来ずにいた。

ただの不審者かと思えば、身体から得体のしれない触手を生やした化け物。

それでも、家族を守らなければならないという意思が竹雄の中に宿る。

 

部屋に置かれた手斧を取り、震える身体でそれを構える。

感情を感じさせない男の瞳がそれを捉えた。

禰豆子に刺さった触手を引き抜きながら、血に染まった尖端が鎌首を擡げる。

シュッ、と空気を割く音と共にその触手がブレた。

そして血が勢いよく噴き出す。

 

呻き声が響き渡った。

ボタボタと多量の血を流しながら、男は闇の中を睨みつける。

男――無惨の足元には赫い日輪刀が突き刺さっていた。

闇の中より飛来した其れが無惨の触手を切り裂いていた。

 

「運命かもしれない」

 

暗がりから現れたのは、一人の鬼殺隊。

青と赤の市松模様の羽織が特徴的な少年が現れる。

 

「まさか、こんなところでエンカするなんて思わねーよ無惨」

 

上弦に殺せと命じていた男。泡沫夕凪が其処に立っていた。

 

「……何を言っている?」

 

意味の分からない言葉を吐く夕凪に、無惨は眉を顰める。

仮に自身が鬼だと見抜いたのは分かる。

だが、何故奴は自身を鬼舞辻無惨だと見抜いた?

その問いに答えるように、夕凪は口を開いた。

 

「どんな異形の鬼でも、臓器とかは人間と同じだった。

まあ、デカさとかで位置が変わるような奴もいたけどな。

お前みてぇな臓器複数持ちは初めてだよ」

 

「何が見えている?」

 

「質問ばっかしてんじゃねえよ脳足りんが。少しは自分のその足りない頭で考えたらどうだ。

そんなにある脳みそはただの飾りか?」

 

罵倒に怒ることもなく、無惨は夕凪の顔を見つめた。

其処にははっきりと痣が発現している。

 

「ジロジロ見てんじゃねえよ、さっさと頸を寄越せ」

 

そう言い放ちながら引き抜いた日輪刀を見て、初めて無惨が動揺した。

この暗闇の中でもわかる、その漆黒の刀身に視線が奪われる。

だが、漆黒だったのは一瞬。気づけばそれは赫く染まっていった。

水色の日輪刀は、恐らく借り物だと無惨は予想した。

全ては油断させることにあったのだろう、と。

 

「お前は、痣の代償を知っているか?」

 

「突然何の話だよ」

 

「痣は寿命の前借りという事だ。産屋敷から話は聞かされてはいないのか」

 

「ンな話は聞いたかもしれないなあ。で?」

 

正直、無惨から話を振ってくれるのは有難かった。

視線を家の中へと向け、全員に倒れている彼女を部屋の中に入れるように視線で促す。

じり、と足を動かして家の正反対へと徐々に動いた。

 

「ならば分かるだろう。お前は二十五を迎えたら死ぬ。それは変えようのない事実だ」

 

「……知ってる。その話を聞いた時、痣が出てることを後悔しなかったといえば嘘になる」

 

ずるり、と数本の触手を構えて無惨は口角を吊り上げた。

 

「そうだろう。お前の目的とやらは知らないが、寿命の件を知っても尚鬼にはならないと?」

 

鬼にならないと答えれば此処で殺す。

まさかコイツがあの化け物ほど強い訳がない。と思っていたからだ。

 

夕凪は傷を負った少女が家の中へと連れ込まれたのを見て口を開く。

 

「不老不死、強靭な肉体に血鬼術……そういった物が手に入る。痣による寿命制限も克服できる。はそう言いたいんだな?」

 

「そうだ。お前ほどの存在なら空いた上弦の孔も埋められるだろう」

 

「……そう、だな」

 

腰に手を当て、思案する夕凪。

 

「……俺が鬼になったら、その一家は見逃すか?」

 

「ああ。私は見逃すだろう」

 

無惨の言葉に嘘はない。

夕凪を鬼にしたならば、今いる家族には手を出さないだろう。

だが、鬼と化した夕凪が彼らを喰い殺すだろう事は分かっていたが。

 

「そうか」

 

ふっ、と笑みを浮かべた夕凪は腰から手を離した。

そして、腰に当てていた手が――ブレる。

 

普通の日輪刀より僅かに短いソレが、勢いよく放たれた。

灰色の刀身を鈍く光らせながら、無惨の額を貫く。

 

「断る。俺が鬼になることは絶対にない」

 

「――何故だ?」

 

額に突き刺さった日輪刀を引き抜きながら、忌々しそうに夕凪を睨みつける。

 

「一人で、痣に悩んでたら頷いていたのかもしれない」

 

やれやれ、といった様子で頸を振る夕凪に、無惨は容赦なく触手を振るった。

三本の触手が夕凪を傷つけることはなく、それら全てが斬り落とされる。

 

「俺が人を喰ったりなんかしたら、皆が怒っちゃうだろうから」

 

焼け付くような痛みに顔を顰めながら、無惨は触手の再生を急がせる。

ほんの数秒足らずで再生を果たした触手は再度夕凪を貫かんと殺到した。

正直、今無傷なのは無惨が本気ではないからだ。

 

蟻を潰すのに人間が全力を尽くすだろうか?

それと同じ感覚なのだろう。奴にとっては軽く腕を振るっているだけにすぎない。

それでも喰らえば人間など容易く死んでしまうだろう。

 

「――日の呼吸」

 

その言葉に無惨は戦慄させられた。僅かに触手の操作が鈍る。

あの時、頸を斬り落とされかけた時の記憶が蘇った。

 

「クソビビってんじゃねえか、ウケるなオイ」

 

ケラケラと嘲笑しながら、夕凪は日輪刀を構えながら駆ける。

恐らく無惨を殺すには頸を斬るだけではだめだろう、と思考しながら。

無惨の体内に点在する全ての脳と心臓、そして頸を斬る。

もしくは陽光が出るまで耐え忍ぶ。

この二つしかないだろう。

 

鴉は既に飛ばしてある。

柱の誰かしらが来てくれるだろう。

果たしてそれまでたった一人で生きていられるか、という話だが。

 

「――――は?」

 

無惨は僅かに後ずさり、鬼の膂力を用いて駆けだした。

地面を陥没させるほどの勢いで此処を離れていく。

無惨にとって、自分の命というのが何よりも大切だった。

万が一、というものがある。

 

万が一この男があの化け物と同格の存在だったなら。

朝日が昇るまで足止めされる可能性も考えられる。

ならば此処はいったん逃げた方がいいだろう、と無惨は即座に判断した。

 

「いや、おい……待て」

 

地面に突き刺さったままの水色の日輪刀を拾い上げ、急いで奴を追いかけようとした。

其処で一家の声が夕凪の耳に届く。

視線を家の中に向ければ、家族総出で無惨に襲われた少女を手当てしている。

 

「姉ちゃん、しっかりして!」

 

「竹雄、花子。急いで!」

 

家中にあるもので必死に手当てをしているのだろう。

それでも、そういった荒事とは縁のないだろう一般人だ。

現代と違って医療が其処まで浸透しているわけでもない。

一刻も早く何とかしなければ、死んでしまうだろう。

 

だが、彼女一人よりも大勢を救うべきだ。

今なら、きっと今なら逃げたアイツに追いつけるはずだ、と理性が叫ぶ。

それでも、家族を庇った一人の少女を見捨てるなんてこと出来るはずもない。

 

「――ああもう、クソ」

 

土足で家の中に入ったことを内心謝りつつ、倒れる彼女を見る。

携帯している医療道具じゃ心もとないが、しないよりはマシだろう。

彼女の傷口を見れば、出血が激しいだけで直ぐに死ぬような傷ではないことが分かる。

無惨の攻撃が甘かったのか、死ぬような攻撃ではなかったらしい。

包帯を巻いて傷口を塞ぐ程度の応急処置しかできない。

 

「命に別状はないだろうけど、医者には診てもらった方がいい。朝になったら最寄りの町にいくように。増援を呼んでおいたから誰かしらやってくるだろうけど……」

 

そう言って立ち上がる。

急いで無惨を追いに行かなければ。

なんだアイツの逃げっぷりはと心の中で悪態を吐く。

 

「それじゃあ俺は此れで失礼する」

 

「あの、なんとお礼を言っていいか……」

 

母親らしき人物がそういって頭を下げた。

その様子に、夕凪は気にしなくていいと手を軽く振った。

 

「――何処だ無惨あの野郎」

 

家を飛び出し、暗闇の中を走り出していった。

 

「……あぁ」

 

夕凪が飛び出していった直後、葵枝がその場に膝から崩れ落ちた。

 

「母さん!」

 

「だい、じょうぶ。大丈夫よ……今は禰豆子を見てあげて、ね?」

 

「でも……!」

 

子供達の不安そうな顔にそれぞれ撫でつつ、心配をさせまいと葵枝は振舞った。

 

「日が昇ってきたら、禰豆子を町まで連れていきましょう」

 

夜中に山道を歩いたら何が起こるか分からない。

少年も今のところは命に別状がないと言っていた。

今はその言葉を信用するしかないだろう。

 

 

 

 

 

そして明け方、長男である炭治郎が帰ってきた。

 

 

 

――其処から、歯車が廻り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕凪が無惨と出会ってから、早二年が経とうとしていた。

 

――泡沫夕凪の継子になりたい、という隊士は多い。

柱の中で最も気さくで、他の隊士にも普通に接する彼はそれなりに人気があった。

だが、彼が誰かを継子にしたなどという話は一度も上がったことはない。

 

其れはなぜか。

 

答えは単純で、蝶屋敷の試練を突破出来ないからである。

蝶屋敷に住んでいる彼女達に面接やら試合やらを行わなければ継子として認められないからだ。

 

因みに夕凪本人はその試練というものの存在を知らない。

 

きよ、すみ、なほ、アオイからの質問攻めから始まり、しのぶとカナエの試合で終わるその試練は非常に過酷なものだとまことしやかに囁かれている。

突破出来た者は少なく、今のところ柱を除いて錆兎、真菰、甘露寺蜜璃の三名が突破出来ている。

 

なお、蜜璃の合格に関しては蝶屋敷のある二名は、苦虫を嚙み潰したような顔つきだったらしい。

 

錆兎と真菰はそれぞれ他の隊士に誘われて試練を受けただけで、継子にはなっていない。

錆兎は「誰が義勇の補助をする?」と言い、真菰は「恐れ多いかな」と断っていた。

蜜璃は頭を下げて数日ほど継子になった事があるが、夕凪から土下座されて継子を辞めるように頼まれてしまった。

 

曰く、「任務に集中できない」との事。

確かに任務に同行している時、心配そうにちらちらと幾度となく蜜璃を見ていた。

彼からしてみれば蜜璃は実力が足りなかったのだろう。

そう解釈した蜜璃は泣く泣く継子を辞めざるを得なかった。

とはいえ蜜璃自身、これまでの中で心配される側に初めてなった事から少しときめいた。

 

それから蜜璃は煉獄の継子となり、実戦と鍛錬を積み重ね――気づけば恋柱へと至っていた。

 

 

 

 

 

「――ん、三十分」

 

夕凪の言葉に、その場にいたほぼ全ての隊士が倒れこんだ。

全員が荒い息を吐いて酸素を取り込んでいた。

頬に付いた打撲創を摩りながら夕凪は満足そうに頷く。

 

「まさか最後の最後に一撃喰らうとは思わなかったよ、村田」

 

「あり、がとう……ございます……」

 

仰向けになって空を仰ぎながら青い顔をしている村田にそう告げる。

柱に褒められた、などと喜ぶ元気さえ村田にはなかった。

 

「連携も上達してきたし、鍛錬する前と比べれば強くなってると思う」

 

まあ、今は全員が死んだみたいに倒れこんでいるが。

継子にはなれなくても、こうした鍛錬には夕凪本人が率先して手伝っていた。

 

『その日任務がない者に関しては、鍛錬を手伝う』と。

 

少しの鍛錬なら兎も角、俺の鍛錬で疲れ切って任務行くとか許す訳ないだろ、との理由だった。そういう理由もあり、非番の隊士をこうして転がしているわけである。

 

「それじゃあ全員さっさと此処を退いて。こっからは柱同士やるからさ。違うところで倒れててくれ」

 

「吐いちゃいますから! やめ、やめてー!!」

 

「はーいゴロゴロしましょうねー」

 

「ああああああああああ!!!」

 

倒れ伏している村田をゴロゴロと転がして鍛錬場から追い出していく。

疲れ切って抵抗も出来ない村田は悲鳴を挙げて転がされていった。

村田のようになりたくないのか、他の隊士達は身体を無理やり起こして鍛錬場から離れていく。

 

「――よし、やるか。無一郎」

 

「彼らの鍛錬なんて、手伝う必要ないと思うけど」

 

毛先が浅葱色になった黒髪を腰に届くまで伸ばした小柄な少年が答えた。

鬼殺隊に入隊し、僅か二ヶ月で十人目の柱となった天才剣士。

本来柱は、その漢字の画数になぞられて九名が本来の人数だ。

 

それは実力ある者があまり生まれず、柱が全て埋まっている事の方が珍しい事が理由でもあった。今のように柱の席が全て埋まっているという中で柱程の逸材が出てくるなどと稀である。

 

九という数字に拘っているという訳では無かった為、こうして無一郎が柱へと至った。

 

家族が殺され、唯一生き残った無一郎はお館様に心を救われ、こうして此処にいる。

そして二ヶ月という異例の早さで、本来は席が埋まっている筈の十人目の柱。

更に歴代の中でも最年少と来ている。

 

「……主人公かな?」

 

「何か言った?」

 

「いや、なんも言ってない」

 

ぼそりと呟いた一言を聞かれた夕凪は、頸を振って否定した。

ああいう天才を見ると、自身の才能の無さを見せつけられているようで少しショックだった。

夕凪のこれまでの戦歴は全て血反吐を吐くほどの鍛錬によるものだ。

多分、無一郎はこれから経験を積んでいけば柱の中でも上位に入るほど強くなるだろう。

こういった存在が鬼殺隊を引っ張っていくんだろうなあ、と感慨深くなる夕凪だった。

 

「――私も混ぜてもらえます?」

 

「……カナエ、また抜け出したのか?」

 

「しのぶが心配性なだけです! それに今回は抜け出したわけじゃありません」

 

隊服に身を包んだカナエが、グッと握り拳を作った。

何ヶ月も何もしていなかったカナエの身体は随分と衰えてしまっていたようで、こうして今は鍛錬をして感覚を取り戻そうとしていた。

彼女からの願いもあり、カナエは現在柱ではない。甲へと降格している。

今の自分は柱に相応しくはないと花柱を降り、その座を蜜璃へと譲っていた。

 

「それで文句言われるの俺なんだからな。『夕凪さん? どうして一緒に鍛錬してるんですか?』って」

 

「今日は許可貰ってますから、大丈夫です」

 

「ほんとだな? それなら――」

 

軽く打ち合い稽古でもするか、と続けようとした所を遮られる。

 

「――少しいいか」

 

冨岡義勇が、珍しく鍛錬場に訪れていた。

基本的に錆兎と共に行動していることが多い。

錆兎が言葉足らずな彼を補助する役割もある事から彼が単独でいるのは珍しい。

 

「お館様がお呼びだ。一人で来てくれ、と」

 

「…………え、俺?」

 

キョトンと自身を指さす夕凪に、義勇は頷いて答えた。

会議なら全員呼び出すだろうし、一人でという言葉に疑問を覚えつつ夕凪は無一郎とカナエに謝罪した。

 

「そういうことで鍛錬はまた今度だ。悪い」

 

「いえ、お館様がお呼びなら仕方がないですね」

 

「……うん。分かった」

 

二人がそう言ってくれたことに感謝をして、夕凪はお館様の元へと走っていった。

その後ろを義勇がついていく。そんな様子を見送り、カナエは顎に人差し指をあてて頸を傾げる。

 

「何で呼ばれたのかしら……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――終わったか」

 

がら、と襖を開けてお館様の部屋から出てきた夕凪を義勇が迎えた。

 

「……なんだ、待ってたのか」

 

「……何かあったのか?」

 

「いや、別に問題起こしたから呼ばれたとかそういうんじゃない」

 

手をひらひらと振って何でもない、と言う夕凪に眉を顰めるが、義勇はそれ以上追及はしなかった。

誰にだって聞かれたくないことの一つや二つはあるだろうし、聞き出せる程の話術を持っているとは思っていなかったからだ。

 

「何か用があって待ってたんじゃないのか?」

 

「聞きたいことがある」

 

そう言った義勇の言葉に、それまで無表情だった夕凪が噴出した。

 

「義勇が俺に質問とか明日は槍でも振りそうだな……で?」

 

質問は? と言葉を続けるように促すと、僅かに迷ったそぶりを見せた後に口を開いた。

 

「二年前のあの日の事、覚えているか」

 

「……ああ、俺は無惨と戦った日の事?」

 

義勇が頷いたのを見て、夕凪は顔を顰めた。

 

「あんまり思い出したくはないな。あの時取り逃がしちまったし……日の呼吸なんていうハッタリも使ったしなあ……あと、あの襲われた家族の後始末してくれたの、義勇だろ?」

 

「……ああ」

 

「一人、無惨に怪我させられた子いただろ、あの子大丈夫だったか?

聞くの怖くてさ。聞けずにいたんだ」

 

「…………」

 

無言のままの義勇に、夕凪はやはり聞かない方が良かったと後悔した。

どう口に出したらいいか迷っている顔だった。

 

「人を喰ったことのない鬼と相対した時、どうする?」

 

「…………は?」

 

質問を質問で返され、夕凪は疑問の声をあげた。

義勇がそういった冗談を言うような性格ではないことは分かっていたし、何かしらの意図があることは分かる。だが、その肝心の意図が夕凪にはわからなかった。

 

「人を喰った事のない鬼、ねえ」

 

壁に寄りかかって、夕凪は顔を悩ませる。

これまでにそんな台詞を吐いた鬼と相対した事はある。

まあ、そんなのは不意をつくための嘘だ。血鬼術の精度や、鬼自身の身体能力からどれぐらい喰ってきたのかくらいは分かる。

少なくとも、そんな台詞が真実だったことはない。

それは義勇だってそうだろう。お互いそんな経験があるはずだ。

つまり、義勇が聞きたいことはそういう事ではない。

本当に、真に人を喰ったことのない鬼がいたらという世迷言だ。

 

まるでカナエのような台詞を言うんだな、と思いながらも夕凪は口を開いた。

 

「本当に、人を喰ったことがないというのが真実なら……まあ、すぐにでも頸を刎ねるなんてことはしない……と思う。

でも、それからずっと、永遠に人を喰わないなんて事は分からないしな……」

 

義勇は黙って夕凪の結論を待った。

 

「監視下に置いて、年単位で人を喰っていなければ、ひと先ずは信じる」

 

「…………そうか」

 

夕凪の言葉に満足したのか、そう一言発した後義勇は踵を返して歩いて行った。

 

「……え、結局なんなの? 意図の掴めない質問が一番怖いんだけど?」

 

まあいいか、夕凪は考えることを辞めた。

義勇が意味不明なことするのなんて当たり前だからだ。

 

「まさか、俺が助けた子が鬼になってたとか言わないよな」

 

答えが返ってくることはなかった。

 

 




さっさと原作に突入する為に
『時間を消し去って』飛び越えさせた・・・!!

今後の投稿について

  • 1話事短いが投稿が早い
  • 1話事長いが投稿が遅い

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